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樋田氏にではなく、私に直接お話がある方は上記アドレスにメールをください。

 

では、行きましょう。

 

 

>「是れ即ち勝となす、善男子、この義を以ての故に、甚奇甚特(じんきじんとく)にして思議すべからず」
>と、仰っています。
>「これが最勝だよ!それ以上、余計な事を考えてはいけないよ!」
>という意味ですね。
>これは怪しげな新興宗教の勧誘員の言葉ではありませんよ。
>釈尊の直説です。
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  まず、そもそもどこの経典かも出せませんか?
出典のない文いきなり出されても、何経に説かれているんですかね?

 

 

題名を観たら「大般涅槃経梵行品」となっているでしょ?

 

 

 

>で、涅槃経には随所に「難思議」であり「思議すべからず」とか「不可思議(考える事も語ることも無理!ってこと)」と出てきますね。
「不可思議」と言われてしまえば、涅槃経についてあれこれ考えるのは無駄って事。
と、前置きしておいて

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  もはやこの前提が、無茶苦茶である。
ならば、真乗の出征の予言も、考えては思議してはいけないのだから、今後一切、根拠にすべきでない。ことになる。
し、そもそも真乗の出生立教を正当化する根拠は全くない。ということになる。
真如苑の存立根拠が根底から崩壊である。

 

「末法に涅槃経を説くものが現れ」という部分に関しては。「不可思議」とは書かれていません。

 

不可思議なのは佛の内証であって、それ以外のものは「難思議」だったりしますが、議論するなとは書かれていません。

 

「思議して良い」と「思議しても無駄」との境涯は涅槃経をある程度詳細に読誦しないと解りません。

 

全部、「思議しても無駄」なら、この世に涅槃経は現れません。

 

そんな道理も解らない者が「仏法は道理」とかの給うのは悪い冗談ですね?

 

 

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