| 糸島市と福岡市西部の 地学と歴史散歩 2 |
このページは地学と 歴史散歩の続編です。 |
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| 地学と歴史散歩の続編です 糸島市や福岡市に降った火山灰 新生代の後期、阿蘇山が噴火した際、大量の噴出物があった。 そのうち、地表に沿って北方に流れていった最も 先端の部分は、背振山系を越えて北側の谷あいに厚く積もった。 それが100万年ほどたった現在、風化して赤土 となって見られる。 糸島市多久、福岡市西区道隈など数箇所で採集できる。 小中学校で火山灰を洗って鉱物を観察したのは これである。 ※ 溶結凝灰岩 阿蘇山は、今から100万年位前に目立った大噴火を三回した。 噴火の際、出てきた火山灰砂礫が高温だったために、 再溶融されたり、厚く積もって自重で半ば溶融したりして出来たと考えられる。 しかし、遠くに飛散した分は、火山灰 として降り積もったと考えてよい。 背振山系を越えてと書いたが、100万年位前、今のような山系があったかどうかは 分からない。 |
彦山(ひこさん) 231.7m 山体の大部分は、結晶片岩で、北東側の海岸部分に糸島花崗閃緑岩が分布している。 この花崗閃緑岩の数箇所に 石英斑岩やペグマタイトの岩脈が見られる。 西側海岸近くでは、ずっと以前、緑色片岩を「野北石」とよんで 採石していた。 北部の海岸では、結晶片岩と糸島花崗閃緑岩の接触部が見られ、花崗閃緑岩の中に、結晶片岩が取り込まれた 捕獲岩が見られるところがあり、その前後関係が読み取れる。 < 歴史 > 緑色結晶片岩(再掲・・・火山で) この岩石は、古生代(2億5千万年より古い時代)に出来た岩石がのちの地殻変動によって、性質を変えてしまった岩石 である。 とくに、この結晶片岩は元の岩石が大きな圧力を加えられて出来たものだといわれている。岩石に含まれる鉱物が伸 ばされた り、並んだり、性質を変えられたりしている。 7〜80年よりもっと前だったろううか。 前述のように緑色結晶片岩を「野北石」として採石していた。 60年くらい前まで、山は馬の放牧場となっていた。 今は、山に入っていける状態ではないが、当時は遠足等で登ることができ た。 |
今山(いまやま) 80.8m 山の北側半分は、今住宅地となっている。 山と呼ばれるのは南側半分であるが、山体の下部は、糸島花崗閃緑岩で、 山頂部には玄武岩が分布している。 80年前後以前は、柱状節理の発達した玄武岩の採石が行われていたとこ ろである。頂上の南側に神社があり、山の南側から石段が続いている。 < 歴史 > 石器時代、 この今山は、石斧の製造所になっていた。 90年ほど前、神社の境内で多数の石斧が発見され、 その後、考古学者中山平次郎氏等によって、福岡県の各地で発見された石斧の多くは、今山産であることが立証された。 |
叶岳(かのうがたけ) 341.0m 飯盛山(いいもりやま) 382.4m ともに三体全部、早良花崗閃緑岩で出来ている。 また、山の形の特徴として、頂上近くはかなり急峻である。 飯盛山は、名前のように飯を高々と盛り上げた感じがするような山の形をしている。 叶岳の頂上付近には、叶嶽神社があり、 飯盛山に少し登ったところには飯森神社がある。 叶岳の登山口は、今宿の南、上の原(かみのはる)とさらに南、野外活動センター近くにある。 また、東側、野方のほう にも登山口がある。 飯盛山の登山口は、東側神社の入口と同じである。 |
天ヶ岳(てんがたけ) 250.9m この山は、頂上が2つある。 高さは10mほどの差があるようだが、国土地理院の2万5000分の1の地図には、一方しか表記さ れていない。 地元の人たちからは、高いほうが女天ヶ岳(めてんがたけ)、低いほうが男天ヶ岳(おてんがた け)と呼ばれて、区別されているようだ。 ともに頂上付近が急峻な山である。 山体は、緑色結晶片岩類である。 < 歴史 > 緑色結晶片岩(再掲・・・火山で) この岩石は、古生代(2億5千万年より古い時代)に出来た岩石がのちの地殻変動によって、性質を変えてしまった岩石 である。 とくに、この結晶片岩は元の岩石が大きな圧力を加えられて出来たものだといわれている。岩石に含まれる鉱物が伸 ばされた り、並んだり、性質を変えられたりしている。 数十年前から、天ヶ岳の南側で砕石が行われている。 砕いてバラスという小石状にして、道路に敷いたり、コンクリートの 材料にしたりしている。 上まで行って見たわけではないので、よく分からないが、 長いこと砕石しているので様子がすっか り変わっていることだろう。 |