モルモットのメルモちゃん飼育日誌


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序章 −プロローグ−


このコーナーでは、このホームページ  “PASTTIME”  を作成するキッカケになったモルモットのメルモちゃんの飼育の記録を公開します。


小さかったけど私達にとっては子供と同じ存在で、数多くの大切な想い出を与えてくれました。

このページを描いている時は、薄い橙色と薄紅色のビジョンが頭から離れませんでした。


イメージに浮かぶ薄い橙色は、きっとメルモちゃんの毛並みの色から。そしてもうひとつの薄紅色は、一緒にお花見に行った時の桜の花びらの色から来ていると思います。


メルモちゃんと生活した日々を記録として残しておきたい。そして私達自身もメルモちゃんの事を忘れたくない。


さらには同じモルモットを飼育している人々や、これから飼育しようと思う人たちにメルモちゃんの存在を知ってもらいたい・・・


そんな気持ちをこめて私達の体験を記録しています。


興味のある方は是非読んでみて下さい。







■ 目次(リンク) ■

第一章 出会い ママの描いたメルモちゃん



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飼育環境、エサ、病歴など

第二章 飼育環境
第三章 トイレ教育
第四章 巣箱
第五章 お風呂
第六章 動物病院
第七章 お出かけ
第八章 メルのぬくもり
第九章 闘病記
第十章 神様を信じる強さを



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第一章 出会い


モルモットのメルモちゃんと出会ったのは、2001年1月29日。溝の口の鳥獣店で出会いました。


何を飼うのか最後まで迷っていて、ある程度抱き応えのある小動物が良かったのでモルモットに決めました。


メルちゃんは毛並みと色合いが綺麗なイングリッシュの女の娘。ママのフィーリングでメルちゃんを選びました。ママいわくメルちゃんは別のもう一匹のモルモットにいじめられていたらしい。


実はパパはこのもう一匹のオスのモルモットを気に入っていました。というのも、その時のメルちゃんは片方の眼が閉じかけていて、パパにはあまり可愛く映らなかったからです。


でもママは片方のちゃんと開いている眼を見てメルちゃんの可愛さを見抜いていたようです。


とにかくメルちゃんは、まだ産まれて間もない事もあり小さくてとても可愛かったです。あの頃の私達は小さな命を預かる事の意味もよく分からずに、ただただ嬉しくて興奮していました。


そして新しい家族の誕生に心の底から喜びを感じていました。


メルちゃんを買った時は飼育の準備は何もできてなかったので、ケージと牧草、そしてエサのペレットを買いました。メルちゃんは確か?四角い箱に入れられ、手さげ袋で家に持ち帰ったと思います。


お持ち帰り当日は、とにかく慣れてくれるまであまり触らないようにと思い、すぐにケージに入れて見ているだけにしました。


でもママは、翌朝から餌付けして自分だけに早く慣れさせようとしていたらしい・・・。



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第二章 飼育環境


メルちゃんを飼い始めた頃のケージの中は最悪でした。初めてだったので、どうしてよいか分かりませんでした。


ケージに直接牧草を敷いたので掃除が大変。水入れもエサも床置きタイプだったので、メルちゃんが器をひっくり返してメチャクチャ。


飼い始めて次の日からは、朝早くから “エサをくれぇ” って金網をガジガジやられて、たたき起こされていました。


朝一番からうるさかったですが、今ではよき想い出のひとつになっています。


当時の飼育状況は、DATA BOOK を参考にして下さい。


メルちゃんの食事はビタミンC配合のペレットを朝夕2回。他には床敷きの牧草を食べ放題にしていました。ですので床敷きの牧草はマメに補給して掃除する必要がありました。


モルモットは人間と同じくビタミンCを外部から補給する必要があります。だから野菜は毎日与えていました。野菜はキャベツやレタスが中心でしたが、レタスは水分が多いので与えすぎには注意が必要です。下痢になる事もあります。


メルちゃんが若い頃は野菜は与えただけ食べていたので、お腹が1.5〜2倍くらいに膨れあがってデブ・メルモになっていました。


ペレットは、よく手で一粒一粒与えていましたが、人の手を噛まないように注意して食べてくれる優しい娘でした。小動物ですが確かに私達の愛情や感情が通じていて、メルちゃんは私達の事を他人と区別する事もできた様です。


だから絶対に手を噛んだらいけないって、ゆっくり歯で確かめながらたべてくれました。



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第三章 トイレ教育


メルちゃんが我家に来てから一生懸命トイレ教育をした事がありました。


トイレにしたい場所にオシッコを染込ませたティッシュなどを置いて、その臭いでトイレの場所を覚えさせる方法です。


最初のトイレは陶器のお皿で、犬や猫用の固まる砂やトイレ用の紙を入れてみました。


固まる砂は最悪で、メルちゃんが砂まみれになってしまいママがお風呂で洗う羽目になりました。またトイレの紙も食べてしまい、腸閉塞の原因になるのでやめました。


トイレを覚えるかどうかは固体によって差がある様で、メルちゃんはトイレを覚えかけていて、教育を続けていたら覚えてくれたのかもしれません。でも結局最低一日一度はトレーを掃除するようにしました。


そのせいか?メルちゃんはかなりの綺麗好きになってしまい、トレーが汚れてくると巣箱の天井板に登って “掃除してっ!” てな具合で降りてこない。


トレーを掃除している時は畳の上を散歩させていたのですが、怒っても畳の上でオシッコをしていました。


これは新しい牧草を自分の糞やオシッコで汚したくないからだってスグに分かったけど、畳の上でオシッコされるのはどうも・・・。


畳の上でオシッコした時は怒っていましたが全く効果無し。それどころかオシッコをして逃げるようになりました。オシッコ拭取り用のティッシュを見ると怒られる事を察して部屋の隅で固まり、“ヒュイー”と怯えた声をあげていました。


しょうがないので畳の上にオシッコをしても良いように新聞紙などを敷くようにしたのですが、そのうち紙の上でオシッコするようになりました。まぁトイレみたいなものですね。(笑)


正直、私達も毎日欠かさずにケージ掃除をしてあげること、“今日は面倒くさい” とか、“仕事で疲れてキツイ” 何てことも度々ありましたが二人だからやってこれたんだと思います。


その他、学習に関わるエピソードですが野菜を与える時も凄まじかったです。いつの間にか冷蔵庫の野菜室の扉を開ける音を覚えてしまい、その音を聞くと巣箱から飛び出してきて金網をガジガジ、“ヒュイーヒュイー”と爪先立ちの状態で猛烈アピール。


そんな時はいつも “メルって何者?” って思っていました。



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第四章 巣箱


生前のメルちゃんには巣箱を2回作ってあげました。冬は寒いので少しでも暖かくしてあげたかったからです。でもそんな思いとはウラハラにメルちゃんは自由きまま。必要な時にしか巣箱から出てこなくなりました。


放っておくと寂しくて自分から寄ってくるくせに、構おうとすると巣箱へ一直線。そんな時は “飼主にむかってなんて態度だぁ〜” って巣箱を没収していました。


でも最初は警戒してなかなか中に入ってくれませんでしたが、巣箱の中に入ってくれた時はとても嬉しかったです。


そんなモルモットの不思議な習性も良き想い出のひとつになっています。


どうしても抱きたい時に重宝した、メルちゃんを巣箱から誘い出す “くだらないワザ” を紹介します。



◆ 野菜作戦 ◆

野菜を見せて巣箱の中から誘い出し、野菜を与えるフリをして空いている方の手でキャッチ。メルちゃんは “しまった” てな具合で観念。色を判別する能力もあり、野菜と同じ緑色の紙を使っても成功していました。でも何度もやっていると警戒するようになりました。


◆ 巣箱の入口塞ぎ作戦 ◆

夜、部屋の明かりを消すと、たいてい巣箱の中からノコノコ出てきます。気付かれないように近づき、本などで巣箱の入口にフタをしてしまいます。そして成功したら電気を付けます。いつもメルが巣箱の中へ逃げ込むのが早いか?入口を塞ぐのが早いかギリギリの勝負でした。



逃げ場を失ったメルちゃんはケージの隅で固まり微動だにせず、“なんだこいつは?” という冷たい視線をパパに浴びせてくる。だからパパは、


“フッフッフッ、も・う・ど・こ・に・も・逃・げ・ら・れ・な・い・ん・だ・よぉ〜”


と怖い声で言うと “ヒュイ〜” と恐怖の雄叫びをあげていました。そこをすかさず空いている方の手でキャッチ。そしてハグハグ。これはパパが面白半分でやっていましたけど、ママからは “歪んだ愛情” と言われていました。



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第五章 お風呂


私達はメルちゃんを定期的にお風呂に入れてシャンプーしていました。もちろんメルちゃんが嫌がる様子もなくもなく、むしろお湯の中で気持良さそうだったからです。


モルモットは水浴びなどしない動物なのでお風呂にいれてはいけない・・・という記述を読んだことがありますが、固体によって差があると思うので飼主が様子をみて判断するほうが良いと思います。


私達は持運び用のキャリーをメルちゃんのお風呂として使用していました。シャンプーは子犬・子猫用の効力の弱いもので、ノミ・ダニ駆除の成分が入っているものを使用していました。


飼い始めて2年目の夏にメルちゃんの背中の毛が抜け始めたのでエキゾチックアニマル専門の病院へ連れて行きました。骨折などではローカルの病院に連れて行ったことがありましたが。


その専門病院で先生に薬用シャンプーをされて、よほど怖かったらしく、その出来事以来お風呂を警戒するようになりました。お薬としてもらった薬用シャンプーも嫌いだったのかもしれません。
それとお風呂あがりの乾燥で使用していた
ドライヤーも嫌だったみたいです。






メルモちゃん



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第六章 動物病院


生前のメルちゃんは大の病院嫌いで先生に触られるのも大嫌い。先生が体に触れるだけで私達に助けをもとめ、けたたましい悲鳴をあげていました。パパが診察室に入るとメルちゃんが胸に飛び込んでくることもありました。


色々な注射を打たれた事もあり、そんな時はママを診察室の外に出してパパがメルちゃんを抑えて注射を打ってもらいました。メルちゃんが嫌がって暴れるので、パパじゃないとダメでした。メルちゃんの悲鳴は診察室の外にいるママにも届いていたようです。


他には、病院で引掻くのを止めさせるため首にカラーを付けようと試みた事がありました。でも嫌なものはイヤッていう自己主張がとても強い娘だったので全然ダメ。結局、先生が無理と判断してあきらめました。


過去に骨折でギブスを付けようとした時もありましたが、その時も狂ったように暴れてダメでした。


実は飼い始めの頃に犬のように一緒に散歩に出かけたくて、小動物用のお散歩ヒモを買って首に付けた事がありました。その時も狂ったように暴れてメルちゃん逆キレ状態。だから私達は最初からギブスやカラーを嫌がる事も、そして絶対無理ということも分かっていました。


だから先生には最初に忠告はしておきましたよ!


生前のメルちゃんが経験した病歴を DATA BOOK にまとめています。
少しでも参考になれば良いのですが?



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第七章 お出かけ


私達は、生前のメルモちゃんと一緒によくにお出かけしていました。


メルちゃんは車が大好きで、車が走り出すと興奮して“何が起こってるんだ〜?”という感じで背伸びして頭を覗かせていました。だからママがハグして車の窓の外に少し顔を出してあげると、気持良さそうに流れる景色を眺めていました。


お花見には毎年一緒に行っていました。最初の年はお散歩だけでしたが、翌年の春には弁当を片手に砧公園へ花見に出かけました。


モルモット連れの花見客は私達だけだったので、ハグして歩いていると珍しさに多くの人達に声を掛けられました。


『ハムスターだ! すご〜い可愛い!』などと・・・。


『ハムスターでなくてモルモットですっ(怒)』って何度も説明しました。ハムスターにしてはデカすぎるだろっ!


2003年の春はママが出産を控えていたので、近くの公園へハグして花見散歩に出かけました。花見コースを歩いていると、やはりモルモット連れが珍しいらしく多くの人達に話しかけられました。


お花見での一番の想い出といえば砧公園に行った時のこと・・・、桜の良い香りを嗅がせてあげようとメルちゃんを桜の花びらに近づけたら、ハグッと美味しそうに食べちゃいました(笑)。


『食べちゃいけません(怒)』


キャンプにも一緒に行きました。最初の年の秋には清里の往復2時間のハイキングコースをハグしてハイキングしました。モルモット連れのハイカーが少数派なのでしょう、他のハイカーの注目の的で “ちょっと抱かせてぇ〜” と頼まれたこともありました。


長時間ハグしてましたが、その間オシッコと糞はガマンしてくれた様で、森の中の小川の近くに放してあげると、安心してオシッコと糞をしていました。ついでにコスモスなど、そこらへんに生えていた雑草を美味しそうに食べていました。


そのハイキングの時だけど、高台の開けた場所にメルちゃんを放すと全然私達の側から離れずに隠れようとする。見晴らしが良い場所は外敵に狙われ易いという本能なのでしょう。


でも今思うと、ワザワザ私達の側に寄ってきて身を隠そうとしたのは、やはり私達のことを認識できていたからだと思います。


他には、毎年楽しみにしている山中湖畔のペンションへの旅行へも一緒に行っていました。そのペンションは美味しいフランス料理のフルコースのディナーが最高で二人とも気に入っていましたが、もちろんNo Pets。だけどこっそりキャリーを隠して部屋に持ち込んでいました。


メルちゃんは新幹線に乗って長距離の旅もしました。もちろん他の乗客にはバレない様に、そして迷惑にならないように。周りに人がいなくなった時だけ顔を出して撫でてあげました。


お泊りを伴う旅行へは無理矢理にでも連れて行かないと・・・。不在の間は世話をする人がいないので、お水も満足に飲めなくなってしまうからね。


初の新幹線は2年目のGWにパパの実家に里帰りした時。実家ではシーズを飼っていて、モルモットと他の動物を一緒に遊ばせてはいけないと本に書いてありましたが、仲良くなって欲しいなぁ〜と勝手な思い込みで一緒に遊ばせてしまいました。


その時のメルちゃんはとても怖がっていてストレスになっていました。


メルちゃんの身体の毛が少しづつ抜け始めたのがその年の夏からなので、もしかしたら、その時の影響があったのかもしれない?と後悔しました。


固体によって差があると思いますが、やはりモルモットは他の動物と遊ばせない方が良いかも知れません。ウサギなどなら平気と思いますが。


2度目の新幹線はメルちゃんが他界する数日前で、病んだ身体での長距離移動はメルちゃんにとっても負担になることは分かっていました。


けれど、あの時メルちゃんを預けて留守にするなど考えられませんでした。私達が、できる限り近くにいて面倒をみてあげたかった。



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第八章 メルのぬくもり


今でも忘れられない事はハグした時のメルのぬくもり。小さいけどとても温かくて、そのぬくもりと愛嬌に何度も救われた事がありました。


メルちゃんは猫みたいにアゴを撫でられるのが好きで、ケージ越しに後足で2本立ちしてアゴを突き出して “撫でてくれ” ってな具合にアピールしてくる時がありました。だから私達は人差し指でアゴを撫でてあげました。


すると両目を閉じて、 “クルルッ クルルッ” と甘えた声を出していました。


そんな時はハグされたくて逃げも隠れもしなかったので、思い切り抱きしめて目の上を撫でてあげると “クゥ〜ッ クゥ〜ッ” という声を出していました。


とくに冬はメルちゃんをハグしてると、とても暖かくて気持ちよかったです。


とにかくメルちゃんはコタツ好きで、スキを見つけてはコタツの中に潜り込もうとしていました。だけど、それを許すとコタツの中がオシッコと糞だらけになってしまうので、ママがヒザの上に載せてコタツの中に入り、メルちゃんの上にコタツ布団を掛けてあげていました。


そんな時、メルちゃんは気持ちよくてペチャンコになってヒザの上で爆睡。後足の肉球を上に向けて、ダラァ〜と両脚を伸ばして・・・・。


目次の欄にあるママが描いたメルちゃんの絵は、ペチャンコになってヒザの上で爆睡しているメルちゃんの姿を描いたものです。


モルモットなのに不思議でしたが、メルちゃんは私達にとって家一員であり子供と一緒でした。



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第九章 闘病記


メルちゃんの毛が抜け始め皮膚の異常が出始めたのは2年目の夏からでした。


モルモットの毛が抜ける原因は様々。でもその頃は単に痒がって、背中の毛が少し抜けるだけだったので気にしていませんでした。すぐに完治すると思っていました。


色々な病院でスクラッチ検査をしたけど異常なし。害虫やカビなどの菌の繁殖もみられませんでした。時にはレントゲンをとって内臓を検査しましたが原因が分かりませんでした。


でも翌年の春までは、痒がってはいたけど大した症状では無かったので、それほど深刻には考えていませんでした。


病状が急激に悪化したのは皮肉にもママがモコを出産して私達がモコに手を取られるようになってからでした。


出産のためママが入院した1週間、パパは毎朝メルちゃんのケージ掃除とペレットの入替えをやって会社に出かけていました。


会社帰りにママの病院に寄って夜遅く帰宅すると、メルちゃんのペレットがほとんど残っていました。


多分、普段はママが家に居るので何かしら構ってもらっていたのだろう・・・。


メルちゃんの眼をみれば、寂しいという気持を簡単に理解する事ができました。
けれども、どうしようもできませんでした。


モコが産まれる前日にメルちゃんがいつもより激しく引掻いていたので、パパが慌ててシャンプーしてあげた事を今でもハッキリと覚えています。


メルちゃんが自分の身体を血がでるまで掻きむしるようになったのは、モコ生後2ヶ月くらいからだったと思います。


諦めずに何度も色々な病院で検査したけど原因不明で、徐々に悪化していく姿を見ることがとても苦しかったです。時折、ケージの中で痒がって狂ったように暴れて苦しんでいました。


そのうち引掻きキズで身体のあちこちから出血、そして最後には全身のほとんどの毛が抜けてしまいました。


毎晩、毎晩、電気を消すとメルちゃんが苦しんで暴れる音が部屋に響いて “私達の手で生命を絶ち楽にしてあげようか?” とういことさえ本気で考えました。


昔、病院で引掻き防止のカラーを試した時は、“こんなもの付けるものか” と狂ったように暴れて抵抗していたけど、症状がひどくなってからは素直に抵抗する事なくカラーを付けさせてくれました。


きっと私達の “何とかしたい” いという気持も理解してくれていたのかもしれません。


病院に頼ってばかりもいられないので私達もできる限りのことをしました。飼育環境を変えてみたり、爪で皮膚を引掻くと血が出るので、嫌がるメルちゃんを二人で抑えて両脚にグルグルとクッションがわりの包帯を巻いたりしました。


最後の2週間は後足もあまり動かなくなってきて食欲もなくなりました。ペレットを一つ一つ懸命に食べさせていたけど、最後まで手を噛まないようにしてくれた優しい娘でした。


メルちゃんがいなくなる2、3日前に自由に動けなくなった身体で横たわって、とても苦しそうな顔をして涙を浮かべていました。ただ撫でてあげることしかできなかったです。


その時は、“もうすぐ死んでしまうんだ” と思いました。



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第十章 神様を信じる強さを


メルちゃんが他界した日は、朝早くメルちゃんを病院に預けて、夕方、用事を済ませてから病院へ戻りました。病院に戻った時にはもう虫の息で、医師から病状の悪化を告げられ、そのまま入院させるかどうか?の選択を迫られました。


その時に医師に確認した事は、入院させればメルちゃんが本当に良くなるのかどうか?です。だけど私達は、毎日メルちゃんの姿をみていたので、もう助からないことは分かっていました。


入院させれば、ひょっとしたら寿命が数日間延びたかもしれません。でもメルちゃんが苦しむだけなので、私達二人で話し合って連れて帰る事にしました。


苦渋の選択でした。私達は、自分達のヒザの上でメルちゃんをしっかりと見届ける事に決めたのです。


メルちゃんをひきとった時は何とか息をしている状態で、まるで私達が病院に戻ってくるまで頑張っていてくれた様でした。最後は帰りの車の中で私達のヒザの上に抱かれて息をひきとりました。


とても辛かったけど、最後に飼主としてできる正しい選択だったと今も信じたい。私達二人で話し合って決めた事だから・・・。


メルちゃんが息をひきとる前に、数回小さな声を出して何かを言っていました。その時の声は今まで聞いた事の無い声でした。私達はずっと “メルッ” と叫んでいました。


メルちゃんはずっと眼を開けていたけど、私達の事が見えていたのかな?私達の声は届いていたのかな?


次の日の朝、メルちゃんを近くの公園の桜の木の下に埋葬して飼主の最後の責任を果たしました。


メルちゃんがいなくなってからの数日間は、今まで経験した事がないような重くて、とても辛い日々でした。


モコに手を取られて以前ほど構ってあげられなくなった事を後悔しました。メルちゃんはケージ越しに、モコの世話をする私達の姿をずっと見ていました。


傷ついていく身体のなかで・・・。


ただ私達は自分達の赤ちゃんも守っていく必要があり、どこかで人間とペットの境界線をひくことも重要でした。


人や動物が死んでいくという事を、初めて強く意識した瞬間でした。


でも今は、メルちゃんは言葉こそ話せなかったけど、すごく幸せだったと信じています。また、あの時メルちゃんを病院に残して行かずに良かったと思います。


私達にとっては、メルちゃんに出会えた事がほとんど奇跡のような出来事で、これからの人生に必要な何か?を残してくれたのだと思います。


桜の花が咲く季節がくると、
メルちゃんのことを想い出すでしょう。

神様を信じる強さを私たちに、
薄紅色の記憶に眠るメルモちゃんのために。
お花見



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