| 現代美術とCGアートの謎と疑問に答えるQ&A もくじ | |
45 ピカソの核心、何がどう世界一なのか |
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2010/9/28 |
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――ピカソに関して、日本では十分に語り尽くされているのですか? 実は、ほとんど語られない核心があります。例えば、彼が生涯をかけて何に挑戦したのか、正面きっての解説は意外にないものです。話題が核心近くにくると、いつもぼんやり焦点があいまいになるという。これは、21世紀にもピカソの絵を難しく感じる人が多いというだけでなく、この件が仕事の利害にからむなど、案外デリケートな領域にあるからです。 |
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――ピカソは一生かけて、いったい何に挑戦したのですか? 絵画の破壊に挑戦しました。 |
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――ピカソは絵のどこを、どう破壊したのですか? 1981〜2年にピカソ生誕100年、83年にピカソ没10年の特別展が日本を巡回しました。より大規模の82年の方を知人の学生が見に行って感激していたので、どこが良かったかをたずねると、「あの色がすごい」という返事でした。 |
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――ピカソが色に挑戦した話は、あまり聞きませんが? 確かに、ピカソの色のすごさを真っ先にあげる人は多くありません。なぜなら、人物画の正面顔に横顔がくっついたあの奇妙な顔つきに目を奪われ、色にまで注意が回らないからです。 |
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――ピカソの色は、普通の画家の絵とどう違うのですか? 対比的にあげますが、日本の具象絵画には特定色がよく使われます。多いのは、濃紺(マリンブルー)に青紫(ブルーパープル)をぼかし込んだバックカラーです。具象画壇の発表会で一作は見かける色パターンで、藍(あい)染めに紫を重ねたような、夜空でいえば日没後90分、昆虫でいえばルリタテハを連想する色です。その油絵にニスを塗ったきれいに輝くグンジョウ色は、このジャンルのひとつの顔です。 |
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――深々とした青系の色は、日本人の趣味ですからね? 快晴の日の夕闇や、深い海中なども連想させるのでしょう。日本人が一番なじめる、ノスタルジーの心象色でしょう。サッカー日本代表ユニフォームの濃い青、サムライブルーも同じ心象にもとづいて、ラッキーカラーにしたのかも知れません。 |
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――それに対してピカソのバックカラーは、特にこれといって浮かびませんが? 後年のピカソはグリーンにオレンジを重ねたり、ブラウンにパープルだとか、黄土色にピンクなど、かなり変則的です。由緒ある画家が恐くてやれない、あるいは明らかな失敗とみなし、弟子がやろうものなら「馬鹿者め」と一喝する論外の色づかいが、ピカソにはポンポン出てきます。心象に訴えるノスタルジー色と異なるだけでなく、近似色を重ねて心に響かせるセンチメンタルな色づかいもやりません。 |
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――ピカソはなぜ、変な色の組み合わせを使ったのですか? 絵画を破壊する一環でした。普通の画家は画面の中で成功を目指しますが、ピカソは失敗を目指しました。失敗する側にかけ、既知の成功パターンを蹴って、うまくいかない方角へ踏み出しています。成功する方向へ行くのは、創造行為とは違うと考えたのです。 |
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――でもそれだと、できる絵は汚い色ですよね? 思い出の中にあるきれいな色を想起させて人を魅せる発想を、ピカソはとりません。芸術の見せ場は、そこじゃないぞと。逆に、汚い色で構成する異色の美を皆に示しました。ドブネズミのような灰色や、肥だめに落ちた子どもを引き上げた時に似た黄灰色も、あちこちに使っています。普通の画家は、色自体に良い色と悪い色があると考えますが、ピカソはその区別をしないので、それだけでも挑戦なのです。 |
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――挑戦相手にされて、見る人は面くらいませんか? 本当のところ、挑戦相手は自分でした。普通の画家は、絵を「つくりあげる」意識を堅持し、ピカソのように絵を「つぶす」意識は生まれず、間違って思いついても実行しません。常人は守りに徹して画業を終えます。絵をかわいがる方向。逆にピカソは攻めに転じて、絵と対戦しています。 |
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――攻めなくても十分食べていけたのに、攻めるメリットはいったい何だったのですか? 攻めれば芸術、守れば非芸術、その境界を彼は見切ったからです。破壊は一手法ではなく根幹だ、破壊しない絵はコリャダメだと。仮にピカソが青の時代で安住していれば、28歳年上のゴッホを超えずに下回ったでしょう。青の時代の素性は、ロートレックと共通した耽美的な具象画で、そこが終点なら、抽象の域にはみ出したゴッホの敵にならず、命の細い凡作に終わったでしょう。ワールドワイドの巨匠ゴッホに対して、エコール・ド・パリの中堅ピカソで終わったはず。 |
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――でも、そんな青の時代は、日本人が大好きな絵ですよね? 具象ならわかるという以外に、気持ちが休まる理由があります。それもそのはずで、ピカソ自身も気休め的にかいていました。当時のピカソが挑戦せずに、慰安でくすぶった理由は簡単で、若い彼はまだ芸術の意味や役割を自分の中に見つけられず、何をすべきか迷えるお絵かきさんだったのです。青の時代の時、彼は答を知らなかった・・・ |
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――芸術の意味や役割とは、結局何が答だったのですか? 破壊に挑戦することだと気づいた結果、立体派へ向けて飛躍しました。この判断に暗示をもたらせたきっかけは、時系列でみれば、ゴッホの絵やアフリカ彫刻だと考えられます。セザンヌからは造形的影響を強く受けたものの、「芸術は破壊なり」を悟る示唆までは得ていないでしょう。 |
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――ピカソとゴッホは、接触があったのですか? 両者に面識はなく、ゴッホ没後の絵をピカソが見た体験が簡単に記録されています。2010年の今、2人は近代美術の最高峰を争うライバルですが、ピカソ回顧展があった1980年代からすでにそうでした。価値が拮抗する要因は、ピカソが絵を格段に壊してゴッホを内容的に上回ったものの、作品総数はゴッホがずっと少なく希少価値があるせいです。 |
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――ピカソが壊したのは、色だけではないですよね? メインは形の破壊です。画面に線を引いて、目に鮮やかな色の囲みができたとします。普通の画家はその「いいあんばい」をけんめいに守ります。ピカソはその上から太い線を引いて分断したり、格子状や入れ子状にかき変えるなど、画面内が気持ちよく収まらないよう踏みにじっています。その挑戦が効いて、慰安ではなく奮起の絵に届いたのです。 |
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――ピカソの絵は子どもでもかけるからと、価値を低くみるプロ画家もいましたが? 逆にいえば、大人にはピカソのようにかくのは難しいのです。プロ画家たちは、画面内が気持ちよく収まる瞬間を必ず体験し、そこでうっとりと幸福感にひたり、その先の変化を嫌う気持ちへ向かいます。画面の中をきれいに、感じ良く保とうと、歪みや汚濁から絵を守ります。異変を食い止めるガードに手を尽くして・・・ |
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――ノスタルジー色を繰り返す具象の油絵も、いかにも仕事がていねいですよね? 職人仕事に傾いて、心が守りに入っています。そして、守る目的で行う切磋琢磨の努力と苦心を指して、「挑戦」と言ってしまうミスを犯しているのです。言葉は同じで意味は逆。挑戦とは攻めることを指していて、守ることは指しません。ピカソと普通の巨匠の違いがそこです。 |
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――ピカソ自身の心の中は、絵を壊すのが平気だったのですか? 当人は、絵を壊すのに相当な抵抗があったようです。「私は白いキャンバスが恐い」という言葉をはじめ、絵のかき始めの気の重さを示す発言が、いくつか残っています。逆に絵をかく喜びをうたうような発言は、まずありません。絵をかく時の顔は楽しそうなのに。 |
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――買ってきた白いキャンバスに色を置き始める時、誰もが抵抗を感じるそうですね? 画家なら皆覚えがありますが、絵をかく行動は、元の白キャンバスよりも美化する方角へ向かうわけです。バックをルリタテハ色に塗った絵もそう。ところがピカソは元の白キャンバスを汚染する方角だから、やるのに抵抗がありました。その抵抗にくじけたヘナヘナの失敗作も意外に多いのは、この葛藤が大きかったせいでしょう。 |
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――ピカソ自身が破壊に平気でなかったことは、絵にどう反映したのですか? もしも破壊が平気な身の上だったなら、破壊したところで結局は慰安の絵にとどまったでしょう。断崖絶壁に立って足がすくみ、なのにダイブして飛び込もうとしたから、自身のテンションが上がり、奮闘する方へ活気づきました。そのテンションのピークを絵に焼き付けようと図った結果、異形の魔力を得たわけです。 |
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――ピカソが世界一の画家とされるのは、世界一絵がうまいからだと思ってしまいやすいのですが? 世界一へたな絵をかいたから、世界一強い絵なのです。だから世界一の芸術家。これは比喩的な言い方ではなく、額面どおりです。 |
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――でも、へたな絵なら誰でも今すぐかける気がしますが? この場合の「へた」の語に、エッセンスが集約しています。へたとは秩序破壊の意味であって、上手にかこうとして至らない「未熟」とは違います。ピカソに「うまい」の語をあくまでも使うなら、破壊まで含めたトータルで「うまいプロデュース」とでも表現できます。「超へたな絵をかく、その腕の超巧みさ」と考えればいいでしょう。 |
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――それが、破壊的創造というものなのですか? 色はおかしい、形はテキトー、並びは不ぞろい、チリは合っていない。絵の具がたれて、端っこには泥がはねて。と、どう見ても細部がデタラメなのに、なぜ全体がビシッとまとまるの?という不思議です。壊しても故障は起きずに、ゆるまず引き締まるユニークなマジックというほかありません。 |
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――日本では必ずそこで、「ピカソは写実もうまかった・・・」と、一言フォローして結論としますよね? 日本では、破壊は悪行と誤解しています。壊せば台なしだからいけないことだと考え、まさかそれが原点だとは思わないという。人間カメラが絶対だと信じるあまり、ピカソの何がすごいかの説明で、青の時代の後はつじつまが合わなくなって、話題も飛びがち。彼の何がどう天才なのか、ロジックが空白。「語られないピカソ」とは、つまりその部分です。 |
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――革新の人なのに、保守の人を思わせるみたいな、そんな引っ張り方をよく見聞きしますが? 「伝統を壊そうとした」と本人が言い続けていたのに、伝統に沿いとげた偉人のワクにはめて解釈しようとする傾向が、国内にあります。画伯など古風な称号まではいいとして、先入観に合う保守部分のみ取り上げ、当てはまらない革新部分はわきへどけてスルーだとか。先に作文を用意しておき、それに合う状況証拠だけを選び出す捜査法みたいに。「人間、見たいものしか見えないもの」とは、よく言ったものです。 |
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――片や西洋美術史は、ピカソの破壊を積極支持して、ナンバーワン扱いしていますよね? 西欧の美術史が、写実と創造の「越えられない壁」に目覚めた理由は、ひとつは数量の差です。壊れていない、ていねいにかきあげた具象画は町村単位では少なくても、国単位では掃いて捨てるほどあります。どんぐりの背くらべで、採点対象を作品以外にまで広げないと、1位が決まらない状態。しかも、カメラの発達という20世紀の事情で、流れが模写から造形へ移るのは時間の問題でした。 |
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――ピカソの世界一の写実力があったから、世界一の抽象ができたのだと聞きますが? その筋書きでは進みませんでした。なぜなら、ピカソの写実の精度は別に世界一ではなかったからです。日本の画学生にも、木炭デッサンでピカソのレベルを超えた、スゴ腕の「ミスター写実」は常に何人もいました。ピカソの負け。ピカソの写実力は、世界ランキングでいえば、ランク外にとどまる程度です。あの論法に従えば、世界一の抽象という栄冠は、知られない別の達人の手中にあるはずです。 |
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――偉人伝が嵩じて、迷信ができているわけですか? たぶん「世界一の画家」というふれこみが、「世界一の写実の腕前」へと結びついたのでしょう。絵をかくことは、真を写すこと、つまり写真術なり、という信心と混線しているのです。ここでもやっぱり、人間カメラこそが絶対至上だという思い込みが、迷信を生む直接原因となっています。 |
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――でも、ピカソのデッサンや写実の油絵には、味わいがあると思いますけどね? そっちが真実なのでしょう。彼は子ども時代にすでに、写実から造形へとスタンスを移しました。彼の写実絵画には、デフォルメやフェイクが早くから混じり、写真とみまがう絵は意外にかいていません。音楽のショパンコンクールでいえば、予選落ちか、それとも審査員しだいで1位かというクセの強い演奏を、若いピカソは具象画で行っていました。 |
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――気になる疑問ですが、日本だけでなく世界にも破壊した美術が少ないのはなぜですか? 美術を破壊することは、負担が大きいからです。 |
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――その気になれば、誰でもその場で簡単にぶっ壊せそうに思えますが? 他人の絵の破壊なら簡単にできます。しかし自分の絵の破壊には、ものすごいプレッシャーがあります。 |
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――実際に絵をかいてみないと、あまりピンときませんが? 生まれつき恐ろしく絵がへたな人でも、枚数を重ねればいずれうまくなります。「君も絵になってきた」とほめられるまでもなく、年月かけて絵らしい絵ができていくのはうれしいもの。先輩の作品に少しずつ近づく幸福感に、「やればできるんだ」と。こうして、自己愛がふくらんでいくのです。 |
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――その部分は、どんな芸術論にも出てこない話ですよね? 現代芸術の焦点です。「絵の乱れは心の乱れ」など、駄ジャレで応戦は可能です。しかし現実に、人は自分の絵をどうにでも料理できるわけではなく、歪みや汚れが混じると心が傷つきます。作品を異物から守りたくなるのが人の情。カタカナで言うなら、アーキテクチャーを破壊するイノベーションは、セルフディフェンスでオートリジェクトするということ。破壊作品が稀少なのは、こうした自己愛のせいです。 |
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――誠実に画業に打ち込んでも、その延長上に創造はないのですね? 例えば往年のアクション・ペインティングは、自己愛を何とか断つために、偶然の破壊を呼び込むトライアルという一面がありました。自分を投げ出すよりも、絵の具を投げ出す方が、自己防衛の発動を押さえ込みやすいし、プレッシャーも軽減するぜよと。 |
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――ピカソが壊す時の心境が、自暴自棄モードだったなら、絵も違ったと考えられませんか? ヤケクソ状態もまた破壊が平気な特殊心理なので、つなが切れるように気が抜けたでしょう。あるいは一部の自殺志願者や精神に異常をきたした人のように、断崖から飛び降りる抵抗が消えた心境だと、ブルッた自分とのガチンコ勝負が起きません。自分を投げ出すのに抵抗がないから、筆を持つ手が何にも挑戦することなく、そのあおりを手が受けるはね返りもありません。絵かき作業は抵抗なくスムーズに運んで、きちんとした絵になってテンションは消えます。 |
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――子どもの絵と、ピカソの絵の違いも、やはりそれと関係がありますか? 子どもには自己愛がなく、白い画用紙が恐くないので、絵は挑戦していません。子どもの絵がいくら自由奔放でも、魔力的な影や、見るなり思わずはね飛ぶような、恐いほどのテンションは盛り込まれないわけです。その代わり、子どもは成功を求めもしないので、絵の純粋さは大人の目には驚異的です。絵に媚びがない。こうして、ピカソのライバルはとっくにゴッホでなくなり、子どもの絵へと移っていったのです。 |
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