| 現代美術とCGアートの謎と疑問に答えるQ&A もくじ | |
42 夢を美術に使えるか 2 幽霊編 |
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2010/7/8 |
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――深夜になれば、幽霊が出てきたりなんかしませんか? 幽霊は何度もみました。草木も眠る深夜2時前後とは限りません。暗い枕元に幽霊がいて目が覚めると、室内をまぶしい陽が照らした正午だったりもします。 |
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――幽霊は、本当にいるのですか? いた試しはありません。みたり、感じるものです。みえるし、感じられる、それは確かです。私も人一倍体験しています。が、実在はしないようです。現に、詳しく調べたあげくに幽霊だと確認された事例は、人類史上1件もありません。 |
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――でもテレビや雑誌には、幽霊は実在するとの証言が、それこそ無数にありますが? 幽霊は最初から、テレビや雑誌に合わせてつくった、興行用のネタです。その根拠は簡単なロジックで、人物霊の全てが服を着ている点です。幽霊の身の上は、人間の肉体から離脱した超生命体なのだから、目視される人型の霊は素っ裸でないと理にかなっていません。 |
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――言われてみれば、人の本来の姿は着衣ではなく、生まれたまんまの裸ですよね? それ以前に、@なぜ人体の姿で出るのか、Aなぜ目に見えないのに出るのか、の2点とも?が山とつく突っ込みどころです。霊に目や口がある意味がない。話を進めるために2つとも許しましょう。それでも、超自然的な存在が、生死のない物品のファッション衣料を着て、帽子や靴や眼鏡や指輪をつけては無茶です。服やサングラスが、量子論から逸脱した霊体について回り、いっしょに出たり消えたり、壁や窓ガラスを通り抜ける設定は、いくら何でも童話の世界です。当然ながら、壁や窓ガラスに引っかかって、脱げてしまうはず。 |
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――でも素っ裸の幽霊なんて、写真も画像も話も、全く見聞きしませんが? 忘れがちですが、人の裸体は公序良俗に反して、公共の電波に乗せられません。つまり放送禁止です。もし故意に放映したら、放送コードの自主規制ガイドライン抵触で済まず、監督官庁に始末書を提出させられます。雑誌掲載も同じで、刑事犯罪のわいせつ物陳列罪で警察官に摘発され、書類送検され審理を受け処罰されます。本が廃刊になると、スタッフも失職するでしょう。 |
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――でも、テレビや雑誌がなくて、法律も未整備な時代の幽霊も、やっぱり服を着ていますが? 古代ローマ時代のローマや、江戸時代の東京にも、幽霊騒ぎはしょっちゅうありました。しかし男女を問わず、全裸の幽霊が出てくれば、目撃者はある質問を続けざまにあびせられたに決まっています。 |
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――どういう質問ですか? 幽霊の下腹部がどうなっていたかです。目撃者はその質問に、何か答えなくてはなりません。大きさは?、形は?、色は?・・・。ところが、そうした下ネタ問答で騒ぎになった記録が、古今東西に存在しません。しかも、ローマや江戸で時の話題になれば、近代オペラや歌舞伎や古典落語にも取り入れられ、今日に伝わって当然ですが、そうした関連芸術も見当たりません。 |
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――ということは、どう整理すればいいのでしょうね? 幽霊は、人がつくっています。道路網の口コミ・ジャーナルの大昔から、他人へ伝えて広めることを第一目的として、人が幽霊を創作してきた以外に、説明のしようがありません。幽霊は、情報商材として流通するに適した仕様でつくられています。超生命体の都合ではなく、人間社会の都合で調整済み。最初から、人々に受け入れられる方向で考え出されています。私たち人間が出したアイデアの産物だとするのが、素直な考え方です。 |
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――世の全ての証言者が、裸体だったのを着衣だったと、ウソをつき通した可能性はどうですか? 目撃者がそこまでワルだったのか、非常に疑問です。見たのが裸体の幽霊なら、今ではドキュメンタリー・リポートで肉薄しようと、前張りやモザイク処理で対応するでしょう。言葉だけなら、その細工も不要です。しかしそんな裏話も、さっぱり聞きません。言い出しっぺが、最初から道徳規範に準じた像を脳内に組み立てるから、全部の幽霊が着衣なわけです。青ざめてふるえながら、「ついにこの目で見たぞ」と思った時点で、性のタブーに触れない姿に自作しています。わいせつ物を陳列しない範囲でこしらえています。 |
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――そういうことだったのですか? 旧約聖書に登場するアダムとイブを図版に描く時に置かれるイチジクの葉や、新約聖書に登場するキリストを描いた磔刑図の腰布と似ています。公開が目的の創作物は、道徳ルールに従って作られます。ミケランジェロの『ダビデ像』など、昔の美術はこれをあっさり破っていますが、ターゲット客の年齢層が低めの幽霊では、第一発見者もプロダクションも道徳秩序に従っています。1万年間も楽しく騒いできた幽霊エンターテインメントが、客をどこまで本気にさせるかは、これで飯を食べているディレクターのさじ加減です。 |
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――でもですね、天下のテレビ局が扱っている点で、信用度は高いはずですが? NHKテレビだけが、暑い夏のかせぎ時にも幽霊特集を全く放映しません。虚偽内容を放送できない倫理規定に、より強く縛られる公益法人の地位が理由でしょう。「幽霊は本当にいると思う」の声は無数でも、「調べたら本当にいた」は人類1万年で皆無。きれいさっぱりゼロ。NHKは実証的立場だから、どうにも動けません。そんなNHKがアウトしてもっともらしいスペシャル番組をつくれば、興味深いものになるとは思います。放送予定日は4月1日でいけるでしょう。 |
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――でも幽霊は、みることだけはできるのですね? 幽霊はいなくても、ちゃんとみえます。体験自体が虚偽だったケースは少ないでしょう。ただし、道ばたで見る幽霊と、写真に写る幽霊と、枕元に出る幽霊は、テレビや雑誌ではゴチャ混ぜですが、みえる仕組みが全く違います。目撃は錯誤と疾患、写真は光学現象と擬態暗示で、枕元は夢です。寝入りばなに枕元に現れ、襲いかかってくる幽霊は、私の夢記録にも詳しく書いてあります。 |
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――枕元の幽霊が実体ではなく、夢であることを示す証拠はあるのですか? 金縛りです。金縛りがないなら目覚めている間の錯誤の線が濃厚ですが、金縛りで体が動かないなら、睡眠中ということが容易に判別できます。 |
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――テレビや雑誌では逆に、金縛りこそを幽霊の存在を裏付ける、決定的な証拠として扱いますが? 金縛りはスリープ・オンセット・レムと呼ぶ、入眠のしくじりで起きます。ノンレム期から始まるはずの就寝が、レム期から始まる脳の誤作動で、寝入りばな以外でも起きます。脳が動いて体が動かないのがレム期の特徴で、筋肉弛緩を激しく体感することがあって、私の調べで確率1割弱で幽霊がみえます。その時、脳裏に薄暗い寝室レイアウトがそっくり再現されるので、目をつぶって寝ていたことさえ忘れて、てっきり現実だと勘違いする人が後を絶たないわけです。 |
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――その時にみた幽霊は、裸だったのですか? 道ばたの幽霊と写真の幽霊は常に着衣ですが、では枕元にみえる幽霊は、果たして着衣か裸体か。実は、夢の性質のとおりになっています。つまり不問になっているのです。どちらでもない・・・身体のディテールは、夢の中では描写されません。 |
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――待ってください、存在しない人型幽霊が、夢にだけはしっかり出るのは、どういうことですか? 全くそのとおりで、幽霊だと決めた認定は、いったい誰の審判かという問題があります。幽霊決定権は誰の手にあるのか。やっぱりというか、決めたのは物理学者や脳神経医や県警鑑識課や裁判長ではありません。実はキリスト教文化圏では、幽霊ではなく角が生えた悪魔として絵画に描かれていました。日本画では、死に神に描かれることも。このように民族文化によってまちまちに解釈される枕元の幽霊とは、厳密には幽霊ではなく怪人なのです。 |
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――ところで、怪談がテーマの絵画シリーズがありますが、夢をサブテーマにしたのはなぜですか? 怪談と夢は関係が深いからです。ともに、不安心理が脳に混乱と飛躍を生じさせます。これが、混乱と飛躍を内包した歴史名作の数々と妙に合致します。絵画、怪談、夢をつなぐものは、アウトしかかった脳のはたらきではないかと。 |
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――怪談と科学の関係というか、科学的な検証はどこまで進んでいるのですか? 幽霊話の検証結果は3通りに分かれます。@調べたら幽霊だった、A調べたら枯れ尾花だった、B調べなかった、の3つ。@は人類史上ゼロ、Aは推定何十万件、Bは何百億件あります。検証が済んだ@とAを重視し、学習していくのが科学です。学者たちが約150年かけて調べ、有意の答は出尽くしました。この検証行為を、科学と呼んでいます。 |
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――幽霊を信じている側は、絶対に検証なんてやりませんよね? 信じる側というか幽霊話を流す側は、調べて0件と出ている@Aの結果を伏せて、調べていないBだけを主張します。検証されると引っ込めて、これならどう?、次はこれと、未検証分だけで騒ぎをたきつけ続けて。不思議な体験をした当事者がすぐに正体を調べずに時間がたつと、後で誰も確かめようがありません。追跡も再現も不可能。今からではどうやっても確かめられない終わった状態を指して、「科学で解明できていない」「だから本物だ」と言い出します。 |
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――「科学ではわからないことがある」という言い方は、そのことだったのですか? よく耳にする「科学の外に何かがあるぞ」「科学にとらわれるな」「科学の限界を超えろ」という言葉は、そのとおり@Aを蹴って、科学の域外に出て放浪する意味です。パラレルワールドやタキオン、ピラミッドパワーなどと、意味が二股かかっています。科学、すなわちデータ数字とロジック検証の、いわゆる証拠主義から脱退して霊界は築かれています。 |
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――「科学の外」というのは、「未知の世界」の意味じゃなくて、「論理の逸脱」の意味だったのですか? つまりは「非科学的でもOK」の意味です。そうして実証なしで、主張者の気持ちひとつで通るなら、私だって明日火星に行って、あさって戻ってこれます。絶対に誰も完全否定ができない論理の壁に永久に守られ、自動的に私の勝ちです。(編集注:悪魔の証明の不可能性)。しあさっては海王星に行って、やのあさってにまた戻ります。今まで隠してきましたが、実は私は五次元空間の未来からタイムマシンでやってきた宇宙人の亡霊です。 |
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――美術の世界も、言った者勝ちなのですか? 美術も、幽霊の成り立ちと同様に、科学の外に出ています。実証なんか知らない、俺がそうと言えば、そうだと。自分中心。だから、ちょっと考えれば起きるわけのない怪現象や奇跡が、美術では次々起きます。例えばシュールレアリスムのダリのケース。調査すれば、ニワトリのごとく足が細長い長身のゾウや、常温で溶けて流れる時計は、おそらく見つからないでしょう。ダリ自身も、存在を突き止めていません。なのに絵では、それら超常現象が次々と起きています。 |
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――結局美術はみんな、幽霊話というわけですか? 同時に、創作話と創作画の関係にも示唆を受けます。話を切ったり貼ったり、ありもしないことをでっち上げたり、ありもすることをでっち下げて、善良で素朴な常識人を信じ込ます怪談づくりの作業は、美術の制作に酷似します。どちらも相手の関心を引いて信用させ、感化、洗脳するプレゼンテーションです。どちらもウソが多いほど魅力的。そして、触れてから人生観が変わってしまう人がいます。 |
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――夢に戻りますが、絵も夢も実体ではなくて、バーチャルになっていますよね? 美術では、自分の作品に戦慄を感じて目をそむけ、はじき飛ぶ美術家はいません。ところが夢では、脳内に組み上げた当人が許容できない場合があります。二度とみたくない悪夢のごとく、自分も許せない美術作品が作れないか・・・この限界。自分がつくって、自分がおののいて逃げ出す夢の世界は、手加減もなくきれいごとに流れにくいのです。夢には、美術の上をいく厳しさがあります。 |
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