スキー100年目の革命Q&A

44 20日目がブルーデーになる理由


1 100センチのビデオでは、次から次へとすごい離れワザの連続だが?

連続スイッチでクルクルとループしたり、複雑なステップを踏むなど、100センチならではのトリックは、プロスキーヤーの花形テクニックです。まるでフィギュアスケートのようにも動けます。ところがボーゲンスキーヤーにはこの自由度が裏返しの効果となり、雪に接したままループできる「ゆるさ」が、パラレルの足場固めを常時崩す結果、バランス感覚が育たずスキー操作技能が解消されます。


2 ちょっと思ったのだが、ビデオのモデルたちはスキーが難しくて捨てたのか?

ビデオに映るモデルたちは、2メートル級スキーの訓練が長く、コブや新雪でもエキスパートではないかと思います。長い板でビッグエアが飛べる技量を駆使して、短い板で小刻みなトリックを披露したのでしょう。ボーゲンスキーヤーがビデオを見て基盤となるスキーを捨てたのは、板のメーカーも想定外だったかも知れません。


3 そうして基盤を捨てた初級スキーヤーたちは、カービングスキーと100センチで迷ったのか?

広島で調査すると、カービングスキーにも目を向け、どちらにしようか検討した100センチユーザーは、一人もいませんでした。私の周囲でも、両方をてんびんにかけた人はゼロです。身近では、知人でボーゲンスキーヤーのうち9人が、98年から次々と100センチへ転向しました。私がカービングスキーを買って、皆で1泊2日の列車ツアーに行った98年冬に、3人が100センチを買って来ました。


4 皆で交換して乗り比べすれば、それぞれの良さが確かめられるのに?

私がカービングスキーの簡単さを紹介しようと思わないうちに、「僕たちみんなスキーやめました」と先に切り出したのです。最初に転向したのは最長のスキー歴20日の人で、冬になれば私に団体ツアー企画をせっついた、あれほど入れ込んだスキー熱は冷めるにとどまらず反転し、スキー批判の論客に変わっていました。その人の勧誘で、他の2人も同じ100センチ製品を買ったことを知りました。


5 転向した人が、カービングスキーの存在を知っても、乗りたがらないのはなぜか?

旧式スキー時代に参入して感激し、やがて低迷しておもしろさがわからなくなり、曲がらず暴走した果てに、スキースポーツにこりていたからです。バブル時代に参加した旧式スキーの幻滅の大きさと、カービングスキー登場の遅れ、そして日数不足でパラレルに届かない低迷、3つの兼ね合いで3人は気持ちがアンチスキーで固まっていました。その嫌ったスキーとは違う、新しいスキー板が発売された話に耳を貸す気はなさそうでした。


6 何だか100センチは、旧式スキーが生んだようにも思えるが?

超ショートスキーは登山用品としてもずっと前からありましたが、100センチはボーゲンスキーヤーの転向先としてクローズアップされており、R40メートルの旧式スキーの落とし子という面も、確かになくはありません。こじつけでない証拠に、スノーボードの売れ筋は150センチ前後と長いのに、短縮した「100センチのショートスノーボード」へ転向する人は見かけません。


7 スノーボード界には、なぜそうした短いボードがないのか?

製品化はされましたが、市販150センチのスノーボード全てが、R8メートル前後の「カービングボード」だから、SOS救済という形ではショートタイプの需要がないのです。Rが小さいと身長の長さのボードでもスイスイ曲がれ、油断しても真っ直ぐ暴走したりしません。ひるがえって、もしスキーがR40メートルではなく、昔から14メートルだったとすれば、つまりバブルの大ブームの前からカービングスキーだったなら、スキーに一生に乗らない「決別宣言ブーム」もなかった可能性が高いのです。


8 原因がずんどうシェイプだと理解して、カービングスキーを試せば済むはずだが?

その理解を難しくするのが、恐怖感の刷り込みです。Rが14メートルと40メートルの新旧2種のスキー板が存在し、味方と敵に分かれているという理解は、旧式のR40メートルで散々だった人には困難な和解です。今さら新旧の違いに耳を貸す気になれないのは、スキーがとても恐いものとしてインプットされたせいです。暴走体験はトラウマとなって、後継製品で改善されたと聞いても、スキーと聞けば怨念がよみがえり、かんべんして欲しい心境でしょう。「旧式憎けりゃ、カービングまで憎い」の心理状態です。


9 カービングスキーが主流になった記念すべき年に、その人はなぜ断念なのか?

タイミングは偶然ですが、20日のキーナンバーは重要です。旧式で20日といえば、パラレルの壁まで3分の2まで来ており、スキーデビューから続いた急上昇が止まって、誰もがひどく停滞します。私自身を思い返しても、ゲレンデ行動範囲が広がった割には、相変わらず板を小さく回し込めず、中斜面でビュンビュンと勝手に加速してしまい、時に転倒すれば板が遠くまで飛ぶありさまでした。不本意な速度オーバーにビクビクしていました。


10 20日が撤退のブルーデーになるのは、スピードが出過ぎるからか?

スピードと足さばきの「チグハグ」が、最大になる時期だからです。相変わらずターン技術があいまいなのに、スピードには強くなっているので、突っ走っては大転倒します。自分史の中で一番上達しているのに、楽しさを恐怖が最も上回る時期に当たるから、永遠に夜が明けない絶望も一番強くなっています。ここでスキーを一休みし、そのまま引退するケースが多いわけです。「あの頃しょっちゅう行ったけれど、今はもうやめています」という人が、キャリア20日前後に集中しています。


11 しかし同じ20日の低迷で、方や断念、方やこの本を書いて、その差は何か?

習ったか否かでしょう。私は彼より昔に旧式スキーでの20日を迎えましたが、その時点で18日習っています。向こうは習わないので、パラレルという目標を知らず、当初の興奮を過ぎた頃に、ゲレンデに何をしに行くのか焦点が定まらなかったのでしょう。目標地点が決まらない心理状態で、「もう少しのしんぼう」は無理です。


12 その20日スキーヤーに、直接教習してやればよかったのでは?

そのスキがない雰囲気に、あの時代の運命を感じます。平成バブル時代のブーム参加者は、スキーに「軽さ、カッコよさ、おしゃれ、自由」をイメージしました。「アイデンティティ(自分らしさ)」という1980年代の流行語もあって、何にも束縛されず好きに行動する素人主義の時代です。よくあったケースですが、20日スキーヤーたちは「滑れる先輩」意識を持ち、初心者を教えもしました。そうやって、ゆうゆうと安全圏にいたかにみえて、突然、自分にはスキーは無理だと言い出して放棄し、スキー嫌いに反転してしまいました。


←トップへ     ←前へ  次へ→