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大般涅槃経梵行品

 

なんか、樋田氏を見ていると「おお!やっとるな!」と言う気分になります。

 

私は、これだけ引っ張れば言いたい事は大方言い尽くしたかなとも思いますので、後は時に応じて対応する事にします。

 

 

 

     いやはや、、、閲覧者の皆様、どうですか?
もはや「狂人の雄叫び」としてしか聞こえない。
ひょっとして酔って書いているのか?
にしても酷い。
もう「論議」というテーブルから完全に転げ落ちて、ただの酔っぱらいの暴言レベルである。
居酒屋で酔っぱらった課長が、ドン引きしている部下連中に向って、があがあ、言いたい放題を言いまくっている。。。という図 である。

が、
その中でも見逃せないのは、最も難解な教え=涅槃経 ここである。
そんなことはどこにも書いていない。

そもそも、この論議の始めは、
「法華経が已・今・当において最も難信難解である。」という法華経の経文の解釈から始まったことではないのか。
この点については全く異論はなかったはずである。
つまり、法華経こそ、已に説き、今説き、当に説かん。その中でこの法華経が最も難信難解 なのである。
涅槃経ではない。
「最も難解な教え=涅槃経」
この発言は明らかに間違いである。

もし、真如教徒としての誇り・矜恃がまだあるのならば

きちんと謝罪して訂正しなさい。 

 

 

 

釈尊は、大般涅槃経梵行品のなかで、弟子に涅槃経についてこれまで説いた経典との対比を

 

「是れ即ち勝となす、善男子、この義を以ての故に、甚奇甚特(じんきじんとく)にして思議すべからず」

 

と、仰っています。

 

「これが最勝だよ!それ以上、余計な事を考えてはいけないよ!」

 

という意味ですね。

 

これは怪しげな新興宗教の勧誘員の言葉ではありませんよ。

 

釈尊の直説です。

 

で、涅槃経には随所に「難思議」であり「思議すべからず」とか「不可思議(考える事も語ることも無理!ってこと)」と出てきますね。

 

要は、法華経までは、まだ難しいながらも説けたけど、涅槃経は如来の内証すべてなので言葉にもできなければ、いくら考えても理解できないという事です。一応、言葉では説いているけど、36巻に渡る量です。

 

では、どうやったら解るのか?

 

行に依らなければ解らない経典という事です。

 

 

だから誰も説けなかった。

 

 

ちなみに法華経を説き終わって、クシナガラで涅槃する旅路に発つ前に、釈尊に何が起こったか御存知ですか?

 

 

「釈迦族殲滅」

 

 

です。釈迦族がコーサラ国に滅ぼされたという出来事ですね。

 

 

釈尊は人間としては、これ以上ない悲哀を舐められたことでしょう。

 

 

ですが釈尊は、その涅槃への旅路で弟子に「この世は美しい、人生は美しい」と仰ったと伝記にあります。

 

 

これまで散々「四苦八苦」「諸行無常」とニヒリスティックな説が多かった釈尊がそう仰ったのに

 

 

今まで言うてた事と違うやんか!」と突っ込みを入れる弟子はいませんでした。

 

 

後世の研究者は法華経から仏説のトーンは変わってきているが、涅槃経を説く時には狂ったのではないかとする説もあるとか。

 

 

話は脱線しましたが

 

法華経→釈迦族殲滅→涅槃経

 

 

という流れで来ているわけですね。

 

 

 

つまり法華経を説いたけれど釈迦族は過去の殺生等の因果から逃れる事は出来なかった

 

 

 

 

樋田氏も、自ら「法華経は輪廻からの解脱は出来ない」趣旨の駄文を書いています。

 

 

 

樋田氏:久遠本仏は三身相即であり、八相作仏されている

 

私  :それって輪廻転生じゃん!

 

 

そこで、釈尊は在家にあっても救われる教えを説き残しておかねばと涅槃経を説かれたわけです。

 

 

 

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