木山弾正 剛の者・・・弾正祭
 
 木山弾正って誰?
 無念坂ってどこ?
 兜梅ってなに?
 横手の五郎って?
 首掛け石ってなに?
 ねこぼこ石って?
 弾正祭はいつ、どこで?
 
 
 HOMEへ戻る
横手の五郎「首掛け石」

お城の石垣の石は、熊本城の西約2キロほどにある花岡山から運んでいましたが、
五郎が石を運ぶ時に力を入れたら、ぬかるみに足が入ってしまい、
その跡が池になってしまったという「五郎が池」が
花岡山の北側に当たる横手にありましたが、
現在は埋め立てられてグラウンドになっています。

ある時、重さが五百三十貫(約二千キログラム)もある、
二股になっている角石を運ばなくてはならなくなりました。
数人の男が動かそうとしましたが、びくともしません。
みんなは困ってしまって、がやがやと相談しているだけでした。

そこへ五郎がやってきました。
五郎は天正13(1585)年横手村で生まれ、75人力と言われた大力無双の巨漢でした。
5,6歳で米俵を担ぎ、長じては九州一の筑後の男を投げ飛ばした等の話が残っています。

熊本城築城のとき、加藤清正によって五郎は命を落としましたが、
江戸時代、人々は吉祥寺にその霊を祀り、
明治後期地元民により横手阿蘇神社境内に毘沙門堂が建立され
横手五郎大明神として祀られました。

昭和51年、不審火によって毘沙門堂は焼失、
神像は半焼しましたがお堂を再建し今日に至っています。

毎年9月13日の命日には祭礼が行われており、
また熊本城内には五郎が首に掛けて運んだという
「首掛石」(1800kg)が残っています。