ありがち!高千穂観光下調べ以前の思い違い

1,このページで取り上げている、『高千穂峡』で名の通った高千穂町に、『高千穂の峰』があるでは?という勘違いに注意。
この町の『くしふる神社』のご神体の『ニニギノ尊』は、『天孫降臨伝説』が語る『野獣を狩りしたり、木の実を収集したりの”採取狩猟生活”の不安定な、飢えに苦しむ食料問題→狩猟場、収穫場を奪い合う殺戮戦闘が絶えない問題”を、”水田稲作”技術により克服し、平和で豊かな部族国家を創設した英雄物語』の主人公。我が日本は、『ニニギノ尊』の”水田稲作”技術の普及により『天孫国』となり、やがて、奈良の『大和の国』へと成長していく。

 『天孫降臨伝説』で、天上の『天照大御神の居ます高天原=天国』から地上に臨降の際、足場にするのが、この町の『二上山』。ところが、この伝説には別説があり、主役は『ニニギノ尊』で変わりないのですが、別説の臨降の足場は、『高千穂の峰』となっています。つまり、同じ宮崎県でも、最北の町が『高千穂峡』で名の通った高千穂町で、高千穂の峰は、ありません。
『高千穂の峰』のある地は、宮崎県でも、最南の地と鹿児島県霧島町の接する辺りで、『霧島連峰』と呼ばれる山塊の、第二峰(高さでの2位)『高千穂の峰』が臨降の足場の地となっています。(別説の場合、『ニニギノミコト』がご神体として祭られているのは、霧島神宮になります。別説の方が一般的普及説になってきています。

※江戸時代の末頃、本居宣長は、『古事記伝』で、『”二上山”降臨説と、”高千穂の峰”降臨説』の優劣の研究成果を発表していますが、50%同士の引き分けとしています。


※『高千穂の峰』は、高速道の『九州自動車道えびのジャンクション』から『宮崎自動車道』へ方向転換、(南下から東進に変わる)『宮崎自動車道』を宮崎市方面へ進行している頃(えびの高原~)、良く晴れた、清みきった日には、霧島連峰No1の秀麗として、景観の頂点として出現します。神々しさが感じられる。

この町の『くしふる神社』のご神体の『ニニギノ尊』は、天皇家のご先祖様です。陛下が『お田植えの行事』等の『稲作のまつりごと』を公開されるのは、『ニニギノ尊』への感謝の明かしです。『天孫降臨伝説』を縮めて纏めます。  『獣の肉を狩りしたり、木の実を採取したりの”採取狩猟生活”は、カロリー不足で、不足との戦いが過酷残酷です。食料問題→『狩猟場、収穫場』を奪い合う殺戮戦闘が絶えない。『ニニギノ尊』は、『水田稲作技術』により食料不足問題を克服し、平和で豊かな部族国家を創設しました。我が日本は、『ニニギノ尊』の”水田稲作”技術の普及により『天孫国』となり、やがて、奈良の『大和の国』へと成長していく。

 『天孫降臨伝説』では、天照大御神の居ます『高天原』は、食料豊富な天国で、『米の種と、水と、稲作栽培技術』がある所。『ニニギノ尊』が、『高天原』から地上に臨降の際、足場(『高天原』が天国=空の彼方に在ると神話で言うので、山をタラップに見立てる)にするのが、この町の『二上山』。ところが、この伝説には別説があり、主役は『ニニギノ尊』で変わりないのですが、別説の臨降の足場は、『高千穂峰』となっています。もっと言うと、同じ天孫国由来の宮崎県でも、県最北の町が『高千穂峡』で名の通った高千穂町で、高千穂の峰ではなく、『二上山』をタラップのようにして降臨されます。
『高千穂峰』のある地は、宮崎県でも、最南の地と鹿児島県霧島町の接する辺りで、『霧島連峰』と呼ばれる山塊の、第二峰(高さでの2位)『高千穂峰』が臨降の足場の地となっています。(別説の場合、『ニニギノミコト』がご神体として祭られているのは、霧島神宮になります。別説の方が一般的普及説になってきています。

※江戸時代の末頃、本居宣長は、『古事記伝』で、『”二上山”降臨説と、”高千穂峰”降臨説』の優劣の研究成果を発表していますが、50%同士の引き分けとしています。


※『高千穂峰』は、高速道(南進しています)の『九州自動車道えびのジャンクション』手前辺りから姿を現します。『宮崎自動車道』へ方向転換し、(南下から東進に変わる)『宮崎自動車道』を宮崎市方面へ進行している頃に、良く晴れた、清みきった日には、霧島連峰No1の秀麗として、景観の頂点として出現しているのに気付きます。神々しさが感じられ、富士山がみえた時の感覚に似ています。見えると気分が和みます。

1,『鬼八』を、『鬼八の力石』『鬼八塚』と、一個の『鬼』か?『怪物』か?のように解説している場合が見られる。『一個』とみなしたのは、神楽での脚色で、『劇場化』の産物で、科学的情報化知見の豊富な現代人には違和感が生ずる。
 『鬼八』とは、『高千穂大明神』の要請を受けて派遣された、奈良、大和生まれの『阿蘇大明神』(タテイワタツノミコト)の熊襲征伐部隊が、『敵』とする対称で、終末頃には講和が結ばれて、『タテイワタツノミコトとアソツヒメ(熊襲族長)のご成婚』と同時に、阿蘇の熊襲勢は、稲作文化を習い覚え、『米作り部族』=『阿蘇一族(採取狩猟→稲作部族)』へと転身し、『阿蘇一族』として、肥後の大豪族へと進化していきます。『米作り部族』化に不満を抱く、転身後が受け入れられない『一部熊襲勢』を『鬼八』と呼ぶ。


1,『岩戸神社』参拝について。
『岩戸神社』は、『西本宮』と、『東本宮』に分かれているが、メインは、西本宮。(一般的に、東本宮参詣は省略される。理由は、西本宮では、神職が『人と神様の付き合い方』を教唆、ガイドしてくれる、それがシステム化=『岩戸神社特殊参詣作法』とされていて、好評である為。)

  約半分の参詣者が、一般的な神社参詣手順に従って、(拝殿前に行き、二礼二拍手一礼し、心中でex.「今年中に、3キロ痩せますように!」→願掛け』をする。)参詣完了と思い込んでいる様子である。残りの半分の参詣人が、もっと神様との親近感が欲しいと『岩戸神社特殊参詣作法』を行う。  『岩戸神社西本宮』には、『本殿』が存在しない。その所以なのか?神道が仏教ほど教義の解説機会が少ない故なのか?『岩戸神社特殊参詣作法』で岩戸伝説に絡めて神道の初歩に通ずる話を聞かせる。『本殿』部分には『本殿社殿』が無く、岩戸川が流れて、ご神体の『岩戸の洞窟』が直接に、『拝殿』と向き合っている。神職が参詣者を、祓い清めた後、『拝殿裏』へ案内し、『岩戸洞窟』への直接参詣を案内し、『岩戸洞窟と人と神様の付き合い方』を教唆してくれる。 『岩戸神社特殊参詣』は、特別料金を支払うわけではない。その志があるなら、『お賽銭』でそれを表すと良いらしい。『岩戸神社特殊参詣』は、社務所で申し込み(都道府県と人数を知らせる)、人数が揃えば、神職が参詣者に解説しながら誘導していく。


1,質問. 高千穂峡、岩戸神社、高千穂神社等を巡り、高千穂町の観光を満喫したとしたら、観光客が持ち帰る印象、『ex.想い出、土産話、非日常の感動、ストレス解消感』等、何か特徴的な、特筆出来る印象があれば教えて下さい。
 Re.回答。  『日本人アイデンティー』に目覚めるかも?懐かしい故郷、記憶にはないが、遺伝子の何処かに共鳴する何かが刻まれている様な感覚がする。『棚田の景観』が、単に美しい景観であるというだけでなく、懐かしさの感覚=共鳴する感覚がある。自分自身の発想、着想の中の日本人的なもの→『日本人アイデンティー』を見付けるかも?

※小学唱歌の「赤とんぼ」や、歌謡曲の「別れの一本杉」、正岡子規の俳句の「柿食えば、鐘が鳴る、、、、」の旅情の世界のイメージに、『日本人アイデンティー』が具象化→集落の一点景=スケッチ=日本の原型。

稲作創生の神々と親しみ日本人アイデンティティーの再発見



 

 宮崎県一帯は、神代の昔、『天孫国』(中国大陸から、米作り=主要食糧として栽培技術を進化させて、繁栄した部族が、九州宮崎に移住し(天孫降臨し)、痕跡を残し、やがて世界史的には、キリストが生まれた頃に、九州より東の「近畿」の「奈良盆地」へ移住する。『大和朝廷』へと繋がる。)が栄えた処で、『天孫国』は、『倭の国』の母体=『コピー元』→『日本の稲作文化の発祥源泉地』(日本人アイデンティティー源泉地)です。  現代用語使いで、しばしば、『イノベーション=技術革新』という言葉が使われます。日本経済にとって枢要な言葉で、日本文化の優れた部分=特長であり、誇りとして密かに自信に繋げたい言葉であると思います。『天孫国』の時代から、『稲作技術』に自信を誇り、【水の管理技術】=【技術革新】=【天孫国は、棚田で水を100%活用】に成功し、技術革新に飢えを抱き、渇望する文化=稲作文化は小規模ながら人々が集団で和を作り、稲の生育をひたすら待ち続ける我慢忍耐文化。辛抱強さが【技術革新】を育てる原動力になり、西欧の牧畜民文化より秀でた成果となる傾向がある。  【技術革新】→「車のエンジン技術の『イノベーション=技術革新』によって、世界一優れたが乗用車が生まれ、自動車の輸出が図られて、資源不足の貿易上の弱みが解消される。」みたいな、使われ方をします。 『文化』(←この言葉は短絡に、解りきっていると勘違いしたまま、適当に使われるが、真剣に意味を問い直すと、〈日本人アイデンティティー〉を問い詰める深慮にまで及ぶ)。『文化』とは、物事を発想する、初めに着想し、思考の過程が同一になる傾向、習慣→『稲作日本人に染みついた思考癖』。米を美味しく、量産する工夫=技術はないものか?と悩み続けて染みついた思考癖。→〈【稲作技術革新】〉。島国であるため、世界大陸の人々が、永々として産出した〈科学的発見発明=【技術革新】〉が、伝播し難い。極東の海の果てに位置した不幸。海の向こうの中国、南蛮、ルソン、エスパニヤ、オランダに、工夫=技術革新が存在し、それが、伝来しないものか?  ※日本は、地理的に大陸とは海で隔絶されていて、孤島で産まれる文化や、発明、発見された技術は、ガラパゴス的で、独善的で、世界的巨視的に鑑みると陳腐である場合が多々ある。技術は、遅れるか、独善的に陥り易い。大陸の技術文化に遅れまいと、『遣唐使』、『遣隋使』を派遣して、新進先進技術を希求するという状況で、『新進新規な技術に対する渇望』が日本文化の底流部分で、染みついてしまっている。(ex.飢えを恐れる人類は、食料過多の今現在、過食肥満が蔓延している。)  織豊時代は、カソリック教とバーターで革新技術がもたらされ、カソリックを閉め出す為に、【革新技術】の導入を諦めて、鎖国政策を図り、ついに、『ちょんまげ二本差し』の、世界から見るとコッケイな文化の時代(江戸時代)を歴史に残す。『創意する新規な技術』も、ガラパゴスな技術として考案される。  諸外国が蒸気船で渡来して、植民地にしてしまおうとすると、皇国尊皇、「攘夷!」『攘夷!』と叫びながら、コッソリ、寝る間を惜しんで、蘭学、西洋技術を学ぶ。洋夷は神国への汚れと蔑み、「攘夷!」『攘夷!』と大声を出しながら、本音は、『新進新規な技術に対する渇望』が膨らむ。『開国、洋化』で、「尊皇攘夷の家元の薩摩も、長州も」そろって、新式連発銃、洋式ライフルマーク砲=キャノン砲と、、、『新進新規な技術に対する渇望』が馬脚を現す。   古代「神代の昔」に、『ニニギノミコト』によって伝えられた稲作生産技術は、徳川幕府の過大な自信となり、鎖国政策がとられて(技術革新が独善的に陥っても、徳川幕府が安泰なれば、それで善し)、『日本文化』が一段とガラパゴス化してしまい、大陸世界的に、帝国主義国家化時代になったとき、封建領主独立分散型国家の幕藩体制では、植民地化の憂き目に悲しむと『ちょんまげ二本差し』の侍達が目覚めて、天皇=稲作文化統一国家の象徴として「尊皇攘夷(攘夷の真意は、帝国主義洋夷排斥と、その後、開国洋化技術導入〉と叫び、京都洛内を駆け回る。『【技術革新】の進んだ西洋技術は、教えを請うが、心は植民地根性に染まらない。』明治維新体制→皇国復古体制=幕藩バラバラ体制のアンチテーゼ となる。

  江戸時代→明治時代→昭和20年敗戦まで、『天孫国』の文化が脈々と流れる。今も、『新進新規な技術に対する渇望』は日本文化の底流部分で脈々と流れ、新進技術革新を自力で開発したり、大海に浮かぶ孤島文化なのだろ、イノベーションに依る『新進新規技術に対する希求、渇望』は、日本の固有文化の底流部分に流れ続ける。

 まとめると、『高千穂観光のテーマ』というか?『ツボ=急所』というか?『思い出として持ち帰る玉手箱の中身、宝』は、稲作技術創生の神々と親しみ、『日本人アイデンティー』の再発見、追認を深く自覚すること。神々と旅情を共有すること。唱歌「赤とんぼ」や、歌謡曲「別れの一本杉」や、俳句「柿食えば、鐘が鳴る、、、、」の旅情の世界に、ドップリと浸かった余韻を楽しむこと。高千穂の旅は、『日本人アイデェンティティを呼び覚ます旅→ホットして、棚田に景観に癒やされる旅』


アマテラス大御神のツイートメッセージを発見




高千穂峡の真名井の滝の近辺は、柱状節理の岩壁が川面ぎりぎりに迫り、川面の陽射しのキラメキが、太陽の神様アマテラス大御神のツイートメッセージを伝えているかの如くに、岩壁がモニタリングしている。(岩壁をスクリーンにして、天照大神様が、下々のボート遊びを見ながら感想をツイートし、川面で反射して、岩壁のスクリーンに反映します。)まさに、神様のツイートです。翻訳されていないのが残念!

 高千穂峡は神々のオアシス


真名井(まない)の滝














  (日本の滝百選の一つ)


  高千穂観光は、岩戸神社、天の安河原、高千穂神社、くしふる神社等の『高天原』と『天孫国』の神々の歴史を偲び、又、高千穂峡の『真名井の滝のオアシス』『屹立する阿蘇溶岩柱状摂理の岸壁』『樹林の緑陰、オブジェ芸術の如き岩石造形、渓谷の流域の妙』のコラボレーションが盆栽の如く絶妙な景観を賛美し、”癒し”や”やすらぎ”を味わう観光です。 定員3人までの手漕ぎボートの川面からのビジュアルは、平和で豊かな”まほろば”で、清水が溢れて、碧豊かなオアシスや高天原の別天地をさ迷うイメージ、臨場感があり、ゆらりゆられて、アマテラス女神の胸に抱かれる安らぎ、安堵感が感じられます。(ご案内中、ボート漕ぎを適宜承ります。)



『 倭は国のまほろば たたなづく 青垣 山隠れる 倭しうるはし』 

 『高天原(タカマガハラ)』は、平和で、稲穂の実る平和で安らかな国。岩戸神話の伝説に彩られて、下界を睥睨しています。  狩猟採取生活の食料不足に戸惑う人々が飢えに苦しみ、争い、その様がアマテラス大御神の気懸かりで仕方ありません。その、大御神の憂う様を見かねた孫のニニギノミコトは、大御神の意を汲み、『稲穂の種』を携えて、狩猟採取生活の下界に降臨し、高千穂の峰(宮崎県南部、えびの高原)(宮崎県北部、高千穂町の二上山という説と神話は二分裂。本居宣長もお手上げに。)を足場に、現在の宮崎県から鹿児島県霧島に至る地域を『自然狩猟生活圏→稲作開墾生活圏』に開拓し、『天孫国』を建国します。『天孫国』は弥栄に栄えます。平和泰平に過ごすうちに、又々、心根の優しい神々の憂鬱が目覚めます。
 『アマテラス大御神と孫のニニギノミコトの懸案→成り行き、自然生育の食料採取、小動物狩猟に任せずに、食料を育む、米を作る工夫を図れば飢えは消滅するのに、、。』
 東に、庶民が飢えに苦しむ国があると言われます。ニニギノミコトのひ孫の『神武天皇』は、『天孫降臨の故事』を思い出します。それに習って、大八洲の中心部の奈良地域へ、『東征』の冒険を企画し、果たし、飛鳥に『倭の国』を建国し、稲作技術を広めます。  倭の国の母国が『天孫国』で、『天孫国』の神話の神々の社が数多く高千穂町に点在し、祭られています。日本の文化は、山間部の谷川が海岸部の低地にデルタ地帯を生み出し、そこに稲作文化が開花します。ニニギノミコトの開発した稲作技術がデルタ地帯を有効活用します。天皇家の稲作神事の祭り行事は、アマテラスの孫のニニギノミコトの故事に感謝畏敬し、そのまつりごとが日本各地の祭りの原型となる。『日向(ひむか)神話街道の旅』は、稲作伝説の神事を図る旅となる。

 航空機利用での訪問計画では、宮崎空港が浮かび、宮崎空港起点、終点のプランが想起されていますが、『阿蘇熊本空港』を起点、終点にしたプランのほうが能率的で、経済的です。(高千穂町~宮崎空港間、所要時間:約3時間 高千穂町~阿蘇熊本空港間、所要時間:約1時間半)10年くらい以前に、高千穂町~阿蘇高森を繋ぐ国道325号線の片側一車線化が完了して、阿蘇と高千穂の観光の分断が解消されています。観光商品として、阿蘇と高千穂を同日に楽しめる。

 05年の台風14号で鉄橋が崩壊したので、高千穂鉄道を使って、延岡~高千穂町間の鉄道移動は不可能になっています。交通手段としては、『高千穂町~熊本空港』をタクシーで行くのが一番能率的です。県境を跨ぐので、この二点間をタクシー移動するのは非常に贅沢という先入観があります。熊本の格安個人タクシーを活用して下さい。阿蘇中岳、大観峰観光を含めて2万円くらいの出費で思い出が充実します。
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《高千穂峡 手漕ぎボート》

古代創生の神々のオアシス、大和のまほろばが見付かります。高千穂峡は、都会の公園に浮かぶ『手漕ぎのボート』の穏やかな水面から、ギリギリにまで落とした低い視線で、柱状摂理の石柱、石のオブジェの変幻を緩やかに移動しながら鑑賞します。ボートに不安を感じるお客様には、ボート操船をしながら、ガイドさせて頂きます。波は心配ご無用です。風を、渓谷の石柱がブロックしているので、波立ちは見られません。
※ボート営業時間 午前8:30~午後4:30(夏休み期間は午前7:30~午後5:30) 【利用料金】 1艘(定員3人)30分2500円 事故防止のためか?4時半にはきっちりと、行列の終了を宣告されます。お早や目にどうぞ。

 【おすすめの昼食】高千穂町

 

※神代庵(手打ちそばの店)
店主と父、母の零細 サービスが行き届かないが美味い。 西臼杵郡高千穂町大字三田井742
                                《電 話》0982-72-4601

※そば処天庵
住所 宮崎県西臼杵郡高千穂町大字三田井1180-25
問い合わせ先 0982-72-3023
※肉工房 初栄 0982-72-2468
        高千穂牛が焼肉定食1000円くらいで
※焼肉屋「初栄」 0982-72-3965
        上記の姉妹店 『肉工房 初栄』

※道の駅 高千穂
 高千穂牛コロッケ チキン南蛮が美味いらしい。
宮崎県西臼杵郡高千穂町大字三田井1296-5
営業時間 9:30~19:00
(12月~2月 9:30~18:00 12/31~1/3 ~17:00)
電話 0982-72-9123 
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【『渓谷美の鑑賞』と『郷愁の神社訪問』】


 高千穂観光は『渓谷美の鑑賞』と、『郷愁の神社訪問』。 アマテラスオオミカミ、ニニギノミコトの古社を訪問して、阿蘇大明神(タケイワタツノミコト)、高千穂大明神(ミケイリノミコト)の活躍の様子を回想。『邪馬台国の在りかは?』『卑弥呼とアマテラスオオミカミは同一人物ではないのか?』『草原の国である阿蘇、くじゅうは、中央アジア高原から渡来した騎馬民族の上陸拠点になったのでは?』『赤ちゃんの蒙古斑を思うと、私のルーツは中央アジアでは?』、、 と、歴史のノスタルジーに浸る旅情を楽しむというのが『高千穂旅情の照準』を明確にするポイントです。

 ※宿泊を考えないで、日帰り観光をしたい場合。  ”高千穂峡”と”天岩戸(あまのいわと)神社”の2ヶ所に訪問個所を絞って、残りの時間は『阿蘇の旅』を計画されては如何でしょうか?

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【高千穂峡は阿蘇の鬼子】

 高千穂峡は、ワクワクするほど自然美、渓谷美が圧縮されています。阿蘇火山噴火の溶岩が、五ヶ瀬河原を帯状に埋め尽くし、それを、再び三度と五ヶ瀬川が侵蝕してできた渓谷です。帯状に流出し、高温と自重のために圧縮溶結した溶結凝灰岩は、冷却される際に体積が減少することから地表面に亀甲状の割れ目ができ、直径1m前後の大きな柱状節理構造を形成します。柱状摂理の亀甲状の『岩』と、碧清流の五ヶ瀬川の『水』と、渓谷に繁茂する木々の『緑』、紅葉の『紅』が絶妙にコラボレーションして、神々のオアシス、大和のまほろば、水辺の渓谷のモニュメントの宇宙が展開します。 紅葉の時期はシーズン最盛期です。駐車場は慢性的に不足しています。渓谷なので、スペースの余裕もありません  『熊襲(ハヤト)の頭目の”鬼八”が、三毛入野命(ミケイリノミコト)に討ち取られるのがこの渓谷です。』というのがツアー観光用の宣伝文句です。  宮崎県は、”大和の国の創生神話”の里です。霧島、阿蘇の火山エネルギー、地形がその誕生に深く関わっているようです。日本書紀の『第一代神武天皇』が、筑紫の国『天孫国』から船出して東に向かい、姉妹国の大和の国を築いたようです。


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 【鬼八(きはち)の力石(約200t)】

  高千穂峡の『鬼八』は、阿蘇の里で阿蘇大明神に反抗する『鬼八』と同一人物です。正確に表現すると、熊襲の一反乱部隊という集団です。『鬼八』と戦い、追い詰めるのが、阿蘇氏の祖で、開発神である阿蘇大明神『タケイワタツルの命(ミコト)、健磐龍命』です。
 タケイワタツルの命は、『鬼八』を追い詰めて、阿蘇での長い滞陣中に、『鬼八部族』の魅惑の占術師=卑弥呼の様な部族長=阿蘇都媛命(アソツヒメノミコト)に惑わされて、和睦して、阿蘇の里人に同化されてしまいます。
  高千穂神社の祭神 三毛入野命(ミケイリノミコト)は、弟の初代天皇=神武帝とともに飛鳥→後の倭に遠征されますが、伝説では再びお帰りになり、高千穂郷一帯で悪行、抵抗していた『鬼八』部族を退治し、高千穂=天孫国一帯を治めたといわれています。

 ※鬼八が三毛入野命に向けて投げた大石が、『鬼八の力石』です。『鬼八』の勇猛を象徴しているといわれております。

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【天岩戸神社】

 高千穂峡からは7Kmくらい離れています。神社というものは、賽銭箱の後ろに『拝殿』が在り、その後ろに『本殿』があるのが基本構造です。こちらの神社は、本殿の部分に岩戸川が流れて、その後ろに、いきなり御神体の『天の岩戸の洞窟』があります。『本殿』部分は省略せられています。ですから、『拝殿』から後ろは『神域』の本殿部になります。  

 ※こちらの岩戸神社を参詣する場合は、社務所にて、『神主さんの随伴説明と神域である『拝殿』の裏の、『本殿部分から、岩戸洞窟への直接参拝希望』を伝えるのがミソです。知らない参拝者が、一般的な神社参拝基準に従って、直接岩戸洞窟を参拝する妙を逸しているようです。

 今更ですが、「天岩戸伝説」を一応紹介しておきます。神武天皇の頃より四世代くらい昔の話です。天照大神(アマテラスオオミカミ)が素戔嗚尊(スサノウノミコト)の、田の畦を壊したり、生き馬の皮を剥いだり傍若無人な振る舞い怒って、天岩戸(あまのいわと)に籠もってしまいます。天の安河原は、岩戸神社境内から500mくらい川筋に下った所に洞窟があり、『洞窟』自体が『御神体』として祭られております。  太陽神である天照大神が、天岩戸に籠もると、世の中は光の無い暗闇包まれて、草木が枯れて、悪鬼が横行しました。そこで、やおよろず(八百万)の神々が、『天安河原の洞窟』 に集まって、鳩首凝議して、その結果、『岩戸の洞窟』の前で、歌い踊り、卑猥にじゃれ合って盛り上がり、アマテラス太陽神の気を引く事となりました。天岩戸の前面を舞台に、天鈿女命(あまのうずめのみこと)が”樽の上の舞い”を舞い、『エロスの饗宴と喝采、お祭り騒ぎ』の賑わいを演じます。そうすると、雰囲気の熱気が気掛かりになった天照大神が、天岩戸を少し開けて、そして伺います。その瞬間をねらい、天手力雄命(あまのたぢからおのみこと)が力任せに天岩戸を開け放ち、岩戸を抱えて、投げやり、飛ばして『信州の戸隠神社』まで放り投げてしまいます。その結果、やっと暗闇と凶荒飢饉が終結します。このストーリーは、高千穂神社の夜神楽では、1時間のダイジェストにして、”観光神楽”で演じ紹介しています。宵闇の高千穂神社神苑で行われる”神楽”は、深淵で、情緒豊かです。

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【おさらい 古事記の神話】

※日向神話街道(宮崎県の神話観光街道)  古い順に、イザナギイザナミの『国つくり神話』。お二人が御神体として祭られて居るのは ※江田神社(宮崎県宮崎市阿波岐原町字産母127 シーガイアの隣) 「天照大神(アマテラス)と素戔嗚尊(スサノウ)」の『岩戸神話』⇒その後、スサノウが旅をし、出雲で『八岐大蛇神話』になり、大国主命の父となり、大国主命の『出雲国譲り神話』になります。  一方、アマテラスの孫のニニギノミコトが『高天原』の祖地から、霊峰『二上山』、『高千穂の峰』に降り立ち、くしふる神社、霧島神宮の御神体と崇められる大仕事である『日本国にあまねく”稲の種”を普及する』業績を残す。『天孫降臨神話』となり、『海幸彦・山幸彦神話』に繋がって行きます。(『高千穂町』と『高千穂の峰』を混同してはならない、『高千穂の峰』はここ高千穂町からは直線で南下しても100Km遠方にある。)アマテラスの孫であるからニニギノミコトを『天孫』と呼ぶ。その子供達が「海幸彦、山幸彦」の神話の主人公達です。  「海幸彦、山幸彦」の子供に当たるのが「神武天皇(ニニギノミコトの孫orひ孫)の東征(宮崎神宮より奈良、飛鳥に旅立つ)。」(神武天皇は、日本書紀の第一代天皇です。三毛入野命(ミケイリノミコト)である高千穂神社大明神は兄にあたります。
   阿蘇大明神である健磐龍命(タテイワタツルノミコト)は神武天皇の孫です。阿蘇大明神は、反鬼八戦争への援軍の将軍として、奈良、飛鳥から派遣されます。阿蘇方面へ追い詰める内に、敵の鬼八部隊の姫将軍との間に恋地獄の奈落に嵌り込みます。二人は、熊襲族と天孫族が同化する象徴として結ばれて、阿蘇から熊本平野地域まで束ねる『阿蘇一族』として盛衰し、阿蘇開発を進めていきます。阿蘇神社は、ご利益項目に、仇敵同士でも通い合う『縁結び』が重要な項目になっています。
 ”神武天皇の東征”は、天孫国の、奈良、飛鳥での姉妹国の建国です。母国、九州、筑紫の国の一部分が『天孫国』です。反鬼八戦争支援は、『クマソハヤト征伐』として熊本、鹿児島方面で展開されます。ヤマトタケル将軍の神話は、第12代景行天皇の第二皇子の熊襲隼人征伐(母国天孫国への援軍)や蝦夷征伐の神話です。  反鬼八戦争は、第1代神武天皇の頃から、第12代景行天皇の頃まで、延々と続いたようです。
   ※霧島神宮、宮崎神宮等の『神宮』は、『神社』より神格が上位に来ます。

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幕末の尊皇攘夷は、反植民地化運動のスローガン


 この里は、日本人のDNAに刷り込まれたアイデンティティを振り返るのに最適の里です。「日本人であったことの再認」「季節の移ろいや、歳時に敏感な自身への自覚です。天岩戸神社の佇まいや、神楽の鈴の響きや、高千穂神社の大杉の佇まいは、遺伝子に訴え掛けて『何かそこはかとなく懐かしいなぁ』という感覚を呼び覚まされます。  靖国神社の問題が”神社”を訪問する時には頭に浮かびます。 江戸時代、漢学朱子学は、神社では”日本(ひのもと)”、”おおやしま”と言うが、統一国家国家意識が希薄である。として、『北方遊牧部族=北狄(ほくてき)』に圧迫されて、南方に遷都した『宋』中国を、皇帝を中心とした正当国家であり、それが正しい秩序とするのが朱子学=水戸学であり、天子=皇帝=天皇中心意識を、導入模倣して、天皇家を中心にした国家意識を説き始めます。(将軍は関東一の大名に過ぎない。大和の国を拓いたニニギノミコトの末裔である天皇こそ天子。) 結局、江戸終幕期に、皇国日本人意識を高唱して『尊王攘夷思想』が叫ばれました。日本の、諸帝国主義国による植民地化を防ぐスローガンとなり、明治維新後の近代国家の国民の精神構造のバックボーンになります。我々の遺伝子には、この刷り込みが存在します。 現代の、今。天皇家を礼賛するような神社に参詣する事は、『”国粋主義者”に、同調する意思表示にはならないのか?』 私は下記のように解釈します。「参詣なさる皆様にはその傾斜の強い方もいらしゃいます。”国家意識”は両刃の剣です。独裁者に利用せられたりしますが、江戸終幕期には、勤皇の志士が命がけで、我々日本人の植民地奴隷化を防ぐ思想になりました。その遺産を、昭和期の軍国主義者が食い散らかしたのです。(独裁者が国家主義を利用したのと同義)”知覧の特攻隊は、戦後の日本の、父母、姉妹、兄弟、子供達の幸多かれ”と死んでいきました。(国家意識を、勤皇の志士と同じ次元での発揚) 『英霊の死を掛けて残した遺産を無にしないように』、誓いを新たにしましょう。 ”誰の為の国家主義か?””武器商人や、高利貸の国家主義に利用されていないか?”郷土愛”、”愛国心”は尊ぶが、欲深い輩の影はないか?と警戒感を新たにしましょう。」と考えます。

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 【高千穂神社】

今から約1900余年前、垂仁[すいじん]天皇の創建と伝わる神社で、高千穂八十八社の総社。鎌倉時代後期の作と伝えられる、社宝の鋳造狛犬(こまいぬ)一対(重要文化財)がある。明るい夕刻の内に”鋳造狛犬”を見に行って、神社の様子を確かめて、夕食後、散策がてらに神楽見物がお勧めです


 高千穂神社では、毎夜、高千穂観光神楽(夜8時から約1時間)が開かれる。 入場料/800円
夜神楽は本来は、夜を徹して行われる。→33番ある。高千穂神楽の中から、代表的な天岩戸開きにまつわる①手力男(タヂカラオ)の舞、②鈿女(ウズメ)の舞、③戸取(とどり)の舞、④イザナギとイザナミ(創世神)が酒作りをするユーモラスな舞の4番が舞われる。
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くしふる神社 (槵触神社)



 ニニギノミコトがご神体。天津日子番邇々杵命(あまつひこほのににぎのみこと)が主祭神
 境内は、広くて、杉の木立か醸す雰囲気は神妙。氏徒の方々の信仰心が匂い立つよに、清掃が行き届いている。

 70Km南の彼方の霧島神宮と比較してしまうが、朱色に輝く派手な霧島神宮と比べて、落ち着きと霊厳が深い。龍馬人気が高い事もあり、日の本初の新婚旅行の訪問地という観光的キャッチフレーズも功を奏して、『塩浸温泉』『霧島神宮』は、注目度が高い。(観光的人気と、実際の”気高さ”はべつもの。優劣を論ずるも不敬)
そもそも、何故に、同じ宮崎県に在る神社が比較されるのか?(現在の住所は、霧島市だが、元来は、鹿児島県と宮崎県の県境にあった。)北の『くしふる神社』、南の『霧島神宮』と言いつのるのか?について、、、、。

 『天孫降臨』神話を簡単にまとめると、
 天照大御神が、高天原の天上から地上の人々の暮らしぶりをみて、飢えに苦しむ様を嘆き、孫の瓊々杵尊(ニニギノミコト)を呼び付けて、「あまねく地上に、高く千穂が実る、豊かな”天孫国”建国を図れ」と命じられて、種籾を与えられた。

 ニニギノミコトは、地上に降り立つのに、足場として、「気高い峰」を選ばれた。そして、狩猟生活の貧しい人々に、弥生式農耕生産技術を伝授して、豊かな米轂農耕社会を築き、『天孫国』とした。(天皇家は、ニニギノミコトの直系として、新嘗祭等の儀式を行う)

 足場とした「気高い峰」に関して、江戸の昔から問題が発生している。国学者の本居宣長もお手上げの課題とは、、、、?
 足場とした「気高い峰」が、高千穂にある『二上山』という説と、霧島連山の一峰『高千穂の峰』であるという説が並立している。そして、どちらの信徒も譲らない。

隣接地に、『高天原遙拝地』がある。神妙さは、『遙拝地』そのものより、杉林の醸すマイナスイオンが霊厳、神妙に貢献している。


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『尊皇攘夷』→「王政復古」で、日本稲作文化を意識する


 高千穂観光は、日本式封建社会が稲作生産様式の上に構築されて、現在も、その和風封建社会文化が底流に流れるのを意識しながら、『米作りを伝えた神々を、讃え偲ぶ観光』です。 「アマテラス大御神」は、岩戸の伝説事件後に出雲へ旅立った弟スサノウノミコトを偲びつつ、高天原から下界を見渡します。下界の地上は、狩猟採取生活のため、食料を争う諍い(いさかい)が絶えず、平和の断片も見つけられません。平和を願う優しい御心の「アマテラス大御神」は、人々の「諍う姿」が憂いの種です。  その姿を、側に佇む孫の『ニニギノミコト』が傍観して、決意も新たに、「アマテラス大御神」に言上して、曰く。
「御祖母様、孫である私が(天孫)、地上に降臨し、争いの種である食料問題の解決を謀り、「天孫国」建国を謀りましょう。食料問題の解決の決め手は、この「米の種」と『それを育む技術』です。高天原が平和で、弥栄なのは、この米と、『それを育む技術』のお陰です。稲作国家を下界に築き、やがては、大八洲の中心部の倭地域まで広めましょう!」と言上します。  
やがて、『ニニギノミコト』は、下界=地上へ旅立ち、その第一歩は、天に近い「二上山」に記されます。地上では、『猿田彦』が待ち受けて、採取狩猟生活圏を道案内します。『コノハナサクヤヒメ』を娶り、稲作国家を地上に展開します。  
やがて、『ニニギノミコト』の遺志「大八洲の中心部の倭地域まで稲作国家に!」は、ひ孫の『カムヤマトイワレヒコ=神武天皇→初代天皇』に受け継がれて、『神武天皇の東征』が挙行されて、『倭の国=稲作国家=稲作文化国家』→「天孫国」を母体にして、「倭の国」が生まれます。  

やがて、「倭の国稲作部族国家」は、倭の国封建稲作社会となり、江戸時代には、地域藩意識が強くて、倭の国→日の本統一国家意識が希薄になります。黒船到来で、統一国家意識の高揚運動が、『尊皇攘夷』→「王政復古」で、染み込んでいる稲作文化に改めて気付かされます。神々と交流して、懐かしみ、癒やされるのが、『高千穂観光』です。

【国見ケ丘】

標高 513m 神武天皇の孫・建盤龍命[たていわたつみのみこと]が「国見」をしたという伝説の地。10月下旬~11月上旬ごろの早朝には、雲海が出る。(翌朝の晴天が確かめられれば、夜の内に、地元のタクシー会社に予約をして置くと良い。)
 神武天皇の孫にあたる建盤竜命(タテイワタツミノミコト)は、筑紫の国(九州全体の事です。)統治の命を受け、下日向県(しもひゅうががた)を経て阿蘇に向かう途中、この地で四方を望まれた。これにより「国見ヶ丘」と伝えられている。阿蘇に入った後に、命は、(クレオパトラとシーザーの如くに)鬼八、熊襲と同盟し、阿蘇外輪山を蹴破って阿蘇原始湖水を抜き去り、南郷谷、阿蘇谷を開墾する。やがて、鬼八(注 特定の個人と考えてはいけない。熊襲部族)の一部は再び反抗し、騒乱は「ヤマトタケル(景行天皇=第12代天皇 の第二皇子という事になっています。)の熊襲征伐 まで続く。熊襲の大部分は、大和文化に融合して『阿蘇一族』、『菊池一族』として現在に至る。

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【トンネルの駅】

高千穂町にあるのが神楽酒造所(『ひむかの黒馬=蕎麦焼酎』という宣伝文句で知られる焼酎蔵)が運営しているトンネルの駅。国鉄が廃棄したトンネルを再利用した。低温定温長期樽貯蔵庫です。
 蒸気機関車、食堂車両を利用したレストランが目立ちます。土産物販売等があります。因みに、隣町の五ヶ瀬町には、雲海酒造(蕎焼酎 雲海)があり、五ヶ瀬ワイナリーもあります。左利きの方の為の情報でした。
『五ヶ瀬ワイナリー』の観光の壷は、九州中央山地の、南から見る絶景『阿蘇五岳の釈迦涅槃像』です。この景観も壮絶です。間もなく、道も整備されて、判り易くなります。なります。

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【道の駅高千穂】

 ”ひむか神話街道”にまつわる大きなモニュメントがあります。(神楽でかぶるアマテラスのお面)。ひむか神話街道は、天孫降臨の地高千穂を縦横に結ぶ道。年間を通して、神話にまつわるイベントが数多く行われています。
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