現代美術とCGアートの謎と疑問に答えるQ&A もくじ
電子美術館のQ&A

15 美術のメセナはゴッホを拾えるか

二十一世紀国際地方都市美術文化創造育成活性化研究会
2007/3/14

――メセナとは何ですか?

民間企業による芸術支援です。なじみ深いのは音楽で、地域交響楽団への助成、コンサートホールを建造したりパイプオルガンを設置、あるいは一部のジャズ祭の後援など、元来採算が難しい方面です。古美術の調査研究などもあります。そんな中、若い無名を支援しようという現代美術を対象としたものもありました。

――県立や市立美術館の活動では、不足なのですか?

公立美術館には、ニュー美術よりもレトロ美術を優先する不文律がありました。この点では不足です。ただこれは常設展示室の「壁面権」といえるもので、ニュー美術とて禁制ではなく、企画展示室で公開できます。そうした何でもありの美術館に対して、かえって企業メセナはフィルターが裏目に出て、必ずしも優位にならない落とし穴があるのです。

――メセナが、どこで失敗するのですか?

未来に残る作品を拾えません。

――歴史が浅いのに、どうして未来に残らないとわかったのですか?

その浅い歴史よりも足が速いからです。

――どの部分でそうなるのでしょうか?

一口で言えば、ゴッホを支援せず、反対側を支援してしまいます。

――それは、人類の普遍的な行動パターンでしたね?

人はリアルタイムに「技量」や「時代の空気」は読めても、「芸術性」「永遠性」は読めませんでした。「時代が消費する逸品」と、「時代を超えて残る逸品」の判別ができなかったのです。その壁越えまで含めて、新しい現代美術メセナの動機があったはず。何かを進歩させようと考えたのは確か。しかし従来の支援と似た結果でした。

――なぜメセナは、従来と同じ結果になるのですか?

従来との違いを出そうとしないからかも知れません。ひとつは従来の考えを捨てないからです。例えばゴッホは何者だったのか・・・。従来の美術ファンは、「ゴッホは抜きん出た技量の画家」だと思っています。うまい画家、優秀な人だと。この解釈を元に、何をやっても昔と同じです。

――ゴッホを上手な画家と思う人など、今時いるのですか?

今日の価値観が何となく暗示します。駆け出し画家へのほめ言葉「よく描けている」は、ゴッホもカバーする意味で使われます。もちろんゴッホは当時、「描けていない」画家以外の何者でもありません。当時の人はこう感じました。「本職でこの絵はないだろう」。

――その代わり、ゴッホは既成の概念を超えていたわけですね?

次によくある解釈は、「ゴッホは時代の先端を行く斬新なパイオニアだった」です。しかし当時の人は絵を見て、「わからない」とは感じず、「わかりきっている」と感じました。「超越」ではなく「水準以下」、「画家について行けない自分」ではなく「時代について行けない画家」だと確信して。ゴッホは既成の標準レベルにすら届かない、低い人に見られていました。みるべき新鮮さがないどころではない、ショボい画家。

――彼が稚拙なりに注目されていたとの話も見ますが?

第三に多くみる解釈は、「ゴッホは悪評をあびた個性派」です。しかし当時の人は絵に個性を感じなかったので、悪評をあびせていません。人は普通、没個性には怒りがわかず、攻撃しないものです。「怪作」ではなく「駄作」とすぐわかり、粛々と却下したまでのこと。「問題作」ではなく「問題外」として、時代の対応にぶれはありません。ゴッホにピリッとしたものは感じられず、訴えてくるものが弱い、特筆に値せず将来の見込みもないと、皆はしっかり「見抜いて」いました。

――ゴッホは、全く理解されていなかったのですね?

「無理解」という語も間違いの元です。ゴッホは「くだらん勘違い画家」として、ゆるぎなく理解されていました。

――当時理解されていたのなら、なぜ今は逆の扱いなのですか?

当時はあれで理解でした。「当時は誤解され、今は理解されている」と言ってしまうと、今の方が理解力がある印象を与えます。あれは終わった話で、今ではもう起きないと言いたげです。しかし我々は今だって普通に絵を見ても、何を感じ何を言うべきかが見つからず、ほとんど対応できません。業界でどういう評価なのかを、専門家に聞かないと困る点も昔どおり。

――ではゴッホは、いつ誤解されたのですか?

絵は一度も誤解されていません。当時は理解されて否定され、今は理解されて肯定されているだけです。途中で誤解がとけたのではなく、常に「それなりの理解」の上で処理されています。当時の人たちがしっかりと理解している実感を持っていたのに対して、何をどうしろと。「誤解された作品を拾う」という着眼が収穫できないのは、この原理です。こうした重要事項を整理しておかないと、現代美術メセナは金鉱探しに終わります。

――金を探して、何がまずいのですか?

必要なのは既知のゴールドやプラチナを掘ることではなく、新元素の発見です。単純に黄金探しをすれば、当時でいう腕達者な、今でいう描けている作品に照準が合うだけ。ゴッホと逆の立場を、せっせと手伝っているだけの話です。

――当時のフランスは、なぜゴッホの絵を拾わなかったのですか?

ゴッホの絵は、うまい絵でもないし、革新的な絵でもありませんでした。絵心がないし、時代の先鋭でも新鋭でも気鋭でもない。何にもない人。話題性やサプライズもさっぱり。絵にも作者にもオーラが皆無。響いてくるものナシ。そういう取りえのない画家は、いつの時代にも居場所がないのです。当時の人が欲しい絵、感動に値する優れた絵、時間空間の脈絡に合う魅力的な絵を、ゴッホは描かなかった。そんな役立たずでKYの画家に、誰も用はありません。

――うまくないし、新しさもない、そんな絵が今なぜ最高級のお宝なのですか。

簡単なことで、芸術は「うまい」「新しい」のどちらでもないからです。そんな単純なことではないのに、みんな単純だと思っていたので全滅した・・・。時間がたつと、うまさと新しさともに心に訴えなくなり、絵の見え方が全く違ってきます。全く変わるのです。全く。全然違う見え方になる。全然。すっかり変わる。すっかり。その結果、当時の優秀な保守絵画と、実力ある革新絵画の両方が沈み、どちらからも仲間はずれのゴッホが浮かび上がる番狂わせが起きました。

――ゴッホが落選の常連だったことも、知らないファンが増えていますね?

「名作はニュースの中にいる」「高い芸術は評価も高い」「売れ線の中で一番売れると巨匠になる」という、ある意味順当な思い込みです。当時ゴッホの反対側を扱っていたジャーナルも、こうした実績重視をきちんとわきまえていました。今、その逆をやっていない限り、成果も当時と同じです。

――結局ゴッホは、時代から全くはみ出していたのですね?

そういう感もありますが、実はその解釈も要注意です。時代から全くはみ出たトンデモ画家は、他にいたからです。古典筋から「無感動」と悪口を言われ、前衛筋からも「行き過ぎ」と風当たりのあった奇才は、ゴッホとは別にいて歴史に消えています。「ゴッホは否定された」と言いましたが、厳密には関心が向けられずノーマーク、無視だったのです。「ええっ、こっ、この絵はいったい何なんだあ」とはなっていません。「うん?、つまんないね」で終わり・・・

――とにかく、周囲がダメだったことはわかりますが?

周囲は普通に立派で、美術の見識が高い人が固めていました。世に「誤りを認めないお役人」なる言い方がありますが、これがヒントです。誤りがないと信じる人は、誤りを認めない人ではありません。同じ原理で、ゴッホを能なしと確信した人を、なぜ価値を認めなかったのか責めても無意味です。ゴッホは公には特に誰からも叩かれず、意地悪や妨害もごく局地的で、陽の当たらない無名の生涯を閉じました。

――ゴッホの相手をしたのは、せいぜい身内ぐらいだったのですね?

ところが実の弟も、兄の絵には関心がありませんでした。

――ゴッホの兄弟愛は、有名な話ですが?

収入のない兄に、弟が生活費を送ったからでしょう。 しかし兄の死後、遺品の『自画像』『浮世絵』『アイリス』『ひまわり』『教会』『はね橋』『糸杉』『麦畑』などを、弟はまとめて廃棄物処理に渡しています。改めて絵を見て、華があると思い価値を感じたなら、兄の意志を世間に伝えようとリベンジに燃えたことでしょう。その行動はなかった・・・

――絵にうとい素人には、良し悪しはわからなかったのでしょうね?

弟の職業は画商でした。この仕事で仕送り可能な収入があったおかげで、ゴッホが使った絵の具は良質の高級品らしいのです。

――弟が出資した画材だったのに、形見にならなかったわけですか?

遺族となった身内の買いかぶりからも外れたサイテーの絵は、遺体と同様に土に帰ろうとしました。このように、10人が10人とも歯牙にもかけない馬の骨、そのクズ作品に、いったい誰がどう関わる覚悟なのか、それが今回テーマへのひとつのヒントです。

――歯牙にかからない作品など世の中に多すぎて、拾いようがありませんが?

だから、ゴッホ同然の地道な美術家はいつも地道です。今どき、勝負師の美術家は、うかうか制作に没頭しても浮かばれないと知っていて、人を振り向かせる雑多な活動に重点を移すでしょう。具体的には文学執筆や歌唱。メディアプロモーション、ショッキングイベント、スキャンダル・・・。マルチタレントの道もそうです。

――だったら、歌って踊らなかったピカソは、どうして世に出たのですか?

パトロンです。よく聞く話ですが、パリ市には無名の芸術家を拾って世に出す資産家が、何人もいたそうです。売れないピカソの作品を買い上げ転売し、世に紹介した者(主に女性)がいました。似た契約を結ぶ画商も現れます。いずれも名が残り、芸術家たちの伝記に登場します。

――それを企業がやれば、まさしくメセナになりますね?

パリ市の企業なら、できるかも知れません。

――そこにも、お国柄の差が出るのですか?

フランスでも日本と同様に、異色は嫌われます。「異色よ出てこい」と言って、出てくれば相手にしません。言うだけ。しかし特異な価値観を持つ実力者もいました。ピカソに描かれたパトロンも、クセの強い人だと伝わっています。市民全員が完全な一色ではなく、例外がいて穴になっていたのです。異色を排除する足並みがみんなでそろわず、おきて破りの反社会的な分子が市内にいました。違いはここ。

――すると堅実なメセナよりも、おきて破りの趣味に走る方が、穴があきやすいわけですか?

実際がそうです。昔からゴミにみえた中から傑作を拾った人は、美術に深い造詣があったタイプではなく、自分の好きに動いたタイプでした。教科書片手に、あるいは相談し合って個性を見つけるのは、実際には起きないことです。

――日本にも、美術に入れ込む資産家はいますが?

日本で実力者が美術に関心を持つと、一番高名な画家に納入させたり、オークションの落札額で最高新記録を目指すような方向になりがちです。実はパリ市にしても、主流は同様といえますが。

――どうしてそうなるのですか?

知識の中で、ゴッホの正体を間違えた可能性も考えられます。「大画家」「巨匠」「歴史の偉人」「炎の芸術家」「抵抗する魂」「闘う情念」「狂った天才」など、当時の人が実際に見て感じた体験とかけ離れた後世の「ほめちぎり」では、過去と現在の距離の取り方がつかめません。あの時代のどれどれが、今のどれどれに相当するのか、教訓が出てこず学習にならないのです。

――万事休すですね?

「数撃ちゃ当たる」の発想が残っています。この方法はニューヨーク近代美術館がとっていますが、手段はもうひとつあって、例えば美術館がコレクションを持たず、全館貸し展示室とする運営がそうです。

――イベント頼みの貸し会場方式は、文化の貧困の表れと叩かれてきましたが?

むしろ作品をしっかりチェックし厳選したあげく、反ゴッホに向かいがちの過去をみれば、フィルターがずさんゆえに芸術を通してしまい、6日間だけでも偶然置けるかも知れず、脈を残した方法といえます。しかしここにも落とし穴はあって、ちょっとした審査で「うまい」「新しい」のどちらでもないゴッホが通過せずに終わる細い道です。

現代美術とCGアートの疑問と謎 もくじへ 現代美術とCGアートの謎と疑問に答えるQ&A もくじ
電子美術館へ戻る 電子美術館へ戻る
Copyright(C)2005 21SEIKI KOKUSAI CHIHO TOSHI BIJUTSU BUNKA SOZO IKUSEI KASSEIKA KENKYUKAI. All Rights Reserved.