木山弾正って誰?
 無念坂ってどこ?
 兜梅ってなに?
 横手の五郎って?
 首掛け石ってなに?
 ねこぼこ石って?
 弾正祭はいつ、どこで?
 
 
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木山弾正剛の者・・・弾正祭って?
 木山弾正剛の者、天下無双の怪力も・・・って、ご存じないですよね?
木山弾正は益城町木山に、400年程前に住んでいた戦国武将で、
首掛け石で有名な横手の五郎の父親なんですよ。
益城町では毎年3月末の日曜か、4月初めの日曜日に祭りを行っています。

木山弾正は加藤清正と一騎打ちをして、馬乗りになりながら、味方の槍が誤って弾正を刺し、
無念の最期を遂げたり、奥方が弾正の甲冑を着けて清正軍に攻め込んだ際に、
臥龍梅に兜を取られて、兜梅と名付けられたとか、
横手の五郎が熊本城の基礎石探しに行って、猫ぼこ石を落としたり、
首に掛けて持ってきたり、最後は井戸に生き埋めにされたとか、
エピソードや、伝説は数知れずあります。

その一部をご紹介します。左からお選び下さい。

下の歌は、弾正祭保存会の会長から、弾正祭の歌を作ってくれと、
頼まれたので作ったもの。
作詞は私、作曲は友人の保存会会長。

 


 嗚呼、木山弾正

      作 詞 : 山崎 操
      作 曲 : 増永 信喜

一、 木山弾正 剛の者
   天下無双の 怪力も
   島津相手じゃ 分が悪く  
   縁を頼って 天草へ    
   時は天正 十七年     
   天草志岐の 仏木坂 
   
二、 清正公との 一騎打ち   
   止めを刺さんと した時に
   殿は何処と 声掛けた
   味方の槍が 誤って
   弾正貫く その後は
   無念坂とぞ 名を変える

三、 夫の仇と 奥方は
   鎧兜に 身を固め
   馬を走らせ 敵陣へ
   梅の小枝に 遮られ
   兜捕られし 兜梅
   哀れ戦の 露と散る

四、 父母の無念を 晴らさんと  
   工事人夫に 身を隠し
   横手の五郎 城内へ
   基礎石探しに 木山川    
   猫ぼこ石を 道に置き    
   残る大石 首に掛く  
   
五、 弾正の遺児と 露見して
   井戸に落とされ 上からは
   大きな石を 投げ込めど
   五郎はっしと 受け止めて
   殺したければ 砂をもて
   自ら教えて 息絶える       

六、 時代は下って 四百年
   平和な御世の 町民が
   老いも若きも 皆集う
   木山城址に 桜舞う
   今に伝わる 弾正の
   遺徳を偲ぶ 弾正祭









最近、婦人会とか何とかの団体から、詩の内容にクレームが来ているらしい。

5番の詩の「殺したければ砂をもて」の、殺したければがまずいらしい。

石川さゆりの名曲・天城越えでは 「あなた殺していいですか・・・」 という詩があるし、

これも石川さゆりの飢餓海峡では 「殺して 殺して 爪たてて・・・」 という詩がある。

どちらもあの名作詞家・吉岡治の作詞だが、素晴らしい詩で、大ヒットした曲だ。

この歌は戦国時代のことで、しかも史実として残っている台詞の引用だ。

なぜいけないのか、理解に苦しむが、そういう訳でもう一曲作詞してくれといってきた。

6番までというのは長すぎるという批判も頂いたので、チョイ短めにした。

 

木山弾正物語


     弾正・弾正・弾正  木山弾正物語

     弾正・弾正・弾正  みんな覚えて歌っておくれ



     木山弾正知ってるかい 

       益城木山の殿様で 清和源氏の血筋だよ

     元をたどれば南朝の 忠臣新田の流れ汲む



     弾正・弾正・弾正  木山弾正物語

     弾正・弾正・弾正  弾正縁(ゆかり)の人がいる



     加藤清正知ってるかい 

       虎を退治で名を馳せた 肥後の殿様清正公(せいしょこ)さん

     七本槍の手柄たて 肥後の半国頂いた



     弾正・弾正・弾正  木山弾正物語

     弾正・弾正・弾正  もっと大事な事がある



     天草志岐を知ってるかい 

     木山弾正正親と 清正公(せいしょこ)さんとの一騎打ち

     止めを刺そうとしたけれど 味方の槍で息絶えた



     弾正・弾正・弾正  木山弾正物語

     弾正・弾正・弾正  みんな覚えて歌っておくれ