現代美術とCGアートの謎と疑問に答えるQ&A もくじ
電子美術館のQ&A

9 美術の評価は水物?というメカニズム

二十一世紀国際地方都市美術文化創造育成活性化研究会
2006/7/6

――芸術につきものの「歴史の淘汰」は、本当に信頼できるのですか?

短期、中期、長期で違います。大正時代に活躍した、さし絵イラスト画家に、蕗谷虹児、高畠華宵、水島爾保布、竹久夢二がいます。4人はいわば四天皇です。しかし60年後の1980年代現在、前3人は人気がなく、最後の1人のみ大人気です。ロマンあふれる乙女の絵が一番得意なのは、最後の1人とも限らず、いずれも良質で画風もかぶるのに、なぜか1人だけが唯一絶対の地位で、当時の風俗文化の代名詞に君臨しています。

――経年と世代交代するうちに、評価が1人に集中したのはなぜですか?

読者の方は、この発言を声に出せば見当がつくでしょう。前3人が埋もれた理由は、名前の漢字が読めないからだと推測できます。語れず話題にできず、記憶に残せません。

――確かに、3人は字が読めませんねえ?

それとは対照的に最後の1人は、大人なら誰でも読めるし、中学生の大部分も読み間違わないでしょう。しかも、その名は全ての人に夢を感じさせます。図らずも、アイドル歌手のイメージ戦略と同じことが起きていて、ジャーナリズムのアナウンスで一極集中して・・・

――読めない漢字名の方が、逆にカッコイイという効果もあったりしませんか?

やはり無理です。例えば出版社の戦略。ベストセラーにする本を先に決めておく計画的な世界であって、著者が黒く重厚な表紙を望んでも、編集の判断で白になったりします。普通は、暗い緑色の背表紙だとまるで売れないそうです。そんな出版タブーのイロハのイが、「読めない漢字タイトルはダメ」というもので、書店で客が書名を言えないので、注文ができないのです。

――わざわざ難解な漢字名を名乗る美術家もいるから、それはどうなんでしょうか?

美術家の芸名である雅号(がごう)は、意味は難解でも読みは簡単です。珍しい漢字、また訓読みより音読みが雅号で好まれるのは、非凡で偉大な人物像を演出し、古色や年季をにおわす目的もあります。しかし庶民が発音できない漢字は通用しません。難読漢字が有効なのは、外国の人が買うTシャツの柄ぐらいでしょう。

――作品の評価は、立場や人間関係でも変わりそうですよね?

そこにも一定の法則があって、縁故を除けば、年齢の上下が比重として大きいと感じます。例えばゴッホに白けた昔の人と、感涙を流す今の人に、特に違いはありません。昔のあの時も意地悪軍団ではなく、絵心のある文化人たちでした。

――でもゴッホに何を思うかは、昔と今でまるきり違っていますが?

ゴッホに白けるか感動するかの分かれ目は、ひとつはゴッホとの年齢差でしょう。本人は前世紀に亡くなっていて(1853〜1890)、100年も後に生まれた私たちはずっと年下なので、巨匠として見上げる位置にいます。

――今ゴッホに心酔する人は、勝ち馬の権威に乗っているのではありませんか?

感動の内訳は計れませんが、権威というものは離れた年上で、しかもこの世にいないと安定しやすくなります。我々は今ゴッホとの距離がうまく取れる立場にあり、それはゴッホ以後のおかしな絵に慣れて、『糸杉』や『麦畑』が平気になったせいだけではありません。動かしようのない歳の開きが、安心を約束しています。歴史淘汰に混じる濁った成分です。

――当時で考えても、ゴッホはずいぶん早死にしましたね?

彼が37才で亡くなる少し前から画調に勢いが出て、ピーク前の上り調子で終わっています。しかし当時の40代、50代の美術愛好家は、大御所の出来ばえとの大違いに、あの無所属の青二才を扱うべきでないと確信したでしょう。恣意的で趣味的な判断しか出せない美術では、作品への好悪に人間の位置関係がダイレクトに出ます。経験則では、芸術はコネのない後世の年下のみが拾い上げるのです。

――ゴッホは思うように絵がかけず将来を悲観したと、今ではイメージされていますが?

純朴すぎたゴッホは、評価の俗な仕組みに気づかなかったようで、不評と無視に腐心、乱心し、殺人計画と自虐を起こしたとされ変死します。どうにか絵を続けていれば重鎮も引退し、評価の主導権が自分よりも年下に移って、晩年に見直される可能性もありました。親の遺産で20世紀まで生き延びたセザンヌはその通りを実現し、最晩年にかろうじてハッピーエンドに持ち込み、ゴッホと明暗を分けました。

――展覧会で俗世の評価メカニズムをかいま見たと、いつか書いていましたね?

美術館の小展示室は4室あり、個展は若造の私1人、他の3室は大勢が参加したグループ展でした。それらに属する画家も、暇つぶしに私の展示室を訪れます。・・・と、出品中の高齢の男性が1人、私の絵の批判を始めました。「画面内に異なる色が等しい強さで並んでいる。一つの色調で全体が統一されていないから、あれは間違った絵だ」と講釈して仲間に訴えています。

――具象のグループ展に囲まれて、三面楚歌でしたね?

ところが同じグループの女性たちは、あの部屋の絵はおもしろいじゃないの、と反論したのです。その女性たちを何とか改心させようと、男性は色彩論の教科書に書いてある制作ルールを説明し始めます。賛同するはずの女性メンバーが、意に反して若造をかばったので、さらに若造をこき下ろそうと力説する男性の声が会場に響いていました。

――男性は、なぜ隣室の作品の批判に熱を入れたのでしょうか?

無名の若造にやられたと思ったのでしょう。片やグループ展のハンディサイズの地味な小品、片や2メートル近い絵をそろえ、画圧の差は歴然としていました。押されたと感じて押し返そうとして、習得していた美学を武器にして、攻撃というか反撃を始めたと考えられます。

――仲間の女性たちは、なぜ敵に味方したのでしょうか?

たぶん年齢です。若造は20代半ばで、そこに情や母性が出たと思われます。もし相手が若造でなく女性並みの50歳や、男性並みの70歳であったり、男でなく女なら、そしてルックスによっても、反応は違ったことでしょう。作品よりも人を見てしまう美術では、珍しくない光景です。

――グループの女性より男性の方が、絵に関して威信があったのでしょうね?

初老男性はライバル視して張り合おうとし、中年女性は主婦や母の目で見てかばったのでしょう。彼女らは男性よりも絵への野心が小さかっただろうし、同業者をこきおろしたところで、自分は得るものがない立場だったのでしょう。

――そんな動機だったのなら、成り行きで別の展開もあったかも知れませんね?

会場オープン前の準備中に、初老の男性が若造に好感を持つ何かハプニング、例えば金づちの貸し借りでもあれば、別の言い方になったかも知れません。「各色対等の色づかいは、不思議な感じだねえ」「こういうやり方もあるのだねえ」とでも。しかし接触がないまま開幕となり、同人の砦に守られない若造は一人浮いて孤立していました。

現代美術とCGアートの疑問と謎 もくじへ 現代美術とCGアートの謎と疑問に答えるQ&A もくじ
電子美術館へ戻る 電子美術館へ戻る
Copyright(C)2005 21SEIKI KOKUSAI CHIHO TOSHI BIJUTSU BUNKA SOZO IKUSEI KASSEIKA KENKYUKAI. All Rights Reserved.