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大問題! 金剛薩?(こんごうさった) はどうやて肉体のない法身である大日如来から法を授かったのか? についての反論

 

 

大問題! 金剛薩?(こんごうさった) はどうやて肉体のない法身である大日如来から法を授かったのか?

↑一応、血脈の話なので内容は全く下らないものですが反論はしておきます。

 

 

    いやはや、突っ込み所満載ですね!

付法 から 

では 「法身大日如来」つまり 肉体のない法そのもの(といわれている)仏から、いつ、どこで、どうやって、法を授かったんですか?
そもそも大日如来はしゃべれないんですよ。実に不可解です。
で、この 
金剛薩?(こんごうさった)さんって実在したんですか?
だとすればどこで生まれて、一生の事蹟はどうだったんですか?
具体的に、この地球上の場所と、概ねでいいからその年代を明かしてください。

ま、どうせ都合の悪い事には答えないように伏線を敷いてあるから、こちらもきちんとしておきましょう。
返答がない項目は全て「反論不能」とみなします。
それが法論における取り決めとしては当然のことである。
自分が反論したい箇所だけ、あるいは反論できる箇所だけ反論する、だなんて、そんないい加減な、わがままが許されるはずはない。

で、この 
金剛薩?(こんごうさった)さん。 
釈尊の「仏滅年代」にあれほどこだわっていたんですから、これはいい加減にできないはずである。
ことは法の継承であるから大問題である。

 

 

32の議論でも申し上げた通り、「付法の八祖の始めの二祖」はメタファーだと誰でも解りますよね?

 

金剛薩 とは、真言密教の教理体系の中心である大日如来と衆生の菩提心をつなぐ役割をもつ一尊だと言われております。

 

つまり、行者(即身成仏)の報身であり、行を助ける佛だとみる事が出来ます。

 

「付法の八祖」の第三祖のナーガール・ジュナは具体的な肉体を持っていますから、ここでメタファーが完了すると見れますね。

 

法(大日如来)があり、それを覚る智慧(行)があり、成仏する(行者)という体系をメタファーとして表しているという事です。

 

従って、法とか智慧とかがいつ生まれたとか、どこで育ったという類の話ではありません。

 

 

故に、別にわざわざ「伝持の八祖」があるわけです。

 

唯物論的に理解しようと思っても理解できませんよ。

 

それと弘法大師が、自分に弟子の礼をとって教えを乞うた伝教大師に対して

 

 

理論理屈(経)ばかりではダメです。行が大切なのです」とたしなめた意味を考えて下さいね。

 

 

 

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