それは暗い・・・とても暗い場所。
 
空も暗闇で覆われていて、そこに空が在るのかさえ分からない。
 
いや、空は本当はそこに存在しないのだとなんとなく理解する。
 
ここでは空も、時間も、この空間でさえもないのだ。
 
そう思うと、じわじわと不安が込み上げてくる。
いたらぬ思考の波が頭をよぎる。
 
もしかしたらこの世界には私一人だけではないのかと。
 
もしかしたらいままでいた世界は本当は存在していなかったのでは、と。
 
全てが夢で、全てが無だとしたら。
 
――――絶望が闇を支配した
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「・・・キ・・・サナキ!」
 
「あ・・・?」
 
目を開くと、ネサラがいた。ひどく狼狽している様子が目に映る。
 
「ネサラ・・・?どうしたのじゃ、慌てて・・・」
 
そこでようやくサナキは自分の頬に涙が伝っていることに気がついた。
ネサラはサナキの間の抜けたような声を聞いて安堵したのだろう、深いため息をつく。
 
「ったく、心配したぞ・・・。いきなり呼びつけられて・・・」
 
髪をかき上げる仕草はいつも通りだが、ネサラの顔から焦りと疲労が伺える。
急いできてくれたのだろう、と一目で分かった。
いくら隣国とはいえ、やはりそれなりに距離はあるのだ。
しかも夜・・・夜目が利かないのに無理して来てくれたのだ。
たかだか夢にうなされている位で呼びつけてしまったと思うと、途端に申し訳ない気持ちが込み上げてきた。
 
「・・・そうか・・・、悪いことをした・・・急いで来てくれたのじゃな?」
 
おそらくタニス辺りにサナキの様子がおかしいと伝えられ、連れてこられた・・・そんな所だろうとサナキは推測した。
ネサラは一見冷たい印象を抱かせるが、本当は優しい人物なのだと知っているから。
 
「・・・怖い夢でも見たのか?」
 
ネサラは一応問う形を取ったが、それは聞くまでも無いことだっただろう。
こういった気遣いをされたとき、ネサラの優しさを感じるのだ。
サナキはネサラの顔を見て安心したのか、夢の内容をぽつりぽつりと話し始める。
 
「・・・怖い、夢じゃった。世界には私独りきりで、この世界が幻であったと」
 
シグルーンも、タニスも、セフェランも・・・そして、ネサラまでもが幻であり、最初から存在しなかった世界。
 
全てがない。在るのは完全なる無のみ。
 
それはサナキにとって一番怖い世界だった。
 
「・・・大丈夫だ、ちゃんとここに在る」
 
サナキの手を掴み、ネサラは自分の胸元へと手をあてさせた。
伝わってくる鼓動の音が、その存在を示してくれる。
 
「・・・うむ。ちゃんと在る」
 
照れくさそうにサナキが呟いた。
そうすると、ネサラも恥ずかしくなったのか手を離させる。
そんな動作にサナキは思わず微笑んだが、ネサラは馬鹿にされたかのように感じたのか、
なにやら「うー」とか「あー」とかうなっている。
だが、それも数分で終わり、うなっていても仕方ないと判断したネサラは立ち上がった。
 
「さて、お姫さんも大丈夫そうだし、俺は帰るぞ」
 
「待て、今から帰るつもりなのか?」
 
呼びつけた上に、夜という危険な時分に送り出すのも気が引ける。
ましてネサラに何かあった等ということになると考えるだけでも恐ろしい。
 
「頼む、今日は泊まっていってくれ」
 
ネサラは腕を組んだ体制で考え込むと、すぐに顔を上げた。
 
「・・・分かりましたよ、お姫様?」
 
ネサラは苦笑混じりに返事を返すと、部屋から出て行こうとする。
が、サナキはそれを素早く阻止する。
 
「もしや、私を置いていくつもりではあるまいな?」
 
「・・・不満なのか?」
 
「大いに不満じゃ」
 
ふんぞり返るように言う。これ以上わがままを言ってはならないと分かってはいるのだが、
どうもネサラ相手だとわがままを言いたくなってしまう。
 
「あー・・・それならシグルーンを・・・」
 
「そうではない」
 
これだけはきっぱりと否定しておく。
別に誰かが傍にいてくれればよいわけではないのだ。
 
「じゃあ・・・俺はそっちのソファで」
 
「こっちでは・・・だめか?」
 
すかさずソファへと移動しようとするネサラをとどめて、サナキは大きすぎるベットの
半分を指さす。
ネサラの気遣いは最もなのだが、それでは意味がないのだ。
 
「う・・・ご、誤解されるだろう?さすがに」
 
珍しく狼狽しているネサラをよそに、サナキは平然と、しかしダメージを受けながら・・・
 
「みんな私のことを子供だと思うておる。そんな誤解、されるわけが無かろう」
 
「・・・・」
 
この際、ネサラの哀れんだような目は完全に無視する事にした。
 
「お願いじゃ、ネサラ。また怖い夢を見てしまうかもしれぬ」
 
「・・・・・こ、今回だけだからな?」
 
「うむ、心得ておる」
 
控えめに、本当に控えめにベットの隅へと入ってきたネサラは、半分どころか3分の2も使っていないのでは無いかと言うほど縮こまっている。
 
また気を遣わせている・・・と思いつつも、サナキはその気遣いをはね除けるように距離を縮めた。
 
「ありがとう、ネサラ」
 
言い終わるか否か、引きつけられるような眠気にサナキは身を任せる。
 
暖かく、優しいぬくもりが感じられて今度はぐっすりと幸せな夢を見られそうだった。