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私はまだ、見捨てずに諭そうと思います。

 

 

 

で?

 

 

マジで言っているのか頭が悪いのか?どっちです?

 

何を言おうが樋田さんの自由ですけどね?

 

天にも届くその腐臭が外に漏れないように、その腐った頭に残しておく方が社会的には正しいと思いますがね?

 

 

もし成仏する心を発し、求めるのならば、よく知りなさい。そのような人は未来世において必ずよくこの正法を建立し、受持し擁護する。
この故に貴方方、今、未来世においての護法の人を知らなければならない。
それはどうしてか?
この成仏を目指す者は、未来世において必ずよく正法を護持するからである。

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   ★ ↑ 矛盾を突く

※@ 是の如きの経典、正法滅するの時、正戒破るの時、非法増長するの時、如法の衆生無きの時、誰か能く※@「聰受し、奉持読誦して、其をして通利せしめ、供養恭敬し、書写解説せん。

   ★ ↑ 本来は 『法華 勝 涅槃 劣』は確定的なので、ここに云う「正法」とは法華・涅槃であるが、ここは百万歩譲って仮に「涅槃経」だけだとしても、その涅槃経を 聴き受け、読誦し、供養し恭敬し、書写し 解説する。 とある。
一体ここのどこに、真如苑がしている、霊能 接心 抜苦代受 の義が説かれているのか?
分かり易くできるだけ誰にも納得できるように説明してください。

 

 

前の論題と同じですよね?

 

聴き受け→接心

 

読誦し、供養し恭敬し→集会・法要

 

書写し 解説する。→自分主催の集会

 

 

 

一体ここのどこに、真如苑がしている、霊能 接心 抜苦代受 の義が説かれているのか?

 

 

答えは「この正法を建立」です。

 

「建立」とは新たに打ち立てるという意味です。

 

涅槃経の了義を覚った覚者は、それを弘める為の体制を「建立」して、現代に即応して法を説くと言う意味です。

 

 

鎌倉時代の古文を読んで、「他宗は邪教」と言いたい人間はそれでよし。

 

まぁ、他人の迷惑にならないようにチラシの裏にでも言いたい事を書いておれば良いでしょう。

 

 

 

 

仏法も時代に即して説かれなければなりません。

 

 

例えば、真如苑の禁忌である「情問題」

 

これね、平安時代なら「人の道」に反していないのです。

 

江戸時代にキリスト教が入ってきて、一夫一婦が正しいとなって、不倫等は「人の道違反」になったそうです。

 

それまでは、複数相手にするのは当たり前。

 

よって「妾制度」は公的制度だったわけです。

 

 

話はそれましたが、お釈迦様の時代と、今の時代とでは価値観にしても風習にしても、あらゆるものの文脈が異なっているわけです(ラングの変動性)。

 

 

当然、鎌倉時代と現代とも異なっています。

 

 

「言葉では伝わらない」という話をしましたが、このような時代の推移などによっても、受け手としての我々の立場は釈尊や日蓮大聖人の頃の文脈とは違う文脈で生きているが故に「立場」が違い、「そのままダイレクトには伝わらない」のです。

 

 

その事は踏まえた方が良いでしょう。

 

 

 

 

 

 

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