教区報「はばたく」に掲載のコラム

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最新メッセージ

2018年8月号

 九州北部豪雨からちょうど一年となる七月五日に気象庁から発表された、大雨に関する情報。

梅雨末期には毎年のようにゲリラ豪雨に見舞われるが、これはそのレベルではなさそうだ。
被災地は河川の工事もまだ途中だし、住民の不安はいかばかりか…と思い巡らせているうちに、大雨の脅威はわが町にも迫ってきた。

 自宅のすぐ横を流れる一級河川は、もはや氾濫直前。避難指示を告げるエリアメールに近隣住民も一時固唾をのんだ。

 既の所で本流の決壊は免れたものの、すぐ先の地域は、支流や水路から溢れた水で車のボンネットを隠すほどに冠水した。

翌朝、水の引いた家から被災した家財道具を運び出し、掃除に取り掛かる家主の姿が痛ましかった。

 「平成三十年七月豪雨」と名付けられたこの大雨は、西日本を中心に全国的に広い範囲で記録的な降水量と、甚大な被害をもたらしている。

 報道される各地の被災状況に言葉を失う。
無力な自分に胸が痛む。
せめて心は共にと祈る日々。
涙に暮れ、むなしく空を見つめる人々に、慰めと支え、力が与えられんことを。
(牛島和美)


2018年7月号

 「バベルの塔」補遺
はばたく、十七年六月号(五五六号)の当欄に小笠原先生が、そして十一月号には壹岐司祭が、ブリューゲルの「バベルの塔」を見た感想文を書いておられます。
私もそれに触発されて見に行ってきました。

 一般に神を恐れぬ人間の計画や挑戦を「それはバベルの塔だ。失敗して当たり前だ」といった使い方をしますが、私は創世記一一:一─九に書かれたバベルの塔に関する言葉の中で「神は、神を恐れない不遜な行動を見て、互いに理解のできない多くの言語を作られた」というくだりに注目しました。

 神は多くの言語を作られたけれど、同時に解決策も用意されました。
十五、六歳までであれば、語学は努力しなくても、環境さえ整備すれば自然にしゃべれるようになるという能力を与えられたことです。

 私は常々、障害児とその両親に、「手足に障害があっても、何かほかの人には負けない、自信のあるものを身につけてごらん」というのですが、バベルの塔の話を考えていて「そうだ! ほかの人にないもの、語学の学習、自由にしゃべれる外国語を身につけてやればいいのでは」と思いつきました。
私が相談にのっている障害児の中には、いじめられ、自信を失って行く子どもたちがいます。
自信を取り戻すための新しい治療手段となり得るでしょうか。
(井上明生)

2018年6月号

 画家シャガールの多くの連作の中に「聖書」のモチーフがある。
彼はユダヤ人でありユダヤ教徒なので、旧約聖書の題材が多い。
しかし他の作品の中には磔刑のキリストを描いた作品がみられる。
磔刑のキリストを通じてキリスト教徒にはキリストがユダヤ人であることを強調し、ユダヤ人にはキリストの十字架を見せた。
そしてそのことで二つの宗教的課題の融和を表現していたといわれている。

 シャガールはパリオペラ座の天井画等でフランスで評価され、アメリカの教会等ではステンドグラスを手がけた。
しかし彼はコミュニズム、ナチズム及び反ユダヤ主義の中で、ロシア、フランス、アメリカとその居住地を変えざるを得なかった。
反ユダヤ主義を刺激しないように芸術的表現を自制した。
結局故郷のロシアには帰らずフランスで一生を終えた。
「愛と夢と幻想の画家」といわれ、その色彩のあざやかさは私たちをひきつける。
しかしその中には自分が生きている社会の中でうまく妥協し、一方自分の真実を守っている姿もあることを感じる必要があるのだろう。
その意味で、私はピカソよりシャガールが好きである。
(小笠原嘉祐)

2018年5月号

 近所の桜を見上げながら東北に思いを巡らせていたところ、東北を訪ねるうちに今では友人となった方のご主人の急逝を知った。
訪ねるたびにいつも暖かく迎えてくれる彼女にひと言声をかけたくて、東北へ向かった。

 訪ねたのはちょうど百箇日。
宮城県の沿岸を北上した場所にある彼女の家の大きな桜の木は、その日数輪の花を咲かせた。

 そこから南下すること二百キロ余り。
原発事故により帰還が困難となった地区に桜並木がある。
一部避難指示が解除されたものの、大半は帰還困難区域とされ立ち入ることができない。
見事な桜のトンネルは、鉄の門で仕切られたその向こうにも続き、今が盛りと咲き誇っていた。

 テレビでは、廃炉作業が続く福島第一原発の構内にある桜並木が紹介されていた。
事故後、除染作業などで多くが伐採されたものの、汚染水の処理水が入った大きなタンクが立ち並ぶ構内にも春は訪れていた。

 それぞれの人がそれぞれの思いを重ねて見上げる桜。
友の心に、避難住民の心に、廃炉作業員の心に、淡い紅色の慰めを届けてくれるよう祈る。
(牛島和美)

2018年4月号

重心施設
一昨年から重症心身障害児(者)施設である柳川療育センターに週二~三回勤務しています。

 どのような人が入所しているか、省略して「重心」と言いますが、重度知的障害と重度身体障害を合わせ持っている障害児(者)です。

キリスト教は古くからこのような方たちの療育に手を差し伸べてきました。
日本最初の施設「島田療育園」(昭和三十六年)、関西地方最初の施設「びわこ学園」(昭和三十八年)、ともにクリスチャンの献身的な働きでできました。

 九州ではバプテスト教会が昭和五十一年に久山療育園を設立しました。
「重症児者の存在と命は天与の恵み(創世記二・七)」を至上の課題としています。
私が診る入所者の多くは天真爛漫です。
たとえば六十歳を過ぎた重度障害の女性が、九十歳を過ぎた母親の来所を待っている姿を見ると、幼稚園児が母親の迎えを待っている姿と同じです。

 この世でもっとも疎外され、弱い立場に立たされた方に寄り添い仕えること。
それこそがキリストがこの世で示された姿ではないでしょうか。
(井上明生)

2018年3月号

ギュスターヴ・ドレというフランスの画家がいる。
連作の版画によって聖書の中の様々の場面を表現した人である。
今風にいえばイラストレーターなのだろうか? 

聖書の物語のビジュアルでの表現は、劇的を通り越して、中には目をそむけたくなるほどの視覚的リアリティがある。

 ドレは十九世紀の画家である。
幼いころから非凡な絵画的才能を発揮し、十五歳でパリにでて、そこで「古典文学の世界」を視覚化することに情熱を傾けた。
ダンテの神曲やミルトンの失楽園等を版画で図像化した。
さらに聖書のそれぞれの場面を図像化したが、あまりに写実的かつ劇的な表現で、当時圧倒的な名声を得たらしい。

彼の制作のエネルギーが版画にそのまま表現されていて躍動的ですらある。
ちなみにこの本は日本でも出版されている。

 ドレの版画はマスプリントとして大衆的に広がった。
しかしあまりに多作をものにした為かもしれないが五十一歳で病没した。
インテリジェンスの新鮮さもあいまって、特に旧約の世界が視覚的にイメージの拡がる作品群である。
(小笠原嘉祐)

2018年2月号

昨年十一月下旬、毎年恒例の東北の旅に出かけた。

 毎回誰かを誘うのだが、今回一緒に旅をした人は教会の信徒ではない六十代の女性だった。
彼女は、震災後一度は東北に行って様子を見ておきたいと思っていた、と旅の理由を教えてくれた。

 訪ねた郡山の幼稚園では子ども達の笑顔に自分の孫の姿を重ね、被災した沿岸地域では現在も続く大規模な工事に目を見張り、震災当時の映像を見ることができる施設では自然の猛威に言葉を失っていた。

 私は彼女に「原発のすぐ横を走る国道があり、帰宅困難区域を車窓から見ることができますが、行ってみますか?」と提案した。
「はい、そうですね」と答えた言葉の末尾に、何か挟はさまったものを感じ「無理をすることはありませんよ」と言うと申し訳なさそうに「すみません、私は良いのですが帰宅したら家の者が気にするので」と正直に答えてくれた。

 避難指示解除区域は少しずつ広げられ、地元住民に帰還を勧めている。
一方、彼女のような旅行者でもその地域を通過することすら躊ためら躇う。
「それが現実なんです」と彼女に言ったようで、それは私自身に重く切なく響いた。
(牛島 和美)

2018年1月号

「守教」(新潮社刊)を読んで

帚木蓬生著、上下二巻の長編小説です。
久留米市に隣接した今村の隠れキリシタンがテーマですが、キリスト教伝来から禁教・迫害に至る歴史的史実が忠実に描かれています。

 下巻の裏表紙の帯には、〈教えを捨てた。そう偽り、信念を曲げず、隠れ続けたキリシタンたち。
密告の恐怖、眼前で行われる残虐な処刑。だが九州のその村には、おびえながらも江戸時代が終わるまで決して逃げなかった者たちがいた〉
世界の歴史の中でも、類を見ない「隠れキリシタン」がどのようにして生まれたか、その発想に至る思索の深さには、ただただ驚くばかりでした。
答えは「人身御供」。
自ら犠牲になると申し出たキリシタンを、庄屋が「どうしても転ばない村民が一人いる」と訴え出て村全体が信頼を得た、という秘史です。

 もし自分がこのような立場に立たされたらどうするだろうか、あちこちで思いにふけり、立ち止まりながら読み終えました。

 平成二十九年は今村の信徒発見百五十周年でした。
それを記念する書物でしょうか。
(井上 明生)

2017年12月号

 幼少時、日曜学校で聖句を記したカードをもらうのが楽しみだった。
また少年少女名作全集の中の聖書物語を読んだ。
このことで聖句がインプットされたし、何かしら聖書全部を読んでしまったような錯覚があった。

 聖書全体をこれまで少なくとも三回通読することを試みたが、実際はかなり読みとばしているし、結局、聖句や章が断片的に頭に残っているような感じがしている。

 さて、最近、携帯音楽プレーヤーを使って聖書を聞くことができる。
いわゆるリスニングバイブルである。
小型なので出張や通勤の時にかさばらない。
飛行機内や、車の運転をしながら聴いていることもある。
そうしているうちに、旧・新約に加えて外典まで全部完全に聴いてしまった。

 昔は聖書は礼拝や集会で、章や節でくぎらずに朗読されたものだと聞く。
章ができたのは十三世紀スティーブン・ラントン、カンタベリー大主教によると言われているし、節に至っては十六世紀フランスの印刷業者がはじめたものだという。

 改めて聖書に親しみ味わう手段として通読のみではなく、聴取することで頭の中に響いて、染み透っていく感じがすることをお伝えしておく。
(小笠原 嘉祐)

2017年11月号

 九月になり、毎年恒例となっている東北の旅の準備を始めた。
この教区報が皆様に届く頃、私は懐かしい東北の友の顔を思い浮かべながら、旅程の最終調整をしていることだろう。

 九州教区東日本大震災被災者支援室が企画した訪問ツアーに参加して以降、繰り返し東北を訪ねるようになったのには、当時の「いっしょに歩こうプロジェクト」メンバーの一言が大きく影響している。

 初めての訪問は、震災から一年が過ぎた頃。
東北はどこもまだ大変な状況で、私は見聞きするもの全てに思いを寄せずにはいられなかった。
だが彼は「たくさんとじゃなくていい、一人の人と繋がってほしい」と教えてくれた。
その時から私の中で、東北は「誰かの故郷」ではなく「あの人の故郷」に変わった。

 今年も、訪ねる先はほぼ例年どおり。
同じ人、同じ町、同じルートをレンタカーでたどる。

定点カメラのように年ごとに同じ場所を見つめ、何が変わり、何が変わっていないかを私の地図上に更新する。
東北の友の喜びや憂い、憤りをも分かち合える旅が待っている。
(牛島 和美)

2017年10月号

 幸福ホルモン
日常生活の中で、ふと満たされた気分になることがあります。
それはそのとき、幸福ホルモンと言われるオキシトシンという物質が分泌されているからです。

 このホルモンはどのような時に分泌されるか?
最もはっきりしているのは、他の人を思いやるとき、すなわち「思いやり瞑想」と言われています。
身近な例では、たとえば電車の中で身障者やお年寄りに席を譲ったとき、また車を運転中、片側一車線の道路で、対向車線の右折車に道を譲ったときにふと感じる充実感は、このオキシトシン分泌のおかげです。

 聖書は愛について多くのことを教えていますが、最高の愛は「隣人を自分と同じように愛する愛」、「友のために犠牲になる愛」そして「代償を求めない愛」です。
神は思いやった相手には代償を求めるな、と教えられましたが、その相手に代わって、神自らが「幸福ホルモン」という代償(ご褒美)を用意してくださっているのです。
幸福感というのは、メーテルリンクの青い鳥と同じです。
身近に用意されているのです。
( 井上 明生 )

2017年9月号

 ステンドグラスは、様々の建築の装飾として使用されているが、元来教会建築のものである。
歴史的には五世紀頃にさかのぼり、当時は板ガラスが使われていたらしい。
九世紀頃からステンドグラスとして教会に設置された。
英国国教会では、ケント州のカンタベリー大聖堂のものが有名でユネスコ世界遺産となっている。

 ステンドグラスは外部からの透過光によって、より美しいことは言うまでもないが、教会堂が光のあふれる空間となり、荘厳かつ開放された雰囲気が醸し出される。

 さて、八月一日熊本降臨教会の聖壇の上に一枝の百合をあしらった十字架が中心の構図であるステンドグラスが設置された。
このステンドグラスは熊本地震で被害を受け、解体を余儀なくされた菊池黎明教会から譲り受け移設したものである。
降臨教会礼拝堂は、二〇〇五年献堂以来、正面には装飾ガラス板を填め込んでいたが、この移設で会堂の荘厳さを一段と増した。
ことに朝日が射し込んだ時の有様は思わず息を呑む。
なによりも教会の中心に据えて、歴史を引き継ぎ、継続できることを心から感謝したい。

(小笠原 嘉祐)

2017年8月号

 五月末、九州教区東日本大震災被災者支援室のプログラムで東北を訪ねた。

 宮城県南三陸町。新しい道路、新しい住宅街。新設された商店街にも活気がある。
その裏手に、あの日最後まで避難を呼びかけていた防災庁舎が、屋上を商店街と同じくして見下ろす位置に残されていた。
被災地を訪ねる旅行者にとっては学びの一助となる。
しかし、それを見るたびに辛い記憶が甦る住民もいることを覚えたい。

 福島県新地町。原発避難者の割合が多かった仮設住宅も、特別の理由がない住民は三月末に退去を促され、空室が目立つ。
毎週水曜に東北教区が開催している水曜喫茶には、仮設住民に加え新たな生活に入った元住民、地元のボランティアらが集う。
みな笑顔でそのひと時を過ごす。
原発避難者である参加者の一人と話をした。
彼女は笑顔と裏腹に、寂しい寂しいと繰り返す。
潤んだ瞳の奥には、彼女の懐かしいわが家がいつも映っていることだろう。

 人は、心の記憶の中を生きる。

変化する生活に、心が追いつかない時もきっとある。
それでも人は、人と繋がり、ふと笑えた時、少しの潤いを得ると信じたい。
私も共に笑い、共に涙する者でありたい。

(牛島和美)

2017年7月号

 金正男(キムジョンナム)暗殺

本年二月マレーシアの国際空港で、北朝鮮の金正男が、衆人注視の中で暗殺されました。

 しかし北朝鮮は最後まで、殺されたのは「金正男」だと認めなかったため、マレーシアが証明する必要がありました。
どうして証明したか。
DNA検査は一見科学的ですが、金正男の息子と言われている男性との間の親子関係は証明しますが、殺されたのは金正男だという証明には不確実です。
検査の対象になった男性が金正男の息子だという証明がないからです。
決定的な証拠は、日本の捜査当局が保管していた指紋です。
人間の多くの組織、臓器は他人に移植可能ですが、皮膚は移植できません。
すなわち他人のものと交換することはできません。
一卵性双生児、DNAは同じですが指紋は異なる、ということをご存知ですか。
人類七十数億人の指、それぞれの指紋が異なるのです。
創造主は人類一人一人を識別できる組織を、身体の奥深まった場所ではなく、誰もが簡単に見ることのできる体表に用意された、という深いご計画に思いを馳せたいと思います。
(井上明生)

2017年6月号

 出張で上京した折、美術展の宣伝パンフレットが目に留まった。
ブリューゲルの名作「バベルの塔」である。
早速会議の合間に鑑賞することにした。

 パンフレットからは大きい作品に見えたのだが、実際は六十㎝×八十㎝程度の大きくない絵だった。
しかし、実に繊細な描写の作品で、螺旋状に空に向かって煉瓦が積みあげられているローマのコロセウムを思わせる未完の建造物がバベルの塔として描かれている。

 言うまでもなくバベルの塔の物語は、人間の神に対する不遜な態度の表現として建築されたので、神が言葉を混乱させて塔を崩壊させ、さらに世界の果てまで人類を散らせたというストーリーである。

 しかし一方この作品を見ていると不遜といわれようとも、クリエイティブに環境にかかわっていく人間の宿命も感じられる。
狭い絵の空間の中には建築にかかわる人間の姿が蟻のように無数に描かれていることで、それが強調される。
人間は生きている限り、とりあえず挑戦の宿命をもった存在なのであろう。
(小笠原嘉祐)

2017年5月号

 私が初めて東北を訪ねたのは、震災から一年が過ぎた五月だった。

 力仕事には全く自信のない私ができることといえば、歌うこと。

そこで、仮設住宅でのミニコンサートを計画した。

 ところが、コンサートの選曲に戸惑った。
予定された仮設住宅には、津波で自宅を流された気仙沼の住民が多いと聞いたからだ。
私が選んだ曲の中には海にまつわるものもあり、それを聴いて苦しい思いが増すのではないか…私は半ば逃げの一手で、その場でリクエストを募って歌うことにした。

 書き出した曲名は百曲近く。
コンサートを始めると、参加者からは海にまつわる曲のリクエストが大多数を占めた。

 ある参加夫婦に選曲理由をたずねた。
すると「生活の中にいつも海があった。津波で家を流されたけれど、やっぱり海はいい。早く海のそばに帰りたい。」
その夫婦は震災から三年後、懐かしい気仙沼に帰った。

 避難区域の主なき家の庭に咲いていた満開の桜を思い出す。
この文章が掲載される頃は、東北も春爛漫。願わくは、避難解除された町に、故郷の春を愛でる人々の笑顔があらんことを。
(牛島 和美)

2017年4月号

ドラッグ(覚せい剤・麻薬)

 有名人の覚せい剤・麻薬の使用が社会問題になることがあります。
この両者、恐ろしい習慣性がある点では同じですが、麻薬は医療現場で使用されても、覚せい剤は使用されることはまずありません。

 私自身、麻薬は今までに二回使用されています。
一度目は急性虫垂炎から腹膜炎を起こして激烈な痛みに襲われたときです。
モルヒネの注射で、痛みがクックックと取れていくのがわかりました。

 二度目は四年前の脊柱管狭窄症の術後です。
四時間に及ぶ大手術でしたが、翌日には歩いてトイレに行けました。
術後の麻薬のおかげです。

 医学に関するクイズがあります。
探検とか未開の地へ救護班として随行するなら持参する薬品の中で最も大切なものは? 

正解は「モルヒネ、麻薬」です。

 覚せい剤と麻薬の違いは?

 麻薬は天然に存在する物質であるのに対して、覚せい剤は人間が作り出したもの、つまり麻薬は、創造主、神が作られたものですが、覚せい剤は悪魔の作品です。
(井上 明生)

2017年3月号

高齢社会の中での介護福祉事業として積み重ねてきた。
当初は一事業だったのが十四事業になり、二十人足らずの職員が二百人に迫る大所帯となった。
百二十年の歴史の中での五分の一の期間ということになるが、ハンナ・リデルの創設から振り返ると、発展・栄光・苦難・忍耐の時代等色々なプロセスがあって今がある。
これからも一本調子で事業が存続されるわけでもない。
しかし、これまで継続されている上で重要なことはリデル以来の精神の継承であり、その中心に降臨教会がある。
一時は物おきと職員が誤解するほど荒廃していたが、今は主日礼拝も守り、教会に連なる信徒も増えている。
ものごとには時がある。
いい時も悪い時も、発展も停滞も。
さて、今の私の愛読書は、モンテーニュのエセーとイザヤ書である。
(小笠原 嘉祐)

2017年2月号

この欄で、時折皆様のお目に留まる機会が与えられたことを、戸惑いつつも感謝している。

 東日本大震災が縁で、と言うのは大変皮肉ではあるが、それまで出会う機会のなかった場所や人との繋がりが震災を通して与えられた。
今では、親戚に会いに行くような思いで毎年東北を訪ねている。

 あの日、津波で全てが流される様を繰り返しテレビで見ていた。
初めて実際にその場所を訪ねた時、私は当時の恐怖を想像してしばらく車から降りることができなかった。
しかし現地では、傷つきながらも一日一日を歩む人たちがいた。
私は、その踏ん張りと、心の傷の両方を見つめたいと思い、繋がり続けている。

 昨年十一月、東北を訪問している最中に大きな余震に見舞われた。
テレビからは「震災を思い出せ」と叫ぶアナウンサーの声。
その口調も相まって、現地では過呼吸や体の震えなどが現れ、心的外傷がまだ残っていることを自覚した人もいた。

 時は過ぎる。
被災した町の様も変わる。
しかし心の傷は同じ速さで回復はしない。
三月末、一部の仮設住宅では退去期限がやってくる。
人々の心が置き去りにされぬよう願う。
(牛島和美)

2017年1月号

 大隅先生ノーベル賞受賞

ノーベル賞の自然科学部門三賞は、授賞の条件がノーベルの遺言に従って、賞ごとに異なっているのをご存じでしょうか。

 物理学賞は「最も重要な発見または発明をした人に」、化学賞は「最も重要な発見または改良をした人に」、医学・生理学賞は「最も重要な発見をした人に」と書かれています。
つまり、医学・生理学賞の対象はすべて「発見」に限定されています。

 たとえば、大隅先生が発見されたオートファジーは、不要になった細胞のリサイクル機構の発見であり、大隅先生が作られたものではありません。
人類創造のとき、創造主によって用意されました。
昨年の大村先生は寄生虫を完全に駆除できる抗生剤を、よく通うゴルフ場の土壌の中から発見されました。
おそらく太古の昔から、そこに眠っていたものを、たまたま発見されたのでしょう。

 すべてが凡人には成し得ない偉大な功績ですが、これらを用意された創造主の方がもっと偉大です。
私たち人類は、それを一つずつ解き明かしているにすぎません。

(久留米 井上明生)

 

 

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