心配で不安な時




 −シルバーバーチの霊訓より−


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地上生活に何一つ怖いものはありません。取り越し苦労は大敵です。生命力を枯渇させ、霊性の発現を妨げます。不安の念を追い払いなさい。

(シルバーバーチの霊訓1−73)


絶対に許してならないことは不安の念を心に居座らせることです。取り越し苦労は魂を朽ちさせ、弱らせ、蝕みます。判断力を鈍らせます。理性を曇らせます。事態を明確に見きわめることを妨げます。いかなる人間も自分で解決できないほどの問題は決してあたえられません。克服できないほど大きな障害は生じません。
(シルバーバーチの霊訓3−34)


あなたが今こそ学ばねばならない大切な教訓は、霊の存在を人生のすべての拠り所とすることです。明日はどうなるかという不安の念を一切かなぐり捨てれば、きっとあなたも、そのあとに訪れる安らぎと静寂とともに、それまで不安に思っていた明日が実は、これからたどらねばならない道においてあなたを一歩向上させるものをもたらしてくれることに気づかれるはずです。  
(シルバーバーチの霊訓6−143)


思い煩ってはなりません。心配の念はせっかくの援助の通路を塞いでしまいます。私はいつも取り越し苦労はおやめなさいと申し上げております。心配の念は有毒です。悪気を生み出し、それがあたりを取り囲みます。陰湿な雰囲気で包まれてしまいます。その状態になると霊の力も突き通せなくなります。
(シルバーバーチの霊訓9−65)


元気をお出しなさい。くよくよしてはいけません。取り越し苦労はお止しなさい。心配しても何にもなりません。心配の念は霊界から届けられる援助の通路を塞ぎます。自信を持つのです。道はきっと開けるという確信を持つのです。
(シルバーバーチの霊訓10−165)


何度でも繰り返し申し上げられる私からのメッセージがあるとすれば、それは“心配の念を棄てなさい。そうすれば内部に静穏が得られます。内部が静穏になれば外部も静穏になります”ということです。
(シルバーバーチの霊訓11−170)


無用の心配をするという、そのことが、霊的成長の欠如の指標であると言えます。たとえわずかでも心配の念を抱くということは、まだ魂が本当の確信を持つに至っていないことを意味するからです。確信があれば、心配の念は出てこないでしょう。偉大なる魂は、泰然自若の態度で人生に臨みます。確信があるからです。その確信は何ものによっても動揺させられることはありません。
(霊的新時代の到来・215)
−シルバーバーチの霊訓−


心配・迷い・不安、こうした弱みが心に根を張るのを許してはなりません。
(地上人類最高の福音・148)
−シルバーバーチの霊訓−


少しも案ずることはありません。そうした絶対的な摂理をこしらえた力、全生命に意義と目的とを与えた力、それがあなたを取り巻いているのです。
(地上人類最高の福音・184)
−シルバーバーチの霊訓−


私たちが闘わねばならない本当の敵は、実は人間の無用の産物です。それがあまりに多くの人間の心に巣くっているのです。単なる観念上の産物、現実には存在しない心配ごとで悩んでいる人が多すぎるのです。そこで私は取り越し苦労はおやめなさいと、くり返し申し上げることになるのです。
(地上人類最高の福音・195)
−シルバーバーチの霊訓−



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