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抜苦代受

 

 

さてね、抜苦代受が経典に書かれているとは思えませんし、調べる気ももちろんありません。

 

 

で?

 

 

 殊に、若くして死んだ教祖の息子二人が信徒の苦しみを代わりに受けてくださる。。。だのの馬鹿げた教義など、法華経・涅槃経のみならず、一切仏教においてない。
まさに、問難者がこだわっていた「因果を無視した」邪説でる。
自分の業報は自分の因果に依る所であって、別人がそのく替わりをすることは有り得ない。

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 では現証として、昔から「親の因果が子に報い」とか「獄苦代受」とかいう概念が存在するのは何故ですか?

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  は? 世間の俗説 で反論ですか?
全然だめですね。もはや。
はい、やり直し!
仏説から、「若くして死んだ教祖の息子二人が信徒の苦しみを代わりに受けてくださる。。」 ことを証明する経典、経証を挙げてください。と言っているのである。

しかも、その「親の因果が子に報い」とは、実の親子であるが故に、そこに因果因縁による結縁の深さというものは、遺伝子的にも証明されている事実であろう。
死んだ伊藤真乗の息子達など、全くの赤の他人ではないか。
はい、とにかくやり直し!
頑張りましょう!絶対そんな経文や教説などないですよ。
ま、何を引いてくるか、あるいはどういうこじつけや理屈のこね回しをしてくるか、それも見ものである。

 

 

 

 

仰る通りでしょうね。

 

経文はないと思いますよ。

 

逆に伺いますが、日蓮大聖人は自宗を立てるにあたってオリジナリティは一切なかったのですか?

 

だったら、単なる媒介者であって救済者(立宗者)ではないですね?

 

 

ところで私は前から伺っていますが、さほど重要な論点だと思わなかったのでしつこく聞きませんでした。

 

ですが、このような流れなのでまた聞いておきます。

 

日蓮大聖人の書いた髭曼荼羅の「愛染明王」ってのは何ですか?

 

抜苦代受もそれと同じ、理外の理、論外の論ですよ。

 

経典には本尊に「愛染明王」を載せろとは書いていません。

 

そもそも法華経と愛染明王の縁がどこにあるのか、知っている人いるのですか?

 

宗教だったらそういう「理外の理」の一つや二つありますよ。

 

キリストは私たちの罪を背負って磔になったとされますが、そんな事は経典に書かれていませんよ(笑)!

 

日蓮大聖人に対する疑問の二つ目

 

「理証・文証・現証」

 

のうち、どこまで文証が必要なのか?

 

「釈尊が紀元前何年、何時何分に亡くなって、何年後の何時何分に何という名の人が現れて人を救うのだ!」

 

なんてことまで経典は書いていませんよ?

 

だから、最重要なのは現証としていますよね?

 

 

しかも、その現証も相対的なものです。

 

金持ちでも不幸な人はいるし、貧しくても幸せな人もいる。

 

 

そういう形で現証を捉えるならキリスト教が一番正しい教えだという事になる。

 

一番数が多いのだから。

 

 

そんなものじゃないでしょ?

 

 

抜苦代受は信者が感じたならそれで良いし、他宗の方に証明するようなものでもありません。

 

 

そもそもそれを言い出したら宗教そのものが、非常に個人的なものであり、「その宗教を信じる」という主観に依拠しており、

 

議論するだけ無駄という結論にならざるを得ませんがね。

 

 

 

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