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電子美術館のQ&A

32 フランク・ステラとピカソ

二十一世紀国際地方都市美術文化創造育成活性化研究会
2009/12/31

――フランク・ステラは純粋抽象なのですか?

ピカソなどと違って、モデルを変形した作品ではないので、純粋抽象のひとつといえます。日本でいう「造形作家」のイメージに近いタイプです。

――フランク・ステラの作品は、いったい何を訴えているのですか?

力です。

――美は訴えないのですか?

力の美、というものでしょう。美の力ではありません。力の美です。

――よく見ると、意外にも斬新さはありませんね?

フランク・ステラの作品は、既成の概念を超えていません。現代美術にしばしば求められたのは、世界初の試みです。「ガラスを使って、その木口からレーザー光を当てた作品は、これが世界で初めて」というような先取りを誇示しました。その競争にステラは関わっていません。トンチで落とすアイデア合戦とも無縁です。

――画材の新発明だけでなく、造形的な新発明さえも、特にないようですが?

「よくまあ思いついた奇妙な形」というものではありません。クネクネしたあの形は、普通に考えられる曲線で大まかに板を切り抜いただけです。

――しかも、誰でも作れそうな形という?

いわゆる特殊技能ではないので、子どもでも作れそうです。職人の年季を誇るものとは違う。この程度なら、もっと昔の人が作っていてもおかしくない形態です。

――それなら、フランク・ステラの見どころは何なのですか?

影です。見て真っ先に目に飛び込むのは、エッジのきいた形の鮮烈さで、しかし全体をダークな陰影が覆っています。深々と、どす黒い影が差して、異様に重いのです。

――そういった陰影は、感じる人と感じない人がいるのでしょうね。

作品を見て、「これは木の葉で、あれは山で、人がいて・・・」というように、形の解釈に頭脳が走り出したら、おそらく影は見過ごすでしょう。鑑賞者が何に注目するかを、試すような作品かも知れません。

――作者は、何を考えながら作ったのでしょうか?

それはわかりません。重要でないかも知れません。直感的に、この作者は何を考えていても、常にああした作品に転んで行ってしまうはずです。作品系列がいくつかありますが、曲線切り抜き作品に限っていえば、逆に影のない、ポップ調の明るく陽気な作品は、意図しても作れないのではと思うのです。

――確かに細かい職人的な技量と正反対なのに、濃い作風になっていますね?

たぶん作者は、芸術性のないものを作ることが苦手です。芸術性を消せと言われても、消せない。普通の人とは、逆の人間だと思います。

――どう見ても、軽快感は感じられませんし?

仮にコマーシャリズムの分野で登用しても、やっぱりダークでヘヴィーな陰影が出てしまうことでしょう。これでは、万人に愛されるような大衆向けの製品はできません。

――大衆といえば、ステラにポップアートとの関係はありませんか?

ポップアートで、このような暗い影をあからさまに出した作品はありません。ポップは影がないから万人向けなのです。ステラのあの作品は、アンチポップです。

――無数の美術家とフランク・ステラの違いが作品に生じる原因は、ステラの腕ですか、指先ですか?

目です。

――手の動かし方も、それなりに大事だと思いますが?

手や腕の動きの精度や流ちょうさ、味のつけ方をいくら鍛えても、少しも芸術に近づきません。なぜなら、作業中に自分の目が直ちに検閲して、腕や指を動かす方向を縛ってしまうからです。目がフィルターとなって、無意識にはみだし分をそぎ落として回るのです。

――美術家は目が大事というのは、そういう意味だったのですか?

物体のプロポーションを正しく把握する、スケッチ能力の意味とは全然違います。目の検閲が間違っていれば、いくら腕を鍛え上げても、作品に越えられない壁ができます。皆そこで引っかかって、すご腕の凡作にとどまってしまうのです。

――作品がのっぺり軽いか、ごってり重いかは、練習量の違いではないのですね?

一過性作品は手で作られ、歴史的名作は目で作られているのです。

――ところで日本人は、こういう影のある美術についていけるのですか?

フランク・ステラの作品は、日本にもたくさん入っています。好まれているかはわかりませんが、違いをわかる人は多いのではと思います。美術作品の存在意義は、好感度で測るわけではありません。

――フランク・ステラの芸術的な位置づけは、どう考えればいいのですか?

芸術的なるものが、例えばピカソよりも非常にわかりやすくなっている点が特徴です。

――ピカソも新しい世代にとっては、わかりやすい方だとは思いますが?

ピカソにも、全体にかぶさるダークでヘヴィーな影はあります。しかし、それを受け取るのをじゃまする要素があるのです。それは、正面顔に横顔をくっつけたような、あの造形です。顔をはじめとしたあの突飛な造形が、鑑賞者の着眼点をそらせやすいのです。

――ピカソの絵は変な顔だから、芸術なんだと思っている人は多いですよね?

ピカソ芸術の意外な欠点はそこにあって、造形の奇抜さを表面的に受け取られがちです。

――表面的ではない、もっと深い意味が、ピカソの形にはあるということですか?

形に深い意味はありません。そうではなくて、造形とは違う次元に芸術に値するものがあるのです。それが露骨に表れたのが、問題になっている陰影です。実は形の操作自体は、ダークでヘヴィーな影を引き出すための工作にすぎません。欲しいのは影の方です。人類の美術史は、影をどう出すかの歴史になっています。

――その一番欲しいものが、フランク・ステラの作品からは簡単に得られるわけですか?

フランク・ステラには、強く目を引くような、異形へと至る形の操作がありません。だから話がそれることなく、影があるかないかに焦点が集まるのです。ピカソの絵を見た時に起きるような、顔の変形ぶりを芸術性だとする早合点が、ステラでは起きにくいわけです。

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