漢方医・李清雲は未曽有の長寿記録に果敢に挑戦した!

老化とは潜在的疾病状態なのか?

人の寿命に「上限」あり、オランダ研究チーム2017年9月1日
発信地:ハーグ/オランダ

http://www.afpbb.com/articles/-/3141236

2016年のAFP=時事 10月6日付けで、人の寿命の「上限」を発見したとする研究論文が発表された。

米アルバート・アインシュタイン医科大学(Albert Einstein College of Medicine)の研究チームは、世界40か国以上の人口統計データを詳細に調べ、長年続いた最高寿命の上昇が1990年代にすでにその終点に「到達」していたとし、最高寿命の上昇は1997年頃には横ばい状態に達していたという。

その1997年という年は、奇しくもフランス人女性ジャンヌ・カルマン(Jeanne Calment)さんが前人未到の122歳と164日で亡くなった年でもあった。

論文の共同執筆者で、アルバート・アインシュタイン医科大のブランドン・ミルホランド(Brandon Milholland)氏は、AFPの取材に「それ以降は、世界最年長者が115歳前後という傾向が続いている」と指摘している。

要するに現代西洋医科学のデーターによれば、人間の寿命は120歳辺りが上限であるとするのがどうやら定説ということになりそうである。

ここまではいわゆる西欧圏の科学的常識ということになる。


これが中国文化圏ともなると、これとはまったく違ったものの見方、考え方がなされる。

西欧圏とは異なる生命観、健康観が歴史的背景をベースにして提示されてくるところが実に面白い。

その中国文化圏で、世界一長生きした人物といえば李清雲(Li Qing Yun / リ・チンユン)という名前がまずその筆頭に挙げられる。

彼は何と256歳まで長生きしたといわれ、現代でもそう信じられている伝説的人物である。

李清雲は1677年に生まれ1933年、256歳で亡くなったとされる。

李清雲の画像はネット上に紹介されている。


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李清雲は清王朝の9人の皇帝の時代を過ごしたという超人であるが、とにもかくにもにわかには信じられないような驚くべき話である。

李清雲とは一体何者なのだろうか?

李清雲という人物は10歳頃から伝統的な漢方医学を学びはじめ、その後中国各地を遊学しながら優れた師を求めて隈なく歩き回ったという。

彼は清王朝初期の優れた漢方医ということでも広く知られている。

李清雲は交通が未発達な時代にありながら、健脚にまかせて広大な中国の山岳地域を長年歩き回った。

実際に李清雲は甘粛省や陝西省、さらにはチベット、安南、西安、満州まで足を延ばし、その都度山林へ分け入って貴重な薬草類を採集してまわったが、長年健康を維持し続けたこともあって自らの足で遠くは東南アジアにまでその足跡を残した。

生薬の研究者として、長い年月をかけて免疫力を高め延命効果のある薬草について探求し続けたとされる。

彼は約40年間にわたって山野で薬草を精査し続け、霊芝、クコ、オタネニンジン、ツルドクダミ、ツボクサ、米酒だけの食物で、ほとんど菜食主義者として一生涯を過ごした。

さらに李清雲は中国の伝統的な漢方医学と同時に、身体の健康増進と延命効果を追求する養生法にも精通し、導引法や気功法の奥義を極めたとされる。

養生法とは、身体の機能を高め健康を維持するために気を全身に巡らせる特殊な運動法や呼吸法をとりいれた中国発祥の保険医学、予防医学ともいうべき一連の術式である。

記録によると1749年、71歳のとき彼は武術老師として清国の軍隊に入隊しており、私生活では一生の間に、結婚を23回、そして子供を200名以上もうけたという。

中国ではそれぞれの家には詳細な家譜(家系図のような記録文書)残されているので家系を何代にもわたってたどることが出来るので、李清雲も同様に家譜が専門家によって調べられている。

当然のことながら、いまでも中国全土に彼の多くの子孫が残っている。

記録によると100歳の時(1777年)漢方に精通していたことで、清国政府より公に表彰されただけではなく、200歳の時には一時期大学の教壇にも立った。

李清雲が人々に示した長寿の秘訣は、「いつも心を穏やかに維持する事。そして、座るときは亀のように、歩くときは気力が溢れる鳩のように、寝るとき犬のように」というものであった。

李清雲の存在に、当時の欧米人も驚愕した。

1933年5月の米国の『タイム』誌には、李清雲氏の死亡記事が掲載されたが、記事のタイトルは上記の彼の言葉をとって「カメ - ハト - イヌ」だったという。


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彼は一般人が好むような喫煙や飲酒を避けたといい、また農夫のように常に早寝早起きをし毎日食事は規則的にとったとされる。

中国医学ではすべての生命活動の根源は五臓六腑のいわゆる内臓器官にあるとされ、内蔵機能の維持が最も重要視される。

そこには、精緻な精神活動や脳の機能さえも五臓六腑の正常な機能維持によって保たれるという生理観があるからである。

李清雲は五臓六腑の健康管理だけでなく、生薬を巧みに使い免疫力の維持に注力し続けた。

彼の健康観、さらには寿命を極限まで延ばすということではそうした独自の中国医学的な身体観と医療観を持っていたことになる。

李清雲自身は老化についてどのように考えていたのだろうか。

身体の老化というものは、李清雲からみれば生体そのものが潜在的な疾病状態に陥ったことと同様であって、内臓や身体機能が衰え萎縮しつつ機能が次第に低下し、免疫力も無くなっていくことを意味していたはずである。

彼からみれば明らかに老化現象は疾病であった。

疾病であるならば、そこに治療法も予防法もあるというのが李清雲の確固たる考えであった。

李清雲はその己の潜在的な疾病状態をしっかりと捉えて、「養生」という手法を的確に講じたのである。

日々の生活習慣であり、彼独特の菜食や導引吐納を実践し続けた。

各種の生薬、薬剤も活用した。

その生薬の薬物としての処方にも李清雲は膨大な知識を持っていた。

李清雲は老齢期に至っても内蔵機能は充実していたし、身体機能もほとんど衰えをみせなかった。

事実100歳を超えても彼の性的機能は衰えなかった。

彼は中国各地を遊学する間に伝統的な「養生法」を習得していったことが、彼の長寿延命をさらに助けた。

中国で発祥した「養生法」そのものは、元来不老不死に通じるものとして広まったものであるが、身体の免疫力を高めると同時に新陳代謝を呼吸によって自在にコントロールし老化に至るエントロピーを極力抑えるというものである。

その結果が、256歳という驚異的長寿をもたらしたということになる。

256歳にも及ぶ人生とは一体どのようなものであろうか。

超人李清雲にしかそれはわからない。


漢方薬や鍼灸など「伝統医療」WHOが認定へ 日本の漢方、地位向上へ

http://www.sankei.com/life/news/180109/lif1801090004-n1.html

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