日蓮大聖人が 偽書「周書異記」を基にした仏滅年代を用いられた理由についての反論

 

 

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全く自分が何をしているのか解りません。

何で私がこんな下らない論にもならないものに反論しなければならないのか?

 

日蓮正宗の人々は、私が議論を放棄すれば喜ぶでしょうね?

 

喜ばして差し上げます。

 

私は、日ならずしてこの議論とも言えない議論を放棄するでしょう。

 

 

日蓮大聖人が 偽書「周書異記」を基にした仏滅年代を用いられた理由

 

 

↑樋田氏の主張です。一応、レスを入れておきます(緑が樋田氏)。

 

 

   簡単である。
この当時、「周書異記」に依る仏滅算定は、仏教界の定説であり、日蓮大聖人に限らず、他のほぼ全ての仏教家はこの説を基に仏滅年代を特定していた。
その一般的定説をそのまま用いられただけである。

 

 

私は日蓮大聖人を偉大だと今でも思っていますが、樋田氏、貴方のような弟子を持って大聖人は嘆いておいででしょう。

 

「当時流行(仏教界の定説)の説をそのまま用いて、末法到来の時期を算定した」

 

と貴方は仰っているのです。

 

佛がこんな重大事を流行の説に惑わされて間違うはずないでしょ?

 

天眼通を以て、釈尊入滅がいつだったか、自分は何故生まれたか?

 

佛の神通を以て見れば簡単な事でしょう。

 

然るに、当時の通説(仏教界の定説)を日蓮大聖人が用いた?

 

樋田氏、貴方こそ謗法極まっていませんか?

 

時代の空気がどうであれ、真理を説く聖者は重大な事を間違えません。

 

法華経の説く真意を捻じ曲げるものは、無間地獄へ一直線ですぞ!

 

 

ついでに言っておきます。

 

私が日蓮大聖人を偉大だと思うのは、苦難に屈せずに生涯を貫いたからです。

 

いわば、人間的に素晴らしいと言う事であって、その説いた教えは法華経の要教ではなく釈尊仏法のパクリ&脚色です。

 

だから私はマザーテレサなども素晴らしいと思います。人間的に。

 

でも、日蓮大聖人は幸福の●学の某氏とそれほど変わりません。

 

自分が勉強した事に多少の脚色を加えただけです。

 

日蓮大聖人は接心修行を確立しようと思えば出来ましたか?

 

現証としてそういう形を残せましたか?

 

彼が残したのは、今、私と貴方が現じているように不毛な対立ではないですか?

 

これが、私が日蓮正宗を棄てた理由です。

 

 

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