身近な人を愛せない時




    −シルバーバーチの霊訓より−


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好感を覚える人を愛するのはやさしいことです。そこには徳性も神聖さもありません。好感の、もてない人を愛する−これが魂の霊格の高さを示します。
 
(シルバーバーチの霊訓1−142)


私たちの説く福音は互助と協調と寛容と同情の精神です。お互いがお互いのために尽くし合う。持てる者が持たざる者、足らざる者に分け与える・・・そうあってほしいのです。
 
(シルバーバーチの霊訓2−24)


愛とは魂の内奥でうごめく霊性の一部で、創造主たる神とのつながりを悟った時におのずから湧き出てくる魂の欲求です。最高の愛には一かけらの利己性もありません。すなわち、その欲求を満たそうとする活動に何一つ自分のためにという要素がありません。それが最高の人間的な愛です。
 
(シルバーバーチの霊訓3−200)


 あなた方が憎しみと呼んでいるものは未熟な魂の表現にすぎません。その魂も完全な法則の中に存在しておりますが、現段階においては判断が歪み、正しく使用すれば愛となるべき性質を最低の形で表現しているまでのことです。愛と憎しみは表裏一体です。           
 
(シルバーバーチの霊訓5−151)


 私は憎しみを抱くことはできません。摂理を知っているからです。神は絶対にごまかせないことを知っているからです。誰が何をしようと、その代償はそちらにいる間か、こちらへ来てから支払わされます。いかなる行為、いかなる言葉、いかなる思念も、それが生み出す結果に対してその人が責任を負うことになっており、絶対に免れることはできません。ですから、いかにみすぼらしくても、いやしくても、神の衣をまとっている同胞を憎むということは私にはできません。
 
(シルバーバーチの霊訓6−124)



愛とは神の摂理を成就することです。お互いが霊的兄弟であり姉妹であり、全人類が霊的親族関係をもった大家族であることを認識すれば、お互いに愛し合わなければならないということになります。

(シルバーバーチの霊訓8−121)


 愛とは摂理(神の心)の通りに行うことです。人類の救済にとってこれ以上に必要なものがあるでしょうか。愛は霊性の最高の表現です。大霊から下さるものです。
 
(シルバーバーチの霊訓10−182)


人を憎むことのできる者はそのエネルギーを愛に転換することができるのです。愛と憎しみとは同じコインの表と裏です。どちらを選ぶかはあなた次第です。
 
(シルバーバーチの霊訓11−42)


 愛が欲しければ愛のタネを蒔くことです。

(シルバーバーチは語る・297)
−シルバーバーチの霊訓−


自分を忘れ、人を思いやる生活を送れば、霊性が発達します。そういうように摂理ができ上がっているのであり、そこに例外はありません。

(地上人類への最高の福音・29)
−シルバーバーチの霊訓−




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