とにかく痒い話(ブヨ、南京虫、ハゼの木)
● 東洋医学史研
究会 宇田明男
都会で生活していてもまったく昆虫と無縁ということにはならない。それも人間を害する昆虫はそこらにぞろぞろ生息している。
普段目にするのは蚊とか蝿、蜂の類、最近はゴキブリも都会にあっても年中徘徊しているからそう珍しくはない。
現代のように交通機関も航空機が発達してくると、海外から危険な伝染性の病原菌が昆虫を介して進入してくる。それだけ空港の検疫も重要になってくる。
我々人間は自然志向で自然に溶け込もうとすると、否応無くこれらの昆虫類に頻繁に遭遇する。
森林地帯に踏み込むとそれこそムカデやヤスデ、ゲジゲジがぞろっと出現する。
これらはいわゆる原始的な昆虫の部類だろうが見た眼にも形状がなんとも不気味である。
しかもムカデやヤスデには毒があるからよけい忌避されるわけだ。
薮蚊やブヨ(ブイ)にやられると痒みがひどい。ブヨなどは3、4ミリの小さな昆虫だからいつの間に噛まれたか気付かないことが多い。
皮膚面に噛み口があって、ときには出血が見られてその異常に気付くわけだが、都会人など最初の遭遇では蚊にでも刺されたかと勘違いしてしまう。
痒みがあるからついぽりぽり掻いてしまう。ところが一旦掻きだすと皮膚面が赤く腫れて熱感が出てくる。
それこそみるみる腫れ上がるのである。腫れる腫れないは個人差があって、なかには噛まれた足が腫れ痛んで数日間歩行できないとか、頭痛発熱を伴う場合もある。
通常はブヨの姿を確認することはほとんどない。見つけても小さな蝿ぐらいとしか思わない。蚊との違いは、衣服の上からでも容易に被害を受けることである。とにかく敏捷に飛び回って噛み付く感じなのだ。
都会暮らしの人たちにはこういう突発的危害を認識していないし、害虫の情報も少ないから高原や渓谷で被害を受けるとパニック状態になってしまう。
このやっかいなブヨも噛まれつづけていると何となくこちらも耐性が出来てくるようで、ここらが絡むと捕らえ方が変わってしまう。 それこそ噛まれるたびに手足が腫れたり熱を出していたら生活自体に支障をきたすわけで、ブヨのいるようなところでながく暮らしている人達はすでにブヨの存在をすっかり忘れているかのようにみえるからおもしろい。早い話、ブヨに慣れると蚊に刺されたのと大差ないような状態にさえなるわけだ。
昔は不衛生な環境で蚤、虱、南京虫に悩まされることが少なくなかった。とにかく痒いのである。
学生時代古い家屋に下宿したところ、毎日夜間に熟睡の中で猛烈な痒みで目が醒めた。家主に尋ねたら「家が古いから南京虫がいるのよね」と人事のようにいう。
「南京虫」といえば昔観た軍隊物の映画で兵士らがさかんに痒がって大騒ぎしていたのを思い出した。
尋常ではないあの猛烈な痒みの原因が「南京虫」なのか。
南京虫は中国大陸だけでなく日本にもいるのかと、このときは意外な思いであった。
一説によると南京虫は、明治維新前に幕府が外国から古船を購入した際に根付き一気に日本上陸したという。それも神戸港周辺に一番多くいたということであるから、海外の新しい文化の流入と同時に入ってきたことになる。
とにかく南京虫にやられると睡眠中に猛烈な痒さに襲われ苛まれる。拷問に等しい。
そこで南京虫対策として家主が持ってきてくれたのは殺虫剤ならぬカンピョウであった。
南京虫にカンピョウ、何かのお呪いかと思った。カンピョウをベットの足に巻きつけておくと南京虫が上ってこないというのである。
案の定カンピョウ対策は効果なしであった。1週間近く悩まされたある日、眠気を振り払うようにして起き上がって寝床の隅々を必死に捜しまわった。
そしてついに丸々と膨れ上がった5、6ミリの南京虫を捕まえたのであった。
豆粒みたいな虫けらに苦しめられ続けただけに、捕獲駆除したときは当然ながらついにやったぞーと万歳を叫びたい心境であった。
福岡県南部は江戸時代の殖産事業として和蝋燭の原料となるハゼの実採集が盛んに行われた。
現在はそうした需要もなくなって、秋になるとハゼの葉が真っ赤に紅葉することもあってもっぱら観賞用にだけ栽培されている。
子供の頃はハゼの木があちらこちらに植えられていて、日常の風景の中にもハゼの木はよく見かけた。
ただこのハゼの木には皮膚がかぶれ易いのである。ハゼの木の下を通っただけでまけるとか、ハゼの葉から滴る雨水に濡れても皮膚がかぶれるといわれる。
とにかくハゼによるかぶれ方が酷い。
少年時代にハゼの木の下を通りかかったら、何やらブドウの房のような実が一杯垂れ下がっているのを見つけた。当時、ハゼの木や実について何の知識もなかった。
物珍しく思って木に登ってその青い実を手に取ってみた。おまけにその実をズボンのポケットに入れて家に帰ったのでる。
家に帰って始めてハゼの木はかぶれるということを知らされた。ハゼの実を触った手のひらは黒っぽく色が付いていた。ハゼの実の汁が付いたものだが、それからが大変だった。
やがて猛烈な痒みが襲ってきた。
手のひらといわず腕といわず痒みと発疹が一面に広がった。手で触ったところはすべて痒みと発疹が出た。
顔面も腫れあがって瞼が塞がってしまった。
これがハゼまけなのか、なんて痒いんだろうと子供ながらにこのときは後悔しきりだった。痒みも発疹も大変だったが、小便のとき驚いたのは自分の一物が大きく腫上っていたことであった。
(6・2・11)
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