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電子美術館のQ&A

5 ピカソの負の遺産

二十一世紀国際地方都市美術文化創造育成活性化研究会
2006/5/3

――20世紀最大の画家はピカソだとするのが定説ですが、理由は何ですか?

パリ発20世紀抽象の先駆者だからです。絵がうまいからではなく、抽象美術のパイオニアだからです。

――ピカソが抽象美術の創始者の一人だという話題は、意外に聞こえてきませんね?

やはり抽象が苦手な社会背景があると思います。西洋美術の20世紀が19世紀と大違いな点は、抽象の再発見です。発見ではなく再発見なのは、太古や西洋以外では抽象美術は普通に作られていたからです。ピカソ(1881〜1972)はユニークな新興美術で抜きん出て、『アビニョンの娘たち』『ゲルニカ』と、ホームランを複数放っています。

――ピカソの価値は、古典的なデッサンの力だとの意見も聞きますが?

それはハロー効果です。抽象で得た名声が、デッサン力をナンバーワンとする話に化け、都市伝説になっています。現実には、ピカソどころでないデッサンのすご腕たちは、今でこそ表に出ませんが、他にいくらもいました。ピカソの価値は、見る物全てを自分流の抽象へ組み直す創作力です。

――昔のフランス画壇に、「ピカソが絵画を袋小路に追い込んだ」との、公式の批判がありましたね?

結果的には当たりました。1960年代以降の美術に迷走の気分があるのは、確かにピカソと関係があると思います。

――ピカソは何に行き詰まったのですか?

袋小路に入ったのは本人ではありません。反応した次世代の画家たちです。ピカソは絵を壊す作業の中で、破壊は内容の次元に限り、形式的な破壊を見せ場にしません。例えば白いキャンバスを額に入れて、「じっと見つめて、心に浮かぶものを鑑賞してください」などのトンチは、彼は生涯行っていないのです。

――ピカソのユーモアはおおらかで、意地悪っぽさがありませんね?

先進国が共通に持ち始めていた、歪んだ時代気分に引っかけないし、ヤケクソ行動とも距離を置いています。「拳銃持って街の人に乱射する、それがシュールレアリスムだ」というアンドレ・ブルトンの企画展示に参加はしても、絵は逆です。虚無感や終末感を出したり、皮肉、ひねくれ、ツラ当てといったそっち系の絵がないのは、ピカソの大きな特徴です。

――ピカソが現代美術ではなく、近代美術に分類されるのは、そのせいですね?

彼の仕事は、人間の原初的な価値観に沿っています。形と色、構図をまとめ上げ、豊かさと味を盛り込みました。中味の詰まった、値打ちのありそうな絵づくりです。モデルを変形しても「わざとらしい誇張」や「くさい演出」はなく、背伸び感がありません。エキセントリックの語は意外に当たらず、ネームバリューに見合う充実を維持した珍しい画家です。

――それほどの余裕は、やはり才能でしょうか?

先達のゴッホやセザンヌと比べて、時代に同調した強運もありますが、死にそうな苦悩や限界をみせない、魔法のような造形の力量が最大要因でしょう。単純な努力で上がったのではない才人は、奇行、事件、他の実績で補わずに、作品パワーだけでパリの知識人を動かしました。天才のやることはオーソドックスでシンプルだという一例です。

――その才能が、なぜ後輩を袋小路に追い込んだのですか?

残された作品を、以降の画家が超えるのに難儀したからです。20世紀美術は、出発点から「前例を超える」ノルマが暗黙の諒解です。しかしこれだと、後の人ほど前例の山に囲まれて困るわけで。後輩たちは、ピカソに匹敵する豊かさや味が出ずに焦ったでしょう。しかも、ミロやダリに似せた絵にはアレンジで広げる余地があっても、ピカソに似せると即ピカソ作に見えるので、踏み台にもなりません。

――ピカソは後輩の前に立ちはだかる壁だったのですね?

ニューヨーク近代美術館が編集した、ピカソ大回顧展(1981)の5センチ厚の大判カタログを、私は3年間毎日めくって、この次に何があるのかが浮かびませんでした。彼は作風のデパートのように多様な上、多作ぶりでギネスブック1位。そして全作が同じ個性で貫かれています。そのうますぎる造形の後で、後輩はハテ何をやろうかと困ったはず。

――困った画家たちは、どう打開したのですか?

既成の概念を壊しました。以降の美術は、ピカソが行った内容破壊をやめて、形式破壊へ向かいました。例えば油絵の具は古いから蛍光塗料を使ったとか、筆でかくのは古いから口で吹き付けたり、平面は古いから絵に岩石を接着したり、作ること自体が古いから落ち葉を集めたり、人生こそが芸術だからと画家が展示室に泊まって暮らすなど・・・。こうした新発明ラッシュの根には、ピカソ・ショックがあります。ピカソへのリアクション。過剰反応。

――ピカソが亡くなった後も、絵への批判は続いたそうですが?

多いのは高額批判でした。ピカソは教職や名誉職につかずに、人の上に立たない権力ゼロの一画家で通しています。負け人生のゴッホや、やっと最晩年に浮かばれたセザンヌとは違い、巨匠の名が人生の後半に付いて大きな富も得て、作品は資産家や投機筋が欲しがりました。美術館に転売して大もうけするディーラーに彼は対抗し、甘い汁を吸わせまいと、できるだけ高く売る交渉術を家で練習したほどです。

――ロマンがふくらむ美術に金銭がからむと、見る心もすさみますね?

そこがポイントです。あれほどの個性が生む希少価値は、結局は札束で計量され、それが古典美術と同じ汚れだと目をつけた一部の後輩画家は、ならば今後は個性を排除して、従来の画材を捨てて人の手の跡もなくせ、これなら成金相手の商売に堕することはないと、清潔な哲学を考えたのでしょう。個性の嫌い方として、金が集まるからという口実。こうして難解な理論をまとった、コンセプチュアルな美術の時代に入ったという側面もあるのです。

――客の方は、理論武装したコンセプチュアルな作品に何を感じましたか?

普通の客は才能の枯渇や、自己顕示の突出を読みました。悪乗りや売名と受け取りもしたでしょう。展示室に500本の古タイヤを積み上げて、この迫力は大宇宙のスケールだと言われても、町はずれの野積み場を連想するだけで、美術に豊かさを期待した客はがっかりしました。

――現代美術が不人気なのは、客の美意識の古さはありませんか?

美術の希薄化が同時進行している点も、要注意です。客の本音はこうです。自分の時代の最新作はなぜ素人芸風か、無機的で殺伐と空虚なのか、倦怠と死臭がただようのか。詰め不足なのか・・・。変わったものでも歓迎する用意はあるが、こういう方向へ変えてしまうわけ?と。同時代を賞味しようにも、宗教的な理論やトンチで煙に巻かれて・・・、これが新物好きの困惑でした。見て、驚き、心は冷えて・・・

――形式破壊の美術から去った客は、どこへ向かったのですか?

やはり音楽と映画が多かったと思います。音楽界にも「無音の音楽」や、雑音の寄せ集めはありますが、特殊な実験音楽として作者が隔離しています。今後の音楽はこれだ、従来の音楽は古くて終わったとは主張しません。また映画界にも実験フィルムは膨大にありますが、これも制作側が封印しています。「映像も音もない映画」を2時間枠で制作したプロダクションがあったかどうか。

――確かに音楽や映画の世界は、客を蹴って終わるだけの効果を嫌いますね?

音楽も映画も、内容の豊かさと味は大事にします。先端音楽はモーツァルトの曲も楽器も否定せず、先端映画はチャプリンの功績も撮影機材も否定しません。モーツァルトは古い、チャプリンは過去の遺物だ、とは言わずに。昔の巨人と断絶しないで、同じ土俵で資産を生かしながら今が連続しています。だから音楽と映画は、色々言われながらも袋小路に入っていないのかも。

――天才ピカソへのリアクションで袋小路に入った美術は、今後回復できそうですか?

既成の概念を壊すのが壮大な主義であるほど、短期破滅型かも知れません。私はごく単純に考えます。土俵から出なくてもいい。たとえ及ばずとも、ピカソとの二人展を目標にした程度で、美術の豊かさは戻るのではと。

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