四国八十八ケ所(讃岐)遍路 一人旅
平成21年3月30日〜4月6日 四国・讃岐(涅槃の道場)遍路
●第1日目 3月30日(月) 徒歩
13.6k 長崎本線 山陽新幹線 瀬戸大橋・予讃線 3k 5k
5.6k
・・・・・・・・・70番本山寺 ・・・・・・・・・ほ志川旅館(泊) TEL (0875)72-5041
1h30m 13:40〜14:20
1h40m 16:00
観音寺駅には予定どおり到着したが、駅前でビデオを撮ったりしたので出発が10分ほど遅れた。駅前の通りを少し歩くと路が二股に分かれているので、スタンドで尋ねたら左という。少し行くと信号の電柱に68,69番の右折の標識があった。それを5,6分で左折したら財田川に架かる橋があって、その先の前方の小高い森の右手麓に札所がある。
この橋を渡り左に川の側を歩くと大きな橋梁があって、その手前から右へ曲がった処に琴弾八幡宮がある。この右手を少し歩くと68番と69番の山門に達する。以前は68番神恵院の本尊はこの琴弾八幡に祀られていたが、明治の廃仏毀釈令によって、69番観音寺の境内に移されたという。両社は山門も一緒になっている。
この両札所の参拝を終え財田川の左岸(本山寺の方向に向かって)を70番本山寺へ歩いていると、若い女遍路が追いついてきた。聞けば小学校の先生で、京都から2,3日の日程で来たという。速度を速めたので1時間とちょっと程度で本山寺へ着いた。本山寺の本尊は四国の八十八札所では唯一の馬頭観音である。そして明治の建築の五重塔がある。寺院は平安朝の建築で国宝に指定されている。
本山寺を終えて、71番弥谷寺に向かうことになるが、71番までは12キロあるので、今日は中間地の旅館「ほ志川」に宿を取り、翌朝出るとき女将さんを撮った。
●第2日目 3月31日(火) 徒歩13,9k 16.8k
2k
3.4k 1.6k 4.5k
7k タクシー
・・・・・・73番・・・・・・・74番甲山寺・・・・・・・・金倉寺ーーーーーーーー75番善通寺(泊) TEL(0877)62-0111
40m
13:10 1h 14:10〜14:50
30m 13:35〜14:10
15:20〜16:00
食堂(11:20〜11:45)
11:55〜12:25
1h10m
14:30〜15:00
弥谷寺の参道の駐車場までタクシー利用。300段の石段を登る。上の方から一人の女遍路が下ってきた。”72番に向かう道は何処ですか”と聞いてきた。見ればどう見ても60才は過ぎていそうだ。どうやら別の道(車道)を登って来たらしい。石段の登り口に「俳句茶屋」があって、そこから72番方向の山道があるからだ。
この弥谷寺は、鬱蒼と茂る樹木と岩肌にへばりつくようににして建てられている。そして古くから死霊の宿る寺として知られており、参道には沢山の石仏や五輪塔があって、嘗ては遺骨が納められていたという。
山門までの距離があるので、参拝を済まして俳句茶屋まで1時間以上かかって下ってきた。ここに次の俳句を一句納めようかと考えていたが、中に入っても返事がなく不発に終わった。
”弥谷寺 二度目の涅槃となりに来ぬ”
ここからは前回宿泊した温泉ホテル「パークみの」が眼前に一望できる。多分、先ほどの女遍路はここに泊まったらしい。
72番曼茶羅寺から73番出釈迦寺へ向かう途中、弥谷寺ですれ違った女遍路と出会った。出釈迦寺を終わって74番甲山寺へ向かうらしい。聞けば埼玉からだと云った。
この出釈迦寺は弘法大師が出家を決意した由緒ある地で、大師わずか7才で「出家して衆生を救わんと欲する。願い叶わずばこの身をを捧げる。」として、この寺の背後の我拝師山で身を投げたという。この場所を「捨身ケ嶽禅定」という。しかし、ここには前回訪ているので今回は予定を取り消して74番甲山寺へと向かった。お昼近くなったので、食堂へ入ろうとすると、件の埼玉の女遍路と又出会った。75番善通寺へ向かうと言う。
計画より2時間近く早くなったので、74番甲山寺から翌日予定の76番金倉寺を打ってから75番善通寺へ行くことにした。それに今日はこの寺の宿坊に宿泊するからだ。
金倉寺山門前で善通寺迄タクシーを呼んだ。善通寺の宿坊には驚いた。大ホテル並の設備である。また四国八十八ケ所の総本山だけに、境内も広いし建物も大きい。大師堂だけで、普通のお寺並だ。更に例の埼玉の女遍路と食堂で一緒になった。出会いはこれで4回目だが、これで最後となった。
| ほ志川旅館の女将さん、タクシーを呼んで見送ってくれた。 | 弥谷寺登り口の「俳句茶屋」帰途寄ったが誰も出てこなかった。 | 上から降りてくる女遍路。これから数回出会うことになる。 | 71番弥谷寺の山門 | 73番出釈迦寺(石垣の右)。後方の山が我拝師山。 |
| 76番金倉寺の山門 | 75番善通寺の本堂 | 善通寺の大師堂 | 二日目の宿の善通寺の宿坊 |
●第3日目 4月1日(水) 徒歩18.5k
12.7k
4k
4.1k
7.2k
3.2k
善通寺・・・・・・・76番金倉寺・・・・・・・・77番道隆寺・・・・・・・・・・・・78番郷照寺・・・・・・・川久米旅館(泊) TEL (0877)46-2119
7:00 1h10m
8:10〜8:50 1h10m
10:00〜10:40 2h40m(昼食)
13:20〜14:00 1h
15:00
1k
1,2k
3.6k
3.8k
3,2k
善通寺・・・・・
JR善通寺======JR多度津・・・・・・77番道隆寺・・・・・・・丸亀城・・・・・・・78番郷照寺・・・・・川久米旅館
8:20
8:55 9:02 9:40〜10:15
11:00〜12:30 14:20〜14:50
16:00
善通寺を出るとき本堂の前に来たら、坊さん大学の学生らしい人が背に長い垂れ幕を下げて拝んでいた。今日は丸亀城へ寄ることになるかも知れないので、少しでも時間と労力の節約をと思い、昨日76番を済ましていたから、善通寺駅から多度津駅までJRを使った。77番道隆寺を出て21号線を約1時間、右手に丸亀城の天守閣が見えたとき、お城見物を決心した。
広い四車線の道路を横切って、この辺りは裁判所などがる官庁街のようだが、濠の側を通り大手門から中に入る。7部咲き桜が綺麗だった。ウイークデーであるが花見客が割に多い。
天守閣へは急な坂道が続き、聳え立った石垣が往事を偲ばせる。二の丸では桜一杯の見頃で多くの子ども連れがいた。が、生憎雨が落ちてきたので、引き返し、下の資料館みたいな屋根下で多くの人と昼食を兼ねて雨宿りする。
78番郷照寺までは宇多津の古い町並みを通ったが、この間雨が降ったり日が差したりで、頻繁な雨具の脱着で弱った。今夜の宿は坂出の元町商店街から駅の方にちょっと入った場所で、二階に通されたが階段が急だった。
この宿のご主人はパソコンを扱っていて、宿泊客からのメールとかホームページによる連絡を楽しんでいられたようである。ところで、明日はこの宿のご主人に大変お世話になることになる。
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| 善通寺の朝、学生坊さんらしい若い人が本堂に拝んでいた。 | 77番道隆寺の山門 | 次の78番郷照寺への距離は長い。丸亀市街を行く。 | 間もなく右手に丸亀城の天守閣が見えてきた。 |
| 丸亀城の急峻な城壁。 | 二の丸庭の桜の下で遊ぶ子どもたち。 | 宇多津の町並みを歩く。雨が降ったり止んだり。 | 山門を通り、坂を行く。78番郷照寺の境内。本堂前で盛んに声を出していた女人がいた。 |
i●第4日目 4月2日(木) 徒歩10.3k 11.1k
1.3k
2.5k 4k 1k
・・・・・・・一本松・・・・・・・・・・・・81番白峯寺・・・・
かんぽ坂出(泊) TEL (0877)47-0531
50m
12:20〜13:00 12:30 13:50〜14:50 14:0015:20
川久米旅を出て時間稼ぎに列車を使うことにした。やそば駅から高照院は近い。ここには崇徳天皇の御霊が祀られている。したがって天皇寺の別名がある。ここを出たところで地図を見ていると、40代と思われる女遍路から見せてくれと言った。東京出身の人で、81番白峰寺までづっと歩くと言っていた。俺はやそば駅に戻り国分駅まで約7kを列車で行くことにしていた。
ところで、この列車の中で俺の携帯が鳴った。今朝出た旅館のご主人からで、金属のカップの忘れ物をこれから行く80番国分寺まで車で届けるということである。国分駅で下車して国分寺の山門に差し掛かかった所で丁度ご主人の車と出会い、大変有り難く恐縮して頂いた。
80番を出て左(東)に行くところを右(西)に進んでいた。少しで右(北)方向へ81番の遍路道の標識があった。丁度人が居たので尋ねると、戻って北に行くのが正規だがこの道もよい、と言ってくれたので、そのまま進む。神崎池南岸を通り右へ曲がって正規の遍路道と合流し、左折して北に歩く。遍路道兼車道から山道遍路道に差しかかる処で休憩していると、一人の男遍路が追い着いた。70才弱と見えたが、今日中に俺の明日の最終札所の一宮寺まで行くと言ったのにはびっくり。
左へ50m先と石鎚神社の標識があったので寄り道したが、道らしい道が無く引き返す。さらに急坂の遍路路を登っていると、この辺近くの人らしい遊登山の50代の男が追いついてきた。国分寺を出てから約
2時間で休憩所に着いたら、先の男が既に休みが終わって出発するところで、お菓子のプレゼントをしてくれた。一本松の車道を突っ切れば十九丁へ出て、白峰寺に行ける。時間が早いし、一寸迷ったが予定のまま「簡保の宿」に向った。が30分ほどで白峰寺への間道があったので、明日のことも考慮し、思い直して白峰寺を済ますことにした。陸上自衛隊演習地の簡易宿舎の側を経て路半ば付近で、白峰寺を済まして次の根香寺へ向かう今日中に一宮寺まで行くと言っていた男遍路と出会った。白峰寺の境内には保元の乱に敗れた崇徳上皇の霊が祀られてあり、その廟の右手の高い石段の上に本堂と大師堂は在る。また境内も広い。
前回とは逆に白峰寺から「坂出簡保」へと向かうことになった。源頼朝が建立したという13段の石塔を過ぎた分かれ道で迷う。通りかかったバイクの若者が左の82番根香寺への車の標識の方向だと教えてくれた。午後4時前にはに到着。見晴らしのよい場所である。宿泊費が遍路宿より2000円ほど高いが、設備もサービスもよい。善通寺とは感じが違う。夕食寺、政府と郵政会社との軋轢など、ここのチーフと語り合った。
●第5日目 4月3日(金) 徒歩1
2k 徒歩)
0.6k
・・・・・・・・83番一宮寺・・・・・温泉きらら(泊) TEL (087)815-6622
2h10m 15:40〜16:20
10m 16:30
13:50〜14:30
14:40
白峰寺の門前をそのまま通り、昨日来た逆路に82番根香寺へ向かう。自衛隊の宿舎付近から直進して程なく神仏に捧げる水が出る「あかい」に出る。この辺で白峰寺へ向かう夫婦連れの遍路とすれ違った。「あかい」から1時間足らずで一本松から来る遍路道が出会う「十九丁」に達する。根香寺から数えて白峰寺まで50丁とあるから後が短い。一旦車道へ出てまた遍路道を約600mほどで根香寺の山門に達した。ある人が、三脚を立てて撮影していた。俺が山門方向にカメラを向けると慌てて片付けようとしたから、「いやいや、そのままの方がよいですよ」とその情景を収めた。
山門をくぐると、前方に高い石段が二重になっており、一団の遍路さんがこの石段を下ってきた。前回訪れたときは両方に紅葉が映えていたが、今回は新芽を少し出しただけの新緑にはほど遠い。
元の遍路道を引き返し車道にでたところで左折して、五色台と言われる標高400mの山肌を縫うようにしてこの車道を下る。途中つづら折りの場所の桜並木が満開近い。そして左方にこれから向かう鬼無の町、右方に昨日の朝の国分の町が眺望された。
根香寺を出てから約1時間半、「盆栽通り」と称される通りを過ぎて鬼無駅へ着いたが、この通りの両側には植木やと盆栽やが軒を連ねている。
鬼無駅はJR線であり、列車を利用するには栗林駅から琴電瓦町に乗り換える必要があり、非常に不便。そこでタクシーを呼ぶ。時間が早すぎても困るので、途中下車して一宮寺まで2kほど歩いた。今日の宿舎である「温泉きらら」は83番一宮寺からほど近い。
午後3時前に着いてチェックイン。宿料は自動販売機で前払い。温泉兼食堂の建物と宿舎は別棟で而も100mほど離れている。なんか不便だ。直ぐの空き地は駐車場だが、なぜに入れ替えて建てなかったのか不思議。
●第6日目 4月4日(土) 徒歩13.6k 3.9k
タクシー
琴平電
琴平電 2.5k 琴電バス 琴電バス 琴電 タクシー
温泉旅館きららーーーー宮駅仏生山駅======瓦町駅=====かたもと駅屋島駅ーーーーー84番屋島寺ーーーーー屋島駅=====八栗駅ーーーーー
7:20
7:40/7:58 7:30/7:40
8:14/8:22 8:35
8:50 1h15m 9:50〜10:30
2h10m
9:00〜9:30
7.2k ケーブル
3k
琴平電 0.6k
0.3k
ーーーー山田ケーブル駅ーーーーー85番八栗寺・・・・・・・八栗新道駅======志度寺駅・・・・86番志度寺・・・・・栄荘(泊) TEL(087)894-0029
12:40/13:00 13:05〜13:45
1h 14:45
15:20 15m
15:35〜16:15 16:20
15:00
10:30 10:40〜11:40
14:20〜14:50
今回遍路歩きしてから今日で6日目、琴電駅の仏生山までタクシーで行く。駅員の方から「今は屋島寺へのケーブルカーはありませんが、琴電バスが出ています。」と言って時間表をくれた。そして「志度寺まで行くのだったら、志度駅まで通しでキッフを買った方が得ですよ。途中下車出来ますから」と親切に教えてくれた。言われた通り切符を買った。
屋島寺を終え、バスで屋島駅に来て八栗寺へ向かった。八栗駅から歩くつもりだったが、駅前にタクシー屋があったので、それを使った。八栗寺へ登るケーブルカー内で一人のお婆さんと出会い、その方から24番最御崎寺の「朝の勤行次第」と光巡拝会の「四国霊場巡拝要集」を貰った。この婆さんは近くの人だという。八栗寺は小高い山にあって、本堂の背面には大きな岩が聳え立っている。前回は徒歩で志度寺方面へ行ったが、今回はケーブルで下がって八栗駅まで歩き、終点の志度寺駅まで琴電で行く。
持参の金が残り少なくなってきたので、今夜の宿である「栄荘」と今日の打ち止めの86番志度寺の前を通り過ぎて国道に出て、志度郵便局で3万円調達した。今日は土曜の午後であるのにキャッシュカードは便利なものである。戻って志度寺を済まして栄荘に入る。
夕飯では5人。右に60代らしい長身の人、左になんと外人、その左に向かい合った夫婦連れの二人。みな明日は結願を迎えている。右の人は新潟から通し打ち、左の外人はアメリカのフロリダからで、日本語は全く話せないのに地図だけで回っているのには驚かされた。夫婦連れは茨城からで、車を使っていた。アメリカ人は59才、俺が83才と言うと、びっくりしたような表情を見せた。
| 84番屋島寺の入り口。琴電とバスを乗り継いできた。 | 源平資料館外壁に源平屋島合戦の説明は圧巻。 | 屋島寺の境内。 | 85番八栗寺へのケーブルカー。この車内で一人のお婆さんと会う。 | 八栗寺の本堂。 |
| 86番志度寺の山門。手前の右に平賀源内の墓の案内がある。 | 6日目の宿「栄荘」内の夕食の一時。新潟の男性 | フロリダ出身のアメリカ人。 | 茨城出身の夫婦。 |
●第7日目 4月5日(日) 徒歩17.1k 15.3k
1k 1.2k
・・・・・女体山山頂・・・・・・88番大窪寺・・・民宿八十窪(泊) TEL (0879)56-2031
1h 16:00 30m
16:30〜17:10 17:15
14:20
15:00〜15:40 15:50
どうやら今朝の出発は俺が最後らしい。長身の新潟の人も、アメリカ人も既に30分前には出たらしい。前回と同じく「ぞうた」までJRを利用した。下車して30分ほどの地点で地図を見ていたら、通りがかりの車の人が87番長尾寺まで送ってくれた。山門を入ったら、参拝を済まして出ようとする新潟の人と出会った。彼が”早いですね”と言ったから、こうでしたと話すと、”それはよかった”と言って、、”大窪寺発の13:30のバスで帰ります”と言って足早に出ていった。
俺はそんな芸当はできない。大窪寺まで歩けば今日中に着くのが精一杯である。「道の駅長尾」まで歩けば、約13:30発の大窪寺行きのバスを利用すれば14:00過ぎには着くからと思って長尾寺から歩き出した。
2時間で前山ダムに差し掛かった。道の駅はダムの向こう側で15分ほどであるから、バスの時間までには3時間近くもある。更に今日は「八十窪」泊まりだから別にそう早く到着の必要もない、など考えると、前回と同じように女体山越えで歩く気になった。
木で作られた階段状の登り路を未だか未だかと登りながら、ふと上を見ると、木の枝にくくりつけられた紙札に
”与えた恩は水に書け 受けた恩は岩に刻め” とある。
太郎兵衛館で昼食しようかと思っていたが、つい通り過ぎてしまった。13:00近くになって、一つの山の背に差し掛かかったので食事にしようかと、前方に見える山を越えて下った処が大窪寺だな・・と思いながら腰を降ろし、昨夜泊まった栄荘のお接待の弁当を開いた。すると、添えられたハガキ大の紙に目が止まった。それに 「丁度よい」 と題して
お前はお前で丁度よい 顔も体も名前も姓も お前にそれは丁度よい
貧も富も親も子も 息子の嫁もその孫も それはお前に丁度よい
幸も不幸も喜びも 悲しみさえも丁度よい 歩いたお前の人生は
悪くもなければ良くもない お前にとって丁度よい 地獄へ行こうと極楽へ行こうと
行ったところが丁度よい うぬぼれる要もなく 卑下する要もなく
上もなければ下もない 死ぬ月日さえも丁度よい
あぁ! 今日は歩いてお大師様の足跡を辿って来てよかった!と、しみじみ感じながら登って行くと、山頂に近い岩場に一人の若い東京からという60才代の男の人が休憩していた。その人からミカンを貰ったり、お互い写真を取り合ったりしたが、若いだけあって足早に離れて行った。
2回目の結願を無事済まして緊張が解け、安堵感に包まれながら、遍路宿「八十窪」の門をくぐって驚いたことには、さっき会った若い男性と更に又昨夜の宿「栄荘」に同宿したフロリダ出身のアメリカ人も一緒ではないか!。泊り客は連れであろういずれも70才前の二人の男性と一人の若い尼さん全部で6人。東京の男性は英語が達者らしく、このアメリカ人と話していた。通訳によると、彼は徒歩で四国を30数日で回った、という。また欧州各国もこうして回ったらしい。俺が四国遍路の目的を尋ねると、彼は手を合わせた。
客の話の中にこの宿の主人格の婆さんが入ってきた。前回(数年前)、この婆さんから切幡寺まで行かないと四国一週ではないと言われていたので、「今度は明日、切幡寺へ行って四国一週する。」と告げると、婆さんは相形を崩して喜んでくれた。宿の客は皆互いにうち解けた雰囲気の中の夕食の一時を満喫したようだ。
| 87番長尾寺 | 前山ダムから対岸の道の駅長尾方面の桜が満開。 | 女体山の遍路道。 | 頂上付近の岩場。 | 頂上付近で休憩していた東京から来た伊藤氏。 |
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| 同じ場所で写真に収まる。 | 結願の寺88番大窪寺。 | 昨夜と同じアメリカ人と宿舎「八十窪」の婆さん。 | 女体山で出会った伊藤氏と若い尼さん遍路。 | 遍路客一同が一緒に収まった。 |
●第8日目 4月6日(月) 徒歩7k 19k
切幡寺迄全行程徒歩
12k (タクシー)
7k
8k(一部タクシー) 全部タクシー
徳島線
土讃線・瀬戸大橋線
八十窪ーーーーーー日開谷小付近・・・・・・・10番切幡寺ーーーー・・・・・・・JR鴨島駅=======阿波池田駅==============岡山駅===
7:00
30m
7:30
2h
9:30〜10:10 1h20m
11:30/12:20
剣山5号
13:15/13:21 南風14号
14:41/14:57
6:20 5h
11:20〜11:30 11:50
山陽新幹線
長崎本線
===========博多駅===========佐賀駅
のぞみ25号 16:44/17:01
かもめ37号 17:35
朝6時過ぎに宿の玄関を出た。すると宿の婆さんが出てきた。一瞬、見送りかなぁ・・と思ったが、さにあらず、婆さんが指で輪を作って忘れ物!と叫んだ。 あっ!支払いを忘れていた!
今日はずっと下り路で足が軽い。一時間ほど来たら、土地の人に道を尋ねているらしい例のアメリカ人がいた。お互いに顔を見合わせ、これから切幡寺まで連れだって歩くことになった。が、実は切幡寺までは20キロ近いので、予定通の12:20発の鴨島発の列車に乗車するには全部徒歩では無理であるので、途中タクシーを利用するつもりだった。が、この外人さんウォーク、ウォーク と言って俺にくっついて来るので、しかたない、全部歩くことに腹を決めた。
しかし、ゆっくりでは予定の列車に間に合わない。しかも彼は足が長いのだ。全力を出して歩く羽目と相成った。日開谷川の橋を渡った時点で車道の標識に従って左折した。がどうもおかしい。20分ばかり行ったとき、通りがかりのトラックを止めて尋ねると、矢張り徒歩では遠回りであることが分かった。”オー ミステイク アイアム ソーリー”と彼に謝って早速逆戻って地図に従って歩き直した。彼が豆菓子をくれた。市場中学校の付近で一人の農夫から一個のミカンを貰った。彼にやると半分して俺に渡してくれた。
ノンストップで彼と連れだって4時間、やっと10番札所切幡寺の山門に到着した。時計は11:20を指していた。参詣する余裕は無い。彼に「マイタイム イズ アップ」と言って別れの握手。彼は近くにいた遍路と一緒になって石段を登って行った。
山門までタクシーを呼び11:50に無事JR鴨島駅に到着、昼食して予定通りの列車で帰着することができた。帰宅してみたら、この日の朝の強行軍で顔と足がむくんでいるのに気付いた。が、ともかく8日間の全日程で100キロ以上を歩いたが、無事2回目の結願を果たし得たことが何よりの幸いであった。
以上