I SOLISTI HIMUKI
第10回記念演奏会
2007年10月14日(日) 午後2時開演 宮崎市民プラザ オルブライト ホール
− 本公演は宮崎市文化振興基金事業の援助を受けています −
プログラム
F.X.リヒター シンフォニー ト長調 J.S.バッハ 管弦楽組曲 第2番 ロ短調 フルート
(フラウト・ トラベルソ)
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<休憩> ウォルフ イタリアンセレナーデ (*) バーバー 弦楽のためのアダージョ (*) メンデルスゾーン 弦楽シンフォニー 第9番 ハ長調 (*) 指揮 (*)
<プログラムノート>
フランツ・クサーヴァー・リヒター(1709〜1789 ドイツ)
交響曲 ト長調
リヒターはチェコ(ホレショフ?)に生まれ、フランス(ストラスブール)に没した作曲家です。 他の有名な作曲家達に比べてあまり馴染みの無い感じがしますが、リヒターも音楽史上、重要な作曲家の一人なのです。 リヒターは18世紀半ばから、当時の重要な文化の中心地だったドイツのマンハイムで宮廷音楽家として仕えていました (初めは歌手として、後に作曲家として活躍していました)。 マンハイムは特に音楽が盛んだったので、リヒターの他にもたくさんの音楽家が集まりました。そして彼らの素晴らしい 演奏技術によって演奏の幅が広がり、曲を演奏したり、創作していく上でも多くの成果を生むことになりました。 後にこれらは、モーツァルトやべート―ヴェンなどの作品にも大きく影響しました。 しかしリヒターは、当時マンハイムの流れにあった技術に走った演奏や、型にはめた効果、流行を追う風潮をあまり よく思っていなかったようです。バッハの時代からベートーヴェンの時代への橋渡しをした存在ですが、けして中途半端 ではなく、リヒターの音楽は、様々な様式の融合によって素朴で自然に、そして優雅に描かれています。 第1楽章 Allegro 全体的に躍動感があり、生き生きとしているが、その中にも様々な表情が見え隠れする。 第2楽章 Andante 第1ヴァイオリン、時には第2ヴァイオリンが第1ヴァイオリンに寄り添うようにして優美な旋律を奏でる。 第3楽章 Presto 堂々とした雰囲気の中、次々と現れる表情が対比されている。後半はクライマックスに向けて盛り上がっていく。
(福澤良恵)
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ヨハン・セバスティアン・バッハ(1685〜1750 ドイツ) 管弦楽組曲第2番ロ短調BWV1067 |
1738〜39年にかけてライプツィヒにてバッハが指揮した楽団、コレギウム・ムジクムの演奏会のために作曲されています。 バロック時代の二大音楽先進国であった、フランス、イタリアの様式を踏襲しながらも、自国であるドイツ的要素を盛り込んで、 音楽様式を確立しつつあった時代の作品です。 管弦楽組曲は4曲が作曲されていますが、いずれの曲もいくつかの舞曲から構成されていますが、特徴的なのはいずれも「序曲」 があることです。これは当時の流行で、フランスの様式を模倣したものです。 この構成はフランスの作曲家リュリが始めた形式らしいです。それぞれの舞曲の起源もフランス、イタリア、イギリス、 ポーランドなどなど、国境が今ほど明確ではなく活発な文化的交流が行われていたことを感じさせます。 (ただしバディネリは「冗談」の意で、舞曲ではないそうです) 1.序曲 2.ロンド 3.サラバンド 4.ブレー 5.ポロネーズ 6.メヌエット 7.バディネリ 独奏楽器として当時大流行したフルート(フラウト・トラヴェルソ)が活躍します。バラエティに富んだ舞曲の数々、 華やかな変奏(ドゥーブル)、意表を突く和音構成、奏者の自由度(音楽性)を試すようなフレーズ ・・・かつて「ブランデンブルく協奏曲3番」のコントラバスパートのレッスンをお願いした際の黒木岩寿さんの第一声 「バッハ!ゴージャスでいいよねぇ!」という言葉が忘れられません。あのレッスンを境にバッハが大好きになりました。 ゴージャスなバッハ、よろしくお願いします。
(塩田英治)
フーゴ ウォルフ (1860-1903 オーストリア) イタリアンセレナーデ |
オーストリア(現在のスロヴェニア)生まれ。多くの歌曲で有名。 器楽作品は数少ない中、イタリアンセレナーデは軽快でお洒落な小曲です。当初は弦楽四重奏用に作られ、後にヴォルフ 自身がオーケストラに編曲しました。今日演奏するのはLucas Drew さんによる弦楽アンサンブル版。
離れた調への転調が多く演奏上はなかなか厄介なものの、独特の色彩感があります。ヴォルフの経歴から推察すると実際に イタリアへ行ったことはなさそうですが、いかにも北ヨーロッパ人から見たイタリアへの憧憬みたいな感情に溢れています。
富山県で暮らしていた頃を思い出しました。雪国の冬は何週間もお日様を見ることがない灰色に垂れ込めた世界。 そんな中から列車と飛行機を乗り継いで宮崎へ着いた瞬間の青い空と太陽の輝き! 実に感動ものでした。 20数年を経た今でも忘れられません。 北国の住人が抱く南の国への憧れは相通じるものがあるようです。
(桑田芳幸)
| サミュエル バーバー(1910-1981 アメリカ) 弦楽のためのアダージョ |
この曲を一躍有名にしたのは、ベトナムの惨劇をヒューマン的な角度から描いた映画「プラトーン」でした。 異常なほど暗い気分が支配する映画でしたが、この祈るような美しさを持った名曲が唯一の救いでした。 作曲家サミュエル・バーバーは、そんなに昔の人ではなく、前衛的、現代的な語法は一切用いず、 「私は自分が望むものを書くのだ」と公言し、美しいメロディを紡ぎだすことにこだわりました。 このアダージョは弦楽四重奏曲第1番の第2楽章を、自らの手で弦楽合奏用に編曲したものです。厚みのある弦楽器の ハーモニーが醸し出す哀切感溢れるこの曲が、著名人の葬式でしばしば使われるようになるにつれ、 「これは葬式用の曲じゃない」と反発していたそうですが、結局は当の本人のお葬式でもバーンスタイン指揮により演奏されました。
(私の葬式には、お経よりこの曲を所望します。女性陣最年長 安藤祥子)
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フェリックス・メンデルスゾーン(1809〜1847 ドイツ) 弦楽のための交響曲 第9番 ハ長調「スイス」 |
教養ある裕福な家庭環境に育ったメンデルスゾーンは、幼少の頃からまずピアノでその天才ぶりを発揮しました。 彼の少年時代(12歳〜14歳)に書かれた弦楽のための交響曲は10数曲が残されています。この第9番はそれらの中では 最も本格的な作品と思われます。
第1楽章 ハ短調で始まりのちに明るくハ長調に転じる
第2楽章 ヴィオリンパートとヴィオラ、チェロパートが交互に演奏されるアンダンテ
第3楽章 スイス旅行に行った時の思い出なのか中間部にスイス民謡が引用されているスケルツォ
第4楽章 第1楽章と同様に短調から長調に向かい駆け足で終演
あまり演奏される機会のない曲ですので宮崎では初演かも?若さあふれるハツラツとした曲で、我々も初心に戻り 新たに挑戦を続けていきたいです。
(吉岡記史子)
07/11/05