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電子美術館のQ&A

46 ジャズとアートは似たもの同士

二十一世紀国際地方都市美術文化創造育成活性化研究会
2010/10/19

――15年も続く日本の不況の中、有名雑誌の休刊が相次いでいるようですが?

2010年初夏に、『スイングジャーナル』という老舗のジャズ雑誌が休刊しました。約63年の歴史だそうで。昨今の出版界によくある長寿雑誌の休刊ですが、ジャズ界ではちょっとした事件だったようです。

――今どき、ジャズの雑誌が売れない理由なんて、たくさんありそうですが?

国内不況の問題と、電子出版革命の問題と、音楽販売革命の問題と、ジャズ低調の問題は、分けて考える方がいいでしょう。4つの要因がジャズ雑誌の発行部数に影響した分量は、7対1対1対1だと私は考えます。しかし最後の1割という小さな部分に、興味深い問題があったのです。

――そもそもジャズは日本で、どういう位置づけにあったのですか?

戦後日本のポピュラー音楽は、たいていジャズが基盤です。『ハナ肇とクレージーキャッツ』(1955〜)はテクニカルなジャズバンドだし、『上を向いて歩こう』(1961)はジャズピアニストが作曲しました。しかし1960年代のロカビリーとグループサウンズの台頭もあって、70年以降はジャズの香りを持つポップスがめっきり減りました。

――70年代はロックの時代なので、ジャズが話題から外れていったのですね?

70年頃からジャズ界で続いてきた内部抗争の影響が、意外に無視できないとは感じます。

――ジャズ界の内部で、何が起こっていたのですか?

旧ジャズと新ジャズの対立です。旧ジャズとは、「4ビート」「生楽器」「地味」を守る世界です。新ジャズとは、「8ビート以上」「電気楽器」「派手」で攻める世界です。クラシック(旧)ジャズ対コンテンポラリー(新)ジャズで、争いが起きました。

――具象と抽象、近代と現代が対立する美術の世界に、何だか似ていますね?

1907年にピカソが『アビニョンの娘たち』で抽象の号砲を鳴らした、それに相似したエポック作品をジャズ界で決めつけるなら、1959年オーネット・コールマンの『ザ・シェイプ・オブ・ジャズ・トゥ・カム』かも知れません。あるいは、1969年マイルス・デイヴィスの『ビッチェズ・ブルー』かも知れません。

――それらのアルバム?が出た時に、何が起きたのですか?

『ザ・シェイプ・・』は壊れた和音を多用する曲なので、その手のジャズが急増しました。音が濁った、調子っぱずれの曲が普及し始めたのです。すでに萌芽のあった無調のフリージャズも、これを機に増えました。クラシック作曲家のシェーンベルクやバルトークを研究するジャズミュージシャンたちが、シーンの前面に出てきました。

――そもそもジャズというのは、どういう音楽なのですか?

ジャズの最大の特徴は、ジャズコードと呼ぶ不協和音です。これが、ジャズたらしめる最後の砦といえます。4ビートや即興演奏という特徴は、それよりは副次的。例えば、小学校でやる「起立、礼」の時にピアノが鳴らす和音は、メジャーコードとセブンスコードです。これに音を足して、ナインス、イレブンス、サーティーンスやナインス・フラット・ファイブというように、和音をどんどん広げて代理的にバッキングに使ったのが、1950年代のモダンジャズです。

――主要な和音に音を加えて不協和にすると、何が起きるのですか?

複雑な感情が出せます。「うれしい」「悲しい」だけでなく、「うれしくもかげりを帯びて」とか「悲しくも未来を夢見て」とか、「やるせない勝利」「すがすがしい敗北」など、感情が入り混じった複雑なサウンドがつくれるのです。その反面、「イケイケどんどん」のC調からは外れるので、子どもの耳にはわかりにくくなります。「ジャズは大人の音楽」と言われる最大の根拠が、不協和音の常用です。

――でも元々不協和音を使う音楽で、新たに調子が外れたアルバムが出ても、いっしょな気がしますが?

そのとおりで、新ジャズの斬新な不協和は、元々の不協和音に対する「程度の問題」なので、結局『ザ・シェイプ・・』は比較的早く認められています。絵画でいえば、ピカソではなくゴッホの位置かも知れません。

――ということは、もうひとつのアルバムが、ピカソのように事件となったのですね?

もうひとつの『ビッチェズ・ブルー』には今も反対派がいます。クラシック界でいう「現代音楽」に似た無機的なアブストラクトで済まず、エレクトリック・ピアノが音空間を支配する部分があるせいで。電気ジャズ。これが、古典ジャズファンの攻撃を長く受けています。

――反発が、楽器に対して起きるのですか?

これはジャズ界に特有かも知れません。固い音楽とされるクラシック界でさえ、新楽器はあくまでも効果で批評されます。しかしジャズ界には、演奏結果がたとえ良くても特定楽器以外は頑と認めない風潮が残っています。例えばタムはどう叩いてもいいけれど、コンガ、ボンゴ、アフリカンドラムは違反とみなすとか、エレクトリック・ギターは合格で、エレクトリック・ベースギターは失格とか。電気オルガンは許せても、電子オルガンはだめとか。

――同じ業界なのに、仲が悪すぎますよね?

ジャズ雑誌の記事でも、そうした対立をもてあましたり、隠し切れずにいました。ジャズに入門する読者の目に、異様に排他的に映る教条的な論調が、ひんぱんに活字化されていたのです。

――多様な音楽を紹介して、各自が好きなものを聴けば済むと思いますが?

美術界では多様性を認めず、必ず新興作品の排撃を行いますが、同じことがジャズ界でも起きていました。雑誌の読者投稿が、「我がジャズ人生」だったとします。投稿文の末尾に「自分は以下の者は聴きません」と、わざわざ認めないミュージシャンを書き添えてくるケース。美術エッセーで、嫌いな画家を一言叩いて評判を下げてやる習慣とそっくりです。

――狭い中で、つぶし合いになっていたわけですね?

結局ジャズ雑誌の記事内容は、家庭内不和の状態でした。自浄作用もありましたが、より強硬な教条にかき消されたようです。

――他の音楽では起きない共食いが、ジャズで起きた原因は何ですか?

ひとつは芸術性へのこだわりです。ジャズは19世紀末にアフリカン・アメリカンがこしらえた音楽ですが、全ポピュラー音楽の基礎となる起源の古さが災いしたのかも知れません。保守と革新に分かれ、エリート主義と大衆主義にも分裂します。「ジャズは芸術か否か」の命題に、一部プレイヤーと一部リスナーがこだわりました。

――芸術性へのこだわりが、どうして新旧ジャズの対立に向かうのですか?

美術と同じ現象です。芸術は創造なので、新ジャズに分があるはずです。しかし美術を観察すればわかるように、古いイディオムを正統とする教条が頑としてあるでしょう。「変化は芸術にあらず」式の倒錯したオールド主義が、ジャズ内にも築かれていきました。

――倒錯しているのなら、芸術性にこだわるどころか、ただの無視ではありませんか?

もちろん実質は芸術性の無視です。芸術性へのこだわりの正体は、芸術の語へのあこがれです。原理そっちのけのイメージ的ロマン。古今東西の芸術作品との、位置的な整合性なんかどうでもよくて。要するに、自分の愛するものに芸術の語を当てて、苦手なものは非芸術だとする定義を強行するだけの話で、ジャズでもこれが起きていたわけです。

――確かに、「私は芸術なんて嫌いだ」とは、すごく言いにくいでしょうからね?

芸術作品は変化します。そして、変化にはじかれる自分がいて、なのに芸術にあこがれる自分もいる。この矛盾の解決策として、自分がついていける範囲を芸術だと勝手に決めて、ついていけないものを非芸術だと決めているのです。

――かんじんの売れゆきは、どっちが勝ったのですか?

電気ジャズは、一桁以上大きい規模で売れました。1979年頃にピークを迎えたフュージョンジャズがその最大勢力でした。フュージョンジャズは一時のジャズ界を支え、21世紀のワールドポップスやJポップにも多大な影響を与えて拡散しています。しかし往年の旧ジャズリスナーたちは、フュージョンジャズに立ち寄ったり転身したミュージシャンに裏切られたと感じて憤慨しました。憎悪が最も大きかったゾーンが、ここかも知れません。

――そんなふうだと、一冊の雑誌の中で同居もできませんよね?

だから旧ジャズ系雑誌と、新ジャズ系雑誌は、別々に発行されていました。読者も分かれて。そして、両者の境界付近にある中間的な曲作品が、不自然に叩かれたり持ち上げられたり、扱いが乱高下してきたわけです。本当は、そこに創造が集中していて一番おもしろいのに。

――旧ジャズと新ジャズで、聴いておもしろいのはどっちですか?

実は、曲は新旧とも魅力的だから、惜しい結末になっているのです。美術と同じで、ジャズも全カテゴリーに渡って奮起曲もあれば、いやし曲もあります。旧ジャズにも冒険系と惰性系があって、新ジャズにも冒険系と惰性系がある点も同じ。それらをかけ合わせた4通りの曲世界への寛容が試されたわけで、しかし内容より形式でNGを出す教条が消えずに、レビューは硬直化。情報資産がありながら倒れてしまった、不思議な雑誌の結末でした。

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