現代美術とCGアートの謎と疑問に答えるQ&A もくじ
電子美術館のQ&A

55 ピカソは、わからない絵をわざとかいた?

二十一世紀国際地方都市美術文化創造育成活性化研究会
2011/3/8

――抽象美術家は、わざと他人にわからないように、理解できないように作るものなのですか?

理解させまいとがんばる美術家も、確かにいます。そんなことで力まない美術家もいます。抽象ではさすがに、理解しやすさをねらうケースこそが少ないでしょうが・・・。なぜなら、人に理解して欲しければ具象にすればいいのですから。

――「なぜ、わざわざ他人がわからない絵をかくのか」という質問が、ネットにも出ていますが?

質問で多いのは、「抽象美術はどこがいいのか、僕にはさっぱりわからない」というものです。中には、「誰でもわかるように作れば問題がないのに、なぜそうしないのですか、へそ曲がりのアマノジャクなのですか?」というイライラもみます。「作者は精神に異常をきたしているのですか」と、昔よくあった問いを投げるサイトもあります。

――それに対する回答は、得てして長文が多いですね?

親切な読者が寄せた回答がいくつか並びますが、「美術家それぞれの表現です」とか、「それぞれの感性を通して見た美です」という言い方が多いようです。当然ながら、「はいそのとおり、作者は精神に異常をきたしています」とか、「まさに作者はへそ曲がりです」といった回答はありません。

――リベラルな回答を寄せた人は、変てこな抽象美術に対して寛大な人なのですか?

それは関係ありません。多様性を尊重する回答は単に原理にすぎず、人は原理に従って行動できるわけではありません。人間はとっても好き嫌いが激しく、矛盾した生き物なのです。「要するにわけがわからないものが本当の芸術だ」と、理屈だけなら誰だって飲み込めます。でも行動は逆に向かってしまう・・・。質問者と回答者で、どちらがより寛大で、何でもアリを許せる人なのかもわからないのです。

――作品がわからない美術家の代表格として、ピカソがよくあがっていますが?

ピカソの絵がなぜあのようになったのかは、けっこう誤解が出回っています。誤解に肉付けして書かれた本も多くみます。「ピカソにとってはあれが美しいのです」と言ってしまうと、非常にわかりにくい話にそれます。「じゃあ何かい、あの顔が美人女優の写真より美しいというのかい?」といった、人々の素朴な疑問と全くすれ違うからです。

――美とは何かという定義にまでさかのぼらないと、ピカソはまともに論じられませんね?

ピカソが絵に何を求めたのか、絵を見た人に何が起きるように作ったのかを、きちんと言わないと始まりません。ピカソの目には世の中がああ見えたとか、あれを美しいと感じる人だったなどと、18世紀以前の感覚を当てはめた説明をされても、かえって誤解が拡大するだけです。

――それなら改めてたずねますが、ピカソは絵で何をやろうとしたのですか?

ピカソは、自分をノックアウトする絵を作りました。

――それは、いったいどういうことですか?

絵の中に込められて残る成分として、造形的な次元とは別に、私が「画圧」と呼んできた切迫感のようなものがあります。威圧的な気配というか、きついテンションというか、重いリアリティというか、暗くかげった押しというか。不調和な不気味さ、得たいの知れない不穏な気配をともなう、まさに圧です。この画圧を高めようとして、ピカソが造形的な操作を行っていたことが、あらゆる絵から読み取れます。

――それは、他人の目に対してはたらきかけようとする行動だったのですか?

もちろん他人のノックアウトも同時に起きますが、筆を持つ間は自分をノックアウトさせることが目標だったといえます。一筆ごとに、自分が受ける衝撃と相談しています。

――そういう目標で、絵をかく画家は多いのですか?

非常に少ないと考えられます。まず第一に、そうやって絵にテンションが盛り込まれる事実を知らない画家は、きれいな作画に徹することになります。絵を汚さないよう、変な感じにならないよう、ていねいで清潔な仕事にいっしょうけんめい打ち込んで。美人女優を美形に描くライフワークだとか。

――それならどうしてピカソだけが、そこに目覚めたのですか?

偶然だと思います。世にある絵を見ていくと、そこに目覚めてしまった画家と、そんな次元の存在を知らずにいる画家の違いが、かなりはっきりと作品に表れています。一目でそっちかこっちかに、相が分かれているのが実態です。

――ネットの質問のやりとりで、その話が全く出てこないのはなぜですか?

おそらく、人類が失いゆく能力に関係するからだと思います。年々、日に日に、何かを喪失し続け希薄化がすすむ最中に私たちもいて、美術が時間とともに退歩している現状が推察できるのです。明日の美術は、今日よりも軽くて彫りの浅い、裏表のない、こぎれいなものに向かう過程にあります。芸術をわからない人は、だんだん増えていくのです。

――人をノックアウトする絵とは、もう少し具体的に言うとどういうものですか?

まずそれは、絵を壊すことで起きます。攻めないとだめ。逆に、きちんとていねいに誠実に作画して積み上げる守りの姿勢だと、何も起きません。例えば画面に円をかいた時、それは造形的には丸いだけです。すっきりとした、きれいな円。ところがその円周の上から、四角形を重ねがきしたとします。

――丸と四角が重なって、ゴチャゴチャと目に飛び込んできますよね?

丸の位置と四角の位置や、筆づかいや色によって、「壊れているなあ」という強い緊張を与えることができるのです。その緊張を画面内により多く含み、より強まるよう、ピカソは迷い迷い作画しています。ある時は丸を複数重ね、ある時は丸の中に格子をかき、ある時は二つに分断する線を加えて。一度かいて消したカ所が多いのも、ピカソの特徴です。緊張が増えて高まる方向をいちいち試しては選び取るようにして、壊して壊して、筆を動かしています。

――それは、ピカソのどの絵に一番表れていますか?

代表的なのは『泣く女』です。形も色も非常にテンションが高く、多くの人に違和感を与える作品になっています。器量良しの美人画とは正反対で、形をつぶして醜く汚濁させ、不快と快をきわどくバランスさせています。不快を多めに感じる現代人がたぶん大多数で、快を多く感じるのは画圧に目覚めた一握りと思われます。

――それなら、絵のデフォルメなんかにいくら注目しても、意味がないということですか?

全く見当外れの鑑賞を行っているわけです。ガーンときて、キーンと鋭く、ドーンと暗い、その不可解な総合体が見どころなのです。「女の顔がどういう思考プロセスを経てこういう変形になっていったのか」は、どうでもいい話。音楽でいえば、どの楽器がどの音階を慣らしているかを楽譜と照合するようなもので、それは鑑賞とは異なる分解作業です。

――ピカソ本人には、絵をわかりにくいものにする意図はなかったのですね?

ありません。難しいクイズを出して他人を煙に巻き、正解者を少なくしてやろうとする気持ちは特にありません。

――ピカソの絵の暗号を解くという言い方も、その意味なのですか?

暗号とは、この得たいの知れない緊張をもたらす画圧のことです。暗くかげった謎のテンションが、彼の伝えたいメッセージだったのです。デフォルメされた顔の変形ぶりを追って、ピカソの女性観や人生哲学を分析しようとしても見当外れです。作者のものの考え方を作品の中でいくら探しても、大事なものはしっかり見落としています。

――ピカソは、誤解されやすい画家なのですね?

世界一たくさん誤解されている画家といえます。つまり世界で最も灰色の画家・・・。例えば現代美術家は、作品コンセプトと作品タイトルを、作風以上に大事にします。ところがピカソはコンセプトを持たず、タイトルさえつけない画家だったのはなぜなのか、そこにも答は出ています。

――そうした絵のテンションは無限には上がらず、どこかで限界がきませんか?

上限の作品が、生涯の最高傑作になります。『泣く女』の頃の紙スケッチを見ると、ピカソ自身が「ここまでやったらヤバくね?」とためらって、取り消しかねない気配が感じられます。しかし彼は自己検閲するも、何かの勢いあって却下せず、甘くかき変えることなく作品は残されました。ちなみに、モデルは泣き虫写真家ドラ・マールで、絵に笑いの要素もあります。意外にも、日本の新世代にけっこう支持され、いわゆるキモカワやブスカワに該当するところがあります。

――中年半ばのピカソが、その時期にピークに達した「何かの勢い」とは、何だったのですか?

1937年の彼がハイテンションになっていた背景として、ナチスドイツ軍が周辺国と自国レジスタンスの虐殺に特化した部隊を連れ迫り来る、当時の不穏な国際政情があったことは想像がつきます。戦後の彼は絶好調で、形と色を一段と攻めまくって絵を崩しましたが、テンションはこの頃よりも下がっています。例えば1960年の『ザリガニのある静物』は、十分に崩れていますがテンションはずっと弱めです。

――絵の緊張を保とうと、ピカソはどういう注意を払ったのですか?

何でも屋のピカソが、ポロックのようなアクションペインティングの技法を、ほとんど使わなかったのもそれです。サイコロを振った偶然の造形のおもしろさで目を楽しませる方向ではなく、人の手の攻防が生み出す「壊れているなあ」と感じるきついテンションで、人を心の底から動かす方向が彼の本意なのでしょう。

――ピカソの作風が、生涯どんどん変わっていったのはなぜなのですか?

生涯どんどん絵を壊したからです。たかが円でも、あれこれ壊していると、まれなハイテンションが襲ってくる造形が見つかる瞬間があります。そこを次のスタート地点として、それをまた壊すわけです。彼は他人の価値観に全く合わせず、目で判断するマイブームで動いていました。コンセプトなんか、じゃまなだけ。ピカソの立体派以降の絵に、人に好かれようとするシナが全く認められないのは、こんなわけがあったのです。こうしてやりたいことがいつも同じまま、マイナーチェンジし続けた作風変遷となりました。

――普通の画家は、そこが全然違っていますよね?

絵を壊さずに守る画家は、年季を重ねて上手に手慣れていくコースをとるので、変化はモチーフの変更が主になります。美女をやめて、ふるさとの山を描いた時の新境地だとか。飛べない人かと思いきや、突如として別人のごとき絵に転じるフルモデルチェンジも起きがちです。マーケットに合わせたのかも知れませんが。

――私たちの多くが、「ピカソはわからない」の大合唱に加わってしまうのはなぜですか?

ヒトの暮らしが野生から遠ざかっていく流れに関係すると思います。よくSF小説の中で、「人々の家畜化が進んでいる」などと、文明の進歩を裏読みするモチーフをみます。この文学的視点は、人が管理社会の従属的な歯車になるにつれ、守りの精神構造を強いられ、想像力と創造力が浅くなる宿命を描いたのでしょう。「美術家はピカソがわかり、素人はわからない」という勉強や職業訓練による二分になっておらず、ランダムな個のばらつきだけが残ったと考えられます。

――美術の中に盛り込まれる野生を、人類はいつ頃まで持っていたのですか?

古今東西の美術をあらためると、制作物のどれもこれもに野生的なにおいが濃かった日は、だいたいは文明の整備に手をつける第一章、つまり太古で終わります。ところが後世にも、それがひょっこり作品に出てくるハプニングが繰り返されています。その一人がピカソで、しかも先進国はさんざんこきおろした賛否の末に、何とそこに最高点をつけました。誰がそんな慧眼を持っていたのか、そっちの方が驚きです。

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