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よく居た輩とは一線を画します

 

 

昔、私が議論してグウの音も出ない位に論破された時、「ほら、嘘ついていましたと謝れ」的な事を言う輩が居ました。

 

それは、ガキ(当時の私)の根拠のない万能感を叩き潰して、自分の限界を思い知らせる教育だったのでしょうが私はすっかり自信を失って元気をなくしたものです。

 

世界には自分の及ばない視点もあるのだと思い知った反面、相手に謝るのはやはり屈辱を感じました。

 

 

私は、そういう輩とは一線を画します。

 

私は、論破した相手の熱意をたたえ、たかが言葉でのやり取りに勝ったくらいで相手の心の尊厳まで貶める必要を感じません。

 

樋田氏は私が言わなくても、自分自身をどう捉えかえせばいいのか?くらいはお解りになると思います。

 

そろそろご自分自身を一回、総括されては如何です?

 

其の上でまだイタズラに戦線を拡大したいなら、それも良いでしょう。

 

しかし、肝心なのは核心を叩く事ですよ?

 

 

 

この文ですか?
どこにも「最も随自意」とか書かれていませんが?

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  もはや根性が腐っている、としか言いようがない人間性ですな。
それか記憶力が極端に低下しているのか?
同じ法華経に

@『文殊師利、此の法華経は、是れ諸の如来の第一の説、諸説の中に於て最も為れ甚深なり。
末後に賜与すること、彼の強力の王の、久しく護れる明珠を、今乃ち之を与うるが如し。
A『文殊師利、此の法華経は、諸仏如来の秘密の蔵なり。諸経の中に於て、最も其の上に在り、
長夜に守護して、妄りに宣説せざるを、始めて今日に於て、乃ち汝等が与に、而も之を敷演す。(安楽行品第十四)


とある。 はい、証拠挙げました。

 どこにも「最も随自意」とか書かれていませんが?

は、間違いですね。謝罪して訂正したまえ。

まさか、「この法師品の文に中にないじゃないかぁ〜〜〜〜!」なんて半べそかいて足掻かないよね?
同じ法華経の中にあれば十分でしょう。
そこまで惨めな境界に堕ちないでくださいね。

 

 

「最も為れ甚深なり」とは、「最も意味が深い」という事ですね。

 

意味=概念

 

つまり、言葉で理解できる範囲ですね。

 

 

 

諸経の中に於て、最も其の上に在り」とは、前にも議論した通り、相対的な意味での「最も其の上に在り」ですね。

 

絶対的な最上、最極、最も随自意(釈尊のご内証そもまま)は「不可思議」です。

 

釈尊の悟りのご内証そのままは「不可思議」であり、これが表現としては最上級ですよ。

 

ですから、法華経の文の中から「不可思議」の文を出してこなければ、最上級の表現は涅槃経ではなされているけど、法華経ではなされていないという所から

 

 

涅槃 優  法華 劣

 

 

と論理必然的にならざるを得ない。

 

 

涅槃経を受持する菩薩の不思議を

 

「衆生の為に地獄にありて諸々の苦悩を受くると雖も三禅の楽の如し、この故に復、不思議と名づく」

 

(大般涅槃経梵行品)

 

このように明らかに「道理」を超越した、「不可思議」としか言いようがないものを説いているのが涅槃経です。

 

 

 

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