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樋田氏の再反論がありました。

 

H 勧持品二十行の偈 に対する問難を破す

 

日蓮大聖人が受ける難に「刀による受難 何度も所を追われる」を持ってきて、日蓮大聖人自身も上行菩薩の自覚に至ったとされる文ですが、これは地湧の菩薩が釈尊に布教の覚悟を伝えたものに過ぎず、如来が言った事ではないから単なる「感想」に過ぎないと申し上げました。

 

その反論が延々なされていますが、釈尊は「末法の世に刀による受難、何度も所を追われる難にあっても法華の行者が現れる」とはこの勧持品では仰っていません。

樋田氏の反論も、反論と言うよりお経典のお話のあらすじ解説です。

 

しかし、釈尊自身が「刀による受難」に言及された箇所がありました。

 

妙法蓮華経 法師品 第十

 

「衆に処して畏るる所無く 広く為に分別し説くべし
  大慈悲を室と為し 柔和忍辱を衣とし
  諸法空を座と為す 此れに処して為に法を説け
  若し此経(法華経)を説かん時 人有りて悪口もて罵り

刀杖瓦石を加ふとも 仏を念ずるが故に應に忍ぶべし
  我千万億の土に 浄堅固の身を現じて
  無量億劫に於て 衆生の為に法を説く
  

若し我が滅度の後に 能く此経を説かん者には
  我、化の四衆 比丘比丘尼
  及び清信士女を遣はして 法師を供養せしめ
  諸の衆生を引導して 之を集めて法を聴かしめん
  
若し人悪(みだり)に 刀杖及び瓦石を加へんと欲せば

則ち変化の人を遣はして 之が為に衛護と作さん
  若し説法の人 独り空閑の処に在りて
  寂莫として人の声無からんに 此の経典を読誦せば
  我爾時為に 清浄光明の身を現ぜん」

 

 

つまり、刀杖で攻撃されようが、瓦石を投げつけられようが佛を信じて耐え忍びなさい。

もし、他人がみだりに刀杖で攻撃したり、瓦石を投げつけるなら

変化(へんげ)の人を遣わして護衛する

と釈尊は仰いました。

 

日蓮正宗では意図的にこの文の引用を避けたのですかね?

釈尊直説なのに。

 

日蓮大聖人は生涯に二度刀による受難に遭っておられます。

 

小松原法難

龍ノ口法難

 

が、それです。

で、小松原法難では弟子の鏡忍房日暁と信者の工藤吉隆が殺害されました。

変化(へんげ)の人は現れず、護衛もして貰えなかった日蓮大聖人もこの時、額と左手に刀傷を負われます。

 

法華経には、それを説く後世の人が難にあったら「変化(へんげ)の人を遣わして護衛する」とあります。

日蓮大聖人は一体、何を説いておられたのでしょうか?

 

もう一つの再反論

 

I 日蓮大聖人が上行菩薩再誕であり、その本地は久遠元初の御本仏

 

もはや子供の喧嘩レベルにまで議論が劣化しておりますが論じるべき最重要な点を挙げるなら

 

五百塵点劫 という永劫の昔、しかし、ある時点において「成仏した」ととかれ、それ以前には「菩薩の道を行寺ていた」と示された。
ここの菩薩の道を行じていた時に、仏法があった理屈になる。
その時の仏は誰か?
そしてその時の法は?

 

ここでしょう。

少なくとも釈尊が法華経で成仏したのは大通智勝佛のもとで、16番目の王子として生まれた時です。三千塵点劫の昔です。(法華経化城喩品)

それより前の「五百塵点劫」の時の事は、どの経でも解き明かせないし、それを解き明かしたからと言って我々が成仏できるわけでもありません。

密教は、そういう立場に立っています。

 

法華経受持者が釈尊より上(常識で考えてそんな事あり得ないのが解らないでしょうか?)というのも、別に法華経でなくとも「金剛寿命陀羅尼経」でもなんでも散見できます。

 

では、法を説く立場の正当性の根拠はどうなるのか?

 

 樋田氏は、論点を提示されましたが、そのいくつかを顕らかになさっていません。

 

 ・日蓮大聖人出生の時期 → 

大集経を根拠としていたのに、その時期が釈尊入滅の時期から考えて根拠足りえなくなると「(日蓮大聖人出生)当時の世相」に論点をずらす。

日蓮大聖人が周書異記」から釈尊入滅の時期を算定したのは間違いないと断じておられます。

この「周書異記」が偽教だと指摘しても反論はありません。

 

 ・受ける法難  → 

法華経の中に、「若し人悪(みだり)に 刀杖及び瓦石を加へんと欲せば則ち変化の人を遣はして 

之が為に衛護と作さん」とあり、法華経を護持するものは守られる旨の直説があったにも関わらず、弟子も信者も守られませんでした。

                      

 ・弘げる経    →

 

法華経と涅槃経の優劣を論じました。内容はこちらから 

               

 以上、論点整理をしていくつか樋田氏から投げかけられている質問へ回答していきたいと思います。

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その上で、問難者はまず仏教のイロハが分かっていないようですね。

 
※@ 「お釈迦様は肉体でなく、悟りの智慧そのものです。」
   
   
  肉体のない「智慧」だけで、どうやって「法」を説くのか? 

 

三宝は一体だと申し上げているはずです。悟りの智慧は当然、「僧」が説きます。

 
※A 「悟りの智慧そのもののエッセンスである法華経を罵れば、それは重罪です。」
   
   
  @ その「法華経」は、一体、誰が説いたのか? 「智慧」には口があるのか?

 

少なくとも、この世で法華経を説かれたのは釈尊ですね。その法華経の智慧を説くのは当然「僧」です。

さらに言えば、そんな知識がないと法華経では救われないのですか?


 A 法華経が悟りの智慧そのもののエッセンスである とは誰が、いつ言ったことなのか? 「智慧」がしゃべったのか?

 

お釈迦様が、今から2,500年ほど前に霊鷲山で「これから大事な事を説くよ」と仰いませんでしたか?

法華経は悟りの智慧のエッセンスではないと思いますか?

しゃべったのは当然釈尊です。


      B 「智慧そのもの」 と 「エッセンス」 の違いはどこにあるのか?しかもそれは誰が言ったのか? 
        「智慧」 がそう言ったのか? 根拠は?どこにその証拠があるのか?

 

この図表中、円Cが「知恵そのもの」です。

Aが「悟りのエッセンス」です。

これが「智慧そのもの」と「エッセンス」の違いです。

 

C=智慧そのもの(円Aを内包している)

A=エッセンス

 

証拠の文は、大般涅槃経名字功徳品第六に

 

「八大河悉く大海に帰するが如し」

 

「また医師一つの秘方ありて、悉く一切所有の医術を摂するが如し。

善男子、如来もまた爾なり。諸説の種々の妙法、秘密深奥蔵門、悉く皆、この大般涅槃に入る。」


とあります。

 

つまり、釈尊がそう仰せになったという事です。

法華経がエッセンスとなる重要な教えであることは已今当(いこんとう)の三説などで議論した通り、その重要性に異論はないでしょう。

法華経から一乗の教えが説かれ始めますから。


 ※B 「法華経と悟りの智慧としての佛は一体」
   
   
  誰がどこで言ったのか?「智慧」がしゃべったのか?

 

「悟りの智慧としての佛」は遺教経で説かれていました。

しかし、法華経も如来常住を肯定していますね?

肉体の佛が永遠に存在するわけがないのですから、道理として「悟りの智慧としての佛」になるでしょう。

 
※C 「さらに言えば、その悟りの智慧を説く僧も同じです。いわゆる三宝一体です。」

   
  これも誰が言ったのか?「智慧」がしゃべったのか? 

 

涅槃経名字功徳品第六

「如来常住、法、僧もまた然るを学すべし」

 
※D 「勿論、肉体の釈尊と悟りの内容である法華経を比べたなら法華経が上にくるという理屈なら解ります。」

   
  ? 「肉体の釈尊」? あれ? では先ほどの  ※@ 「お釈迦様は肉体でなく、悟りの智慧そのものです。」 と矛盾しないか?
智慧そのものの釈尊 と 肉体の釈尊 の整合性を示してください。

 

肉親の釈尊=ゴータマ・シッダールタ(身体)

智慧そのものの釈尊=悟りのご内証(心)

 


しかも、上掲の法華経の経典に説かれる、「我」 「仏」 は一体、どっちなのか?
もし、肉体の釈尊ではない、智慧の釈尊 だというのならば、その根拠は?

 

「法華経」の存在そのものが、智慧の証でしょう?

釈尊が悟らなければ法華経などこの世に存在しなかったのです。




 

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