現代美術とCGアートの謎と疑問に答えるQ&A もくじ
電子美術館のQ&A

22 ジクレーとポップアート

二十一世紀国際地方都市美術文化創造育成活性化研究会
2007/12/31

――大衆のための美術という言い方がありますが、どういうものですか?

平易、くだけた、本気でない、などのイメージがありますが、やはり大衆向け美術といえば1950年代イギリスに始まり、60年代アメリカでブレイクした「ポップアート」が有名です。スタートモチーフは商業デザインの美術化でしたが、主張の大筋は「何だって芸術になる」で、美術を俗化し難しさをやわらげる拡張だったといえます。

――従来の美術は、何がそんなに難しかったのですか?

例えばゴッホの『ひまわり』は、明るく鮮やかな黄色なのに独特の陰うつさがあって、陰陽が反転したり分裂して感じる不思議を前に述べました。しかし模範的な芸術絵画では、陰陽の一方しか感じない人も増えます。「明るい絵ですね」「暗い絵ですね」のどちらか一方。極致のゴッホはまだわかりやすい方で、もっと微妙な画家がたくさんいて、美術鑑賞が地味で高尚な理解しがたい世界になっていたのです。

――ポップアートは、美術から芸術的成分を差し引いたのですか?

一面的にはそういえるでしょう。ひまわりをポップ式に表現するなら、花の実物を採取して額に入れたり、園芸店で買ったひまわりのタネの外袋を映写機で拡大します。

――見る人は「アホらし」と思いそうですが?

このアホらしさが時代の空気にマッチし、大きな運動に発展しました。一過性と言われますが、影響はかなり強く広範だと感じます。ただ、土台がヨーロピアンではなくアメリカンカルチャーだった点は、ポップアートを語る時に欠かせません。

――根本的に創造性が欠けている気もしますが?

それもポップの作戦に織り込み済みです。誰のイラストかわからない市販の商品パッケージを拡大した絵が、美術館に入り人々が感激する。これは、右も左もわからない人を公的施設の権威でひっぱたく図です。スキャンダルで上がってしまえば、尊敬は後からついてくるという、大衆向け情報操作ともいえます。この開き直った発想も、後進へ強い影響を与えました。

――大衆美術の「大衆」の意味も、考えさせられますね?

ポップアートには、わかりやすさ以上にアピールしやすさがあります。ゴッホの『ひまわり』より、ポップの『ひまわり』の方が大衆にアピールします。作る側も半分おふざけなので、軽く、浅く、ヒョウヒョウとした作品が中心です。深く頭を下げたら、釣られています。上人の感涙、いたずらになりにけり・・・

――でも芸術的な成分を削った美術なんて、長期のハンデになりませんか?

実はポップの「青空絵画」への好感度は意外に高く、平坦で悩みのない美術への需要はあるのです。対してヨーロッパ伝統を継ぐ絵画は「曇り空」や「夜空」が中心で、作者の思いや悩みをぶつけ、社会問題を背負ったような、とにかく起伏の激しい深刻で重い作品が目立ちます。ポップアートは、そこが正反対。スッキリくっきり、悩みなし。

――西洋美術に特有の、あの暗い作風をいやがる人は確かにいますね?

エジプトから近代までを並べた美術史の名作は、ポップの明るく陽気な世界とは逆です。特に子どもの目には気色悪く映るので、中学で美術史の教科書を見て、美術への軽い嫌悪を持ち続ける人も多いはず。こうしたヨーロピアンの「陰」に対し、ポップアートは「陽」です。

――ポップアートの最大の功績は、その陽気さですか?

ポップアートのポピュラーたる成果に、版画の一般化があります。美術が庶民に届きにくいのは、俗な次元で価格の高さも一因です。「高額すぎて関係が持てない・・・」。ところがポップの美術家は、シルクスクリーンで廉価な作品を大量に作ったので、今もあちこちで買えます。

――マリリン・モンローの顔のあれですか?

写真家の発表済みブロマイド写真をトレースして塗り分けたと思われますが(編集注:映画『ナイアガラ』用プロモート写真)、あの軽快でデザインライクな画風はシルクスクリーンの特徴です。以降シルクスクリーンは、ありふれた技法になりました。日本では中学美術の教材に使われ、またパソコンの年賀状ソフトが普及するまで、年の暮れを席巻した印刷玩具もシルクスクリーンでした。

――パソコンによって、版画の世界も変わったそうですね?

コンピューターが加勢する版画もあります。シルクスクリーンで絵を布に写し取る工程を、製版カメラとソフトウェアで行う方法とか。

――電子版画というジャンルもありますね?

プリンター印刷美術のことですが、特に超高画質のジクレー版画の台頭が目立っています。

――時々聞くジクレーという技法が、もうひとつわからないのですが?

それも当然で、ジクレーは技法の名称ではありません。インク吹き付けプリンターで出した印刷物の絵をジクレー(フランス語で吹き付ける意味、スプレーと関連)と呼ぶので、原画の作り方には言及していないのです。

――原画はどうやって作られるのですか?

ジクレーは、画像データをインク吹き付け印刷したものです。画像は具体的には、油絵、水彩画、クレヨン画、鉛筆イラスト、サインペン画、水墨画、書道、コンピューターグラフィックス、また写真も使えます。油絵ジクレー、色鉛筆ジクレー、CGジクレーと、頭に技法をつければ意味が通ります。

――するとジクレーには、撮影前の元絵が必ずあるわけですね?

コンピューターグラフィックスだけは元絵がありません。CGは何かの複製ではなく、印刷して初めて手にできます。他のジクレーは物体の作品が最初にあって、それを撮影する作業が生じます。

――ジクレーにできない絵は、何かあるのですか?

ありません。目に見える万物は、全てジクレー化できます。

――それならジクレー作家とは、どういう人なのですか?

何でもジクレーにできるから、人類全員がジクレー作家だと言うことさえできます。早い話、誰でもジクレー工房に何か絵を送って料金を払うと、職人がスキャナー撮影して画質を調整し、印刷してカットして額に収めて、元絵とともに送り返してくれます。

――今いる人は、全員がジクレー作家になれるのですね?

いない人もジクレーを出せます。例えば、ゴッホが亡くなった117年前にコンピューターはないし、インクプリンターもありません。なのにゴッホのひまわりのジクレー絵画がちゃんと売られているのは、最近になって彼の油絵を撮影して、インクプリンターで印刷した業者がいるからです。

――パソコンで作った年賀状も、ジクレーの一種と聞きましたが?

定義上は、インク吹き付けプリンターに限られます。カラーレーザープリンターだと、ジクレーではありません。ジクレーは、光沢紙、布目紙など専用の厚手紙だけでなく、布でできた画布にも印刷できます。

――ジクレーは、れっきとした美術作品ですか?

印刷物の作品は、全て美術です。その根拠は、美術とは広義の表現創作物だからです。日本で当初あった「美術か否か」の議論が収束した根拠は、海外での定義と画質でした。画質が根拠なのも変ですが、インクプリンター印刷はオフセット印刷に比べて美麗なので・・・、という説明でした。

――不思議な気がしますが、元が油絵でも分けへだてなく版画と呼ぶのですか?

版画を作る意思があった印刷物は、どうやっても版画になります。そして、CGジクレーがオリジナル版画なのに対し、油絵ジクレー版画は非オリジナル版画(複製版画、通称エスタンプ)として分けています。当面は販売側が「これは油絵の複製です」と説明していれば、良心的といえるでしょう。

――なぜ、普通の印刷よりきれいなのですか?

インクの色数が多いからです。画集や一般ポスターは、三原色のセオリーどおりに、黒を含む4色顔料でフルカラーを出します。ところがジクレーは6色か8色、12色と、顔料インクの原色数が多いのです。その結果、明るく鮮やかなグリーンやブルー、輝かしいピンクなど、4色顔料では全く不可能な色も出せます。

――「現代のハイテクと職人ワザが生み出した」などの説明も見ますが?

ハイテクとは機材の半導体、職人ワザとはスキャナー作業の意味です。こんなに人の手がかかるのだから・・・と。実際にやると、作業途中に落とし穴がいくつもあり、「できた!」の完成域に届くには経験が必要です。またプリンターは超低速で1枚に時間がかかり、メンテ不足だとまず失敗します。

――ところで、ジクレーを批判する声もありましたが?

プリンター美術に反対する意見の根拠として、ゴッホの場合の「複写商品」への割り切れなさがありました。元絵を手放さずに「打ち出の小づち」式に無限コピーする商法に、倫理的な反発があったのです。

――言われてみれば、何でも印刷すれば美術に化けるなんて、ずるい感じもありますね?

ところが、幼児や生徒も含め誰もがジクレー作家になれて、画風が保守でも革新でも作れるから、批判者も作家の輪の中に入ってしまいます。つまり、ジクレーの価値が高くても低くても、人類全員が公平で利害は片寄りません。

――でも無制限に複写できたら、何か問題が起きませんか?

問題は価格です。高くできないわけで。良い絵は高いという常識が、ジクレーでは成り立ちません。

――ジクレーの価格は、全部いっしょなのですか?

価格はサイズと品質、つまり製造コストで算出します。売価の内訳は大ざっぱにジクレー工房+額ぶちで4割、美術家3割、画商3割といった感じです。計算すると版画よりも大幅に安価になりますが、大事なのは優れた絵が高くならない代わりに、劣った絵が安くもならない特性です。

――絵の優劣と価格が比例しないのは、何か変ではありませんか?

音楽ソフトと同じ理屈です。ミュージシャンが超大物でも無名新人でも、曲やアルバムの価格はほぼいっしょ。大物は数を多く売るだけの話で、いい曲だからと高くしません。

――高品質を宣伝で誇ったジクレー店もありますが?

「高精細、高品質、高画質、最新デジタルテクノロジー、従来とは全く違う・・・」という説明は、あってもなくても同じです。この説明はジクレーの特徴だからです。

――ジクレー同士に、高級、低級の価格差はないのですか?

音楽CDのハイビット盤や金メッキ盤が、標準盤に比べて価格が2倍に上がったりしないのと似ています。普通にていねいに作るジクレーに対し、最高にていねいに作っても、価格が2倍に上がりはしません。普通でも、たいへんきれいだからです。もっともこれはCGジクレーの話で、油絵ジクレーで加わるスキャナー撮影では、装置の性能と職人の熟練度が顕著に出ます。特にライティング。

――ナンバーが書かれたジクレーは、価値が上がりますか?

版画のルールに沿って、エディション・ナンバー(通し番号)が鉛筆書きされ、200枚限定(リミテッド)とあったとしても、保証はされません。後でさらに200枚出すのも可能だからです。永久に追加印刷しない約束は難しいと思います。

――追加で作れるなら、価格の上限も決まってきますね?

言い換えれば、油絵が高額な根拠の希少価値は、油絵ジクレーでは消えて、客が多く払う理由がありません。作者がジクレーにサインを直筆すると価格が高めなのは、単純にジクレー工房と作者宅の一往復分の宅配料が増えるからです。絵と同時にサインも印刷すれば低価格で出せます。

――まとめて印刷したジクレーに、まとめて手書きサインを入れないのですか?

一気に全枚数を刷るのは、手刷り版画の場合です。多くのジクレーは受注生産で在庫がないから、売れた数が制作数です。なので実は、手刷り版画よりずっと少なくしか実在しません。カタログに並ぶ絵の多くは、1枚も作られないのが実態で、希少価値どころか幻化しています。

――ジクレーで、後日の値上がりはどの程度期待できますか?

ゴッホのジクレー複製画だとプレミアムは無理で、期待できるのは新作家のジクレー版画でしょう。希少価値が出る対象は、当時の出荷を示す印刷です。扱った販売店名や印刷日の同時印刷。手書きやスタンプならば、後からでも付け足せるのでだめです。情報の同時印刷がプレミアムの条件。

――作者の直筆サイン入りだと、価値が出ませんか?

それは一概に言えません。作者がサインを書いたり印刷したりを途中から始めたら、逆に初期に出荷したサインなしの無印が珍重されることもあるからです。しかしまあ、そうして経年で希少価値のプレミアムがついても、短時間ではね上がったりはないでしょう。

――ジクレーの進歩は、美術全体に影響しますか?

音楽や映画ソフトのデジタル化が、美術でも起きるでしょう。将来、普通に絵といえばジクレーを指すかも知れません。音楽マニアや映画マニアは、マスターテープや配給前ポジではなく、複写ディスクの鑑賞で事足りています。これと同様の方向へ、美術も少しずつ変わる可能性があります。

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