老ロバ日記  43  エレミヤ1:1〜10
2015,10,4
           預言者エレミヤの召命
     しかし、主はわたしに言われた。「若者にすぎないと言っては
    ならない。               エレミヤ1:7

 10月に入り、急に朝夕は寒くなりました。
 みなさん、お変わりありませんか?老ロバの周りの友人はみな、年をとっているせいか、あちこち冷えると痛くなると言っています。

 今月から、しばらくは「エレミヤ」書を学んでいきます。
 エレミヤは、紀元前650年ごろ、ベニヤミン族の領土にあるアナトトの祭司の子として生まれました。その後4代のユダ王国の王に関係する預言者でした。イスラエルの王国は2つに分裂しており、1つは滅び、その後ユダ王国自体も崩壊して行き(いわゆるバビロン捕囚)必ずしも信仰のある王ばかりでなく、民もみな、混乱する時代のただなかで目先のことに心を奪われ、不信仰であったと想像されます。
 預言者としては大変な時代の中で、王や民に対して苦労を強いられた人でもありました。

 ある日主の言葉がエレミヤにありました。
「わたしはあなたをまだ母の胎につくらないさきに、あなたを知り、
 あなたがまだ生まれないさきに
 あなたを聖別し、
 あなたを立てて万国の預言者とした。」と。

 神さまは、命の始まりの前から、エレミヤを愛し、導き、預言者と計画を立てておられたのです。

 教会ではよく、神さまは、あなたが生まれる前から、命の始まりからあなたを愛しておられたと言われます。不信仰なわたしは、ほんとかいなとかと思っていました。しかし、ある時、ハッと目の前が裂け、本当だと云うことが示されました。

 しばらく、わたしの出会った出来事を聞いて下さい。

 わたしの父は、20代の若い頃はこの前の戦争をした日本国の職業軍人でした。若い人には分かりにくい職業だと思いますが、今で云えば自衛隊の幹部であったと考えればいいかもしれません。

 父は、陸軍士官学校(今の防衛大)を卒業して、満州・中国・フイリピンと戦争をしに行き、その後一時、自分の卒業した同じ士官学校の区隊長として、日本に帰されていました。
 区隊長というのは、教師そのものではなく、生徒1クラス分の兄貴分のようなしつけ役だったようです。その生徒の中には、有名な沖縄戦の総司令官牛島満中将の子息がいたそうです。
 敗戦間際の沖縄には、父の同窓生がたくさん送り込まれていました。年代的にはちょうど動かせ易い年頃だからでしょう。あの「鉄の嵐」の沖縄戦にいたら、日本軍人の父はどんな行動をとっていたでしょうか?そして命もあったでしょうか?父の同窓生の中には戦後、大江健三郎さんとかの書籍に書かれ、訴えられた人もいました。しかし、父は沖縄に送られませんでした。くすしきことです。台湾で父は敗戦を迎えました。
 1946年の春、最後の船「リバテイ号」で父は帰国をしました。そして、翌年わたしが生まれたのです。神さまは父を守り、そして、わたしに命を与えてくださったのです。母の胎につくられる前から、わたしを愛して、知っておられたことがよ〜く分かりました。こんな話に、最後までお付き合いくださってありがとうございました。
 ちなみに牛島さんの孫に当たる牛島貞満さんは沖縄の小学校で「牛島満と沖縄戦」のテーマで平和学習の授業を行っておられます。これも、神さまからの贈り物ですね。

 話は、エレミヤにもどりますが、神さまの計画の元に、エレミヤが預言者として生まれる前から立てられていたことは事実で良く理解できます。
 人は、一人ひとり静かに自分のことを吟味すると、きっと神さまからの計画と使命があることが分かるのではないでしょうか。与えられている物のあるなしに関わらず・・・無駄な人、いらない人などひとりもいないはずです。
 自尊感情や自己肯定感など、神さまの深い愛を知れば、自ずと湧いてきそうな気がします。

 さて、神さまから、預言者として立つように言われたエレミヤですが、まだ若いのにと躊躇します。しかし神さまはどんなときも「わたしがいつもそばにいる」と言われて、エレミヤは厳しい時代の預言者として立てられていくのです。

 来週からは、苦難の時代のエレミヤについて学んでいきます。エレミヤはどう生き、どんな最後を迎えるのでしょうか?
 聖書に関心のおありの方、教会においでてください。一緒に聖書の学びをいたしましょう。18日には、西南学院大学の旧約聖書学の小林洋一先生をお迎えしての特別集会があります。礼拝に出席してみてください。野方教会のみんながお待ちしています。








老ロバ日記  42       出エジプト記20:1〜17
2015,8.30
           10の言葉をくださった神さま

          私は主、あなたの神、あなたをエジプトの国、
         奴隷の国から導き出した神である。出エジプト記20:2

 10の言葉とは、いわゆる「十戒」のことです。昔見た映画「十戒」では、神さまの言葉が2枚の岩の板に、火となって、バシッ、バシッと刻まれていました。
 内容は、
1,あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない。
2,あなたはいかなる像も造ってはならない。
3,あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。
4,安息日を心に留め、これを性別せよ。
5,あなたの父母を敬え。
6,殺してはならない。
7,姦淫してはならない。
8,盗んではならない。
9,隣人に関して偽証してはならない。
10,隣人の家を欲してはならない。
というものでした。
 これは、神さまからイスラエル民に与えられたものでした。
 
 神さまは、十戒を与える、前段階としてモーセに次のように語りかけています。
「あなたたちは 見た わたしがエジプト人にしたこと また、あなたたちを鷲の背中に乗せて わたしのもとに連れて来たことを。今、もしわたしの声に聞き従い わたしの契約をまもるならば あなたたちはすべての民の間にあって わたしの宝となる。世界はすべてわたしのものである。あなたたちは、わたしにとって 祭司の王国、聖なる国民となる」19:4〜6
 神さまは、イスラエルの民をエジプトから解放し、民と契約を結ばれたのでした。「契約」という考え方は、以心伝心で空気を読みながら生活をするわたしたち日本人にはなかなかなじめませんが、「契約をまもるならば」という条件を示して、はっきりとしたことをみんなに示しています。

 知人の法学部出のクリスチャンが、この十戒について、これらは当時のイスラエルの民の法律であったと言われました。
 当時は宗教と政治が同じ「祭政一致」の時代でした。「祭」とは、宗教的な約束や儀式とかで、「政」とは、今の法律に当たるものです。現代のように、同じ国の国民が1人ひとり違う宗教を信じて良いのではなくて、みんな同じ宗教でしたから、宗教と法律が一緒で成り立つのです。
 ちなみに、今の日本の憲法では「宗教の自由」が保障されていて、どんな宗教を信じても自由なのです。そして、日本の信教の自由ほど保障されている憲法はないと聞いたことがあります。戦前の国家神道の反省から来ているのだそうです。

 十戒の「○○してはならない」と言う言葉は、少し抵抗がありますが、この10の言葉こそ、奴隷から自由になったイスラエルの民の生きる道だったのでしょう。大勢のイスラエルの民が、快適に暮らしていくためには、最低いくつかの約束が必要だったのでしょう。少し前に章に、モーセが人たちの仲裁のために、朝から晩まで人たちの話を聞いていたというくだりがあります。モーセひとりでは疲れますし、判断に迷ったり、間違ったりしないように、「十戒」は必要だったのです。
 神に愛されているあなたたちは、こんなことをするはずがないとか、隣人と豊かに生きるための10の言葉と考えると分かり易いです。

 10の言葉の1〜4までは、神さまと自分の関係を、5〜10までは自分と周りの人との関係をいっています。十字架の縦は、神さまと自分、横は自分と周りの人との関係だと言われていますが、似ています。

 「自由」という言葉には誰でもあこがれます。しかし、何も縛りのない、何をしても良い世界はどんなものか少し考えると、怖くて不安になってきます。
 罪多い、間違いの多い自分に恣意的な自由が与えられたら、どんなにか他の人とトラブルを起こし、結局は生きずらくなるのではないかと思うからです。神さまはわたしたちをよくご存じだから、わたしたちが間違わないように、最低必要な10の言葉を与えて下さったのだと思うと感謝です。
 
 朝夕は少しは涼しくなってきました。みなさま、気候の変化の激しいこの時期には健康に気を付けてください。そして神さまからの愛が豊かにみなさまに注がれますように。
 聖書の話に興味のおありの方は、野方教会においでください。みんなで、お待ちしています。







老ロバ日記 41       出エジプト記16:16〜36
2015,8,9
          それぞれ必要な分
    「これは、主が仰せられたことである。明日は休息の日、
    主の聖なる安息日である。」 出エジプト記16:23

 暑中と言うより、炎暑と言われるほど暑い毎日です。みなさま、どうにかそしてやっと日日を送られておられると思います。

 でも、この日本の8月は、忘れられない、いえ、忘れてはいけない8月だと思います。

 6日、9日、15日とそれぞれ、広島に長崎に原子爆弾が投下された日であり、日本が敗戦をした日でもあります。また今年は、戦後70年目という節目の年であり、改定される安全保障の法案が審議されている年でもあります。暑いさなかでも、平和と戦争に思いを至らせざるを得ない月でもあります。

 どうして、争いや戦争が起きるのかは、この出エジプト記に原点があるようにも思えます。人はパンと心の平安(神さまに愛されていることを知る)によって「生きられる」のですが、パンの配分によっては、争いの元となります。

 16章1〜15節までに、神さまが一人ひとりに毎日欠かさず炭水化物源の「マナ」を空から降らせ、タンパク源の「うずら」を与えて下さっていることを学びました。それによって、エジプトを抜け出して荒野を旅していたたくさんのイスラエルの人は、命を守られていたのです。

 1人1オメルのマナというパンです。ウエハースのような味がしたそうです。
 朝目覚めると、宿営の回りに露が降り、この露が上がると、荒れ野の地表には、地に降りた霜のような薄く壊れやすいものが覆っていました。これをイスラエルの人は、
「これは一体何だろう(マン・フー)」
と言ったことから「マナ」と名付けられました。(ちなみに、森永の幼児用のお菓子に「森永マンナ」というものがあるそうですが、これは、この聖書箇所の「マナ」から取られたそうです)

 神さまからは、1人1オメルだけ取るように言われており、これは今日1日分で、翌日まで取っておくなとも言われていました。でも、明日もパンが降るとは限らない、心配だから残しておこう、そう思ってパンを残した人がいました、でも、明日になると、残しておいたものは、腐ったり、虫が付いたりする不思議なパンでした。もう、食べられません。そんなことがあってそれで、イスラエルの人は、神さまは必要な分をその日その日に与えて下さることを信頼するに至ったのです。

 さらに、不思議なパンが降ってから、6日目の朝が来ました。安息日の前の日です。安息日は、神さまが天と地と、命ある物すべてを造られたことを覚えて礼拝をしてお休みをする日です。それまで、毎朝パンを1オメルずつ集めていた人たちは、その日だけは、明日の安息日分として、2倍の量をを集めました。
 指導者のモーセは、人々に語りました。
「明日は安息日です。今日食べ尽くさずに、あすの分を残しておきなさい。」
人々はモーセの言ったように、不思議なパンを翌日の安息日まで残しておきました。すると、安息日だけは、この不思議なパンには、虫も付かず、腐りもしていませんでした。それでも何人かは、不思議なパンは安息日でも降っているかもしれないと、野に出て行きましたが、パンは降っていませんでした。

 1人1オメルのマナは人が1人生きていくのに不可欠で十分な量だったと思われます。荒野での40年間、イスラエルの人は神さまによってマナとうずらで健康を守られていたのです。

 そこで、顧みますと今の日本のわたしたちは、1オメルはおろか、何十倍、何百倍の食料を手に入れられて暮らしています。恥ずかしながら、老ロバも飽食のため、ダイエットにも励んでいます。その一方で、日本にも2極化で、恵まれない人たちも増えています。また、食の2極化で、南北問題(地球)が発生しており、争いの原因になっていると思われます。食料が豊富な国はアメリカと日本くらいだとも言われています。
 地球上のすべての人に、食料が与えられるように神さまは人を造っておられると思います。が、1部の人への食料の偏在で、飢えている人をわたしたちが造ってしまっている現実に目を見据えなければならないことを、この聖書箇所で改めて知らされました。
 争いの元は、「足る」を知らず、「もっともっと蓄えたい」という欲張りの心にあることを知りました。

 8月の6日、9日15日を与えられた物に感謝をして、自分だけでなく、みんなの幸せを願う日にしたいものです。

 野方キリスト教会では、毎日曜日に礼拝があっています。水曜日には聖書研究と祈りの会もあっています。人はパンだけでは、何か物足りない物を感じる生き物です。聖書に関心のおありの方は、是非お越しください。会員一同お待ちをしております。
 暑い日ですが、みなさまの健康が守られますようにもお祈りをしています。








老ロバ日記 40    出エジプト記 5:1〜6:1
2015,7,5
         主とは何者なのか
       わたしの強い手によって、フアラオはついに彼らを
       去らせる         出エジプト6:1

 7月になりました。雨はまだ上がっておりません。台風も3つも来そうですね。

 この間ず〜とモーセのことを学んでいます。
 モーセは命を助けられ、ミイデアンの地で、結婚をして2児を与えられながらも、自分とは何者なのかとアイデンテイテイに悩み、もやもやした物を感じながら、暮らしていました。
 ある日羊を追っていた時、「わき道」にそれ、神さまに出会い、エジプトの地で苦しんでいる同胞を救いだし、約束の地に導くように、「召命」を受けます。

 モーセは兄弟アロンと一緒にエジプトの新しい王様のもとに出向いて言います。
「わたしたちの主である神さまがこう言っています。『イスラエルの人々が、荒れ野で礼拝を捧げるために、送り出してあげなさい』」
 それを聞いた王はいすにふんどり返って言いました。
「おまえたちの神とは一体何者なのだ。この王であるわたしがなんでそんな者の言葉に従わなければならないのだ。実にくだらんとっとと帰れ!」

 そのあと王は家来を呼び寄せて言うました。
「イスラエル人は、とんでもない怠け者だ。イスラエル人への仕事をこれまでよりも重くする。そうすれば、『礼拝を捧げたいなど、くだらない話をする暇も無くなるだろう』
 この時代は、戦いに勝利し、国を統治していた王が即神と崇められており、エジプト王には、他に神さまが存在するなどということは、論外で信じられない言葉だったのでしょう。
 現代のわたしたちは、政教分離で、宗教が保障されている憲法があり、この辺の事情はとても理解できませが。それと同じように、王も、奴隷に近いイスラエル人が「神さま」などと言い出すなんて、とても理解できなかったでしょう。でも、この世を造られた神は、多くの民族の中からイスラエル人を選び出し、ご自分がここにいるよ、ご自分の御心が行われるよう、そうすればみんなが幸せになるよと知らせたかったのです。

 モーセたちが王を訪ねたあとから、イスラエル人の仕事は今までよりうんと重く大変になりました。耐えられなくて、「下役」という人たちの代表が王に仕事の軽減を御願いに行きました。
「いくらなんでも、きびしすぎます。どうしてこんな目に遭わせるのですか。」
 しかし、王は前と同じように、ふんぞり返って、言いました。
「この怠け者め!くだらんことを思いつかないで、帰ってさっさと仕事だけをすればいいのだ」

 「下役」たちは肩を落として、モーセとアロンが待ち受けていたところに帰って来ました。王の言葉や態度を思い出すと急に腹が立ってきて、モーセたちに文句を言い出しました。
「全部あなたたちのせいで、わたしたちまで王から嫌われることになってしまったではないか。」
 モーセは、神さまの言葉に従ったのに、同胞にいやがられることになってしまったことに驚き、神さまに祈りました。
「わたしが王に伝えに行ってから、人々の生活はますます厳しくなっています。神さま、あなたが行けと言ったから行きました。あなたが語れと言ったから語りました。それなのにどうして悪いことばかり起こるのですか。なぜ、救ってくださらないのですか。」

 ところで、「下役」とは微妙な立場で、イスラエル人なのに、エジプト王の手下となって同胞を支配して、むしろイスラエル人を苦しめる役をしていました。話は逸れますが、こういった支配の論理がこんな昔から人の悪知恵にあったことは、驚きです。王は手を下さなくとも、同胞同士を分断して楽に支配することが出来たからです。
 聖書にあるアダムとエバにあった「罪」はここにもありありと出ています。いわゆる「部落」差別の論理ですし、戦前に日本が朝鮮・韓国やアジアの国を支配していた時も、その地に日本に言い寄る人を巧く利用していたことは、明白なことだからです。この人の醜さを如実に表している聖書はある意味本当に信用できる気がします。

 さてさて、苦しんでいるモーセを見て神さまはモーセに言われました。
「わたしは約束をした通、必ず、わたしの強い手によってイスラエルの人を救い出す」と。
 王は主など知りません。イスラエルの人もよく知りません。モーセも思ったようにいかなくて、不安で胸がいっぱいです。でも、神さまはイスラエルの叫びを聞き、モーセを遣わした時から、神さまの計画は動き出しているのです。
 次回は、モーセやイスラエルの民はどになっていくのでしょうか。「十戒」の映画が思い出されます。
 聖書や十戒のことなどに関心や興味のおありの方は、野方教会にお出でください。ご一緒に、聖書を読んだり、祈ったりしましょう。お待ちをしております。







老ロバ日記 38  出エジプト記 1:1〜17
2015,6,7  
         エジプトでの苦難
        助産婦はいずれも神を畏れていた。出エジプト記1:17

 6月になりました。梅雨とあじさいの季節到来ですね。

 このブログも今回から、旧約聖書の出エジプト記にはいります。
 年配の方なら、「出エジプト記」と聞かれると、映画「十戒」を思い出される方が多いのではないかと思います。老ロバもその一人です。

 1956年に作成され、チャールトン・ヘストンとユル・ブリンナー出演で、最後の場面の紅海が割れるところは、今でもはっきり思い出せます。クリスチャンだった母に連れられて、この映画を見に行きました。わたしの信仰生活のどこかで、この映画は生きていると思っています。

 以前海外に旅行に行った時、長い時間があり、備え付けの映画でこの「十戒」があっていたので、見ました。吹き替えはおろか、字幕スーパーもないのですが、だいたいあらすじを知っていたので、最後まで見たことがあります。

 また、仕事をしていた時、小さなグループのリーダーになり、矢面に立つかなり難しい役だったときに、わたしとは比べようもないほど大変な役だったモーセの聖句を思い出して慰められたこともありました。
 「リーダーになっていいことは一つもない」と言われていますが、神さまからの励ましや慰め、導きでどうにか責任を果たせるのです。リーダーや長が付く役が誇らしい・良いと思えるのは何かの幻想で、ある意味、神さまからの強いられた「恩寵」でしかないのですが・・・

 さてさて、創世記で、アブラハム、イサク、ヤコブとイスラエルの神さまと人との歴史が語られています。ヤコブの11番目の子ヨセフは、神さまの不思議な導きで、エジプトの飢饉を救い、エジプトの大臣になりました。そして飢饉で困っていた、実家に住んでいた父や兄弟をエジプトに呼ぶことが出来ました。総勢で70人くらいだったようです。その後430年が経ち、エジプトの飢饉を救ったヨセフのことをしらない王様がエジプトを納めることになりました。そのころ、イスラエルの人は人口が増え続けて、エジプトの脅威になっていました。
 エジプトの王様は、このままでは、自分の国が滅びるのではないかと、ヘブライ人に重労働を課して虐待をしました。ところがヘブライ人は虐待をされればされるほど増え広がりました。 
 それで、王はさらに、酷いことを考えました。出産時に赤子を取り扱う助産婦に
「ヘブライの女が出産する時に、男であればみな殺せ!!」
と命じました。怖いですね。さてどうなることでしょうか?









子うさぎ日記20 2015年5月10日
アテネでの宣教
使徒17章28~34節   
あなたがたが人の知恵によってではなく、神の力によって信じるようになるためでした。(Iコリント2:5)
That your faith should not stand in the wisdom of men, but in the power of God. (1 Corinthians 2:5) King James Version (KJV)

オリンピア遺跡に咲くハナズオウの花の写真を見て、この中を歩きたい!とぴょん吉は、昨春ギリシャに行って来ました。街中にも他の遺跡にも咲き乱れていて、赤紫の花がとても綺麗でした。

アテネの街を歩くと、古代遺跡が現代的な街の中のそこかしこにあって、不思議な気持ちになりました。パウロさんが言うように、彫像はたくさんもありました。歴史の教科書で見たパルテノン神殿が、思っていたより小さく、復興工事のクレーンがあって、ちょっとがっかり。それでもホテルのベランダからライトアップした神殿を見ると、自分がこの場にいるのが夢のようでした。

その麓にある古代アゴラは、雰囲気が違って、観光客もほとんどおらず、春の陽の中で、市場の杭や建物の土台石を眺めながら、当時の賑わいや建物を想像しながら、強い日差しの下歩きました。こんな広場でパウロさんは、意気揚々とイエスさまの話を人々に語っていたのでしょうか。木々の木陰で休んでぼおっとしたくなる、とっても素敵な場所でした。

話はぴょんと飛んで、ぴょん吉小学生の頃、学校からの帰り道には、色んな露天商のおじさんが道端で店を広げていました。ある時は、ヒヨコ、ある時はポンポン菓子、ある時はへびそっくりのおもちゃ。私が一番覚えているのは、がまの油売りのおじさん。がまって何だ?おじさんの周りにはたくさんの子供たちが人垣を作っています。人が集まっているところに興味がわくのは、人の常。やじ馬根性丸出しのぴょん吉も、もちろん輪の中に。

おじさんが口上を述べ立てています。面白おかしい口調で。でも、私にはよく意味がわからず、おいしい物でも、おもしろい物でもなさそうだ、とわかると、興味が失せて、私も子供たちも散って行ってしまいました。

パウロさんの一所懸命な信仰の話とガマの油売りを一緒にしてごめんなさい。最初興味を示して寄って来た人も、価値がわからず、意味がわからなければ、関心を失って離れていく、というところが、似てるなあと思ったもんで。

パウロさんがいくらがんばって、知恵を総動員しても、神様の力がなければ人は信じるようなれませんよーというのが、今日のお話のオチ。パウロさん、せっかくがんばったのにね。でもパウロさんの最初の働きがなければ、話を聞いた人たちも、後から神の力によって信じるようになった時に、あの人が言いたかったのは、このことだったのか〜、ガッテン!と膝を打つこともなかったでしょう(本当に膝打ったかどうかは知りませんよ。ぴょん吉説)。だから、人が離れて行っても、やっぱり、話し続けてよかったんですよ、パウロさん。

だって、今のギリシャ国旗には、十字架が入っていますよ、パウロさん。エーゲ海は本当にこんなブルーでしたね。















老ロバ日記 37   使徒言行録 15:1〜21
2015,5,3
           恵みに圧倒されて
    「わたしたちは、主イエスの恵みによって救われると
     信じている。」       使徒言行録15:11

 青葉若葉の美しい時期となりました。

 この時期、いろんな組織や各教会では総会があります。みなさんの属する組織の総会はどんな風ですか?
 老ロバの野方教会でも、総会がありました。会員のみなさんは自由な立場から、老若男女に関係なくご自分の意見を述べておられます。

 ところで、日本で普通「総会」と言えば、しゃんしゃん総会が多いですよね。執行部なりの原案をほとんど飲み込んで、現状をあまり変えようとしませんね。

 6月末に行われる日本の大多数の企業の株主総会も、原案が何時間何分で通ったか(早く終わらせ切ったと言うこと)を競っているところがありますが、いかがな物でしょうか?同じ日に総会があり、とにかく、意見を言わせない、議論をさせない、というのが現状のようです。

 今日の聖書箇所は、初期のキリスト教会でキリスト教の考え方を巡って激しい議論があったところです。どのように解決をしていったのでしょうか?

 イエス様が十字架に架けられて、亡くなり、三っか目によみがえられまして、天に昇られ、残された人々は、聖霊を与えられてその喪失感から立ち直り、イエス様の教えを伝えていこうとしました。
 ペテロやパウロ、バルナバ、ヤコブとたくさんの信徒がエルサレムばかりでなく、地方にも広く福音を述べ伝えました。中心のエレサレムは元からのユダヤ教からの改宗者が多く、ユダヤ人特有の選民思想の人が多く、どうしても、モーセの習慣に従って、「割礼」というものを受けなければと確信していました。
 一方、パウロたちが伝えた、ギリシャ語を話す人たちは、元々割礼などの習慣はなく、それを重んじませんでした。パウロは、何か色々良いと思われることをして救われるのではなくて、「信仰のよってのみ、義とされる」というキリスト教の信仰理解をしていました。
 そこで、ユダヤ教からの改宗者の多い、エルサレム教会と異邦人からの改宗者の多い、アンテイオキア教会の「割礼」を巡っての激しい論争が起きました。

 元々の中央に位置するエルサレム教会は、総本山的な考え方で、異邦人たちも自分たちに与えられてきた習慣や伝統をそのまま受け入れれば、同じ仲間だと言う考えがあり、新しく出来たアンテイオキアの教会をひよっとしたら下に見たかったかもしれません。しかし、新しく出来た地方の教会も会議に参加してそれぞれの信仰理解について、2教会が自由に対等に話し合いがもたれたのです。素晴らしいことですね。

 パウロの「私が選ばれたのは、異邦人が福音の言葉を聞いて信じるようになるためだった」と言い、律法ではなく、主イエスの恵みの前にすべての者が等しいこと述べています。
 この会議では、エルサレム中心の選民主義的なキリスト教理解が、異邦人教会で起こされている神さまの恵みの前に圧倒され、大きく変革を迫られる出来事となりました。出会いや、対話を通してこそ見えてくる神さまの大きな恵みがあります。そのめぐみの大きさも前で、自分のたちの価値観が素直に、大きく変えられていくのです。
 神さまは、ユダヤ人にも異邦人にも聖霊を与え、その間には何の差別もなかったのです。こうしてこの会議の結果、キリスト教は一民族の宗教から、すべての人を対象にした世界宗教に変えられていったのです。千年以上後には日本にも伝えられてきたのです。

 最初に述べた日本の総会は、自由に対等に意見を述べ合うということがあまり訓練されてないように思います。キリスト教精神が広まっていないからでしょうか?
 あのソニーという会社ではかって、延々と何時間も会社の株主総会があった聞いたことがありました。それに比べいくら会議をしても、上司の言うことに心では違うと思っても、自分の考えを言えず、変革を好まないのが日本の現状でしょうか。
 かっては、教育現場では、職員会で活発な意見交換がありましたが、今は、ただ、伝達機関となり、原案や文科省の指示がそのまま通るようです。
 上司や総本山の言う通りでなく、一人ひとりの意見が大切にされより良いものを目指していく世界でありたいものです。それを、聖書は教えてくれています。

 春が過ぎ、初夏迎えて外に出やすくなっています。キリスト教や聖書に関心のおありの方は是非、野方教会にお出でください。みんなでみなさんのお越しをお待ちしています。










子うさぎ日記19 2015年4月26日
「異邦人の方に行く!」
使徒13章1-3節、44-52節   
異邦人たちはこれを聞いて喜び、主の言葉を賛美した。(使徒13:48)

皆さんは礼拝での説教をどんな風に聞いていますか。私は時々他の人を観察しているのですが、(本当は熱心に聞かないといけないと思うのですけどね)、いろんな人がいますよ。おもしろいですね。もちろん熱心に牧師さんの方をまっすぐに見て、時々うなずきながら聞く人がいます。また、一生懸命ノートに牧師さんの言葉を書き留める人もいます。さらに、きっと目をつぶると集中して聞けるだと思いますが、目をつぶって時々体が揺れている人もいますよ。さすがに、いびきは聞いたことがありませんけどね。

さて、私は、他の人を観察しながら聞いているくらいだから、熱心とは言えませんね。聖書の字句の語学的な解説みたいなのになると、特に、興味を失ってしまいます。聖書によって、言語によって、使われている単語が違う、というのは、なんだか語学の説明みたいに思ってしまうんです。

一番わかりやすいのは、たとえ話でしょうか。イエス様もよくたとえ話を使われましたね。子どもメッセージの時は、子供たちが絵や話す人の顔をじぃっと見つめて聞いています。年齢によっては、話の100%を理解しているとは思えませんし、中には難しい言葉もあると思いますが、一生懸命考えながら聞いている姿には、いつも見ていて感動します。と、同時にお話をする人の準備のご苦労がしのばれます。

聞く方は年齢も、クリスチャンになってからの期間も、様々ですから、牧師さんは毎週土曜日の夜は、うんうん唸りながら、翌日の説教の準備をなさっておられるのでしょうね。そう思うと、他の人の観察なんかしないで、もう少し一生懸命聞きましょう。私だって、時々心に残った言葉はメモしたりしてますよ。

私たちは、神の言葉を牧師さんという人間を通して聞きます。人間は完全ではありませんから、牧師さんの説教も完璧ということはないかもしれません。それでも、神の言葉として、感謝して聞くことが、本当に神とのコミュニケーションの扉を開くことになるのでしょう。

今日の聖書の箇所で、アンティオキアのユダヤ人の会堂に集まった異邦人たちのように、素直に一生懸命聞いていれば、例え異邦人であっても話を語ってくれる人がいて、それを素直に喜べるのは、なんと幸いでしょう。

マタイ18:1-4の箇所を思い出しました。ここでは天国に入ることを言っているので、今日の箇所とはちょっと違うかもしれませんが。「心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入ることはできない。自分を低くして、この子供のようになる人が、天の国でいちばん偉いのだ。」(マタイ18:3-4)

子供のように、語られた言葉を素直に聞き、固い言葉も柔らかい言葉もまずは口に入れてみて、難しくてわからない言葉も咀嚼している内に、時が経つうちに理解できるようになるかもしれないので、あきらめず、聞き続けることが大事だなぁと思います。さあ、今度の礼拝は、他の人の観察をしないで真面目に聞きましょう!











老ロバ日記  36  ルカ23:32〜43
2015 3.29
          「十字架のイエスをはさんで」
      イエスは「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと
      一緒に楽園にいる」と言われた。      ルカ23:43

 多くの建物があり、それが教会だと分かるのは何があるからでしょうか。そうです。正解は十字架ですね。今回の聖書箇所には、十字架が出てきます。十字架は教会にとって大切な物で、これにはたくさんの意味があるようですが、その一つを学びましょう。

 先週の、イエス様と12人の弟子たたちの「最後の晩餐」のあと、ユダの裏切りでイエス様は、逮捕され、スピード裁判のあと、十字架による死刑が言い渡されます。これという罪はないのにです。
 夜通し裁判のあと、自分の十字架を自分で背負って、イエス様は処刑場に向かわれます。そこに、たまたま田舎から出てきていたシモンというキレネ人が命令をされて、この十字架を背負うことになります。

 十字架の刑は、この時代のローマの統治に反対をする人に対する「騒乱罪」としてありました。ですから、ローマ市民には適応されませんでした。最も残酷な処刑方法だと言われています。
 当時の統治者のピラトは、イエス様に何ら死に当たる罪を認めることは出来なかったにも関わらず、群衆の人気を得たいがためにイエス様に十字架刑を言い渡してしまいます。なんということでしょうか。そして、イエス様は、おまけに二人の犯罪者と一緒に、十字架の刑を執行されるというのです。

 処刑場につくと、イエス様を真ん中にして、一人が右に、もう一人が左に十字架につけられました。
 十字架の下では、イエス様の服をなんとくじで分け合っているのです。議員や兵士たちはイエス様を指さし、あざ笑い、口々にののしっています。
「他人をすくったのだ。自分で自分を救うがいい!」
「お前はメシアだろ?ユダヤ人の王だろ?自分を救ってみろ」

 そんな声が聞こえたのか、十字架につけられた一人の犯罪人もイエス様をののしるように、
「お前は、救い主ではないか。それなら、自分を救い、またわれわれも救ってみよ」
と言い続けました。もう一人は、それをたしなめるように、
「この方は何も悪いことをしていないのに、十字架に掛けられているのだ。お前やおれは、自分のしたことの報いを受けているのだから当然だが・・・お前は神を畏れないのか」
「イエス様、あなたの国に行かれるときに、わたしを思い出してください」
と苦しい中で声を振り絞って言いました。イエス様は
「今日あなたは、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう」
と言われました。死にゆく人に対する慰めの言葉ですね。

 イエス様は神さまですから、自分や二人の犯罪者を助けることは可能であったと思われますが、そうされませんでした。もし、そうされたら、その場その時だけの1回限りの出来事となってしまいます。
 以前カーク・ダグラス主演の「スパルタカス」という映画を見たことがあります。時はイエス様より何十年か前の、ローマの体制への反乱ものでした。彼も十字架刑で終わりでした。人々から信頼された人でしたが、それで終わりでした。
 救いは永遠です。単なる思想や英雄物語や一時的な出来事ではありません。そのために、イエス様は、苦しみながら十字架刑をお受けになったのです。

 たしなめた方の犯罪者は、キリスト教への「信仰告白」と受け取れます。しかし、「パラダイスにいるであろう」と言われたイエス様の言葉は、もう一人のののしった犯罪者にも届く言葉だと思えます。二人のとって生涯最後に聞いた言葉でした。

 わたしは、昨年父を亡くしました。父のいまわの際まで、ず〜と側におられる恵みをいただきました。父には
「よくがんばったね。あなたの一部は5人のひ孫のどこかに残っているよ。クリスチャンだった母の待っている天国に行けるよ」
と、何度もゆっくりいえました。父は
「ありがとう。ありがとう」
と出ない声で口を動かし2度言ってくれました。
 パラダイス、天国、忘れないよ、と言う言葉しか、死にゆく人に対する慰めの言葉はどこにもありませんでした。
 なんら罪もないのに、ご自分が十字架の上で死にゆく痛みの中で、自分をののしった人にも届くように、励まし、慰めの言葉を掛けられたイエス様はやはり、神さまです。

 次回はイエス様の復活(イースター)について、学んでいきましょう。
 4月5日(日)はイースターです。野方の霊園公園で午後卵捜しをします。楽しいです。子ども連れででもおいでください。
 この時期彼岸が明けますね。死ぬこと、死んだらどうなるのかなど誰でも不安があります。野方教会の方へもどうぞおいでください。そんなことも牧師や教会のみなさんとお話しできます。お待ちしています。









子うさぎ日記18 2015年3月22日
  
ルカ22章24~30節
「あなたがたの中でいちばん偉い人は、いちばん若い者のようになり、上に立つ人は、仕える者のようになりなさい。」ルカ22:26

今日の場面は、最後の晩餐でのでき事です。

食事会や飲み会の時に、「上座」と言うのがあって、ある程度の年輩の人たちが集まると、互いに譲り合って、中々席に着くことができずに時間がかかることがありますね。お互いに推し合ったりして、結局は一番年長とか肩書きがある人とか、それもたいてい男性になったりすることが多いのが、ちょっぴり嫌なぴょん吉です。

私は、学生時代茶道部だったのですが、お茶席でも「正客」を譲り合うのは、儀式みたいなもので、正客が決まって、「次客」が決まり、「三客」以降がやっと座れることになります。ま、誰が正客になるか、顔ぶれを見れば、暗黙のルールみたいなのがあって然るべき人が務めることになります。正客は茶席の進行や挨拶を熟知しており、半東とのやり取りも客を代表してスムーズに行い、かつ他の客のことも考慮してあげられる経験が必要です。

上に立つ人が仕える者のようになるのは、とても難しいことだと思います。例えば会社の社長さんが、仕える者のようになるのを考えたらどうでしょう。ある会社の社長さんは、誰よりも早く出社して、会社の前の道を毎朝清掃していた、と新聞で読んだことがあります。でも、そうなると社員も早く出社しないといけない、とプレッシャーに感じるかもしれないなあ、と早起き苦手のぴょん吉はそんな会社は敬遠です。

この間、城山三郎の本を読んでいたら、アメリカで新しい会社を作った人が、社員も皆ファーストネームで呼び合い、オフィスを持たずに、社員と一緒のデスクで仕事をして垣根を作らないようにしている様子が描かれていました。ある社員のデスクには風船があって、その日はその人の誕生日で、皆でお祝いするそうです。努力してアットホームな雰囲気を作るようにしないとたいへんなのでしょう。

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」ということわざもありますね。挨拶、特に朝の挨拶で感じることがあります。偉い人は、きちんと向こうから声に出して、挨拶してくれるように感じます。その次の人は、会釈だけ。一番悪いのは無視。こちらが挨拶しても無視。悲しいですね。こちらのことを透明人間と思っているのかしら。相手に分け隔てなく、きちんと挨拶してくれる人が本当に偉い人だなと、思っています。

相手の肩書、自分にとって損か得か、なんかで態度を変えることがないようにしたいものですね。毎日の生活の中で、行動して行きたいですね。









老ロバ日記 35  粋な主人  ルカ16:1〜13
2015,3,1
       主人は、この不正な管理人の抜け目のない
      やり方をほめた。   ルカ16:8

 今回の聖書は、いきなり不正を主人(イエス様)がほめるということで、一体どうなっているの〜と聞きたくなります。
 ところで今、格差社会を答うピケティの「21世紀の資本」という本が話題になっています。話題になるといことは、それだけ格差があり、みんなが実感しているということでしょう。

 今日のこの聖書箇所は、どの人の立場からこのイエス様のメッセージを聞くかという一点に掛かっていると思います。
 それと、この箇所は、ルカの15章からの続きとして読むと、どの立場の人から見るということも分かり易いと思います。

 さてさて、このお話は・・・ある資産家の金持ちがいて、自分の財産管理のために一人の管理人をおいていました。金持ちは、その土地には住まずに、遠い都会に住んでいたと思われます。
 ある時、このお金持ちに告げ口をする人がいました。
「あなたの管理人は、あなたの財産を無駄遣いをしています」
と。主人は早速その管理人を呼びつけて、問いただします。
「あなたがずるをしているのは本当か?会計報告をすぐ出しなさい。ずるをしているのなら、あなたに、管理は任せておくわけにはいかない」
 それを聞いて、管理人は慌てました。どうしようかと、いろいろ考えました。「主人は自分を首にするつもりだ。どうしよう。土方もできないし、物乞いも恥ずかしい。どうしよう。そうだ。分かった。仕事を辞めさせられても、自分を家に迎えてくれる、友人を作っておけば良いのだ!!」
 さっそく、この管理人は、主人に借りのある人をひとりびとり呼び出しました。はじめの人は、油樽100樽の負債でした。それで、管理人は証文を50樽に書き換えさせました。次の人は、小麦100袋でした。それで、証文を80袋に書き換えさせました。
 こんな不正なことをしている管理人に主人は、
「なかなかやるな〜」
とこの抜け目のないやり方をほめたのです。その上
「この世の人々は、みんなしたたかで光の子よりも賢いぞ。みんなに言っておく。ずるいやり方でこしらえた富で、友人を作っておきなさい。あなたたちが困った時のに、迎えてくれるでしょう」
とまで言われるのです。

 みなさんはこの話をどう思われますか?
 普通に読めば、こんなことをしてはいけないと思うでしょう。しかし、イエス様はほめられたのです。
この話は、ルカによる福音書15章から続いています。

 100匹のひつじを持っている羊飼いが、1匹いなくなったら、他の99匹を野原に残しておいて、いなくなった1匹を見つけるまで捜し歩く、そして見つけたら、とても喜ぶと言う1番目の話、2番目は、銀貨10枚を持っている女主人が、1枚をなくしたら、必死でそれを捜し、そして、見つけたら、みんなを呼び集めて喜ぶと言う話です。3番目が有名な放蕩息子の例えです。放蕩の限りを尽くして、心から詫びて帰ってきた弟を父親(神さま)が死んでいたのに生き返り、いなくなったのに見つかったと大喜びをする話です。
 放蕩息子への赦しは、真面目なパリサイ人や律法学者からは眉をしかめられる話であったと思われます。そしてこの不正な管理人の話も、赦されざる話であろうと思われます。みんな、正しく生きようとしても、生きられない弱い人なのです。しかし、神さまから見れば無くなった者(物)が見つかったり、不正な人も必死で生きているな〜と言う大きな愛と喜びと赦しを表していると思います。

 この話を、告げ口する人の立場で読むとイエス様の真意が分かりません。どうして、不正をする人をほめるのかと・・・しかし、抜け目のない管理人の立場で読むと、イエス様が不正をしてしまう弱い立場の庶民、いえ、もっと困っている人でしょうかそんな人を分かり赦す優しいお方であることが分かります。粋な主人であることが分かり管理人の喜びが分かります。だって、あすから仕事が無くなるかもしれないのですから、一生懸命に行動を起しますよね。

 今から2000年も前のことです。当時は今のように、社会福祉が発達していなかったので、何も持たない弱者には色々なことが赦されていたように思います。
 例えば、ミレーの有名な絵画「落ち穂拾い」は、寡婦や寄留者のために、土地所有者は落ち穂まで、すべて刈り取ってはならないとの律法がありました。弱い立場の人は、落ち穂を拾って生活をしていたからです。
 又、知人から聞いたことですが、日本でも、この前の戦争くらいまでは、山の生り物が何も持たない人に取られたり、地境をあまり土地を持たない人に少しごまかされてもそれを赦す気風があったとのことです。「ぶげんしゃどん」には、おおような精神があったようです。
 アメリカでも、金持ちには寄付の風潮が強いですが、どこか似ているところがあります。持っている人は、持たざる者に気っ風よくするということです。前出の格差社会も、制度面だけでなく、それを小さくする試みはいつの時代もあったということなのでしょうか。

 ルカによる福音書のイエスさまのたとえ話は、弱い立場の人に安心を与え、お金に関係する聖書箇所が多いと言われていますが、明日の生活にも困る人たちの心を捕らえ、信仰に導いたと思われます。

 しかし、今の日本で、「普通」の暮らしをしているわたしのとっては、なかなか厳しく心に迫るところがあります。自分は、パリサイ人や律法学者と同じではないかと・・・天国に行けるのだろうかと・・・

 とかなんとか、聖書や教会や天国のことなどに関心のおありの方は、是非野方教会にお出でてください。そして、一緒に聖書を読んだり、お交わりをしたいですね。










子うさぎ日記17 2015年2月22日
  
ルカ15章23、24節
食べて祝おう。「…死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ。」

とってもお久しぶりです。

さて、今日の箇所は有名な「放蕩息子」のたとえですね。ここを読む度に私は腑に落ちませんでした。私は、ここで言う「兄」の側の立場で考えてしまいます。このお兄さんのように、お父さんの弟への態度が不満です。

初めての子供は、甘やかされて育てられるからか、私の兄は、子供の頃から、欲しいと思った物を我慢することができませんでした。最初、親はだめだと言っても、勉強をがんばるから、とか、色々いいようなことを兄に言われて、結局折れて買ってあげるのです。それも結構値が張る物です。高校生ともなれば、ステレオ、ギター、バイク、そして大学生になったら車。私は、それを横で見ていて、家は決して豊かとは言えないのに、何であんなに高価な物を平気で欲しがるのか、不思議でした。

末っ子の私は、兄と親のやり取りを見ながら、うまく甘えるところと、しっかり者のところを使い分ける知能犯だったように思います。親にモノをねだるということはなく、そうするとなぜか親はいろいろ買ってくれます。親が買ってくれる服をそのまま着るような子どもでしたので、大人になって、自分で服を選ばないといけないのが、とても面倒くさく感じました。私は大人たちからみた「いい子」を演じるのがうまかったので、モノをねだることもなく、成績もよく、先生や近所の大人たちからの評判もよかったのです。それに比べて、兄は自分の欲望をストレートに親にぶつけました。成績もそれほどよくなく、先生からの評価も良かったとは言えません。

でも、結局、兄がこうしたい、これが欲しい、と言えば、大人になってからでも、親はそれを叶えてあげていました。

そんな兄にもとてもいいところがあり、それは優しいところでした。だから、傷つきやすかったのでしょう。私が手術入院した時は、仕事を休んで隣のベッドで一晩付き添ってくれ、私が痛がるのを見て、手術が失敗したのではないか、と本当に心配していました。当時在宅で介護していた寝たきりの母も一緒の部屋に連れて入院したのですが、病院にエレベータがなかったので、兄が母をおぶって階段を上り下りしました。それからも、私は心労から数回入院したのですが、その度に仕事の帰りに寄ってくれては、私の肌着まで洗濯してくれました。

街中で、幼い兄妹を見かけると、まだ小さい兄が一所懸命に妹を可愛がったり、世話を焼いたり、母親に甘えたいのをがまんしたり、妹に譲っている姿を見て、ほほえましくなると共に、かつて幼かった私の兄も、こんな風だったのだろうか、とその時の情景が浮かびます。きっと私が生まれて来て、当時3歳くらいだった兄は、嬉しくて、私の顔を覗き込んだり触ったりしたことでしょう。私は全く覚えていないけれど、幼かった時、守らなければいけない存在として、私を思いやっていただろう、と思います。

父親は、子供がどんな子供であっても、これまで何をしてきたにしろ、全てを許し、受け入れるものなのでしょう。神様が私たちに父親のようにしてくださるように。

私が、この話で一番偉いと感じたのは、「弟」の決心です。ダメダメな「弟」ですが、お父さんのところに戻って、許しを請い、助けてもらおう、と考えて戻ったところが偉いと思います。プライドが許さないで戻れず、助けてという声をあげられず、関係を修復できない人も多いことでしょうが、この弟は、そんなものをかなぐり捨てて、使用人になろう、と思いました。

私の兄がいなくなって始めて、勝手で我儘に見えていたけど、優しくて弱くていっぱいいいところがあったことに気づきました。今度兄に会えたら、これまで傷つけたことを詫びて、父と母と一緒に小さな食卓を囲みたいです。

このたとえのように、ひょっこり兄が戻って来てくれたらどんなに嬉しいでしょうか。生き返ってくれたら、私もこの父親のように喜ぶでしょう。私の父はもっと喜ぶでしょう。

二月は兄の誕生月なので、ことさら思い出すことが多いです。私はすっかり兄の年齢を追い越してしまいました。













老ロバ日記  34
2015,2,1  「あなたに言いたいことがある」  ルカ7:36〜50
   そして、女の方を振り向いて、シモンに言われた。
   「この人を見ないか」 ルカ 7:44

 聖書記者ルカの見たイエスさまの言行は、どんどん進んで行きます。

 ある日、イエス様に、フアリサイ派のシモンという人から、食事のお招きがありました。
 聖書では、ユダヤ教のフアリサイ派の人や律法学者は、いつもイエス様に悪意を持ち、陥れようとする人たちとして描かれています。フアリサイ派は、ユダヤ教の一派で、律法を厳格に守り、守れない人たちを、それぞれの事情も顧みず見下した見方をしていました。
 ですから、イエス様を食事に招くことは、聖書にはなかなか描かれていないことなのです。それでも、ルカ福音書には、数回そういう箇所はあります。シモンはイエス様に興味を持ち、その教えに何か真理があると思っていたのでしょう。
 それで、イエス様はシモンの家に出かけて行きました。

 イエス様が食卓に着かれた時、「罪の女」が、香油が入れてある石膏の壺を持ってきて、泣きながら、涙でイエス様の足をぬらして、自分の髪の毛でぬぐい、その足に接吻をして、香油を塗りました。女は周りの状況など気に掛けないで、一生懸命です。シモンはとても驚いたことでしょう。資料によると、当時は人の家に勝手に入ってきて良かったのだそうです。
 ところで、「罪の女」とは、何でしょうか?ユダヤ教への信仰がなかったり、守ろうとしても何かの事情で律法を守れない人を責めた言葉が「罪の女」だったのでしょう。
 シモンとしては、せっかくお呼びしたイエス様なのに、「罪の女」が現れたのですから迷惑だし、だいたい、イエス様が偉い預言者なら、この女がどんな女か、律法違反の「罪の女」が側にいることは分かるはずだ、と心の中で思っていました。
 「罪の女」というのは、当時の社会が、「この女は、罪深い」とレッテル貼りしていたのにすぎなかったのに、シモンはよく確かめもしないで、周りの人が言っているように決めつけていたのでしょう。

 人には、悲しいことに、「差別感」というものがあります。いつも人を競争の対象として、相手より自分の方が何か優れていると思って安心してしまう恥ずかしい気持ちです。
 この差別感というものは、子どもが周りの大人から、初めて接した事柄や人に対して、「あれはいけないこと、良くない人、ダメな人間」という風に言われたり、言われなくてもそのような雰囲気を醸し出されると、すぐ移ってしまうと言われています。真っ白なハンカチが、黒っぽい色に染まってしまうのです。子どもには、体験がないので、間違いが分からず、大人の感情をそのまま受け入れて染まってしまうのです。長じて、自分に自信がなかったり、不安な時に、自分より劣ると思える人に、優越感をもち、差別してしまうのです。

 こんな醜い心で、「罪の女」と呼ばれている人をシモンが見ていると分かったイエス様は、今日の題名のように、
「シモン、あなたに言いたいことがある」
と次のようなたとえを話されました。
「ある金貸しから、2人の人が借金をした。1人は500デナリオン、もう人は50デナリオン。ところが、2人には返すお金がない。だから、金貸しは、両方の借金をなかったことにしてくれた。さて、この2人のうち、どちらが金貸しのことを、より多くあいするだろうか?」
シモンが答えました。
「それは、多くの借金を返さなくていいと言われた方だと思います。」
イエス様はうなずきました。それから女の方を振り向いて、シモンに言われました。
「あなたには、この女の人が見えていますか?
わたしがあなたの家に入った時、あなたは足を洗ってくれなかった。この人は、涙でわたしの足を洗ってくれました。
あなたは、口づけの挨拶もしてくれなかったが、この人は、わたしの足に口づけををしてくれた。そして、香油を塗ってくれた。
この女の人が、多くの罪を赦されたのは、わたしにしてくれた愛の大きさで分かるよ。

 そして、イエス様は、女の人にはっきり宣言されあました。
「あなたの罪は赦されています」
「あなたの中にある、信じるという心があなたを救ったのです。さあ、安心して行きなさい。」
それは、女の人、欲しくて欲しくてたまらなかった言葉でした。

 今回、イエス様から諭されたのは、普通の暮らしの、普通の差別感で他者を傷つけていたシモンでしたが、諭されたのは、実は感受性が鈍くなり、簡単に弱い立場の人を傷つけてしまうわたしたち、いえ、わたしなのです。
 差別感や偏見は本当に怖い感情です。人として間違っています。こちらの方こそ、「罪」かもしれません。ここを分かり易くお話くださるイエス様は本当に素晴らしいお方です。

 さあ、もう2月です。春はそこまで来ています。
 聖書やキリスト教に関心のおありの方は、野方教会においでください。みんなで、みなさんのお越しをお待ちしています。












老ロバ日記  33
2015,1,25   「弟子たちの目を見つめながら」 ルカ19:1〜10

 「貧しい人々は、幸いである、神の国はあなたがたのものである。」 ルカ6:20


 古い言葉で言えば、松の内も過ぎ、大寒の真っ最中です。インフルエンザが流行っているとか、皆さまお変わりありませんか?
 
 今回の聖書箇所は、ルカによる福音書にも、マタイによる福音書にもある有名な「山上の垂訓」と言われる箇所です。キリスト教のエッセンスがちりばめられた言葉といえます。これらの言葉に、「そうです」と言える方は、イエス様はもう側におられます。「そうかな〜」と思われる方は、最後までこの話を読み続けてみてください。聖書の言葉は、まさに真理ですから。

 この箇所は、マタイではイエスさまは、大切なメッセージを「山の上」で語られますが、ルカでは、山の裾野の「平らなところ」です。これは高みからの言葉ではなく、低みから語られるイエス様の言葉ととらえてください。
 山の中で一晩中祈っておられたイエス様は、弟子たちを呼び集め、その中から12人を選び出して、一緒に山を下りられました。そこには、そのほかの弟子やおびただしい群衆がいました。イエス様はそこで、すぐ側にいる弟子たちの目を見つめながら語られたのが、これらの言葉です。みんなイエス様に癒してもらいたくて、神の国の話を聞かせてもらいたくて、懸命について来ていたのです。

 「貧しい人たちは、幸いだ。神の国はあなたがたのものである。」
 「餓え渇いている人たちは、幸いだ。飽き足りるようになるからだ。」
 「泣いている人たちは、幸いだ。笑うようになるからだ。」
 イエス様に付いてきている人たちは、ひもじい思いをしている人、辛いことや悩み事があり涙が絶えない人たちが多く、みんなどう生きればいいのか分からないでいたのです。こんな逆説的な言葉を言われて、驚いたり、びっくりしたことでしょうね。でも、これらの言葉には何かがあると感じたでしょう。
 また、イエス様はこうも言われました。

 「お金持ちの人は、わざわいだ。慰めを受けてしまっているからだ。」
 「満腹になっている人は、わざわいだ。飢えるようになるからだ。」
 「笑っている人は、わざわいだ。悲しみ泣くようになるからだ。」
 「人がみなあなたを褒めるとき、あなたはわざわいだ。それはろくなもんじゃない。」

 「みんなはわたしの弟子ということで、町の人たちから叩かれ、ののしられる日がくるだろう。そんな時こそ喜べ。神さまのご褒美が天にどっさり積んであるのだから。」
 これらの言葉は、イエス様に付いて来ている人々の心の琴線に触れ、きっと力づけられたことでしょう。だって、みんなは、心や体に満たされない物を持っていた人たちばかりだったからです。

 さあ、あなたは、今心も体も満たされていますか?

 昔、学校に出ていたことのある老ロバは、一人の子どものことを思い出します。

 彼女は、父親は有名企業に勤務しており、容姿端麗で、頭も良く、努力家で、性格も利己的でなく、成績はもちろんオール5でした。ピアノでは、ベートーベンを弾き、絵画では繊細な絵を描き、運動も出来、料理や裁縫などの手仕事も上手でした。余裕があり、友だちにも意地悪とかしませんでした。有名高校から有名大学、有名企業に勤め、結婚しました。

 さて、彼女は神さまに近いでしょうか?
 誰もが望む幸いを絵に描いたような子でした。しかし、わたしは、そこまでの人生の彼女には、神さまは必要ないだろう、神さまの入り込むすすき間はないだろう、と思えてしかたありませんでした。その後の彼女のことは知りません。どこかで、辛いことがあれば、神さまはきっと語りかけてくださるし、賢く、感受性も豊かな彼女ですから、真理の言葉のある聖書とかには親しめるはずだと祈ってはいますが・・・
 クリスチャンはよく、「この世的」という言葉を使います。彼女こそ「この世的」には幸いな人だったでしょう。しかし、みんな、彼女のように、何もかも、この世的には恵まれて生まれてきてはいません。どうして、自分の人生は、恵まれないことが多いのだろうと不満ばかり持ちやすいですね。こんなとき、イエス様の言葉を聞いた人々はどんなに喜び、希望を持たされたでしょうか。明日があるのだ、明日またがんばろう、と勇気が湧いてきたことでしょう。
 100パーセント満たされた生活は、うらやましくい気もしますが、これから先は良くないことしか起こりようがありません。そしてもし、100パーセントみたされた生活でも、それは自分の努力でなく、神さまがそうさせてくださったのだと、感謝の念を持たされることことこそ、大事であることを、今日の聖書箇所は示してくれています。

 1月ももう終わります。
 聖書やキリスト教に関心のおありの方は、野方教会においでください。子ロバ、老ロバ、子ウサギもみんな、みなさんのお越しをお待ちしております。










老ロバ日記  32
2015,1,4  「そのお方が来られると」

   その方は、聖霊と火であなたたちに洗礼(バプテスマ)をお授けになる。
                                   ルカ3:16

 2015年、あけましておめでとうございます。今年をいかがお迎えですか?
表面は、経済回復とか言われていますけれど、生活の2極化が進んでいると言われる今、たくさんの問題をはらんでのスタートのように思います。こんな時、イエス様だったらどうされたかな〜と思わされます。
 イエス様の愛を知って、救われて、穏やかな毎日をみんな送れたらいいのにと願っています。
 今年も老ロバが、月に1〜2度雑文を書かせていただきます。もっと聖書に詳しい方や、もっと信仰が深い方はたくさんおられますが、どうぞ、最後までつきあって下さい。

 今日の聖書箇所は、クリスマスのときの聖書箇所の続きです。

 クリスマスといえば、老ロバに思い浮かんでくるのは、「待つ」ということと「希望」ということです。
 イエス様やその前の時代のイスラエルの人たちは、旧約聖書に示されていた自分たちイスラエルを救う、救世主を、待って、待って、待っていました。周りの大国の属国として、不自由な生活をいつも強いられて来ていたからでした。
 救世主はこの人かな、あの人かなと自分の時代の存在感のある人に希望を持つのですが、いつも違っていました。そんなことが続いていた頃のことです。

 ローマの皇帝テイベリウスが世を治めていました。
 神さまの言葉が荒れ野にいる預言者ヨハネに降りました。ヨハネはすぐさま荒れ野を出て、ヨルダン川沿いの人々の所に向かい、神さまから預かった言葉を宣べ伝えます。それは旧約聖書のイザヤ書に書かれていた
「荒れ野で叫ぶ声がする。
{まもなく来られるお方の通り道を整えよ。
 谷はうめられ、道は低くされる。
 曲がった道はまっすぐに、
 でこぼこ道は平らにされる。
 そうやってみんなは神さまの御業を仰ぎ見るだろう}」

 それを聞いた人々はヨハネの許に悔い改めのバプテスマを受けようとぞくぞく集まって来ました。しかし、ヨハネはそんな人たちを睨みつけるようにして言うのです。
「まむしの子らよ、自分は神さまの怒りから逃げられるなどと思うな!お前たちは  自分たちはアブラハムの子孫だといばっている。しかし、神さまはそこらへんの石 こらからでもアブラハムの子を起こすことができるのだ。斧がすでに木の根もとに 置かれている。だから、良い実を結ばない木はことごとく切られて、火の中に投げ込まれるのだ。みんな、悔い改めよ!」

 そこで、群衆は
「それでは、わたしたちは、何をすればいいのですか?」
と尋ねました。ヨハネは
1,下着を2枚持っている者は持たない物に分けてやり
2,食物を持っている者も同じようにして
3,取税人には、決まった物以上に取り立てないで
4,兵士たちには、人をおどかしたり、だましたりしてお金をゆすり取らないようにと人々の曲がった道を示しました。

 群衆は、迫力のあるヨハネの言動に、{この人こそ、旧約聖書に示されているやがて来られると語り伝えられてきた救い主ではなかろうか}と考えていました。
 人々の心を見て取ったヨハネは
「聞け、力に満ちたお方が来られる。わたしはそのお方の履き物のひもをほどくほどの値打ちもない。わたしはお前たちに、水でバプテスマを授けている。しかし、見よ、そのお方は、神さまの命の息吹とすべてを焼き尽くす火でもって、お前たちにバプテスマをお授けになるのだ。」
と。
 人々の目はヨハネに釘付けになっていました。いいえ、ヨハネにではなく、ヨハネの向こう側の、今まさにここへ来たりつつあるお方に、釘付けにされているのです。
 民衆は、メシア(救い主)を待ち望んでいたのです。「そのお方がこられると」自分たちは、救われると。

 イエス様の露払いとしてヨハネが登場して、次回はいよいよ、イエス様の言行が表されます。
 ルカ(医者でした)による福音書は、家畜小屋でのイエス様の誕生、少年時代に継いで、ヨハネが登場して、イエス様の生涯が描かれています。
 このあとしばらくは、ルカ書をひもといていきます。

 クリスマスは過ぎましたが、教会はいつでも開いていて、みなさまのお越しをお待ちしております。キリスト教や聖書に関心のおありの方は、野方教会にどうぞおいでくださいませ。






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