| 現代美術とCGアートの謎と疑問に答えるQ&A もくじ | |
12 青銅器で知る芸術の進歩と時間変化 |
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2006/10/27 |
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――文明の進歩どおりに芸術は進歩しないとは、どういう意味ですか? 古美術を年代順に見ると、右肩上がりの進歩ではありません。古いほど彫りが深くて力強く、新しいほど浅くて弱々しいなど、むしろ逆進的で退歩して見える例が目立ちます。これは別に新発見ではなく、「芸術は文明と反比例する」「時代に逆行する」という見解が昔からあります。特に文壇の美術批評に、この見解が多かったようです。 |
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――美術の時間変化には、決まったパターンがあるのですか? @黎明、A上昇、B全盛、C衰退という大まかな流れがあります。ちょうど音響学で、ピアノの鍵盤を叩いてピーンと鳴らした時に、音の発生から消滅までの音圧(デシベル値)をグラフにした、@アタック、Aディケイ、Bサスティン、Cリリースの4段階がつくる過程にイメージが似ています。 |
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――具体的には、美術はどのように時間変化していますか? 前に話に出した、中国の古代の青銅器で考えます。青銅器は、4000年前に製造が始まる銅製の器です。用途は酒や肉料理を入れて煮炊きする調理器具が主で、表面に彫り込まれた凹凸紋様が最大の特徴です。その多くは遺跡の土中から掘り出され、緑色に腐食していますが、博物価値よりも美術価値が高く、日本にも充実したコレクションがあります。 |
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――製造が始まって以来時間がたつにつれて、それが4段階に変化したのですね? 王朝で区分した、@夏(か)、A殷(いん)、B周(しゅう)、Cその後が、ほぼ4段階に当てはまります。黎明期の@夏の青銅器は、基本アイデアの方向は決まったものの、試作の迷いがあって線が細い感じです。次に上昇期のA殷の青銅器は、線が太く彫りが深くなり、荒さと繊細さがほどよく調和します。自信に満ちて、洗練も始まっています。 |
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――そして安定した時期を迎えるわけですね? 全盛期のB周の青銅器は、様式洗練を終えて、余裕の造形で満点がつく完成度を誇ります。と同時に、規格化と爛熟(らんじゅく)の気配が忍び寄っています。衰退期のCその後の青銅器には、お決まりの型をなぞった惰性と手抜きが表れます。寸法精度が過去最高に達した割には、見るからに平板で眠い感じで、市販のみやげ品にありそうな趣です。 |
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――日本の美術でも、同じように変化した例は何かありませんか? 仏像がそうです。話題の聖徳太子が関わったとされる法隆寺に現存する初期の仏像は、見るも濃い造形なのに対し、時代が下った仏像はのっぺりして薄味です。具体的には、衣のひだの彫りが浅くなり、段差が低く陰影があまり出ません。顔もツルンとコケシのようで、最低限の労力で手っ取り早く作ったかにみえます。造形を略して記号化した感じ。 |
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――伝統美術が後年になって、出来が落ちていくのはなぜですか? 世代交代による制作モチベーション低下が思いつきますが、それならなぜ@からABにかけて、世代交代で出来が良くなるのか説明できません。進歩は正比例でないかわりに、反比例でもないのです。私の実感ですが、ひとつのオリジナル形式には、到達できる頂点が存在し、そこを過ぎるとどうやっても落ちていく宿命があるように思えます。一様式にひとつの一生があり、旬も衰退も免れません。作風が上がって下がるのです。 |
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――仏像の場合、拝む人たちが時代につれ陰影を嫌ったとは考えられませんか? それは、作者が決めるか受け手が決めるか、という観点だと思います。結果的には、作者と受け手は同時に下がっています。産業社会が重厚長大から軽薄短小へ向かうにつれ、軽く浅い美術が好まれた衰弱説を考えますが、作者も同じ文明の空気を吸って好みは同調したでしょう。文明と文化が逆進するメカニズムは、案外単純かも知れません。 |
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――美術より先に、音楽で4段階の変化を見つけたそうですね? ポピュラー系の音楽グループの発展順序が、どれも似たパターンだと気づきました。発表していくアルバムの内容が、黎明、上昇、全盛、衰退の順にわかりやすく変化するケースが多いのです。ただ4つの時間配分は、グループごとに違いますが。 |
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――音楽の場合、傑作はもっとデビューから近い日にできませんか? 確かに初期の緊張した期間に名盤が多く、最高作がデビュー盤であったり、デビュー数年内に集中する傾向もあるようです。その後は曲作りが流ちょうに手慣れ、しかし駄作も現れます。衰退が始まる変化は皆似た傾向で、飛躍のない堅実な曲調に変わり、一曲の時間が長く延びます。全体にすっきりした美音で、単調で冗長になり、引っかかりなく流れ去って耳に入らず、抑揚のない眠くなる曲が増えます。 |
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――ところで西洋の20世紀美術ですが、そのピークはいつだったのですか? 作風バリエーションは増え続けていますが、内容の濃さは1930年代がピークと思います。第一回シュールレアリスム展の効力が大きく、超現実的、非現実的な作品が花咲きました。同時に、ゴミをゴミとして投げ出す廃棄物展示も完成しました。それから50年もたって廃棄物アートブームが繰り返したように、美術全般は爛熟と希薄化に傾いていきます。 |
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――1930年代に、モダンアートが濃くなった理由は何ですか? 当時のヨーロッパ事情が考えられます。ドイツ、イタリア組とイギリス、フランス組に大きく分かれ、鋭く対立していました。どちら側につくか迷う国もあって、軍事紛争も起き、亡命も始まっています。この危ない国際情勢で、各ジャンルの芸術家たちは暗黙に団結し、怒りの制作で訴えて・・・。こんな背景が、1930年代の重く深い絵画にあります。 |
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――二次大戦が迫り来たせいで、美術の密度が高まったのですか? それも、戦争情報による刺激という程度ではありません。美術家自身が秘密警察に暗殺される危険があったから、絵を1枚かくにも本気度が違ったのです。戦後は緊張から解放され、美術も平和を取り戻します。 |
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――今という時代は、自由な制作天国になっていますか? ラジオの音楽番組で、突飛な曲を集めた特集をやると、必ずある感想が寄せられます。「昔の方が奇想天外が許されているので驚きました」と。同じように、昔の映画や漫画の中には今の禁制に触れて、ソフト販売できない作品もあります。例えば、ウラン放射線の後遺症で主人公が苦悩する未来SFだとか。今なら表に出すのは無理。落語にも今では放送できない噺があります。内容に問題はなくても言葉などの細部がアウトで、それではと今からリメイクすれば制限は昔よりきつくて、成果の自由度は下がります。 |
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――美術に限るなら、今が一番自由だと思いたくなりますが? わからない作品が現れたとします。一昔前にはわかろうとする人が少なからずいました。しかし、わかる範囲だけを相手にする割り切った空気で、美術はけっこう保守主義に戻っています。悩み考えるのを嫌う世の流れに、作品はやっぱり応じてしまって。何を作ろうが迫害は受けなくても、認可しないスルーの範囲が拡大すれば、そうそう自由な創作は生まれないでしょう。これは、先の音楽や映画の見えない制約と似た効果になります。 |
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――でも昔は絶対あり得なかった、激しく過激に過ぎる美術も出てきましたが? 惨殺死体の展示や、秘所と汚物を見せるパフォーマンスもそれに当たるでしょう。しかしそれも、真っ当に何かを作っても顧みられないキャパ萎縮への不満の叫びに聞こえます。騒ぎでしかアピールが通じない状況は、これはこれで時代の不自由だろうと。 |
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――既成の概念を超えて、やっと衆目を集められるのが現状なのですか? まあ、その元ネタはスプラッター映画やアダルト・ビデオだから、そっちの分野では既成です。別分野からアートに転用して、やっとサプライズを獲得している状態で・・・。そしてA上昇、B全盛に当たる作品が枯れぎみな点で、様式の多くがC衰退の段階にあると推定できるわけです。 |
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――青銅器のような、4000年後にも通用する長寿の美術には、どういう特徴がありますか? 珍しく、強く、排他的、です。3つのうち2つがあれば400年、1つだけなら40年、どれもないと4年の寿命、という仮説を考えました。普通に作ったものは、40年程度で内容的寿命が来るようです。2度の世代交代の間に、見る人が感興を起こさなくなります。 |
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