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やはり伊藤真情など実に軽薄な教義しか説いていない への反論

 

やはり伊藤真情など実に軽薄な教義しか説いていない

↑ 本当にどーでも良い、議論の本質と全く関係のない論点に逃げて盛んに暴言をまき散らす樋田氏ですが、短く反論を加えておきます。

 

 

 

 肉親(ママ)の釈尊=ゴータマ・シッダールタ(身体)
智慧そのものの釈尊=悟りのご内証(心)

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  ここにきてやっとそれらしいことが言えましたね。
しかもかなり気弱なご様子。で言葉少なげ。
本当にこのことが分かっていたのなら、最初からそういいなさいよ。

では、本当に分かっているのか再詰問
ではその「智慧そのもの」の釈尊とは、いつ、どのようにして悟ったのか?
問難者が言う、その因果は?
悟りを開けた因とは?
法華経にしか釈尊の久遠の成道のことは説かれていない。
その法華経に、

「我実に成仏してより已来、云々」
「是より来(このかた)、我常に此の娑婆世界に在って、説法教化す。」
等とあり、久遠無量劫の昔のある時点に、「成仏した」とある。

この経文からすれば、真乗が言う「久遠常住釈迦牟尼如来」も久遠のある時点で仏になった。ということになるが、
それでいいのか?
無始無終ではないのか?

 

 

 

勿論、無始無終です。

 

法華経にも「久遠元初の佛」という概念があるでしょ?

 

久遠元初の佛=大日如来=久遠常住釈迦牟尼如来

 

こんな簡単な事が解らないですか?

 

 



さらに
「我本菩薩の道を行じて、成ぜし所」
つまり、成仏する前に「菩薩の道を行じていた」とあるが、その時の修行法は何か?
その時の三宝は?

説明できるはずはないであろう。

 

 

逆に説明する必要がありますか? 私は真如教徒であって日蓮正宗の教徒ではありません。

 

なんで日蓮正宗教学を説明しないといけないのですか?

 

もし、その必要があるとするならば、それは日蓮正宗がただ一つの真理の教えだと証明された時のみです。

 

 

それを明確に矛盾なく説き切られたのは、世界中で日蓮大聖人だけである。

 

 

はい?

 

上行菩薩が昔、釈尊を教化したとマトモな根拠もないままこじつけただけでしょ?

 

さらに言えば、その上行菩薩がどうやって悟ったか日蓮大聖人は解き明かしていますか?

 

矛盾がない?

 

上行菩薩の成仏の因果を説かなければ矛盾があるじゃないですか?

 

 

 

  しかも、上掲の法華経の経典に説かれる、「我」 「仏」 は一体、どっちなのか?
もし、肉体の釈尊ではない、智慧の釈尊 だというのならば、その根拠は?

 

 

 

どっちでも良いです。

 

そんなの日蓮大聖人が法を説く正当性の根拠に関係ないですから。

 

日蓮正宗教学の講義がしたいなら、私相手ではなく犬とか電柱とか他人の迷惑にならないモノを対象にしてくださいね。

 

 

 

 

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