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樋田氏の再反論がありました。

 

 

F 台密の台頭 僧兵の出現 を以って 「末法来入」 と言えるのではないか

 

要点は明確なので簡単に(緑色は樋田氏の主張)

 

概説

法華経最第一の証明   釈尊の仏法とは法華経に究竟する。
「仏法」とは詰まる所、「法華経」を護持する僧団が伝持していることになる。
では「末法」とは その「法華経」を護持する僧団が「闘諍言訟して白法隠没」する状況である。
それはどこかと言えば、日本天台宗 比叡山延暦寺である。
伝教大師が中国天台宗から伝持した純善たる法華経最勝の教説に、真言密教を混入させ汚染させたのが慈覚・智証である。
この時点を以って、「白法隠没」と言えるの
ではないか

しかも、その直後から続く両者間の激しい対立から10世末頃「僧兵」が出現し、まさに「闘諍言訟」の様相を呈する。
ここを「末法来入」と言わずして、
一体どの時代を指せるというのか?

 

1898年のイギリスペッペの発掘によって、仏滅は:没:383年クシナガラで大きくは外れていないと現時点では結論できます。

となると大集経より「末法」「百法隠没」は早くても1617年前後であって、例えば明治の廃仏毀釈などが該当するのでは?

「白法隠没」を国家的に進めた事業ではありませんか?

と、いうように樋田さんのアナロジーは何の役にも立たないのです。

樋田さんとは別のアナロジーを立てれば一発で相対化されてしまう。

どちらのアナロジーが正しいと言えるのかは、経文や歴史的事実という証拠が必要です。

私の場合はペッペと大集経という証拠があって述べていますが、樋田氏はアナロジーだけで結論を導いています。

一般的に、この状況は樋田氏が論破された状況です。

 


▼※3「末法の世とは、佛も法も僧も存在しないに等しい今の世相のほうがより近いのではないでしょうか?」
  
  
 ★ → 根拠不明。 

@ そもそも、仏 法 僧 の三宝とは具体的には何を指していうのか?
A その 仏・法・僧 はいつから明確にいなくなったのか?
B 何を以って いなくなった と定義するのか?
C ではいつから「末法」に来入したと主張できるのか?
D それを明確に証明できるような歴史的事実があるのか?

このような点が明確でない限り、問難者のただの思い込み、妄執、浮言に過ぎない。


大般涅槃経名字功徳品第六に

「若し此の大般涅槃に於いて、涅槃せんと欲する者は、当に是の如く如来常住、法僧も亦然るを学すべし」

とあり、同様の記述は大般涅槃経のところどころに見られます。

また、法華経如来寿量品にも

「衆生を度せんがための故に、方便して涅槃を現ずるも、しかも実には滅度せず、常にここに住して法を説く」

とあり、「佛が消滅する事はありません」

そして、三宝は常に一体です。

佛と法を説くものがこの世からいなくなったら、その時が「末法」であり、仏教の消滅です。

この文から答えを導いていけば

 

@ そもそも、仏 法 僧 の三宝とは具体的には何を指していうのか?

 

佛=「如来常住」と仰せられた、久遠に常住したもう如来様

法=如来様が説き残されたお経典

僧=それを宣説する教団

 

つまり、涅槃経では末法など説かれておりません。

 

 

以下Wikipediaより引用

 

また涅槃経では、この常住思想を発展昇華し、釈迦仏滅後の未来世での仏や法、またそれを遵守する僧団は不壊であり永遠のものであるという思想をさらに展開して随所に説いている。いわば涅槃経は釈迦仏滅後の未来の救いを大きな柱として最後に編纂されたものと思われる。またこれは大乗仏教の思想を発展させたものであり、如来の常住思想は、方等経典に始まり法華経でさらに発展させたものを、涅槃経ではまたさらにこれを最終形として編纂されたことがわかる。

 

引用終わり

 

釈尊滅後、お経典やサンガ(教団)が消滅した事がないのがその証拠です。涅槃経を解き明かせるほどの高徳の如来は出現しませんでしたが、今日、仏教が存在しているのは三宝が続いてきた証拠です。

この三宝の継続性を否定して、「日蓮正宗のみが正しい佛教」と言うのは論理矛盾です。

それは佛教ではなく、日蓮教でしょう(ある意味、この指摘は正しいのでしょうね?)。三宝が「末法」で消滅したのならこの世に仏法など残っておりません。

勿論、大集経の予言するように大乗経典の功徳の減損はあったと思います。

もし、そうでないならば悪世の様相は現れないでしょう。

しかし、白法が隠没し消滅してしまったのなら日蓮大聖人はどうやって成仏したのでしょう?

幸●の科学の主催者のように突然、天啓が下ったのですか?

 


A その 仏・法・僧 はいつから明確にいなくなったのか?

涅槃経が説く通り、三宝は常住です。

その法身は消滅した事がありません。その法身の存在をこの世で示したもうたのが釈尊です。

 

C ではいつから「末法」に来入したと主張できるのか?

重ねて申し上げますが、私は「末法など涅槃経では説かれていない」と前々から申し上げるつもりでした。

「如来常住、法僧も亦然るを学すべし」

です。

 

D それを明確に証明できるような歴史的事実があるのか?

先に、大集経とペッペの発掘を挙げましたが、実は「末法」と呼べるような世相になっても三宝は永遠であると釈尊ご自身が涅槃経によって解き明かされております。

末法である事を根拠に立っている日蓮正宗の立場からは大問題でしょうが難しいことではありません。

 

 

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