臼杵丹生島国崩石火矢之事



     日本最初の大砲は、通説では天正4年(1576)「大友義鎮(宗麟)」がポルトガルより取り寄せたとされるもので、
    こんにちでは「沸狼機砲(フランキ砲)」と呼ばれている。時期については、天正2年には立花山城「戸次道雪」の  
    下に砲が届いたとする説もあるので、通説よりはもっと早く持ち込まれた可能性は大である。
    「義鎮」はこれを「国崩し(くにくずし)」と名づけた。弾丸に玉石を込めて発射した事より別名「石火矢」とも呼んだ。
    「国崩」が始めて実戦に用いられたのは、天正14年12月「臼杵丹生城」において、島津家久の将「野村備中守、
    白浜周防守」の2000が攻め寄せた時とされている。
    天正14年12月(1586)、「島津家久」は一万数千を率い日向口より豊後三重へ侵入。戸次氏の守る「松尾城」を
    開城させ、ここを拠点に府内侵攻を図る。府内への間には「戸次川」に接する「利光宗魚の鶴賀城(利光城)」が
    あって、島津にとっては障害となっていた。
    家久が恐れたのはは、利光城を攻撃するに当たって「臼杵丹生城」の「宗麟」に背後を後詰される事であった。
    このため、臼杵「宗麟」の押さえに2000もの兵を回したのである・
    このページは、「九州諸家盛衰記」という書物の伝えるその時の様子を少し読みやすく記述し紹介する。
    「九州諸家盛衰記」は馬場信意という人が書いた歴史書で、昭和54年歴史図書社より複製が発刊された。

     去程にさるほどに:この記述の前段で多く島津合戦の事をとりあげていることより、新たな書き起しの意味で:
    そうしているうちに、「島津中務少輔昌久(家久のこと:以下家久)」まず利光越前守鑑教入道宗匡(そうきょ:
    宗魚のこと)の鶴城(つるがじょう:鶴賀城)を攻め落とさんと思慮せられけるが(図るが)、「大友宗麟」が臼杵よ
    り後詰せんは必定(ひつじょう:必ず後詰してくる)である。如かじ(然らば:であれば)、臼杵表へ押さえの勢を
    差し向け、攻めるべき体(てい)に見せかけて、城(丹生城)を押さえさせ、鶴賀城を攻めるべしとして、「白浜周
    防守、野村備中守」を両将(大将)として、一千余人を臼杵丹生島(城)へ差し向け、12月5日戸次(へつぎ:地
    区名)が鶴賀城へ押し寄せた。
    「野村、白浜」は臼杵に押し寄せ「平清水(ひらしみず)」に陣をとり「兎居島(うさいじま)」まで詰寄せ、三度鬨を
    (ときを)つくり(気勢をあげる)、矢あわせの鏑矢(かぶらや)少々射掛けるが、元来(もとより)押さえの勢(軍)
    なれば、急に攻めるべき術(てだて)共なく、少し攻め口を退いて、町口(町の入り口)に大木の柳の有けるを
    前に当て(楯にして)、多勢しくろみ居て(寄り固まって)、城(丹生城)の形勢(様子)を窺いけり。
    (城内では)大友宗麟、武宮武蔵守を招き(呼び寄せ)、「敵深々と働き入れり(侵入してきた)、(此処は)先年
    南蛮国より渡りたる、国崩と云う石火矢を、汝仕て(なんじして:汝用意して)、敵の耳目(じぼく)を驚かせよ」と
    宣へば(のたまえば)武宮承り、薬(火薬)を一貫目程込めて、大玉の外に四、五銭目、六銭目計りの小玉を、
    二升込めて、町段(距離)を身計り、追手口(大手口)より四町四、五段(約500m)に見定め、彼国崩(かのくに
    くずし)を打懸けしかば、其響(そのひびき)山に通り海に答へ、天地震動して柳の木の一の枝より上をずんと打
    ち折ったり。(島津勢は)大小の飛(弾)丸に当たり、又は柳の木に押されて若干の死人出来たり。されども是に
    も怖れず、(島津勢、大友の)古庄、葛西が勢と合い戦う。(丹生城の大手口には)岩を穿(うが)てる一筋の道
    あり。此の口を「吉岡甚吉(鶴崎城・故吉岡宗歓嫡男)」防ぎけるが(固めていたが)、槍下に冑首五つ取て、薩
    州勢を追い退け、追手口まで引き取りぬ。
    臼杵美濃守、「柴田入道礼能(のりよし)」は、先陣にて平清水に打出て戦いけるが、(柴田は)一族「紹安」が
    逆心を無念に思い、我が心中まで大将(宗麟)に疑われん口惜さよとて、父子共に討死ぞしたりける。
    去程に薩州勢、鶴城(つるがじょう:鶴賀城)取り囲み、昼夜息をもつかせず攻めしかば、「利光入道」防ぎかね、
    頻(しき:ひんぱん)りに府内に注進す。
    (四国援軍の仙石、長曾我部)合戦を相待つべき旨の上意(秀吉の指示)なりと雖(いえ)ども、戸次(鶴賀城)の
    危難見捨てるには成り難しと、「大友義統」と相共に、都合六千余騎にて、戸次の後詰にぞ向かわれける。
      
                                    トップへ