| 現代美術とCGアートの謎と疑問に答えるQ&A もくじ | |
52 現代美術がわかる人になる方法 |
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2011/1/20 |
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――美術がわかる人とわからない人は、何か環境に違いがあったりするのですか? わかる人は、身近に体験しています。わからない人は、遠くで体験しています。 |
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――でも、同じ展示会場に入っても、わかる人とわからない人に分かれますが? 身近な体験が乏しいままだと、わからない状態を引きずり続けます。例によって、美術と違う話をしましょう。1994年頃から、様々な業種の、各企業、そのオフィス内でひんぱんに飛びかった、ある質問があります。 |
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――どういう質問ですか? 「インターネットとは何か?」です。私はその分野の管理者だったので、面と向かって「インターネットって何ですか?」とたずねられたこともあります。 |
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――ちゃんと答えていけば、長い長い説明になるのではありませんか? 「電話線です」と答えました。 |
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――たったそれだけですか? NHKテレビの科学番組で、「表計算ソフトって何なのですか」という質問に、「家計簿ですよ」と答えたシーンを思い出します。インターネットを説明するのに、全世界をあまねく結びつけるとか、即時性の時代へ向かうイノベーションのインフラだとか、とても便利で世の中を全く変えていく革命とか、そういう「効果」の話から入るとわからないのです。 |
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――それなら、「現代美術とは何か?」という質問には、どう答えればいいのですか? 「近ごろの美術です」というほかありません。 |
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――そこまでは理屈でわかっても、現代美術への理解度は高まりませんが? パソコンや携帯電話や電子手帳を手元に用意して、インターネット回線を契約して引き込んで使ってみれば、「インターネットとは何か」の疑問はやがて消えます。この話の相似性は少しずれていて、現代美術がわからないのは、インターネット上で読んだ文章がわからない現象にむしろ相当します。しかし重要なのは、このずれではありません。 |
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――「インターネットとは何か?」式の疑問が、美術でも起きたと考えるのですね? インターネットと同様に、自分の手元に現代美術を引き込んで使えば、「現代美術とは何か」といった総論的な謎はやがて消えます。 |
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――展示会場で作品を見るだけでは、足りない何かがあるのですか? 時間が足りません。会場で見る作品は、ステージに立つ歌手にも似て、上っつらのイメージが通り過ぎます。オフステージの美術は、少し違って見えます。作品の実物を手元に置いて長く見ることで、わけがわからないと感じていたのが、わかるようになっていきます。 |
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――でもわかるのは、手元に置いた作品だけに限られますよね? 一個の作品を手にした人の脳のはたらきに、めざましい躍進が起きる理由は、人には推理力があるからです。自分の中に、臨機応変の態勢がつくられていきます。 |
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――そうはいってもプロの美術家にも、現代美術がわからない人が大勢いるんですよ? 法則はそこでも同じです。その美術家は、現代美術を手元に所有していません。自分自身も、それを作っていないという・・・。未体験だから、いつまでたってもわからないのです。 |
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――結局わかるためには、作品に接する時間がもっと必要になるわけですか? 美術は普通は、ぱっぱ、ぱっぱとわかるものではありません。現代美術がわからない人は、あわてて結論の即決を求める傾向があります。そこから脱するには、美術作品を自分で所有するのがひとつの近道です。手にすれば早い。インターネット回線を契約する話と、次元は違っても似ているところがあります。 |
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――美術作品を手元に置けば、時間以外に何が変わってきますか? 見る回数と機会も、非常に多くなります。そうすると、複数の視点から見比べたり、見直すような新発見も次々と現れて、見え方が変わってきます。 |
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――そのうち、飽きてしまいませんか? 作品の底が見えたと感じれば、市場に戻せばいいのです。 |
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――美術の中古市場なんて各地域にないから、インターネットで探さないといけませんね? 買う人がわずかだから、美術の買い取り市場も細いものです。つまり、美術がわからない人が多い国は、美術の市場が小さい国でしょう。作品を遠巻きに見て、体験せずして首をかしげてばかりという。これはもう、実証よりもきっと空論が多い国といえば、まず当たっているでしょう。 |
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――名作美術は、作品が大きかったり美術館の所蔵だったりで、家に持って帰れませんが? それがあるから、とりあえず有名美術を深くわかりたい人は、美術館に何度も通うわけです。日によって見え方が変わる分まで含めて、作品を多角的に把握しようと。『モナリザ』『夜警』『ひまわり』『ゲルニカ』などの客には、入場フリーの年間会員がけっこういます。名作が地元にあるラッキーな状態を、あたかもインターネットのように自分の暮らしの中に引き込んでいます。 |
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――でも、反復して見ない限りわからないなんて、あまりにも難しすぎませんか? 実は音楽CDでも、誰だって一度聴くだけなら残りません。繰り返し聴くことで、出来映えをつかみ取っているはずです。お気に入りミュージシャンがニューアルバムを出した時でも、全貌がわかるのは3回聴いた後だったりするでしょう。20回聴いて、また新しい発見があったとかも、現実によくあります。 |
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――そういえば、音楽に詳しい人は、必ずソフトをたくさん持っていますね? 鑑賞の順序として、スタジオ盤のソフトを聴き込んでから、ライブに行きます。すると、ライブで上っつらだけ見ても、ずっとたくさんのことがつかめて、たくさんわかるのです。通りがかりの人よりも、良さも悪さもずっと深く理解できます。 |
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――文化の日だけ美術を見て、すんなりわかろうとする方が、無理だったわけですか? 音楽をたまに聴くだけだと、耳当たりのいいキャッチーな曲しか受け付けなくなります。受け取る内容も、ごく表面的にすくい取って終わるから、ちょっと複雑な曲になるとわからずギブアップ。キャパシティーが小さくなって、いつしか指向も後向きになるのです。 |
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――でも、音楽を聴き込むように美術を見たら、逆にがっかりする体験が増えませんか? それはあります。音楽でも、傑作をたくさん知っている人は、駄作も山のようにつかんでいます。美術を引き寄せて、そのふところに入って見ることで、良品とされたものを中味不足と見破る逆効果は当然あります。美術の場合、そっちが多数派の可能性もあります。これが「時の審判」と呼ばれるような、作品を淘汰する社会機能になっています。 |
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――時の審判というのは、時代の変遷が原因だと思っていましたが? 時代の感覚や乗りが消えた頃に、どの時代にも属さない「超えた何か」があらわな作品が、突然再発見されて時の審判が起きます。しかし現象は、それだけではありません。作品を50秒見た場合と、50時間見た場合で、良し悪しが逆転して番狂わせが起きてしまう・・・これも時の審判の一面です。 |
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――見る時間が少なすぎたなんて、わかっているつもりで、見落としてきたコツですね? 映画に比べて、絵は一瞬で勝負が決まるような言い方を、私もやります。でも実は、映画よりも長いぐらいの鑑賞時間が必要なのかも知れません。 |
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――よく、現代美術をわかるには、勉強が必要だと聞きますが? そのとおり、二つの勉強が必要です。現代美術を売る店を見つけ出す勉強がひとつ。もうひとつは、現代美術を置いた美術館の、フリーパス会員になる手続きを勉強します。 |
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――でも、じゃあ美術を1個買ってみるかという時に、どれを選べばいいのですか? 自分が一番わからない作品を買えば、自分が成長します。 |
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