木山弾正 剛の者・・・弾正祭
熊本県指定天然記念物兜梅  
                                   昭和57年8月28日指定
 一本の梅の木から縦横に枝が延び、枝張りは東西約11メートル、
南北約
6メートルある。
主幹の樹高は約
3メートル、根回りは約2メートルあり、
樹齢約
500年といわれる。
 主幹は朽ちているが、縦横に走る枝がつぎつぎと先に延びているため、
臥龍梅とも称されている。
 一時、枯死寸前であったが、その後の手入れにより、
今では見事な一重の白い花を咲かせる。
 兜梅と称されるようになったのは、天正の天草合戦
(天正17年、1589)のとき、
本戸城で小西行長、加藤清正連合軍と戦った天草勢の中で、
奮戦した騎馬武者の姿をした婦人
(加藤清正に討ち取られた木山弾正の妻お京の方)
の兜の錣がこの梅の枝にからまり、身動きできず斬られた事に由来する。

  熊本県教育委員会




司馬遼太郎観梅の辞

 柴折戸を押すとすぐ開いた。
なかは瀟洒な茶庭で、庭としてはよほど古いものらしく思われた。
さらに庭の奥に入ると無数のクリーム色の点がうかんでいた。
三千世界に梅の香満ちると云うことばがあるが、
香よりも何よりもこの場の場景は、花の美しさだった。
 樹齢は五百年ほどだという。
ぜんたいに低く、苔の丘いっぱいにひろがっている。
 目をこらすと、原の幹は鉄のかたまりのように地にうずくまっているだけである。
そこから、いずれも百年は経つかと思われる太い幹が、
地の横たわりつつ幾つかの方角に伸び
幾頭かの臥竜が動いているようにも見える。

 その臥竜ごとに根がつき、その根のあるところから
また幾つかの小古梅が幹を立て、枝を天に突き出し、あるいわからませている。
それらがすべて花をささえている。
 白梅にはチリ紙のように薄っぺらい白さのものが多いが、
ここの梅の花は、花弁の肉質があつく、
白さに生命が厚っぽく籠っているような感じがする。
 ともかくも、こういう梅の古木も花の色もみたことがなく、
おそらく今後も見ることがないのではないかと思われた。

「街道を行く」週刊朝日(昭和55年10月10日号所載)


臥龍梅と呼ばれるだけあって、枝がくねくねと曲がって、
見事に横に伸びている。
しかし、この枝に、馬に乗った人の兜の緒が
引っ掛かるものだろうか?

どうもこの話は眉唾じゃないのかな。

お京の方の恨みで「花は咲けども、実は成らせまじ」
と言った通り、今でもこの梅の木は花は咲くが、
実はならないのだそうだ。

げに恐ろしきは、女の恨みなり!
 
 木山弾正って誰?
 無念坂ってどこ?
 兜梅ってなに?
 横手の五郎って?
 首掛け石ってなに?
 ねこぼこ石って?
 弾正祭はいつ、どこで?
 
 
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