| 現代美術とCGアートの謎と疑問に答えるQ&A もくじ | |
20 ヒトラーの絵とポップアート |
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2007/8/22 |
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――以前どこかの美術館で、ポップアート作品の購入をめぐって反対騒ぎがありましたが? リキテンスタインの『漫画絵』がそうで、新しい表現だとする美術館と、漫画の拡大では価値がないとする反対意見が対立しました。 |
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――どちらの意見が正しかったのですか? どちらも正しかったと思います。 |
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――ということは、「新しい表現だが、漫画の拡大に価値なし」という意味ですか? そこには、続きがあります。現代美術のひとつの成果は、美の裏返しをスイッチオンにしたことです。「新たな美を作りました」ではなく、「作りません」へと発想を転換した、「そこまでやるか?」が画期的なのです。 |
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――ポップアートは、どういう美術だったのですか? 初めてアメリカが主導した新興美術で、創造(クリエイト)を否定する運動のひとつです。手法は、スーパーマーケットで買った缶詰のラベル模写や、新聞紙面や枯れ葉を額に入れたり、缶ビールの実物そのままの彫刻など、生活用品や自然物を多用。「ありふれた物を美術に転用する」が当初のねらいです。 |
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――運動の流れは、いつ頃からあったのですか? 源流は、20世紀初頭フランスのダダ運動でしょう。廃物の彫刻があります。「レディーメイド(既製品)」と称する、便器のオブジェも流れをつくっています。ゴミ類を持ち込んだシュールレアリスム展も直系。1960年頃に古タイヤを積み上げたり、1980年代にジャンク家電を並べ砂利をまいた展示もリバイバルです。 |
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――あんな誰でもできることがありなら、何だって芸術だと言えますよね? 「何だって芸術になる資格がある」可能性に、ポップ画家も言及しています。芸術家は「無いもの」を創作します。ところが「有るもの」を持ち寄っても、表現は成り立ちます。「創造しません」の表現。現にリキテンスタインの『漫画絵』も、市販の本や新聞から拾った他人の絵です。本人の漫画だとの誤解がみられますが、本人はパクッた絵を拡大しただけ。つまり当初は一種の「何ちゃってギャグ」だったのです。 |
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――そんないわくつきの作品を買って、意味があるのですか? その質問に答が出ていて、美術館は「美」ではなく「いわく」に出費します。美の出来ばえで中味がどうこうではなく、話題性をパッケージした過去形を、丸ごと入手するわけです。反対論側は、この論法についていけなかったと思われます。 |
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――しかし美しくないものを飾っても、やがて化けの皮がはがれませんか? 「いわしの頭も信心」の格言が助けます。どんな物でも由緒に思いが高じれば、いくらでも優れて感じる意味です。「ショパンが弾いたピアノ」や「ビートルズのアルバムジャケット写真のギター」が超高値でも、美音が鳴るから高いとは誰も思わないでしょう。 |
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――美音が聞こえない絵は、それこそ裸の王様になりませんか? そこは美術。付加される伝説が美音をかなで、立派な服を着せます。第一に『漫画絵』は具象なので、人々はスッと入り、いくらでも深読みします。「これぞ20世紀の神」「作品は宇宙の新たな地平だ」と誰かが言い出しそう。人の家に置くのと違い、公的な美術館に置くとイマジネーションは勝手に広がります。ポップアートは当初から、美術館が作品の保証人になる効果をコンセプトに含めていました。 |
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――ピカソのような古典的な画家は、ポップアートに反対したのですか? 意外ですが、アイデアはピカソの方が先です。新聞、雑誌の切り抜きをキャンバスに貼りつけたり、道具を組み合わせた彫刻や、魚の骨を型取った陶芸、雄牛の骨を転用したオブジェも知られます。 |
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――先人がいるなら、ポップアートは何が独自色だったのですか? そこも逆で、独自色のなさが最大の特色です。ダダ運動以来のヨーロッパ美術家が日用品を転用しても、常に美のエスプリはついて回りました。何をやっても、ある種の重さ、深さがにじみ、芸術的な味と香りを帯びます。例えば、ガラクタ細工で有名なマルセル・デュシャンの『大ガラス』は、実に濃密でエレガントです。 |
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――言われてみれば、ポップアートはドライですね? あっけらかんと軽いのは、アメリカ育ちのせいもあったでしょう。神秘も陰影も情緒もなく、天真らんまんです。登録商標や固有名詞をまんま写す屈たくのなさも、ヨーロッパと異質のアメリカン・フィーリングで、当時建国200年さえまだ先の、若いお国柄の反映でしょう。 |
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――購入騒動では、美術館に何かまずい点はなかったのですか? 1点買っても寂しく、ポップの性格上「こんなのもある、あんなのも」とまとまったコレクションが期待されました。しかしもう高騰して、買うのが遅すぎ。高額になった後では、勝ち馬乗りと見分けがつかない後出しジャンケンが、成金趣味だと批判されるでしょう。 |
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――好景気の頃は、ずいぶん絵の価格が上がりましたが? 日本人が高値を喜んだせいもあります。海外オークションに古い日本洋画が出た時、本命の日本の美術館と競り合う勢力が現れました。安いより高い方が満足する日本側の心理が読まれて、値をあおるサクラが当てられたのでしょう。 |
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――オークションといえば最近、ヒトラーの絵にたいへんな高値がついたそうですが? こちらの超高値が意味するものは、大勢がわかっています。美へのあこがれではなさそう。人類史上最悪の人物、最多の人数を殺害したとされる政治家の男が、どんな絵をかいたのか、好奇心が高値の理由です。 |
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――買う人がいるなんて、何を考えているのでしょうか? 市販漫画の拡大といっしょです。美の出来ばえの次元で中味がどうこうではなく、話題性をパッケージした過去形を、丸ごと入手するわけです。 |
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――やはり絵の売買に、批判が起きたそうですね? 絵画という国境なき平和な娯楽と、一連の国粋政策や大量殺りくとの落差がありすぎて、世界中の人がヒトラーの価格高騰に心外です。しかし捨てられない資料で、しかも世界一の悪玉とくれば、値段も世界一に向かうのが美術。 |
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――ヒトラーの絵は、そもそも傑作なのですか? 凡作です。独自性がありません。だから当面は名作でなく、有名作となるはず。遠い将来には、価格でゴッホやピカソを抜くでしょう。 |
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――高値イコール優れた創造なのだと、うのみにする人が現れませんか? 「いわしの頭も信心」は必ず起きます。「ヒトラーは20世紀芸術をリードした天才画家だった」などと、小説や映画でウソ話が描かれ、それをソースに信じる人は出るでしょう。ただし当面は歴史の目撃者が生存中で、「いわく」も隠されはせず、絵への注目は話題性だと理解されるでしょう。 |
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――ヒトラーの、肝心な作風はどういう感じですか? 歴史資料扱いの昔、何かの本で見ました。よくある具象でした。今見ると、建築透視図のような絵が多く、普通に古典的なスケッチをこなした感じです。特筆すべきは、風景画がほとんどを占め、人物画がわずかな点です。 |
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――ヒトラーに、画才や絵心はあったのですか? 画家としては平凡ですが、門外漢に比べればもちろん格段に器用です。美術学校の受験に自信があったようで。しかし注目すべきは、当時前衛のモネやルノワールの印象派を嫌っていた点です。後に国家元帥となった彼は、ダメ作品をさらしものにする「退廃芸術展」を催しますが、ダメ作品とは前衛を指し、当然ゴッホも入りました。ユダヤ系のシャガールや純粋抽象のカンディンスキーなどを侮辱するイベントです。察するに、ヒトラーは規律正しく凡庸な絵を愛するアカデミズムの人です。 |
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――絵の腕前は水準以上、との見方もあるようですが? 落とし穴があります。当時と今で、全員のやることが違うからです。近代の絵より細部まで筆が入っているのは、カメラが出回る前だからです。例えば車の運転免許試験では、昔は曲げ棒でエンジンをかける課題や、Sカーブをバックで走る課題がありました。今の人は課題にないからできないでしょう。この時代変化をよそに、昔の免許受験者の一人に光を当てて、偉いなあと感心しても意味がありません。 |
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――見る人の最大の関心は、絵に狂気が宿っているかだと思いますが? 絵のどこにも、何かを訴える気持ちさえ芽生えていません。真面目なモラリストであって、創作面では守旧で飛べないタイプ。ユニークの語とは逆方向の人です。むしろ、他人の個性をあまりに激しく嫌った点が特異でした。 |
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――ヒトラーが絵をかいた当時の美術界は、どんな様子でしたか? 今からちょうど100年前、美術は保守と革新の開きが極端でした。若きヒトラーが美術学校の入試に最初に失敗した同じ1907年に、8歳年上のピカソは『アビニョンの娘たち』をかいています。これが事実上、抽象絵画の号砲です。 |
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――ヒトラーとピカソは、美術で関係があるのですか? この30年後の絵画『ゲルニカ』は、ピカソの出身国スペインの町がヒトラーの指令で空爆された被害の抽象化でした。フランスはヒトラーに降伏し、あやつり状態(いわゆるヴィシー政権)となりますが、ピカソは他の芸術家のようには亡命せず、パリに居着きます。 |
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――ヒトラーの人生の解説で、絵が大きく取り上げられるのはなぜですか? 本職の画家を目指すも、美術学校の入試に2度失敗し、結局断念して劣等感と復讐心が残り、人生のターニングポイントになったとみられるからです。彼は後に「自分の出世と国の躍進が陰謀で妨害されている」との被害意識を持ち、「世直し」のために政界入りします。 |
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――それにしても、人物画が少ないのはなぜでしょう? 不得意だったからでしょう。人のクロッキーは雑すぎるほどで、建造物でみせた念入りな描写との落差がかなり目立ちます。 |
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――もしヒトラーが世界から愛される人だったなら、それでも絵は同じ高額になりますか? 宿敵のイギリス首相チャーチルの絵も、確かに高額です。しかしヒトラーの破格の高額は、史上最大の犯罪という古今東西にわずか一人だけが該当する、極めて珍しい「いわく」が理由です。 |
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――美術界の番狂わせというか、芸術の意味を曲げたりは起きないのですか? 当時皆がやったスケッチは消えたのに、ヒトラーのみアートの殿堂入り。「何だって芸術になる資格がある」の現実化です。そして、後世に価格と内容を整合させる心理がはたらくだろうから、「これぞ20世紀の悪魔」のキャッチも消され、しれっと芸術家の仲間入りもありうるでしょう。『漫画絵』が他人の漫画を拡大したおふざけだった事実を書き換えて、真摯な芸術探求者の文脈になじませる私たちの心理と同様。「ねえ、大芸術家のヒトラーって、政治にも手を出したって知ってた?」「へえ、そうだったんだあ」・・・ |
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――それにしても、どう解釈すればいいのでしょうね? 「でっかい事件を起こして絵を歴史に残そうぜ」という、画家なら一度は話題にするジョークがあります。これをジョークに終わらせず、殺人工場をフル稼動させてまで絵を歴史に残した、「そこまでやるか?」の極致と解釈します。 |
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