破産の周辺(5.1)

今年は、わずかながらお付き合いのあった取引先が、2月に2件倒れた。1件は会社であったから倒産。もう1つは、個人であるから、自己破産ということになった。いかなる事情でここに至ったかはわからないが、周りに少しだけ話題を提供して、有る程度の概略が見えてきたところで次第に忘れられていく。しかし、これは、被害を被ってないものの言いぐさであって、その人を信用して、お金を貸したり、あるいは保証人になったりした人(債権者)には、これ以降重くツケがのしかかってくる。
なぜかはわからないが、当事者(破産者)はいままでのようにはいかなくても、わりと元気に日常をおくっていたりする。抵当物件も、この不況でなかなか売れない。売れないから、売れるまでは、抵当物件に住んでいたり、仕事を続けたりしている。違うのは月々のローンがなくなったという点だ。きっと、ここに至る前には、様々な金策に日々追われていたのだろうが、破産を契機にして、当面の生活費を稼ぎ出すことに専念できる。そんな理由からだろうか、傍目には元気そうに見えるのだ。もちろん、心中は計りかねるが。

一方、晴天の霹靂であった債権者はといえば、突然の取り立てや、貸したお金の穴埋め、あるいは下請け業者などであれば、新たな仕事先の開拓に追われることになる。まさに破産宣告を境にして。

破産は、その周辺の人間関係をズタズタにしてしまう。永年の信頼関係が一瞬にして終わる。これも、被害にあった人と、そうでない人ではその感じ方に格段の開きがあるのはやむをえないことだろう。個人の事業所に永年勤めておられたAさんはとくにかわいそうであった。破産した事業主との間でおたがいに家の保証人になっておられて、なおかつ、個人的にも150万円を貸しておられたと聞く。仕事を無くした上に破産した個人事業主にかわって700万円の借金を抱え込むことになったそうだ。
この破産者には、ほかにも同業者からの借金、ご近所からの借金と総額1億円を越える借金額であった。いったい、そのお金はどこに消えてしまったのだろう。いわゆるサラ金・マチ金というところへの利子にきえたのだろうか。

実は、破産したご本人と最後に話したのは、この4月末であった、最後の仕事のことでみえたのだ。5月には電話が止められるそうである。しかし自宅の荷物はすでに、新しい借家に運び終わっていて、落ち着いたら、勤め先ということになるのだろうが、仕事を捜そうと考えているとのことだった。
大変に違いない。が、再出発と考えられなくもない。
話しを聞きながら頭の中は、「うちはこんだけ引っかかった。」「お宅はだいじょうぶでした?」「長年つきあってきたがあんなヤツとは思わなかった。」と訪れた同業の債権者たちの言葉が思い浮かんだ。
どこか割り切れない思いをひきずりながら、「まあ、がんばってください」と別れた。

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