1.  人材の基地に 「新宮文化第3号 H9.4」
2.  何の為に出品するのか 「新宮文化第14号 H15.7」
3.  文化協会の在り方 「新宮文化第16号 H16.8」
4.  文化祭に参加して  「新宮文化第19号 H18.2」 
5.  出会いが人生を変える 「第5回新宮町芸術祭 H18.6」
.  全会一致は良いことか 「新宮文化第20号 H18.8」
7.  滝口さんの晩年 「第13回新宮町文化祭 H19.10」
8.  手作りの価値 「新宮文化第22号 H20.2」
9、  納富賢智先生を送る 2011.3.6
10、機械は故障する 人間は間違える 原発事故 「しんぐう九条の会会報 2011.4」
11. 骨       しんぐう九条の会々報 2011.1 

           







 

  .
1.  人材の基地に


 祭祀用を含めて実用品として発展してきた陶器は、すでに完成の域に充分に達している。 

美しく、使い勝手の良い陶器が産業化され大量生産されて、世に氾濫している。

にもかかわらず、それらと同等あるいは、それ以下の作品を手間暇かけ金を使ってわざわざ

作ろうとし、それにこだわる人が少なくないのは、一体何故だろうか。
 
全ての人は、いずれの日か土に帰る。それは、人間の数少ない「絶対」の一つである。

あらゆる人は、意識するしないにかかわらず土に興味があり、その延長にある陶芸に関心を

持たずにおれない。そのことを大前提として踏まえておきたい。その上で主な要因として(1)
 
(2)(3)を上げることができる。

 (1)愚かな指導者達によって導かれた戦争の結末として食うことすら充分に出来ない国土

に陥、ってしまった結果、ただひたすら経済的繁栄を目指しして突き進んできた今、いざその

目標を達してみると人間の幸福は、物質文明だけでは決して満たされないことに、ようやく多

くの人が気付いて来た。

 (2)核家族化が進み、高齢社会を迎え、豊かな老後を過ごすための一要素として、生涯学

習の重要性が叫ばれるようになった。

 (3)すでに数十年前から医療分野に取り入れらていた陶芸の優位性がようやく一般に認知

されるようになった。精神面での安定やリハビリテ-ションの一環として、病院・保健施設等に

今や陶芸は必然のものされるようになってきた。

 個人の、より豊かな人生を送る楽しみとしての陶芸。自ら作った食器に料理を盛る、花を生

ける等の喜び。頑張って生き抜いてきた老後にしてようやく与えられた充分な時間を満たす

時、自からの手で形のあるものを作り出す喜びとその作業を通じての訓練は生への希望へと

つながっていく。更に人間として何かを表現し訴えようとする衝動は一部の人を芸術へと向か

わせる。

 様々なニーズを満たし、更に陶芸教室の指導者、医療等との接点を深く理解し、その空隙を

埋めることの出来る指導者など、様々の人材を送り出す基地となることを願っている。





2.  何の為に出品するのか

 
私の教室のメンバーには「先生」と呼ばれる職業の人が少なくない。

先日もピアノの先生と話していて、先生たるものが一番勉強しないといけないという話になっ

た。

事実先生は日常、生徒の何倍も何十倍も勉強しているものだ。

 それでも穴に籠って、あるいはお山の大将で自己満足していては成長しない。機会あるご

とに作品を公表し、人に見てもらうことが必要である。

 ありのままの自分をさらけ出す時に自己の非力を思い知らされる。それをバネにまた頑張

る。苦しい自分との戦いを再起動することになる。

 良い恰好をするためではない。人目に晒して恥をかくこと、それが出品の第一目的である。





.  文化協会の在り方について

 
役員会はボランティア集団であって、個人が特別な権限を有する訳ではない。よって創立

以来文化協会との関わりを大切にしてきた一会員として、最近思うところの一部を記したい。

(1)役員会は各サークルの日常活動が円滑に行われるように、縁の下でお手伝いをするこ

  とが本来の使命であって、役員会主導の諸行事が先行し日常活動に支障をきたすようで

  は本末転倒である。

(2)講師会の充実が望まれる。活動のあり方、指導方法等についての研究会を持つ等。

(3)ホームページを開き、ホームページを作っているサークルの一覧を公表することによって

  更なる活性化が期待できる。

(4)若い人の参入。時代に適応できる斬新で柔軟な頭を必要としている。

(5)加入意図が利便性のみにあると、諸行事が円滑に進まない。吟味が必要だろう。





4.  文化祭に参加して

        陶芸サークルによる「手作り茶碗でおもてなし」


 通常お茶会は茶道をたしなむ人たちで行うもので、不特定多数を対象とするこのような

行事は、茶道経験者にも始めてのことでした。

陶芸は創作活動であり、新しい事に挑戦する精神は、陶芸と同じと引き受けました。

実施要領を作成したところ3頁80行にもなり「これは大変」と思いましたが今更後には引けま

せん。有志を募り自作の茶碗、水差し、建水、花活け等を提供する人、御菓子メーカーに勤め

る人はお菓子の吟味と発注、華道を学んでいる人は花を調達するなど、茶道歴50年のメンバ

ーをリーダーに準備を進めました。

当日最初のお客様が新宮町長、町議会議長、助役等で緊張のスタートでした。

素人集団の事ゆえ、未熟さを受け入れてくださり、温かい雰囲気の中で任務を全うすることが

出来ました。

参加したスタッフ一同、爽やかな後味の残る貴重な体験であったと感謝しています。






5.  出会いが人生を変える

 「一期一会」という言葉がある。

元々は茶道用語で、一生一度の出会いを大切にせよとの、もてなしの心を表す言葉という。

習いごとは師匠を選べ」ともいわれる。

優れた業績を挙げた多くの人が、等しく次のようなことを言われるのは興味深い。

「あの人との出会いがなかったら、今日の自分はない。」

「あの人との出会いがあったからこそ今日の私がある。」

これに関しては二つの要素があるように思う。人は一生のうち一体何人の人に出会うだろう

か。数え切れない出会いの中で、自分の人生に大きな
影響を与えられた「人」との出会いが

あるものだ。

もう一つは、その出会いをどのように大切に暖めてきたかという、自分自身の問題である。

 私はNHKのモニターをしていたことがあるが、どんなに優れた番組であっても受信機が悪い

とその良さを知ることはできない。良い番組と良い受信機と、双方によって良い番組が成立す

る。

 新宮町文化協会は、約70名もの講師によって構成されている。芸能、美術、文学、健康、

生活文化など、あらゆる分野のエキスパートがそろった人材の宝庫である。この講師陣との

出会いの機会は誰にも与えられている。

素晴らしい先生方との出会いと交わりによって貴方の人生を、より豊かなものにして頂きたい

と願っている。






6. 全会一致は良いことか


 新聞、テレビ等で株主総会の様子が報じられる。いかに短時間でスムーズに会議を終わらせ

られるかが、担当者の腕の見せ所とされるという。

 新宮町文化協会本年度総会が4月8日に行われ、全ての議題が満場一致で可決され、極め

てスムーズに最短時間で終わることができた。

 一方、7月1日に行われた芸術祭反省会では予定時間をオーバーするほどに多数の発言が

あり、それに対する反論もあった。

 これだけ多くの会員の発言が見られたのは、両会議の性格が全く異なるにしても特筆に値す

る。

 ところで、いささか古い話になるが、かつて「日本人とユダヤ人」という本がベストセラーになっ

た。内容もさることながら著者のイザヤ・ベンダサンとは一体何者かが随分騒がれたので、覚

えておられる方も多いと思う。

 この著書の第6章に「全会一致の審判は無効」−サンへドリンの規定と[法外の法」−という

記述がある。

 全会一致は偏見か興奮の結果、または外部からの圧力以外にはありえないから、その決定

は無効だというのである。

 たとえわずかでも異論を唱えるものがあるならその異論との対比の上で、比較的、絶対的

正義に、近いことが証明されるわけで、少数の異論もある多数者の意見は比較的正しいと信じ

てよい、ということなのである。

諸会議において形の上では全会一致で決められたことが、非公式の場で否定的意見を出され

るケースが珍しくない。問うてみると、圧力の前で自由に発言できないというのが大方である。

 諸問題で根強い少数意見に苦慮することが多いが、千人もの会員からなる任意団体では、

種々様々な考え、意見があるのは当然であり法的権限等無縁で、ボランティアで構成される

役員会は、最終的な一致を見るための作業が実に重く、しんどい思いを余儀なくなくされる。

 少数意見あってこその多数意見である。同等に耳を傾け吟味する必要がある。それを踏まえ

て、最終的に一致に至るのが理想でありその決定には、全員一致で誠実に対応することが求

められるのである。





7. 滝口さんの晩年

 
滝口さんは兵役で中国戦線から生還し、波乱にとんだ人生を歩まれた。

晩年庄助村村長をするなど、地域の人たちの信望厚く毎日、お孫さんと握手するの

が唯一最大の生きがいであった。

99歳の時、土地を貸している陶芸家の様子を見て「わしにも出来るかな」と弟子入

り。

「面白いことみつけた」と毎日陶芸三昧の日々を送られるようになったのである。

100歳を記念して個展を開かれ大好評で、その様子は新聞でも紹介された。

昨年12月11日、朝食をしっかり食べて弁当持参で陶芸場へ出かけ、夕方まで

みっちり陶芸に取り組み楽しい一日を過ごされた。

 翌朝、気分が良くないいとのことで病院に運ばれたが、数分後には息を引き取ら

れた。特別な病気ではなく老衰との診断であった。

常日頃「歳をとっても閉じこもらないで、自分で面白い事を探し、愉快に日々を送ろ

う」と呼びかけておられた。

すでに10月には生前葬を済ませておられ、満100歳での見事な大往生であった。

 私の教室のメンバーには5歳の時から通ってきているノノちゃんがいる。すでに

中学2年生である。毎年力作を文化祭に出品している。

 文化祭は老若男女を問わず、部門を問わず、師匠も弟子も皆が一堂に会して、

日ごろの賢さん努力の成果を発表しともに学ぶ年に一度の有意義な行事である。

 今年も文化協会、文化振興財団、町をはじめ協賛企業など多くの方々の尽力に

よって、この祭典が盛大に催されることになった。

参加者すべての方々に心から敬意と感謝の念を表します。





8. 手作りの価値

戦後の貧しい時代を経て今や、物のあふれんばかりの豊かな時代に

なった。

金さえ出せば大抵のものが手に入るようになり、そのことから価値判断の

逆転が見られるようになった。事を選ばず、何事も金で安易に手に入れることが

良いことであるかのような判断が、時になされるようになった。いわゆる拝金主義

の蔓延である。

 今年度も糟屋地区文化協会連合会では担当町の御苦労、会員の協力の元、

芸術文化の集いと美術展が盛大に行われ、自己研鑽と交流の場を共有することが

できた。

 先般行われた美術展の反省会において次のような発言があった。

「目録、ポスターのデザインがよくない。」(そこまでの発言はあって良い。)

「専門家に金を払ってもっと良いものを作ってはどうか。」との提案であった。

 この考えには二つの問題がある。その一は資金の制約である。文化協会員の

会費と出品料で全てをまかなっている。赤字は担当町文化協会の負担である。

その二は手作りの価値を理解しない発送の貧しさである。これは文化活動の理念の

否定ではないか。

 高齢化と、情報技術の一般化と、資金難という難しい時代を迎え、文化協会の

あり方について対応が迫られている。しかし、文化活動の価値と理念は変わらない

と思う。






9.  納富賢智先生を送る


以前私が新宮町文化協会会長をしておりました時、行事の席で「出会いが人生を

変える」というお話をさせて頂いたことがあります。

 人は誰でも自分の人生行路に大きな影響を与えられる特別な人との出会いが

あるのではないでしょうか。その時私の脳裏の筆頭にあったのが納富賢智先生

でした。

 先生との出会いはもう15年以上になるでしょうか。新宮町に文化協会を作りたい。

ついては打ち合わせをしたいので出席するようにとのお誘いがありました。それまで

面識がありませんでしたが、美術展の出品者名簿をご覧になっての事であったよう

に思います。

 私の作家活動としてまた生涯学習の指導者としての歩みは、納富賢智先生との

出会いなくしてはあり得ないものでした。

 ともに取り組ませていただいた文化協会活動も、発足当時はまだメンバーが少なく

先生の御指導で、後にそれぞれ独立した日本画、洋画、陶芸、水墨画、書道など

合同で美術総合というサークルを作っていました。当時は郡展と呼ばれていた

糟屋地区美術展の実行委員のリーダーとしてもご苦労されました。

 また先生の御指導で新宮町作家連盟が組織され作品展を開いてきました。

諸外国でも先生の作品は高く評価され、納富ブルーとまで呼ばれる独自の世界を

築き上げ、数多くの権威ある賞を受けられた大先生でした。作家としてのみならず

、教職出身者としての指導者気質は生涯変わらず、福岡市、古賀市、新宮町のみ

ならず遠く鹿児島市まで熱心に後輩の指導に当たられました。

作家としても指導者としても一流であり、信念を貫きながらも、常に謙虚で誠実で、

時折見せられる厳しさは人の生き方を教えてくださっておられるようでした。

人間はかく生きるべしと身をもって示される生きざまでした。

別れは寂しくつらくても、先生の遺された素晴らしい作品と生きざまは、いつまでも

遺され語り継がれるに違いありません

                                   (一部略)




10.機械は故障する 人間は間違える

 人間の愚かさの象徴とされる古代文書に記された「バベルの塔」の物語を

読み返してみた。(註1)

人間の英知の結晶として天まで届く塔を建設しようとした。

途中で言葉の問題で混乱が生じ頓挫した。


もう一つ、一世紀後半に書かれたと思われる文書に、このようなたとえ話がある。

(註2) ある大規模農業経営者が想定外の大豊作に恵まれた。

保管場所に困るほどであった。悩んだ挙句、「今の倉庫を壊して新しく大貯蔵庫を

つくって収穫物や全財産をしまおう。これでもう先行き困ることはない。

飲み食いして楽しくやろう。」と言い聞かせた。

その時「お前の命は今夜で終わる。それらの宝物は誰のものになると思うか。」

という天の声が聞こえた。


上記二つの物語は、人間の愚かさと傲慢を象徴する話として興味深い。


人間は間違える存在であり、機械は故障することがあるという大原則を無視し、

その誤りを指摘する声を吟味することをせず、絶対安全などと言う神話を捏造

する人間の傲慢と愚かさ。

権威ある学説が後にその誤りが指摘されることは珍しいことではない。

原子炉が暴走すると手がつけられなくなるということは以前から指摘されてきた。

科学が万能であるかのごとく錯覚しあるいはさせられ、目先の利益を追い求める

時人間の愚かさが証明される。

今日もテレビでは原発を推進してきた御用学者たちの解説を放送している。


註1.2の原典はへブル語、ギリシャ語であり難儀なので日本語訳に寄った。                         




11. 骨 しんぐう9条の会掲載原稿の一部)       

 

 戦争が終わって山奥の疎開地から広島市内に戻った。

当時遊び道具などは何もない。サッカーボールなどあるわけもなく、

テレビも無ければゲームも無い。縄跳びや鬼ごっこ、唯一の道具と言えば

空き缶くらいのものであった。

庭のあちこちに瓦礫の小山。そこらに転がっている真っ白い骨。それを

蹴飛ばして遊んでいた。街なかゆえ大動物は考えられず、人間の骨であったに

違いない。
 

 子供は土いじりと穴掘りが好きだ。小学校の校庭を5センチも掘れば

小さな骨が無数に出てきた。それを両手にいっぱい乗せて遊んでいた。

人間の指の骨であっただろう。それが何であり、何故そこにあるのか等

考えたことも無い。ごく日常的な行動であった。
 

同級生や教師で首から上半分がケロイド状になっている人が複数いた。

耳はふさがっている。首から下は衣服で見えない。それが被爆によるものだ

ということは皆分かっている。

誰もことさら話題にしない。からかったりいじめたりすることも無い。


 父の遺品の中から被爆直後の
焼け野原に立たずむ写真が出てきた。

後方はキリスト教会と思われる。

当時父は旧制中学の教師をしていたが当日はたまたま出張していた。

教え子は全滅した。


原子爆弾爆心地の地上温度は3000度から4000度。

1u当たり19トンの圧力、風速毎秒280メートル。

年末までの死者14万人。

 

「 太き骨は先生ならむ   

そのそばに小さきあたまの骨あつまれり 」    正田 篠枝





                           
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