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大般涅槃経梵行品について

 

やれやれ、私の大般涅槃経の引用は、教書に依りますから原文を探すのに苦労しました。

 

 難解より、この「信じるしかない」=不可思議が上位に位置する事は、解ります?
後に「不可思議(議を思う事もできない)」な涅槃経を説くから、法華は「難信難解」なのだと。

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  それは誰の解釈か?根拠を明示せよ。
まさに我田引水・牽強付会 の典型、サンプル、見本のような発言である。

 


そもそも、その本文「是れ即ち勝となす、善男子、この義を以ての故に、甚奇甚特(じんきじんとく)にして思議すべからず」の前後を示しなさい。
でないと、惑乱者の解釈通りの文意なのかどうかすら分からない。

 

 

 

乾隆大藏經-大般涅槃經卷18梵行品第八之四 - 佛學世界(網路藏經閣)

 

14段目から

 

不知見覺而是菩薩所知見覺善男子若我
弟子謂受持讀誦書寫演
十二部經及以
受持讀誦書寫敷演解大涅槃經等無差
別者是義不然何以故善男子大涅槃者即
是一切諸佛世尊甚深祕藏
以是諸佛甚深
祕藏是則
爲勝善男子以是義故大涅槃經
甚奇甚特不可思議

迦葉菩薩白佛言世尊
我亦知是大涅槃經甚奇甚特不可思議

佛法衆僧不可思議菩薩菩提大般涅槃亦不
可思議世尊以何義故復言菩薩不可思議
善男子菩薩摩訶薩無有教者而能自發菩
提之心
發心已勤修精進正使大火焚燒
身首終不求救捨念法心何以故菩薩摩訶
薩常自思惟我於無量阿僧祇劫或在地獄
餓鬼畜生人中天上爲諸結火之所燒然初

 

 

です。

 

涅槃経は法華経の後の経ですから、「是則爲勝善男子以是義故大涅槃經甚奇甚特不可思議

 

「是れ即ち勝と為す、善男子、この義を以ての故に(大般涅槃経)は甚奇甚特にしてしぎすべからず」

 

と言葉遣い(「甚奇甚特」や「不可思議」)の上のみならず、文意上もこれまでの経典より「勝となす」とされております。

 

 

 

 

 

 

 

 

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