陶 芸 閑 話       

一麦窯 長谷川康行

2011.12  2013.10加筆修正

修行 ロクロ 

見る 良く見る

人を育てる

公募展出品

新宮焼

粘土

釉薬

窯     

指導者の責任            

気力 体力

形あるもの             

陶芸とは

 

参考文献                  

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  1.修業  ロクロ  湯呑み100個 

私は小学校から老人ホームまで様々な対象の指導に取り組んで来ました。病院のリハビリセンターにも3年間ボランティアで通いました。中心に据えているのは一麦窯教室です。内容は入門から大学の陶芸専攻のレベル以上です。

私もお世話になったことのある芸術学部では、陶芸専攻の学生で卒業時点にロクロの満足に使える人は、まずいません。ですから一般に、大学で陶芸を専攻したら卒業後、窯元修業を何年も経験して独り立ちします。土こね3年 ロクロ10年と言われます。

芸術学部の在学生、卒業生の指導もしてきましたが陶芸に関しては、経験浅く知識も技術も未熟ですがデッサン、立体構成等幅広く基礎的な勉強をしていますから理解が早く、センスが良いので気持ちが良いものです。

陶芸では練習とか稽古とは言わず修業と言います。

テレビで相撲を見ていたら、大記録を樹立して引退した魁皇関が「30歳を過ぎて強く感じたことは、相撲は基礎が大事だということだ」と語っていた。あれだけの人の言葉である。そんな当たり前のことを実感するまでに長い年月かかったのだ。陶芸の初心者が分からないのは無理がないということだろう。

基礎をしっかり身につけると応用が利くようになる。色々な、作りたいものが何でも自由に作られるようになる。ちょこが出来ても徳利が出来ないと面白くない。コーヒーカップが出来るとソーサーもほしくなる。ごく限られたものしか作られないのでは作品の幅が制限されて面白くない。

前衛的な仕事を主にしてこられた京都市立大学名誉教授の鈴木修氏もロクロの大事さについて「若い人はロクロを使った仕事よりもオブジェを作るほうが格好良いと思ったりするが、まずロクロを勉強すべきだ」と言っておられる。九谷焼の北出不二雄氏も「現代的、前衛的な作品を数々世に送り出している作家たちは、ろくろなど古くから基本とされる技術をきちんと身につけている。」と言われている。

 ロクロの基礎を習得するために湯呑み茶碗を100個作るよう勧めます。この湯呑み100個が中々出来ないようです。私が陶芸を始めた時、師匠からまず湯呑み茶碗を200個作るように勧められました。今までに1000個以上作ってきましたが今だに課題が残ります。

ロクロの基礎的練習には湯のみ作りが一番適しているのです。ロクロによる成形をするときは粘度を輪切りにしたときに、上から下まで真円になっていなければなりません。そうでないと回転によってぶれて、薄くするとやぶれます。置いた粘土が、離れて見ると静止して見えるように、きちんと回っていなければなりません。

これができればなんでも出来るのです。ロクロが使えるか使えないかはこれだけのことです。

陶芸はフォルム(形)が優先されます。形の良いものはそれだけで鑑賞に値します。シンプル イズ ベストと言われます。形の悪いものにどんな釉薬をかけても、装飾を施しても良くなりません。良くしようとあれこれ手を加えると段々騒がしくなり下品になるだけです。釉薬を使わない備前焼が美しいのは形が良いからです。

学校教育では年齢も能力もほぼ一定です。私の教室では制限を設けていませんから様々な人が入会してきます。陶器製造業のための職業訓練ではなく、人生の豊かさのための生涯学習の場と位置付けているからです。

年齢も、知的能力も体力も、家庭環境も、経済力も様々です。一度で理解し取り組んでいく人もいれば、同じことを何回教えても出来ない人がいます。

いずれ分かる時が来ますからその時を待つことになります。

本物を目指す人には湯呑み200個を勧めますが達成する人は一部です。

大抵60個くらいで音を上げます。

一つの課題を追うことの面白さを感じてほしいものです。100点満点で80点の作品が出来るようになると他の作品も80点のものが出来るようになるものです。30点で次に進むとやっぱり30点のものしかできません。それは技術ではなく取り組む心の状態だからです。

陶芸に飛び越しはできないのです。

湯呑みが一応出来るようになると、トンボと呼ぶ簡単な道具を作って縦横の寸法にそったものを作るように勧めます。この作業をすると格段に向上しますが、実行する人は一部です。行きあたりばったりの作業は、コースの無いところで車の運転練習をするようなものです。

苦し紛れに、「自分はプロになるわけではないのでこれで良いのだ」と言う人もいます。うまくいかないと、すぐに投げやりな発言をする人もいます。

趣味であっても進歩向上がなければ面白くありません。囲碁でもゴルフでも少しずつでも上達しなければ面白くないでしょう。

 

陶芸はボケ防止に良いと言われます。作業もさることながら新しい課題に取り組むことが脳の活性化を促すと思います。与えられた課題に対して、出来ない理由を探すのではなく、出来る道を探し考える。

陶芸も音楽も書道も何処まで行っても終わりがなく新しい課題に事欠きません。

 

私の教室メンバーが他の窯元で湯呑み100個の話をしたら、それは違うと言われたと言います。

聞いてみると湯呑みは1000個だと言われたそうです。

 

職人を養成するには、ぐい飲みを一日200個作らせるという話を聞いたことがあります。

安野焼きの鶴我晃弘氏は土管製造業から陶芸家に転業する時、同じ形のぐい呑みを一日

300個二年間続けたと言われている。

ただし、この段階で数だけを追うと粗製乱造になり、後々まで影響します。常に丁寧に心をこめた作品作りを身につけることが非常に大切です。初期の段階で大雑把で雑な作業を身につけると、なかなか直りません。

これは練習だから適当でよいのだという取り組みではなく、全ての工程に真剣勝負を身に付けて欲しいものです。

 私は大作に取り組むときは朝、滝に打たれて来なさい。滝がないなら水をかぶってきなさいといいます。

大事な作業を、へらへら笑いながらやっている姿を見るのは不快なものです。

どんな遊びも真剣に取り組んでこそ面白いものです。 

 

このことについて横浜国立大学教授の木下長宏氏は次のように書かれている。

「手を使って土をこね一つの形にしたて、それを火の中へ入れて造形するという行為、それに伴う心構えも、身体の姿勢も何千年何万年変わらない。その繰り返しの一つである。だからいいかげんにちょいちょいとやって、失敗したらまたやればいいんだというふうになってはいけない。長い歴史の重みをしたたかにうけとめることが大切である。」

また、テレビで陶芸家が、良い作品はせいぜい一窯一つであると言って、ボンボン割る様子が紹介される。「こういう態度は、人類が営々として営んできた焼き物の歴史の最も大切な心を裏切るふるまいである。」と批判されている。自分の名誉のための傲慢なふるまいではないか。

自分ひとりの力で作品が出来たわけではない。粘土は自然からの恵みであり、道具も機材も釉薬原料も焼くための熱源も、人の力に寄っている。一つの作品が誕生するために、どれだけ多くの人の力がそそがれていることか。

 

 相撲や柔道など伝統的なスポーツで、勝てばよいというものではないと言われる。マナーや、誠実に取り組む心の姿勢が重視される。それは茶道でも陶芸でも同じことだと思う。ただ粘土で何かを作るだけでは真の陶芸とはいえないということだ。

 

文学を志しながら40歳で陶芸を始め、後に人間国宝になった備前焼作家藤原 啓氏の長男である藤原 雄氏が次のような体験を語っています。

体調不良の父を助けるため、大学の文学部を卒業し出版社に勤めていたのをやめて、父に弟子入りをした。

昼間父の作業の助手をして夜、自分の作品を作って板に並べておくと翌朝全部板ごとひっくり返して潰されていた。5年間は100%壊された。そのうちに10点のうち1点が残り、次第に2点3点と残るようになった。

週に1、2度の話ではない。毎日の5年間である。

 

 書道展で、何年書いているか聞いてみると50年と答える人が珍しくない。自分の字が書けるようになるにはその位かかるという。その間ひたすら模写である。

私の友人で栞の字を書いてもらった篆刻作家がこのような話をしたことがある。

書の師匠が「10枚や100枚書いて書いたというな。畳の上に、書いた紙を置いて重ねたものが天井まで届いた時に書いたと言え。」

書でも陶芸でも同じことだと思います。

永い自分との闘いが続きます。ですから修業と言います。しかしそれは苦痛ではなく希望のある楽しい歩みです。

 

陶芸を始めた人に、陶芸は短距離走ではなくマラソンですよと何度もいう。初めての体験にその面白さから、頑張りすぎる人の多くは続かない、潰れる。

頑張って長続きする人は本物になるが稀である。

 

 

2.人を育てる

後輩の作業を見ていて変なことをしていると、ひとこと言いたくなる。私の手で直したくなる。そこでぐっと我慢をするか、見ないようにする。今この人にはこれが必要だと判断して、大事なことを教えても返事はするが実行しない人もいる。

 

本人が問題意識を持って聞いてこない限り、どれほど重要なことを言っても馬の耳に念仏である。

耳に聞こえても頭にもハートにも入っていない。体験して初めてわかる。だから「先生の言われることは、後からわかる」と言われる。

何を聞いて何を聞かないかが問題である。この釉薬の主成分は何かというようなことは、初心者が考えて分かることではない。聞けばよい。

よくある「この釉薬はどんな色ですか」という質問。答えてもしばらくするとまた同じことを聞く。これは聞くことではない。とくに灰釉(草木の灰を主成分とする釉薬)では言葉では表現できない微妙な雰囲気の発色が多い。それも何時も同じではない。陶芸材料店で焼き見本を見て釉薬を購入して焼いてみると大抵違っている。粘土によって、あるいは厚さによって、窯の雰囲気によって変わってくる。銅は酸化焼成すると緑色になり還元焼成では赤く発色する。

自分の作品に施釉して焼いてみることだ。一つの釉薬を理解するには相当な時間がかかる。聞いて分かることではない。

 

賢い人は自分の作品の問題点を聞いてくる。指摘すると次は改善される。前よりも良くなる。何度やってもうまくいかないときは聞いたほうがよい。何処が間違っているか自分では分からない。

失敗を体験すると身に着く。失敗が財産である。

 

以前なんでもすぐに教えていた。その結果なんと「考えない集団」が出来てしまった。考えるより聞いたほうが早い。

そこではどこかで見たことのあるような作品、金を出せば買えるような作品ばかり。本人だけの独創的な作品が出てこない。

自由にのびのび作りたいものを作る子供の作品のほうが面白い。

手前味噌になるが私の作品を見せて、このような作品を見たことがあるか問うてみるとまず、見たことがないと答える。

基礎的な段階では、学びはまねから始まるので大切だが、いつまでもそれではつまらない。目指すは創作の世界である。 

 

陶芸を始める時、器用不器用を気にする人が少なくない。私は陶芸は手でするものではないので気にしなくて良いと言っている。それは訓練と時間が解決する。経験を積むと同じことになる。早いか遅いかだけである。

陶芸は頭とハートでするもので、器用不器用があるとすればそれは知的なもので、新しい事を受け入れるあるいは挑戦する頭の柔軟性が必要である。

一度の指導で済む人と100回でも出来ない人との違いは、そこにあるような気がする。

話はそれるが、かってもう40年前になるか、私が師事した人が(陶芸ではない)、佐賀県に原発を作る動きに先頭に立って反対運動をしていたが、諸問題を理解しない人を評して「砂頭」と言ったことがある。

石頭というのは頑固一徹で、それなりの信念を持っているから評価できる面がある。

あいつの頭には砂が詰まっているというのである。ひどい表現だが言いえて妙。

 

これを拝借して美術館で、空いている駐車場を使わせないので、担当者に貴方の頭には砂が詰まっていると言った。たまの搬出入の邪魔になるというのである。せいぜい週に一回のために常時遊ばせているのである。そのほうが楽だからだろう。

お役所仕事とはこういうことを言う。私は大学卒業後公務員をしていたのでこういう馬鹿な公務員には特別腹が立つ。

エライ人を罵倒したので、もうその美術館は使えないかも知れない。

 

脱線ついでにもう一件。私はある団体でインターネットの活用を提唱したところ頭から否定された。それでパソコンとは何かインターネットとは何かという講習会から始めて、少しずつ理解者を増やした。実現するまで3年かかった。

よくも辛抱したものだと思う。初歩的なレベルのパソコンアレルギーは怠慢と不勉強でしかないと思う。

知って反対するのは良いが、知らずして反対する人が少なくない。

 

私は数名の友人にパソコンを一から教えた。その中で、一番早く成長した人は90歳の御婦人である。大学学長をしておられた亡き御主人の資料整理という目的がはっきりあったからだろう。年齢ではなく前向きの生き方の問題だと思う。

 

ありがたいことに、今日まで数名の人生の師匠が与えられた。陶芸に関しては、教育大名誉教授の中野忠先生、教職を退職後日本画家として制作と後進の指導に尽くされた納富賢智先生との交流が大きかった。また私の歩みにとって大きな存在は九州大学教授から福岡女学院大学の学長を努められた岩橋文吉先生である。

私が出品している美術展を案内すると、必ず観に行かれた。晩年、体力的に無理だろうと思ってわざわざ、案内でなく御報告ですよと断っても足を運ばれた。

後日、婦人に感想を語っておられたことを知る。私には良いとも悪いとも一言も言われなかった。

観ても何も言わない。何も言わないが必ず観に行く。

自分の目で確認し、暖かく見守る。

人を育てるとはこういうことなのだと教えられた。

 

 

3.見る  見える  見えてくる  見ていない 

 

いずれの大学でも入学試験の実技で必修とされるのがデッサンである。

大学によっては絵画科でも絵具を使わせずデッサンだけというところがある。それほどデッサンが重要だということだ。

私は陶芸でもデッサンから始めるのが良いと思っている。(私の教室では実行していないが。)

表現力だけではない。それ以前に見る力が問われる。かって洋画の大家が、「ビルの4階から転落する人を描けなければならない」と言った。

 

人物画の実習でクロッキーがある。モデルが数分ごとにポーズを変えるのを素早く描く。

テレビで外国(韓国だったと思う)の街頭で、低料金で似顔絵を描いている画学生を紹介していた。一人30秒である。一瞬で対象の特徴をつかんで表現する。客は早くて安くて、本人は訓練と収入になってこんな結構なことはない。

 

以前私の教室で、「貴方は見ていない」と言ったら本人は「見た」と主張したことがある。

絵画の世界ではただ漫然と眺めるのを「見る」とは言わない。

 

アトリエにはよく人体の骨格標本や人体の解剖図が置かれている。物の表面だけを見ず、物の本質を見よ、ということは生きた人物を描く時だけではなく対象の全てに言えることだろう。

絵心とはバランス感覚だという話を聞いたことがある。かって指導をいただいた先生はセンスの問題だと言われたが、同じようなことだと思う。それはこれまでの長い人生経験の中で培われたきたものであって、簡単に変わるものではない。

だから大学では入試で篩にかけるのだろう。

 

陶芸で、何処が狂っているか一瞬で見抜くことのできる人と、いくら見ても分からない人が居る。私の作業を見て、同じことをしなさいと言ってして見せるが、肝心なとこを見ていない人が少なくない。

私の作業を熱心に見るのは経験長く、見なくて良い人であり見なければならない人は見ない。逆になっている。同じ道具で同じ粘土で結果が違うのはやっていることが違うからであり、どこが違うのかを見抜かなければならない。それがわかれば後は練習あるのみである。

 

教室メンバーに作品展には複数回行く事を勧めている。

一度目は新鮮でどの作品も良く見える。二度目は印象に残る作品が出てくる。その作品をしっかり見ることだ。全体の雰囲気だけではなく自分が制作するつもりで、よく見る。その作品の良いところを見つける。

 

工芸は技術的な課題の比重が大きいので、こんな形を一体どうやって作ったのか。どんな粘土を使っているか、この釉薬の成分は何だろうというような課題が与えられる。

作品展で会場係をして終日作品を見ていると、朝と夕方では印象が違ってくる。

良い作品とそうでないものとが見えてくる。

陶芸を始めて5年〜10年位経つと、良い作品とは何か分からなくなって悩むようになる。自分が良いと思っても他人はそう思わない。良く出来たと思う作品とそうではない作品とを出品して評価が逆になるのは良くある。

私が洋画の勉強をしていた時、うまくいかず描いたり消したり四苦八苦して仕げた作品と、スムーズにうまく出来上がった作品と後で比較してみると、苦労した作品のほうが深みがあり感動がある。

 

私は陶芸をする人に窯元めぐりや祭りに行くことを勧めない。遊びに行くのは良いが勉強にはならない。アマチュアの作品のほうが良いと思っている。アマチュアの作品はすがすがしくて気持ちがよい。とかくプロは、良いものではなく売れるものを作ろうとする。

生活がかかっているのでそれはそれで良いと思うが。行くなら美術展に行くよう勧める。

 

 贋金鑑定者を養成する時、本物だけを見せるという話を聞く。良い作品だけを見ることによって良い作品が分かるようになる。他人の作品の悪いところにすぐに目が行く人が多い。歪んでいるとか、ひびが入っているとか。

他人の作品の良いところを探す習慣を身につけてほしいと思う。それによって自分の意識の中に良いものが蓄積される。

 

 

 

4.公募展出品

 

私のグループのメンバーには、年に一回は公募展に出品するように勧めている。数ある公募展のどれでも良い。必ずプラスになるものがある。自分の足跡を残すことが出来る。経歴書に載せるとよい。

 

以前「新宮文化」に「何のために出品するのか」と言う一文を書いたことがある。要約するとつぎのようなことだ。

芸術は人があってこそ成立する。どんな音楽も聞く人がいなければ成立しない。陶芸も自分が良いと思っても他人がどう見るかが問われる。自己満足では成長しない。

私が初心者の頃先輩から、「人目に晒して恥をかけ」と言われた。

良い恰好するためではない。恥をかいてこそ成長する、そのために出品せよというのである。他人の作品と並べてみると己の非力が思い知らされる。

 

以前私の所属するグループの研究会で先輩が、指導者である高名な大先生と議論になった。私はその人に厚かましくも、自分の考えを貫くべきではないか、評価されるために己の信念を捨てるのか、人生観の問題でしょうと言った。

自分の作品に確信が持てるようになったら、評価されようがされまいが自分の作風を貫けばよい。大家と呼ばれる人も、ピカソのような大げさな例を上げるまでも無く、なかなか人から受け入れられなかった例が多い。

 

最近、日展にまつわる不明朗な審査が大きく報道されている。事前にグループごとに入選点数が割り振りされているというのである。

何を今さらという感じである。

私の作品と同じようなものが日展に入選しているといわれたことがある。

誰でも出品出来、知らない人は、優れた作品が評価されると思っている。それは建前であって実態ではない。

私に言わすれば日展は派閥の集合体である。政治の世界とよく似ている。

他の公募展では、有名な先生が事前に審査員を呼びつけ、弟子の作品を見せておくという例もある。  

書をしている友人が日展の候補に上がっているので300万円用意するように言われたという。権威ある洋画展で同様の誘いで150万円要求されたという。どちらも断ったそうだ。

伝統工芸にとり組む審査員がオブジェなど現代工芸の作品を全て落選させて問題になったこともある。 

私が審査を担当した公募展では偏らないように注意した。

以前ある陶芸グループを訪ねた時、県展はコネでしょうと言われた。私は県展に入賞1回入選10数回しているがコネらしきものは何もない。

飯のために看板が必要な人もいるだろうし、名誉を生きがいにしている人もいるだろう。

それは人様様で人生観の問題だからそれを非難するつもりはない。

自分自身のために出品するように勧めるが、賞にはこだわらないほうが良い。審査結果を過大視してはいけない。目標をもって努力することに意味がある。

 

 

5.新宮焼

 

展示会などで「何焼きですか」と聞かれることがある。それは生産地ですから新宮焼ですかね、と答えることになる。昔は土地土地によって固有の粘土が産出され、釉薬と焼成法は藩財政を支える門外不出の重要な企業秘密であった。その土地ならではの作品が製造され名産品、特産品の地位が確立されていた。だから何々焼きの意味が大きかった。萩焼と言えばだれでも御本手の茶碗を思い浮かべ、備前と言えば焼き締めの花器を思い浮かべる。

 

今では専門業者によって全国の粘土が流通し、釉薬の成分製法は学者等によって明らかにされている。専門書を開けば一般的な釉薬はミル機等の設備さえあれば誰でも作ることが出来る。

 

私は以前、ある陶芸の町を訪ねた時30分くらいで気分が悪くなった。どの店もどの店も同じようなつまらない食器が所狭しと並べられていた。

以後その町には行かないようにしている。健康に悪い。

ところが、萩焼で高名な第12代三輪休雪氏は大学で彫刻を学んだあと院で陶芸を専攻し、その卒業制作はハイヒールであった。豊かさや美しさと言った人間の欲望の象徴として陶のハイヒールを床に散乱させた。

 

今や若い人たちが従来の何々焼きの範疇に属さない、個性あふれる作品を発表するようになって面白くなった。

初心者は他人の作品を見てこれは何で、何に使うのかにこだわる人が少なくない。

私は使い道を考える必要はないと言う。それは使う人の自由である。

そもそも歴史的にみると抹茶茶碗は朝鮮の飯茶わんであり、水差しは骨壷であったと言われる。骨壷と水差しは良く似ている。

 

戦後京都で前衛的芸術集団の鈴木治氏(後に京都市立芸大教授)等5人の若手陶芸家が、古典や伝統にとらわれない新しい陶芸の制作集団「走泥社」を結成した。鈴木は馬等 動物や雲、風、太陽等の自然現象を表現した。いわゆるオブジェの世界である。

用にとらわれない制作は絵画や彫刻では普通のことである。

 

私は約束事の多い茶道具から、用にとらわれないオブジェまで様々あって良いと思っている。

美しいとか、すごいとか、面白いとか、何かを問いかけるとか、癒されるとか、感動を与えられる作品に価値があると思う。

 

 

6.粘土

 

粘土とは何か。簡単にいうと何百万年もかかって岩石が風化したものである。

その化学構造や産地による成分などは複雑多様で閑話の素材としてはふさわしくないと思うので触れないことにして、興味のある人には資料を提供しようと思う。

造成地などで粘土が露出しているのを良く見かける。それを少しもらって帰るとオリジナル作品が出来る。

やってみると簡単ではない。石やごみが多くてそのままでは手捻りは何とかなるが、ろくろ成形は無理だ。

それを使えるようにするため通常は水簸(すいひ)という作業をする。粘土を水に溶いて泥水にし、石などを沈殿させ分離した細かい粒子を沈殿させる。これを繰り返すと次第に粒子の細かい粘土が出来る。

この作業は大変なので専門業者が介在することになる。競争原理が働くので研究工夫して特徴のある粘土を製造する。市販されている物が100種類以上ある。

大作では割れやすいもの、水漏れしやすいもの等様々である。

粘土を選択する時、焼きあがりの色などの風合い、粒子の大きさをまず考えるが一番大切な要素は耐火度である。色合いは魅力的だが熱に弱く温度を上げると表面が水膨れの状態になるものもある。

 

私は遠賀川の川底の粘度を使ってみたことがある。1250度で焼いたところ崩れて床の棚板に流れついてしまった。

魅力があるが合わせ持つ弱点を克服するために、砂やシャモットを混ぜる等の工夫がされる。

何を作るかによって最初に、適した粘土の選択が重要になる。

 

新宮焼のところで産地について述べたが佐賀県で信楽産の粘土を使っている窯もある。私の教室ではおもに信楽の粘土を使い、物によっては唐津、萩土等も使っている。

信楽は種類も多く生産量も多いから勝手が良い。産地によっては品切れが多く何カ月も待たなければならないものもある。

掘り尽くしてしまって、以前のような美しい発色は難しくなった産地もある。

似たような土を調達して調合していると言われる。土というようなものではなく石をガンガン粉砕している工場にも行ったことがある

7.釉薬

 

私が使用している釉薬の半分は、長石等の原材料を購入し自分で調合している。

ミカン灰釉、孟宗竹灰釉等は自分で調達している。近くのミカン山で剪定されたミカンの枝葉を燃やしている。その灰をもらって篩にかけ数カ月水につけて、あく抜きをすると自分だけのオリジナルな釉薬が出来る。

 

素焼をした粘土に水に溶いた釉薬を吸わせると表面に釉薬がつく。本来釉薬は自然発生的なもので、加熱した時に灰がついたもので、ならば初めから灰を付けて焼けば良い。美しく丈夫で肌触りのよいものが出来る。成分を分析し人工的に合成した灰も使われるようになった。

様々な金属等を調合した現代釉薬も市販されている。

 

窯を持つと釉薬を作りたくなる。自分だけのオリジナルな釉薬が出来るとうれしいものだ。身近かな草木や火山灰などを利用するとマスコミが面白がって取り上げる。

多くは挑戦するものの、釉薬のメーカーでは専門の技術者が、他にはない素晴らしい釉薬を開発するべく日夜努力している。素人が簡単にできる世界ではないことにやってみて気付く。一時の遊びにしかならない。最終的に諦める。

 

 私の作品には土のぬくもりにこだわって、あえて釉薬を使わないものも少なくない。釉薬を使わないものは評価しない人たちもいるが。

 

 

8.窯

 

昔から使われてきた木材を燃やす窯は、材料の確保や大気汚染の問題、労力等からあまり使われなくなった。年に1回の大量焼成に失敗して倒産した窯元もある。

反面電気、ガス、石油を熱源とする窯の性能が向上した。焼成途中で木材を供給することによって穴窯、上り窯で珍重される灰被りと同じようなものが出来る窯も作られるようになった。電気窯で途中からガスを送り込んで還元焼成の出来るものもある。コンピューター制御で組み込まれたプログラム通りに温度管理をするものも普及してきた。

 

 以前新しく出来た施設から陶芸指導の要請があった。必要な機材などがすでに用意されていた。窯を見て、これは良くないと懸念を表明した。案の定1回の焼成で崩れてしまった。私は納入した業者に引き取らせて別の販売店から購入させた。得体のしれない業者が格安で売り込みに来ることがある。その販売店は目先の利益のために有望な納入先を失うことになった。

 有名な家電メーカーが小型の電気窯を売り出したことがある。宣伝文句は数時間で高温にできると言うことだった。短時間で温度を上げることは技術的に難しいことではないだろう。それを実行したら作品はどうなるのか。

 

 

.指導者の責任

 

近年失敗学が評判になっている。

かってロクロの一から私が教え、今では後輩の指導をしている窯元が、弟子から「先生も失敗するのですか」と言われて、「失敗ばっかりですよ」と答えたと話していた。新しい世界を切り開くため、試行錯誤の連続であり、失敗から学ぶことがあってこそ進歩成長する。いつも私は「失敗が財産ですよ」と言っている。

 

 ここでまたまた話が大きく脱線してすみません。

私が小学生の頃、父が庭に作っていたジャガイモに花が咲き実がついた。

大事に学校に持っていき、担任の教師に見せた。「ジャガイモに実はならない、これはトマトであってジャガイモではない」と言われた。大学の農学部か農業試験場に電話一本すれば、ジャガイモに実がなるのは珍しいことではないと分かったはずだ。その時の暗い気持ちは60年経った今でもよみがえる。

後に県立高校の校長をしていた父に、かって世話になった先生に言いたいことがあると言ったが、父は沈黙していた。

自分の失敗は良いとして後輩に対して間違った指導をしていないか。

 

私が指導を受けた第13代中里太郎衛門氏は相手の人格を傷つけるほどに極めて厳しい指導をされていた。

褒めて育てるとよく言われるが、それによって間違った方向に進めてはいけない。悪いものは悪いと言ったほうが良いと思っている。

言い方が不十分で正しく伝わらなかったという反省は多々ある。

 

 

10.気力  体力

  

長年制作をしていると、自分の限界も見えてくる。

陶芸に必要な創造力も、そのベースになるのは気力体力。

テレビで89歳の現役パイロットを紹介していた。秘訣は腹八分と異性との付き合いだと言っていた。歳とともに世の諸現象に対する好奇心も弱くなる。

制作意欲の持続とそれらは密接につながっているような気がする。私は相田みつをの「一生勉強一生青春」と書かれた色紙のコピーを飾っている。

 

数年前五十肩になり2年間苦しんだ。15年前大作を窯に入れる時壊したのが右肩で、今度は左肩であった。24時間激痛で作陶どころか夜も眠られず、横になると痛くて腕の置きどころがない。天井から紐を吊るし腕を支え、ソファーで夜明けを待つ日が続いた。

相談した内科医は痛みの治療に対する理解が少ないように感じられた。

地元の整形外科ではリハビリに通いなさいと言われ、電気で温めるだけで何もしなかった。

近所の整骨院、温泉に毎日通うのが日課となった。少しばかり気が紛れた。

 

歯の治療で医師から、歯ブラシで磨きすぎて傷だらけになっている、加減するようにと言われた。交代した衛生士はもっと汚れが落ちるようにごしごし磨けと言った。

医師の人柄にもピンからキリまであって、医師が神様に見えることもあれば、なんだこの人はと思うこともある。

 

これまで二度いわゆる大病をした。人が生きるためには希望が必要だと実感している。

 

同じ公募展に出品してきた知人友人が、今年は出品していない。もう大作はしんどくなった、小物で遊ぶという。

10キロ以上ある作品は体力がいる。腕、肩、腰に負担が大きくなる。大作は作陶、焼成等にハードルが高くなる。小さなミスが命取りになる。最初から最後まで緊張の連続である。

数多く作って良いものを選ぶというわけにいかない。私は半年一年先を見据えて準備にかかる。行き当たりばったりで作るわけではない。出品直前にバタバタ作って良いものは出来ない。

注ぎ込んだエネルギーに比例する。それが観る人に伝わる。

 

 

11.形あるものは

 

2005年3月20日朝、福岡西方沖地震。 自宅の洗面所で出かける準備をしていた。

突然、道路工事の重機のような轟音から始まった。

何だこれは、地震か、福岡には地震は来ないのではないかと思った。

本立てが倒れるとか電気温水器がずれて水が出ているくらいで大した被害はなかった。

愛犬ハッピーを連れて工房に向かった。棚の壺などが落ちて大作を直撃、大鉢等の口が破損していた。一番大切な作品が無事でよかったと思ったが、梱包をほどいてみるとやはり破損していた。

ちょうど窯の中にあった教室メンバーの労作も壊れていた。気の毒なことをした。

久々の落ち込みであった。

このショックから立ち直るのに相当時間がかかった。

東日本大震災では1万5千人もの人がなくなり、いまだに行方の分からない人が3千人以上。それぞれ大切にしていた宝である家族の命や物が失われた。陶芸を楽しみ作品を大切にしていた人もあったに違いない。

 

人間を長くやっていると様々な経験をする。人生相談で、何を聞いても驚かないようになった。人間とはそういう物だと思っている。

今が永遠ではないということを、心の奥において生きなければならないと思う。

 

 

12.陶芸とは

 

そもそも陶芸を始める時点で、「陶芸とは何か」などと考える人はいないだろう。物作りに興味のある人は、日常手にする食器等を自分で作ってみたいと思うのがきっかけで始める。世界に一個しかない自分で作った食器に料理を盛る、花器に花をいける。

 

そして長年楽しく頑張ってきたある日考える。

陶芸って一体何なのか。

 

実用品は安くて使い勝手の良い物がいくらでも売られている。

 

以前出張教室であなた方は今、将来陶芸をするための基礎的な勉強をしているのですよと話したことがある。自分は今、陶芸をしていると思っていた人たちは不審な顔をしていた。

 

陶芸とは何か国語辞典で調べてみると、美しい陶磁器を作る芸術であると要約される。そして芸術とは美を表現する人間の活動とその産物であるとされている。

 

東日本大震災で被災した人が仮設住宅で繭飾りを作り始めて、心の復興が芽生えてきた例が報道されている。物作り、音楽、スポーツ等で生きる力を与えられるのは珍しくない。陶芸も人に生きる力を与えることが出来るのだ。

先に記したリハビリセンターで、ある日突然手足の麻痺によって思うように生活出来なくなった社会の第一線で活躍していた、地位も名誉も第一級の社長や病院長が、全員片手での作業であったが、何かを作ることが出来た喜びを見てきた。陶芸を通して生きる希望を持つことが出来た。私の陶芸は、土のぬくもりを通して人に癒しを、感動を、問いかけを提供できればよいと思っている。

   

     参考文献

 

陶芸入門  江口 滉  文研出版     

 

陶芸を学ぶA  京都造形芸術大学編  角川書店

 

陶芸の伝統技法  大西政太郎  理工学社

 

陶芸の釉薬  大西政太郎  理工学社

 

原色陶器大辞典  加藤唐九郎編  淡交社

 

土のぬくもり  藤原啓  日本経済新聞社

 

唐津焼の研究  中里逢庵  河出書房新社

 

茶道具に親しむ  細川護貞監修  婦人画報社

 

茶碗の見かた  細川進三  徳間書店

 

茶碗の見かた  赤沼多佳  主婦の友社

 

釉から見たやきもの  芳村俊一  工芸出版 

 

 

            

 

3.11 花は咲く