看板
宝満山キャンプセンターの歴史について紹介します。
 初代小屋建設工事の様子の写真を手に入れることが出来ないでいます。なにしろ50年近く経っていますから、今みたいにデジカメでパシャパシャ撮る時代ではありませんからね。
 現在 キャンプセンターが建っている場所は修験道盛んなりし頃、宝満山山伏の中心となった座主の屋敷(楞伽院と言います)跡です。
 この場所に昭和43年3月、西鉄山友会の先輩たちは写真の様なプレハブの小屋を建設しました。
 この写真は開設10週年記念(昭和53年)のもので、小屋建設に苦労した先輩たちと子供達です。
 現在 小屋横にある楓の木も樅の木も見えていません。
  この写真は昭和63年5月のもので、屋根塗り替えで赤い屋根になっています。  この時期は雨漏りもひどく客室の半分は使用不能の状態だったし、管理室の内装もボロボロ、たぬきが出入りしてシュラフや毛布などはかじられて、汚物まみれになっていました。
 開設20周年祭が終わった後、初代小屋は使命を終え解体されました。
 初代小屋建設の様子を先輩によって書き留められた手記が残っていますので紹介します。
   初代小屋建設工事日誌 PDFファイル クリックして下さい。
 小屋解体の後は更地になっていましたが、宝満山に登っても小屋が無いと寂しい思いをしました。これより現在の小屋建設の様子です。
 昭和63年11月〜平成元年3月まで雪降る中で頑張りました。
11月19日ヘリ荷揚げ様子 ヘリの風圧にみんなオタオタしています しかしヘリの荷揚げ能力には感心するばかりです
 生コン打ち前の基礎型枠 初代小屋の廃材も多数利用しました 気温が低く生コンの凍結には心配しました
積雪の中 まず土台から組み立てを始めたが、 一番下のログは半割と3分の1割を使う事を誰も知らなかった
 ログハウス作りは素人ではあるが少しずつ要領が良くなっていって、特別な部分を除いて指示なしでやれる様になっていった
毎週土日15人前後のメンバーが集まって作業をした 毎週毎週女性達には昼食の準備をしてもらった 暖かい豚汁です 
ログが半分ぐらい積み上がって 小屋の形が想像出来る様になった 足場が無いので高い位置の作業は危険を伴った
屋根工事は苦労した コロニアルの貼り付けなんて始めてだ 屋根工事は傾斜が有るのでザイルで確保して作業をした
無事に完成して3月26日落成式を行ったがまだまだする事は沢山あった まだ西側のベランダが無い 少しづつ 少しづつ 一歩一歩
   半年に渡った小屋建設工事であったが、作業にあたったメンバーは大半が西鉄の従業員であり、公共交通を担う会社であって一般企業の様に土日が休みになることは無いので人集めには苦労をした。
  また ほとんどの者が大工や左官などの経験は無く、建設は試行錯誤の連続であったが、平成元年3月落成式を迎え、関係者一同感動の涙を流した時の嬉しさは終生忘れる事はないだろう。

下の写真は平成20年5月頃 ベランダのテーブルを更新した時のものです。

 この写真は平成26年1月の最新の写真です。平成20年にバイオトイレを設置しましたので、その電源としてソーラーシステムを小屋の屋根に取り付けました。キャンプセンターの雪景色はホント綺麗のひとことです。
 この写真は竃門神社様から頂いたものですが、大正年間のキャンプセンターの様子を写したものです。藁葺の小屋が在って山頂の岩場も綺麗に写っています。昔から山登り好きだったんですね。
 この写真は1821年奥村玉蘭によって著された筑前名所図会第4巻に掲載されている、その当時のキャンプセンター(座主坊 楞伽院)の様子です。石垣の状態や山頂上宮の様子は現在と殆ど変わらない雰囲気です。原図を出来るだけ忠実に複写しましたが、人物は省きました。発行された図会は数少なく図書館において閲覧させて頂きました。