スキー100年目の革命Q&A

18 マジックナンバー20日、スキー撤退の危機


1 スキーがうまい人は、なぜうまいのか?

日数を重ねているからです。上達の秘訣とは、日数を重ねる秘訣のことであり、途中の挫折を防ぐ工夫の意味です。その工夫を何日間続ければいいかといえば、旧式スキーで32日、カービングスキーで推定25日です。パラレルの壁を越えるXデーが来れば全く新しい世界を知って軌道に乗り、時には日数を減らす工夫が必要なぐらい熱中します。


2 かなりの人は、新しい世界に行けずに終わっているが?

Xデーが来るより先に、絶望感が大きくふくらんでしまいました。先行する希望を絶望が追いかけており、希望が逃げ切れば32日に達してパラレルスキーヤーに届き、絶望に追いつかれると32日未満で撤退です。絶望感がふくらまないよう、成果をあせらず時間を味方につけます。希望の灯が消えないうちに壁越えを果たせば、楽園に行けるわけです。


3 しかし、いくら練習しても上達せずじまいの悲話にも、切実なものがあるが?

知人にもいますが、本人がそう感じるだけで、日数を数えれば実は練習不足です。一冬に4日ぐらいで、わずか数年後に尊敬されるベテランになるわけはなく、もっと日数をかけないと初歩的なこともできません。例えば柔道に入門して20日で黒帯は取れないように、免許皆伝どころか一通りのことが20日で身につくスポーツさえ、ちょっと思い浮かびません。


4 パラレルの壁を越えずに終わった人は、何がいけなかったのか?

アドバイザーがつかなかった原因をさらに分析すると、困ったことですが偶然の選別が大きいと思います。「運」というやつが、日数の増減を決めているのです。ただ、壁越えの日を待てない最大の原因は、その日が何日目なのか、時間の目安を知らされない情報不足も大きいのです。旧式スキーでの一例として、パラレルの壁は32日で越えます。なのに、投げ出した人は20日目だったりします。そこでやめては何にもなりません。


5 20日でパラレルは無理なのか?

100パーセント無理です。スキーの歴史で、20日でパラレルの「壁を越えた」人は皆無と思います。特にカービングスキーがない時代の20日といえば、100人が100人とも曲がればハの字に開く段階で、思うように滑れない低迷に首をかしげて過ごす浪人の心境です。ある時私は知人から宣言を聞きました。「もうスキーをあきらめた。今まで20日続けたがうまくなれない。これ以上は自分には無理だ」と、今後スキーを捨てて一生やらないと言い出しました。


6 その人は、もう少し続ければ世界が一変すると、予想できなかったのか?

パラレルという語さえ知らない状態で、予想しようがありません。20日目の撤退の中途半端さ、無意味さは、「32日でパラレルに届く」という答を知ってしまえば笑い話でも、何も知らない渦中の人には深刻です。


7 その20日スキーヤーは習ったことがあるのか?

特にないと聞きました。多くの撤退組がそうであるように、彼もまた我流でがんばり、行き詰まった1人です。習わなかった理由は、器用な自分への過信もあったのでしょう。しかし習わない者にとってのパラレルの壁は、運動神経の良さや小器用な素質を打ち砕き、引退を迫るほど厳しかったことになります。


8 確かに他のスポーツでも、たった20日では技術理解に至らないものだが?

スキーに限って、「たった20日の短さ」とは感じず、「20日もの長さ」と感じ、途方もない時間を費やして、精魂尽き果てたかに嘆く、その理由は2つあると思います。やる前に簡単そうに見えたものの、そう簡単でなかった見込み違いがひとつ。もうひとつは、スキーは遠い旅先で行うからです。


9 スキー旅行は雪国の旅情もあって、楽しいものだが?

シーズンに一度ならよくても、何度も往復すれば、しんどくなってきます。飛行機、列車、自動車を使うアプローチの時間だけでなく、荷物が多くて重いとか、帰れば洗濯物がたくさん出るなどで、おっくうになります。ここで「目標はパラレルターン」だと知らない人は、負担をモロに受けて悲観し、パラレルにたどり着く以前にギブアップし、投げ出してしまうわけです。


10 32日という答えを聞いて、20日で投げ出した当人は、またスキーに戻ったのか?

32日のキーナンバーが壁だと私が突き止めたのは、残念ながらその人が96−97シーズンを最後に「スキー絶交」を宣言した後です。もし本人が最初から数字を知らされていれば、少なくとも32日間は続けたでしょう。しかし、やめた後で数字を知っても、今さら復帰して不足分の12日を滑り足そうとは思わないでしょう。


11 一般に、スキーをやめた人は、20日より早いのか遅いのか?

周囲を見回せば、もっと早くやめています。普通の初級レンタルスキーヤーは、7日前後であきらめの境地が顔をのぞかせました。実はその20日スキーヤーは、当初スキーに惚れ込んで私を誘うほど熱をあげ、撤退組の中でも一番長続きしました。私が自分の道具を持ったのが50日目なのに対し、10日未満でそろえた積極派でした。


12 北国でない都市部のスキーヤーは、32日までそんなに長く感じるものなのか?

パラレルまで32日という壁は、スキーへ行く日数が一ケタ少ない客にとっての苦難です。300日、500日と滑る雪国から見れば、32日は駆け出し期間の、そのまた入り口にすぎず、都会人が10日や20日で絶望に打ちひしがれる様子は、奇異かも知れません。それはともかく、都会人にとっての勝負は、32日滑走をいかに早く済ませ、サッサと壁を越えるかに絞り込まれるのです。


13 学校でスキーが必須科目なら、練習量も確保できそうだが?

雪国の小中学校では、冬の体育の授業は全部スキーです。1日の練習時間は短いものの、小学校だけで200時限という計算です。中学、高校では、遊びで友だちとスキーに行く時間も増えます。大学のスキー部では一シーズンに30〜60日です。


14 大勢で盛大にパーティーでもやって、その勢いに乗って回数を増やせないか?

お祭りスキーは回をかせぐには逆効果です。私たちはブーム後半の1992年に、団体スキー旅行でバスを借り切ったことがあります。女性たちが菓子や飲み物を山のように買い、ワイワイ楽しい1泊2日でした。企画した私は、なかなか行く機会のなかった女性たちから感謝され、雰囲気は上々でした。しかし盛り上がりの中、私はひとつの心配をしました。


15 楽しい行事の最中に、何が心配だったのか?

大げさすぎて、一過性に終わる心配です。1回のスキー旅行が思い出に残るぐらいに、目立ったスペシャルイベントである間は、特殊技能は身につきません。平凡行事に引きずり下ろさないと、パラレルまで年月がかかりすぎるのです。何となく行って帰る、翌週また行って帰る、次の週、さらに次の週と、日常的に繰り返すことで、「スキーしたことあります」から「スキーできます」に発展するのです。


16 かかりすぎる年月を、数字で説明すればどうなるのか?

32日でパラレルの壁を越えるとします。1泊2日のお祭りスキー旅行が年に1回きりならば、パラレルに16年かかる計算です。25歳で始めれば41歳、50歳で始めれば66歳、16年後にスキーがわかるのでは気が長すぎます。補助輪つきの自転車で走る期間だと思えば、非現実的で誰も続かないでしょう。実際には、行かない年もあって、パラレルまで20年以上かかるはずです。


17 20年間ハの字を続けるなんて、ちょっと想像もつかないが?

当然スキー人生は成り立たず、もっと早くやめます。つまり年に1回のみ1泊2日のペースでは、「スキーとは何ぞや」を知ることなく撤退が約束されるのです。実際、先の貸し切りバスの19人でも、学生時代にインストラクターのバイトで住み込み経験のあった1人だけが8年後の今も続け、パラレルに至らない17人はスキーをやめています。「とても楽しかった、来年も行きましょう」と盛り上がったのは、直後の打ち上げパーティの夜限りでした。


18 スキーを特別イベントから平凡行事に変えるには、どうすればいいのか?

一冬の日数をとにかく増やし、珍しさから卒業します。初回以降は集中的に通い、一気に駆け抜けます。間をおくと低迷や倦怠が起きて、考え込んで関心が薄まり、さらに間があきやすいのです。何年も行かないと体が忘れて腕も落ち、復帰しても時間ロスが出るので、行きたくない悪循環にはまります。いかに早く累積32日に届くかが勝負です。