利用客が遭遇する『不快』、”ワンメーター”とは?

 

 ※ 一般消費者にとって、一番有意で、便利なタクシーの利用法が、ワンメーター分だけの、『至近距離』でのタクシー利用法です。雨が降れば、傘代わりに、荷物があれば、赤帽代わりに。急いでいれば、駆け出す代わりに。
 ところが、便利ばかりでは済まない。頻繁に不愉快な目に会う。『至近距離』だと、運転手が不平不満を態度に露骨に表し出す。  『消費者は王様』『お客様は神様』という言葉が、消し飛んでしまう。資本主義競争社会で、金銭を支払う消費者が、こんなに惨めな思いをしなければならないなんて、『お客様は神様』という言葉を発した三波春夫が大嘘付きなのか?自分に何か勘違いがあるのか?何が悪いのか?、タクシー活用法として問題があるのか?  早く目的地に行く必要があるから、タクシーを活用するのだし、それに答えるのがタクシーの公共交通としての使命じゃないか! 『至近距離の乗客に、運転手は、あからさまに反発し、急ブレーキ操作で嫌がらせする!』

 『至近距離』を利用する客を『ワンメーター客』と呼ぶ。運転手は、露骨な態度をする。 (客のツブヤキ。 『タクシー運転手って奴らは!不愉快な奴らだ!稼ぎが悪い不満を、乗客に向ける。奴らは江戸時代の”雲助”とそっくりだ!街道を荒し、宿場に荒んだ空気を撒き散らす!』)

 《運転手の気分とタクシー利用者の感情のズレ》  
※ 会社から高い売り上げを迫られて、『至近距離』の乗客を『消費者、神様』と勘定していては、積算合計が会社の要求に覚束ない。
 ※ 一方、消費者=神様は、『より良いサービス、より安いサービス』受ける権利のあるお客様が、『距離(目的地)の遠近を気遣ってタクシーに乗る義務が何処にあるんだ!サービス業にとって消費者は神様!王様だ!』と吠えまくるタクシー利用者
両者に大きなズレがあります。
 運転手の側から言い訳すると、『永い時間をかけて”客待ち”をしている状況が続く。ワンメーター分だけタクシーを利用する客が搭乗すれば、”長い待ち時間”と言う『投資』が無駄になる。長い”待ち時間”への報酬が”ワンメーター”分だけじゃ、生活が成り立たない。神様ではない、達観した僧侶でもない、一介のタクシー運転手には『ソロバンに合わない。至近距離輸送では、会社が請求する売上高が果たせない。公共交通機関の社会的責務等は構っていられない。』と、客待ち投資時間を、消費者=神様に、喜捨する余裕はない。投資時間に対する収入のあまりの少なさにガッカリと肩を落として、日々の生活費の事や、教育費の必要な我が子の顔や、売り上げ高にウルサイ管理職のイヤミを思い出せば、イラツキが抑えられないのは或る意味当然だろう。  この様な、ありがちな、ターミナル駅での点景の中に根本的な問題が隠れていそうですね。 たぶん、運転手の個人的、精神的資質に問題があるのではなく、会社の営業指針である、利潤第一で、公共交通機関の社会的使命による負債は運転手個人の負担に帰して、”高額売り上げ”を奨励し、乗客の利便性を無視するタクシー会社の企業エゴ、企業独善に原因がありそうです。  『雲助運転手』について、このサイトの管理人から、お詫びを申し上げるとともに、タクシー業界構造の中で苦しむ、働く側にも一片の同情、ご理解を賜りたいと考える次第です。その運転手だけを責める、短急な腹立ちちを、暫し抑えていただけないでしょうか? そして、公共交通としてのタクシーを、爽やかに利用する為の善処対策案をご一緒に考察して頂けないでしょうか?タクシーに腹立てているビジター様とともに、このページは、そんな腹立たしい『雲助運転手』を考察するページです。

上に戻る

《給料算出メカニズム》

給料算出メカニズム→会社は、『輸送の安全』に無関心で、細心の注意を払っているポーズを取る。運転手は、経営者のみえすいたポーズに呆れて、自身の生活に関わる『売り上げ』に全力を傾注して、『安全』への配慮は心の片隅に追いやり、公共交通の輸送責務など蒸発してしまっている。

 運転手の収入を決定するのは、”売り上げ高の50%→営業用車輌、燃料を支給する会社と運転労働を担当するドライバーが売り上げを折半する給料制度メカニズム”に大半の原因=タクシーの諸悪の根源がありそうです。列車や、航空機の操縦業務者は、売り上げ高相可報酬という、『安全』が無視されがちな、輸送機関の『社会的責務』が無視されがちな給与体系は導入出来ない。売り上げ高相可報酬のばあい、無理をして、安全を無視して、やっと一人前の給料を手にする。
そして、突き詰めると、、、、『安全』や、『社会的責務』を果たしながら、タクシー労働者の生活を保障する給与体系が無いものか?『サービス』が向上し、『安全』や、『社会的責務』が機能する改革はないものか?と霞ヶ関の官僚は頭を絞り、そして、たどり着いたのが”規制改革”。
でも、、しかし、?”規制改革”は、問題解決に寄与したのだろうか?

 霞ヶ関の役人が言いました。【規制改革が必要です。規制改革が秘伝の剣となります。】
『 お客様が不快感を持たず。運転手の収入が生活に耐えられて。笑顔で勤務できて、 そして、 近距離需要の利用者担当のお鉢が廻ってきても忍耐できて、新たな乗客を無理してさがそうと焦る事なく、(JR福知山線列車事故時点のようなテンパッタ神経の状態に《運転手》を追いやらず)、そして、事故の恐怖を感じる事のないようなタクシー業界にするには、タクシー業界の規制改革する必要があります。《規制改革》と言う伝家の宝刀、秘伝の剣を抜きましょう。』

 霞ヶ関が提唱した”規制改革”は『サービス』、『社会的輸送責務』、『安全』を鼎立させなければならない『タクシー事業』の『秘伝の剣』となったでしょうか?

上に戻る

《タクシーの場合の規制改革》

 タクシー業界の場合の規制改革を端的に解説するとしたら、、。
 タクシー業界にも、よくある官民癒着のピラミッド構造があります。一番上に運輸省(今は国土交通省)その下が(九州)運輸局、その下が県陸運局。そして民間のタクシー協会(天下り機関、トップは毎日、新聞を読み、お茶を飲み、時間つぶしに出勤して来ます。)、その下に事業者としてのタクシー会社、個人タクシー事業組合があります。  タクシー業界を構成しているピラミッド構造です。  国会で出来上がった法律や、国交省大臣の通達等が、上から下達されます。下からは、輸送実績,営業報告、事故報告等が上がります。この構造は結構便利です。便利すぎて、慣れきって、怠慢が身に付き、”事業者”は何も考えなくなりました。いわゆる、サビ付いてしまった状態です。民間である筈の事業者が公務員のように、”お上”(何処か?上の方?上級機関)からの指令に従って事業運営して、それなりに生活が安定している。そして、冒険的な事業展開は規制されるし、する必要もなかった。(何処かの?護送船団”上級”指揮艦に従って行く。)  この組織構造の中では、”運賃料金の改定”や、”それによる経営戦略”というものは、我々盲従”弱小個人事業者”には考える必要のないもので、一部の大手タクシー会社役員達が、”利己的な利益追求”と”タクシー交通政策”とをマジックの如く折り合わせて、国交省と”談合”するだけです。(越後屋と代官の関係で、越後屋が具体的な”官制談合”をしたとは言っていない、アウンの呼吸で、タクシー業界を牛耳っていると言っているだけ。税金を私的利益に盗用する”談合”といった悪質なものではない。)  弱小事業者は、そうして敷かれたレールの上を、疑問も持たずに進んでおりました。私自身も、そのような盲従で事業展開をしていた事を反省しています。出来上がっている官民のユルユル体制の中で流されて、漂着する先も考えた事がありませんでした。  資本主義競争社会では、事業者は、タクシー利用者に”なるべくいいものを、なるべく安く提供して生き残るのが資本主義の理念ですね。その理念に反するような運賃料金決定をして、それで、個別企業が生き残れるのでしょうか?資本主義のメカニズムの働く海原の大波を泳ぎきることが可能なのでしょうか?国が認める公共交通機関の”認可運賃”の公正な決定過程だったのでしょうか?”民”と”官”の”馴れ合い談合”による”認可運賃”の決定は、永い年月の経過により、その”歪み”がハッキリ露呈してきました。

 その露呈してきたものとはどのようなものかというと、。  
 その外見は、運賃料金の改定は、2年に1回、スケジュールのように国交省に申請され、官僚と談合され、そして決定、認可となっていました。(2年も時間が経過すれば、物価が自然上昇し、従って値上げの必要が出てくる←これは、後から押し付けた理由)
 ※経済学では、物の値段や、料金は需要と供給のバランスで決定される。
 ※経理学では必要経費を積み上げて、利益をプラスして、妥当な価格を決定される
 上記の※が料金を決定する。驚いた事に、市場経済の原則からはかけ離れた分野から、『2年の時間経過、物価が自然上昇』という料金決定ファクターがタクシー業界で発見されていたのです。(『前回の値上げから2年が経過したので、そろそろ、新しい値上げ案を検討しようか?』!って、そのような、定期的スケジュールの、経理的根拠を明確に出来ない値上げ案を、消費者が納得するでしょうか?『利用者の料金値上げアレルギーも、2年を経過して、消滅したから、、、』っていう腹の底が見抜かれた、厚かましい”値上げ”が納得できますか?)  日本経済が右肩上がりであったように、タクシーの運賃料金は右肩上がりで、公共交通機関の美名の下に、白昼堂々と”官民が癒着して、談合された運賃料金。

 ”談合”である限り、本来は独禁法の番人『公取委』がストップをかけるのですが、護送船団方式での”産業の育成”を理由にされれば、やむなしと言う事になります。  旧運輸省と業界大手役員の”談合”で守られたタクシー業界は、自由競争の、資本主義メカニズムの荒波に洗われていない故に『雲助運転手』を生み出す母体になります。 こんな構造がタクシー業界にはありました。 雲助運転手曰く「親方は、日の丸さんと談合して美味しくやっている。俺達も、美味しくやらなきゃ!」 

 ピラミッド構造が、官民癒着構造であるため、サービスの悪化を招来し、タクシ会社『企業独善』が、接客担当ドライバーのサービス精神に関心を払わず、売り上げだけに敏感な雲助運転手を増産した。
『企業独善、企業エゴ』が働く労働者である運転手を無視し、利用者を無視してきました。 我々、個人事業者も、”癒着構造”で決定される”タクシー料金”の呪縛から開放されて、自らの経営理念と、自事業の輸送サービス料金の根拠を明確に意識するべき時代なのです。

 『規制改革』政策による、『運賃値下げ自由化、新規参入事業者自由化』の嵐の海で、”護送船団”は解散されたのですから、、、。

上に戻る

《タクシー規制改革 1、”運賃値下げ自由化”》

規制緩和政策実施以前は、『同一地域同一運賃』という、一般的な小型タクシーは、どの会社のタクシーも同じ料金だったのです。  同一地域同一運賃の頃は、個人タクシーは初乗り1.5Km550円。規制緩和で自由化になり、初乗り500円まで値下げが認可されるようになりました。550円〜500円の幅が、これがゾーンで、このゾーンの中の値下げは『自動認可運賃』です。(ゾーン運賃制とよばれています。一般的に普及している運賃料金から、10%だけ値下げ規制を緩和して、自由化に近付ける。サビ付いた運賃体系に競争を持ち込み、利用者にタクシーを選別してもらった喜びを受とめ自覚して運転労働(運転事業)する。選別されたことを反芻して、『サービス』、『社会的輸送責務』、『安全』鼎立を考える。  ”運賃値下げ”の場合、売り上げ高を運行回数で取り戻そうとする、又、運行の安全性確保無視をきたしたり、事業者共倒れに拠り、サービス提供者皆無の利用者被害が起こる。)

上に戻る

《自動認可運賃》

5、6ヶ月所要する事務手続き、その料金認可申請に対する審査を省き、2週間で素早く認可する運賃という意味です。政府、国交省は、より合理的な(市場の需要による価格決定、もしくは、経費積み上げ、妥当な利益積み上げによる価格決定)、運賃料金の値下げを奨励しています。ゾーン巾一杯まで値引いた最低料金、熊本の場合は、ゾーンは、640円〜590円、 590円なら過当競争がなくて、利用者の財布にも優しいので、奨励すると言う意味がある。

上に戻る

《タクシー規制改革 2、需給バランス調整の廃止》

 需給バランス調整とは、運輸省が、熊本地域の、需要タクシー台数を把握し、供給する総稼動車両台数をコントロールする事で、その廃止を説明します。
 運輸省は、終戦後の荒廃した市場下おいては、過当競争の荒波を危惧して、タクシー産業が潰れ去る事を、、心配していました。雄雄しく育ってくれと祈念しておりました。そして、護送船団方式でタクシー産業を保護育成してきました。(タクシーの需要状況を分析し、新規参入タクシー会社に順次免許を与え、既存タクシー会社にも増車申請を暫時許していきました。) 運輸省は、稼動効率の良い会社を、又、サービスにおいて評判の良い会社の能率を規制して、反対に効率や、評判の悪い会社の、そのレベルにまで能率を落とし、つまり”船足の遅い船”にスピードを合わせるように行政指導してきました。過当競争による自然淘汰で、企業脱落、タクシーサービスの不足、消滅を危惧したからです。結果、”能率や、評判の悪い会社”まで、繁栄し、増車してきたのです。(この政策方式を護送船団方式といいます。)
 具体的な政策としては、『需給バランス調整』という政策になります。
 運輸省が、各地方の旅客数の統計を取り、供給する車両台数を各社に割り当てます。決して、タクシー市場を『醜い戦場』にしない計らいです。『霞ヶ関』が監視、管理する『タクシー事業者免許』を持つものしか取引が出来ない市場なのです。この管理市場が、官民癒着等で膠着化したので、サービス業の精神が雲散霧消して、固着した、ギスギスした旅客運輸業と化していきました。『ワンメーターの旅客』が不愉快な思いを感じるようになりました。
 こうした、サービス業である本分を忘れた、固着したタクシー事業、サービスへの処方箋として、需給バランス調整の廃止という『規制改革』政策が施行されました。
 市場参入自由化、利用客争奪競争の自由化です。 新規参入会社の制限を緩める事で、一機に稼動台数を増やし、競争市場での自然淘汰で優良サービスタクシー会社だけを残そうと考えています。実際に起こる現象は、経営効率の高い大資本のタクシー会社が、生き残る。集約されると思います。  優良なサービスを提供出来る会社=経営効率の高い大資本のタクシー会社という数式は、誤解です。誤認が巾を利かします。(市場経済の原理が働けば、”神の見えざる手”が働き、消費者が期待したタクシー会社が勝ち残る。利用者国民にとって結果オーライである。良いタクシー会社のみが残るというのは、あまりに単細胞的に過ぎる。儲けるのが上手くて、割安の商品を売り出す大資本の意図は、消費者の利便、安全ではなくて、資本の集積。 ”エゲツナク勝ち残るタクシー会社”と、”利用者が期待するサービス精神豊かなタクシー会社”とは別物。このズレは大きい。 小泉内閣の規制緩和政策が”丸投げ”と言われる所以。

 

上に戻る


エゲツナイ 完成された『雲助運転手』

 『規制改革』の残したものは、会計経営効率は高いが、『サービス』、『社会的輸送責務』、『安全』の鼎立を無視した企業。『サービス』、『社会的輸送責務』、『安全』を念頭にしたタクシードライバーは消滅して、エゲツナイ『雲助運転手』のみがエゲツナイ企業の運転手募集に応募して行く。

 今では、全国どの地域もタクシーは超供給過剰です。稼動車両台数が多すぎる様になりました。各地方の県庁所在地、中心地繁華街 は、護送船団方式で甘やかされたタクシー事業者の空車、新規参入事業社の空車で溢れかえっております。客待ちの空車が渋滞を引き起こし、喧嘩を起こし、刃傷さたもあり、戦場そのものです。
 そうこうするうち、より完成された『雲助運転手』が登場します。『雲助運転手』と、『威力暴力の筋』が結びついたのです。
 雲助運転手達は”無法地帯”を作り出し、ギャングや、ヤクザの繁殖の素地を作っています。公共の車道を縄張化して、排他的にタクシー利用客に搭乗させて、利己的に『売り上げ』伸張を図っています。公共交通機関の使命や安全運行等は歯牙にもかけない。



2011年4月27(水) 現在、18年以前に施行された『暴力対策法』(××組事務所と看板を表出できない法律)と、それと対になる10年12月施行された熊本県条例 『暴力排除条例』(ソープ店、スナック、居酒屋、タクシー等の中心街繁華街で事業を行うものは、みかじめ献金をする等、威力暴力の筋がまかりとおる事を排除する宣言ステッカー表出)で、『雲助運転手』と、『威力暴力』の結びつきは断絶されているようです。

上に戻る


topに戻る