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大神氏系戸次系図
大神氏系戸次系図
大神氏系戸次系図の確認できる系図は幾つか存在する。
先ず、都甲文書の中の「豊後國大神氏系圖」、「大田本」「筑後本」とよばれる「大神系圖」
とがある。
この「大神系図」は、明治20年9月、筑後國山門郡原町村田吉蔵氏蔵本を、内閣修史局編集
「久米邦武氏」が書写したもので、東京大学史料編纂所が所蔵している。
両本(系圖)は書き込みに文字の違いはあるが一致しており、研究者の間でも善本と位置づけ
られる。
他に「大神姓佐伯氏系図」「大神姓緒方氏系賀来氏系図」その他「緒方氏系図」にも戸次氏
関連系図が確認できる。その他、高田荘江藤本「大神姓系図」も公開されている。
これら四つの各系図で共通している点は、豊後の英雄「大神惟榮(緒方三郎惟栄)を戸次氏の
「祖」としていることである。
戸次氏の姓祖は「大神惟澄」が通説である。「惟澄」「惟榮」は「源平盛衰記」、太平記の
記述より源平合戦に共に出陣している。二人は大神氏系図より従兄弟同士の関係にあり矛盾
する。
一例として「大神姓佐伯氏系圖」の(戸次部分)を検証する。
惟季(阿南氏)ー惟盛ー惟衡ー惟用ーー惟長
|ー惟隆(臼杵氏)
|ー惟榮ー惟久ー惟家ー惟隆(戸次二郎)
|ー惟時
(注)このようになっていますが、この系図は大神氏系戸次系図
とは関係ありません
上記系図は他氏の系図の一部なので深くは触れない、歴史研究者の意見を参考に戸次氏の
歴史を考慮して関連部分を記す。この系図には次のような矛盾がある。
先ず「惟季」は「阿南氏」の姓祖戸次氏の祖ではない。 次に惟榮の孫に「惟家」が見え
るが、惟家は惟榮(コレヨシ)の父「惟用(惟茂)」とは兄弟で惟澄の父、惟榮よりは前の
時代の人物である(柞原八幡宮文書)、惟榮の孫には当らない。
先記のように、惟榮と惟澄は源平盛衰記の記述、大神系図等より従兄弟関係が明らかである。
仮に惟隆を戸次氏の祖とするにしても矛盾多い。
即ち惟榮は「戸次姓」の先祖に当らないのである。
其の外にも
惟盛ー惟衡ー惟家ー惟隆ー惟房ー惟澄
としたものもあるが間違い
善本とされる都甲文書「豊後國大神氏系図」、筑後本「大神系図」より
別ページに「大神氏系戸次系図」を整理する。
参考史料 大分歴史事典
大分県郷土史料集成(系圖篇)
大分県史(中世編・大神系圖)
都甲文書(豊後大神氏系圖)
神孫豊後大神氏(木村高士・三輪高宮系圖)
緒方三郎惟榮(渡辺澄夫)
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