宗麟と倭寇
               「大友宗麟は倭寇船団を統制していた
  
 「倭寇図巻」は宗麟船団であったと      報じた西日本新聞
 


  
「倭寇図巻一部」東京大学史料編纂所提供(西日本新聞記事より)
図巻には「弘治(1555〜1557)」の年号があった
       「倭寇」とは、13世紀の鎌倉時代より16世紀戦国期にかけて、日本の西方海(東シナ海)や明国沿岸を襲い略奪や海賊行為、
       密貿易(私貿易)を行った船団のことである。明国からは無秩序な外的(寇・侵略))として「倭寇」と蔑称した。多くは九州や
       瀬戸内の水軍衆であったが、中国人(明国人)の偽装倭寇も横行したという。
       東京大学史料編纂所所蔵の「倭寇図巻」は縦32p横523pあって、図巻には明軍と倭寇の海戦の様子等が書かれており倭
       寇の様子伝える唯一の史料とされてきた。ところが東大と中国国家博物館との共同調査により図巻は、九州の多くを支配し
       たキリシタン大名「大友宗麟」が中国に送った密貿易船をモデルに書かれた可能性が極めて高いことが判明したという。
       中国国家博物館には倭寇図巻にサイズなども酷似した「抗倭図巻」もあり日中の共同研究が進んだ。両図巻には倭寇の掲げ
       る旗に当時の日本の年号「弘治」が確認され、宗麟が中国に貿易を求めたが断られ、中国人倭寇と密貿易を始めた事や、弘
       治年間に二度密貿易船を送った記述史料も見つかったという。また、中国(明国)が倭寇の活動を宗麟に止めさせるよう依頼
       した史料も残り「宗麟が倭寇船団を統制」していた可能性があるという。
       豊臣秀吉が天下を取ると「倭寇」は禁止された。

                                                     参考資料: 西日本新聞(2011年10月18日版)


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