スキー100年目の革命Q&A

27 カービングスキーは死後のごちそう?


1 操作性のよいカービングスキーの恩恵を受けて、スキーを生涯続ける人は増えたのか?

カービングスキーを使った上で、難しくてスキーをやめました、という不幸な人は、私のレジャー仲間ではゼロです。


2 ということは、カービングスキーはやさしくて行き詰まらないスグレモノだと実証できたわけか?

その証明にはなっていません。なぜなら、できなかったパラレルが、カービングスキーのおかげでできました、という幸福な人も、現時点(2000年2月)ではゼロだからです。


3 どういうことなのか?

カービングスキーは、皆が飢え死にした後に出されたごちそうなのです。


4 いったい何があったのか?

カービングスキーという名のごちそうがテーブルに並んだ時すでに遅く、旧式スキーという食えない料理を与えられて栄養失調だったヒヨコたちは、ほとんど餓死していました。ごちそうにありつく前に、皆息絶えていたのです。


5 板がカービングに替わって皆でバンザーイ、という革命ではないのか?

バンザイする人は実はわずかです。カービングスキーがショップの主力商品になってポツポツ売れ始め、旧式スキーがゲレンデから消え始めた頃、恩恵を受けるべきスランプ中のボーゲンスキーヤーも、スキーシーンから消えていました。初級者はカービングスキーと出会う前に、スキーから撤退して縁を切っていたのです。


6 やめた初級者は、カービングスキーを使った上でやめたのではないのか?

使っていないどころか、今だって存在も知りません。多くの初級者は、カービングスキーと入れ違うようにゲレンデを去っています。初級のボーゲンスキーヤーがほとんど全滅して、スキー人口が激減した後になって、カービングスキーが幅をきかせ始めたのです。


7 去った人たちの思い出話のスキーは、カービングスキーの話題ではないのか?

今一般社会で「スキー」と言えば、間違いなく旧式のずんどうスキー時代の話題です。カービングスキーが世に登場したことを、やめた後で知るのは難しいからです。だからこそ「カービングスキー」という長い名称が、単なる「スキー」とは別にあるのです。当然ですが、カービングスキーに替えてゲレンデに行き続けている人と、それ以前にやめた人では、難易度があまりに違うスキー板をそれぞれ思い浮かべているので、話がかみ合いません。


8 カービングスキーを起爆剤としたスキーブームが起きないのは、そのせいか?

カービングスキーが普及する直前が、史上最大のスキーブームだったからです。そのブームが含まれるバブル時代と呼ぶ好景気は、昭和から平成にかけて1985〜98年の14年間にまたがりますが、分野ごとに時間差がありました。アートギャラリーやパフォーマンス広場などの文化バブルはかなり早い88年に終了、金融は89年、ファッションビルなどの不動産バブルは98年までダラダラ続いています。スキーブームは、だいたい1986〜95年の10年間に当たります。


9 スキーブームの最期を1994−95シーズンとした根拠は何か?

西日本のスポーツ量販店では、テニス、ゴルフ、スキーのうち、スキーコーナーのみ冬季限定で特設されます。オープンの時期は94年(94−95シーズン)までは、セミがまだ鳴いている9月でした。夏休みが明けてすぐのオープンはこの年が最期で、95年(95−96シーズン)には、秋はキャンプ用品でつなぎ、スキー用品オープンは肌寒い11月に一気に後退しました。94年から3年を経た97年(97−98シーズン)に、カービングスキーが主流扱いとなって大量入荷されました。


10 スキーブーム終了からカービングスキーが主力になるまでの3年間に、何があったのか?

この空白の3年間に、2つの目立った変化が起きました。ひとつは、スキーブーム(86〜95年)でいっせいに押し寄せたスキー客たちが、いっせいに去りました。もうひとつは、新興のスノーボードブームです。2つには深い関係があって、ずんどうスキーに手を焼き、パラレルの壁にはばまれてボーゲンを脱せず、スキーの難しさに悲観した初級者たちが、大勢ボードに転向しました。


11 そもそも平成バブルのスキーブームは、なぜ起きたのか?

まず1985(昭和60)年に、いわゆる5カ国「プラザ合意」が引き金となり、金余り現象が起きました。翌86年からの史上最大の好景気でスポーツブームが起き、アスレチック・トレーニングやエアロビクス、ジャズダンスなどインドアスポーツに対し、テニス、ゴルフ、スキーがアウトドアの三大スポーツとなり、最も珍しかったスキーが爆発的な人気を呼び、盛況となったのです。スキーに影響を与えたキーワードとして、円高、内需拡大、リゾート法などもあります。


12 1990年をまたぐ平成バブル以前にも、スキーブームはあったらしいが?

1960年代、70年代にもブームはあり、もしかすると10年ごとかも知れません。80年代と違うのは、お坊ちゃん、お嬢ちゃん専科だった点です。元々都会人にとってスキーは遠い雪国の風物詩であり、都市部では登山用具店ですすめられた登山家の一部も含めて、だいたいは金持ちの遊びでした。外国の王室や日本の皇室にスキーヤーが多いのは、費用や格調の高さと関係があります。


13 スキーの費用は、どの程度の高さなのか?

2000年現在のリフト1日券が、信州のスキー場で4000円前後、中国地方で5000円前後なので、パラレルの壁を越えるまでに自動車運転免許取得並みの出費となり、高校生でも小遣いやお年玉で継続するのは困難です。しかも遠方の人には、この額の1〜2倍の交通費と宿泊費が加算されます。テニスやゴルフのように、公園や河川敷を拝借した無料練習も不可能です。スキーヤーが世襲に近かったのは、高い費用のせいです。


14 ついでに、裕福な欧米のリゾートというイメージもあったが?

中学の英語の教科書で、He likes ski の例文を読んだ南の県の人は、スキーに先進文明国のリッチなイメージを持ちました。60年代以降のスキー邦画の俳優では、加山雄三や石原裕次郎が知られます。80年代以降も費用は高いままですが、国民に中流意識が行き渡った80年代に、スキーの費用を誰もが払える時代が来たのです。


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