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電子美術館のQ&A

28 ゴッホの絵はなぜ高額なのか

二十一世紀国際地方都市美術文化創造育成活性化研究会
2009/8/3

――ゴッホの価値がわからない、との声があがっていますが?

最近特に若い世代に、ゴッホは値段が高いから評価が高いのだと、原因と結果を逆に考える人が増えているようです。ネットで好きに意見を書ける環境も背景でしょうが、とにかくそういう意見を目にすることがあります。

――人気が人気を呼んで、雪だるま式にふくらんでいる側面はあると思いますが?

もちろんありますし、これほどのビッグネームとなれば、ネームバリューに頭を下げるだけの人も増えます。しかし、「本当は価値がない絵を、関係者が無理に持ち上げて、さも価値があるかに見せかけている」「もうけをたくらんだ業者の陰謀によるでっちあげ価値だ」という強い疑念が出ていて、それも美術に近い者から出ている点が従来と違います。

――ゴッホの価値はどこにあるのですか?

ユニークさです。ゴッホの価格について検討するならば、まずゴッホに似た同時代の画家を集めてみれば早いでしょう。似た者の作品をずらり並べて、どれが一番充実しているかを比べれば、ランキングは容易に決まります。

――ゴッホに似た画家なんて、誰もいませんが?

それが答です。ゴッホに似たライバルは、当時いなかったのです。ゴッホに似た絵は、ゴッホに感化された後進がかいたものだけ。だからゴッホは仲間はずれで、ひとりぼっち。唯一無二で、ユニークなのです。価格はそのユニークさと、希少価値をかけ合わせた積に対してついていると考えられます。

――そんな簡単な原理なのに、なぜ価値がわからないのですか?

その人の辞書に、「ユニーク」の語がないからです。ゴッホのウリはユニークぶりに集中しているので、ユニークを採点しない限り、価値はみえてきません。

――でも誰だって、何らかの価値観は持っているはずですが?

美術教育を受けた人が持つ共通の価値観は、写実の精度です。いわゆるデッサン力。人間カメラ。実はこれが、芸術の理解を難しくしています。

――アマチュアの議論で、そこがよく論点になって、いつもケンカしていますね?

例えば建物の絵をかく時に、真っ直ぐの柱を真っ直ぐにかけたら上手という採点法。手がぶれて曲がったら、へただという採点になります。「僕にはゴッホが、どうしてもへたな絵にしか見えません。何が価値なのか教えてください」などと本気で質問する投稿は、その観点に縛られています。

――なるほど、そういうカラクリなのですね?

ユニークという概念がない限り、芸術の至宝に門前払いされます。わかる人とわからない人の壁は、ここにあったのです。

――でも、ゴッホを賞賛する論も、ユニークを根拠にしてはいませんが?

ゴッホへの疑念が今になって噴出する原因のひとつが、そうしたあいまいな論説を続けてきたツケです。教育的に失敗しているのです。「素晴らしい絵だから」「感動するから」「心を打つから」と、どんな作品にもいえたり、ひいきや思い入れと区別できない情緒的な修辞でやってきました。さらに、ゴッホが起こした破滅的な事件を必ず加えて話題を補強するものだから、いったい何を指して芸術と呼ぶかが不明のまま、ずっと放置されてきたのです。

――賛否の両方に、ユニークという視点がないのは、なぜなのでしょうね?

ある程度は国民性だと思います。

――なぜ国によって、ユニークという視点があったりなかったりするのですか?

開かれた社会では、活力を重んじてユニークが好まれ、閉じた社会では、秩序を重んじてユニークが嫌われる傾向が指摘できます。しかし私は、人類全般が多かれ少なかれユニークに抵抗を持ち、個人の突き出し部への否定と肯定で激しくゆれるこの葛藤は、動物と人間を線引きした境界の何かに起因すると感じています。

――絵がユニークだとしても、その良し悪しは採点しないのですか?

当然、採点しています。前に、芸術の必要条件を3項目ずつ3セット書きました。1セット目は「前例がない作風」「満ち足りた完成度」「不穏な魔力」。2セット目は「珍しく」「強く」「排他的」。3セット目が「暗い」「重い」「厳しい」。これだけ多いと難関に思えます。ところが、ユニークな制作に届くには障壁があるので、届けばこれら9項目が全て備わる可能性があります。ゴッホはそれが顕著でした。

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